竜の口その1
― 次の日の朝…
カルは家の前に胡座をかき、腕を組んで考えている。セシルは昨日、集まりが終わった後に、アンナおばさんが迎えに来た。詳しくは分からないけど、アンドリューさんが街に向かって行ったらしい。
カルは昨日セシルから「ドラゴンに弟子入りする」というヒントをもらった。どうすれば弟子になれるのか、ずっと考えている。
「まずは、ドラゴンに合わなければならないなぁ?」
漠然とそんな風に思った。
でも、ドラゴンがいる場所ってどこだろう?
そんな時、父さんの事が、ふと頭をよぎる。
「いいか、カル。これはお父さんのばあちゃん、それまたじいちゃんくらいかな?が、不思議な体験をした時にもらった物らしいんだ」
そう言って、金色の綺麗なネックレスを見せてくれた。金の鎖に涙型の宝石のような物が付いている。
「そのじいちゃんは、狩りに行く途中で、若くて綺麗な娘さんを見つけたんだって。傷だらけで、倒れていたらしいんだ。慌ててじいちゃんは、家に連れて帰って看病を続けたんだって。しばらくして、元気になった娘さんが、お礼にこれをくれたんだってさ」
「へえーっ、じいちゃん、優しいんだね」
「ああ、そうだね。でも、話しはこれで終わりじゃないんだよ」
「えっ、そうなの?どうなったの?」
「実はその後、その娘さんが、これを持っていれば私がどんな願いも叶えるって約束したんだって。そしたら、金色の竜に変身して、飛び去って行ったんだって」
「え、ドラゴン?すごい、ドラゴンの姫様だったのかな?すごいや!」
「ははっ、カルは本当にドラゴンが好きだなぁ。まあ、この話が本当かどうかは、お父さんにも分からないけど…」
カルは、そんな話を思い出した。
「そうだ、あのネックレス…」
カルは、立ち上がって、うちに入って行く。
「母さん、お父さんのネックレスどこだっけ?」
「そんなものどうするの?」
怪訝そうにカレンが聞き返す。
「僕はドラゴンに弟子入りするんだ。だから、あのネックレスを見せれば、竜の姫様に弟子入りできるんじゃないかって思ったんだ」
…カレンは少し考えて、カルに話しかける。
「そう、弟子入りは良く分からないけど、お父さんの形見として、持っていなさい。引き出しに入っていると思うわ」
「わかった、ありがとう」
カルは、キャビネットの引き出しを探した。木製の箱の中にネックレスはあった。金色に輝いている。カルは首に掛けてみる。
「どう、母さん似合う?」
「あはは、カルにはまだ早いかなぁ?」
カルは余り大きい方ではないので、鎖が長く、おへその辺りまで来てしまう。ネックレスの形状なのだが、ペンダントのようになってしまい、ちょっとちぐはぐな感じだ。
「でも、僕、大事にするね!」
カルは大切そうにネックレスに付いた宝石を握った。
「無くしちゃ、ダメよ」
「うん、わかってる!」
カルは、また家を飛び出して行った。
シャツの内側に入れてみると、ちょっと冷たく感じられた。
カルはドラゴンに会わなけれならない、と考え、村をウロウロと歩きまわった。
「でも、ドラゴンはどこにいるんだろう?大体、洞窟にいたりするはずだよな?」
キンクウの村には洞窟なんか存在しない。近くの山や川にも勿論ない。
「そう言えば、北の山脈に「竜の口」と呼ばれている洞窟があったな…でも、あそこには魔物が出るとか…」
そんな事を考えていると、後ろから声をかけられる。
「おい、カル?こんな朝っぱらから何やってるんだ?」
大柄で、顔中髭を生やしたモリスだった。畑仕事の途中らしい。ズボンに土がついている。
「あ、モリスさん。おはようございます」
「おう、しかし、昨日は大変だったなあ。これからどうするのか…お前の親父がいればなぁ。おっと、悪りぃな、カルの前で…」
「大丈夫です、気を使ってくれてありがとう、モリスさん」
「お前の父ちゃんは強かったぞ!俺も若い頃は、よそ者と思って父ちゃんに文句言ったりしたけどなぁ、一度コテンパンにされたよ。ははっ、今じゃいい思い出だがなぁ」
「へぇ、そんな事が?モリスさん強そうなのに」
「人は見かけじゃねえよな?お前の父ちゃんは、見た目、普通の人よりも小柄だったしな?」
「そうなんですね」
「ああ、それより、お前は何やってるんだ?」
「実は…」
そう言って、カルは北の山脈の「竜の口」に行きたい事をモリスに話す。
「北の山脈?途中までなら行けるだろうけどな、ちょっと無理じゃねえか?何しに行くのかわからねぇけど、やめときな」
「やっぱり、そうですよねぇ、ああ…」
「そういやぁ… 裏山の祠のところに、どっか秘密の通路があって、竜の口に繋がってるとか、ガキの頃聞いた事があったなぁ。まあ、この方、見た事はないけどよ。探してみるのも面白いかもな。それじゃ、俺は仕事に戻るぜ、じゃあな、カル!」
「それじゃ、また、モリスさん」
いい情報を聞いてしまった。裏山の祠に秘密の通路!?
これは行って見るしかない!
カルは早速、裏山の祠に向かった。
祠は、石材で作られた建物の中にある。以外に大きく、人が生活する程の広さは十分にあるだろう。
突然、後ろから声を掛けられた。
「カルッ、何やってるの、あんたは、もうっ!祠に近づいたらいけないって、いつも言われてるでしょ?」
セシルだった。
「うわっ!いきなりびっくりさせないでよ」
「どっか行くのが見えたから、ついて来たのよ。何やってるの、こんな時に」
「うん、ここから北の山脈の「竜の口」に繋がってる道があるんだって」
「馬鹿な事言ってないで、早く帰るわよ!」
「ちょっと、まってよ、セシル」
カルの襟首を掴み、セシルは外に出ようとする。その時、カルのお腹から、不思議な光が発生した。
「うん、ちょっと待って、セシル、これ、これ見て」
「えっ、あんた、また何かやったの!何隠してるの!」
「いや、これは…」
カルはシャツをまくり、光の正体を見ると、父のネックレスだった。取り出して見ると、さらに光は強く輝き出した。
辺りに光が満ちた時、建物の壁に不思議な物が現れた。
それは透明な扉らしきものだった。その空間に映っているように見える。
「セシル、あれは何だろう…」
「そんなこと、私に聞かれても分かる訳ないでしょ!」
2人で顔を見合わせる。
「僕、行って見るよ」
「危ないわよ、とにかく、一度戻って、ね?」
「大丈夫、セシル、待ってて」
「カルっ、待って」
セシルの制止も聞かず、カルは、透明な扉の前に来る。すると、扉は光輝き、開いた。カルは一歩前に出る。
セシルは、心配そうに後ろから見つめる。
「カルっ、やめてってば!帰れなくなったら、どうするの…」
セシルが言い終わる前に、カルの姿は扉の向こうに消えて行った。慌てて、セシルも行こうとしたが、扉は消えてしまった。
「カルーっ!…」
セシルの叫びはカルには聞こえなかった…