キンクウの村その2
シンは帰り道で、カルに話しかけた。
「こんな時に、カル坊の親父が生きてたらな…こんな無様な事にゃならなかったろうに…」
「……」
カルは何て言っていいか分からない、ただ、心配そうにシンを見上げる。
「お前の親父は、村で唯一の冒険者だった。大きな街から、この村に流れて来たんだけど、有名な冒険者だったらしいぞ」
「え、そうだったの?冒険者だったのは母さんから聞いたけど…」
カルの父親、スレイ・エイバースは、冒険者だったが、街から流れ、このキンクウに住み着いた。やがて妻のカレンと出会い、結婚。カルを授かった。
ある日、父親を訪ねて来た者がいた。その夜、父親は街に用事があると出掛けたきり、帰らぬ人となってしまった。魔物にやられたとも、事故にあったとも言われていたが、カルには分からない。父親がいなくなったという事実が存在するだけだ…
「とにかく、俺の事は心配するな。カル坊、セシルを頼むぜ」
「シンさん、わかったよ」
ペシっと、カルの肩をシンが叩いた。シンの腕には黒く、刺青のような模様がついている。さっきよりも大きくなったように見える。カルは何も言えず、悲しそうに微笑んで見せた。
「おい、そんな顔してっと、母ちゃんが心配するぞ、元気出せ!」
「わかった」
「そうだ、わかったら今日はもう帰れ」
「うん、シンさん、また明日」
「おう、またな!」
自宅の前で、心配そうにカレンが立っていた。カルは母親の元に走り出す。
「母さん、ただいま」
「カル、お帰り。村の人から聞いたけど大変なことになったみたいだね?大丈夫だったかい?」
「うん、シンさんが…」
「そう、とにかく中にお入り」
「……」
カレンはカルの背中押して、家に入って行く。家の中からいい匂いがして来た。もう、夕食の時間になる頃だ。
カルは母親に何があったのか話した。
「そう、集まりがあるのなら、セシルちゃんはうちに来ることになりそうね、用意しないとね」
「セシル、大丈夫かな?…」
「お前がそんな顔してたら、セシルちゃんも悲しくなるでしょう?元気出さないと、ね」
「シンさんが、シンさんが…うっ、ううっ」
カルの頬に涙が流れ落ちる。カレンは指でカルの涙を拭うと、優しく抱きしめてカルに囁く。
「お前が泣いてると、私も悲しいわ。もちろん、お父さんもよ。だから、笑顔でいて、ね」
「グスンっ、うん、ズズッ」
「ほら、もうすぐセシルちゃんが来るわよ、顔洗ってらっしゃい」
「わかったよ、母さん」
顔を洗ってスッキリとしたカルは、元気が少しだけ出たように見える。しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
「カレンおばさん、セシルです」
カルはドアを開けると、今にも倒れそうなほどに憔悴しているセシルがいた。
「セシル…大丈夫?」
「カルっ、ウワーン…」
セシルは泣きながら、カルに抱きついた。カルはどうしていいかわからず、動けずにいた。
カレンが、優しく寄り添い、セシルを抱きしめる。
「セシルちゃん、大丈夫、大丈夫だからね」
抱きしめながら頭を優しく撫でる。しばらくそうしていると、セシルも落ち着いたのか、泣き止んだ。カレンは顔を見つめてセシルに話しかける。
「お腹すいてる?ご飯は食べた?」
セシルは顔を横に振る。
「すぐ、ご飯にしましょう、待っててね」
カルはセシルを椅子まで連れて行き、隣に座った。カルも話しかける。
「大丈夫、セシルには僕がついてる。安心して」
「カル、ありがとう…」
セシルはほんの少しだけ元気が出たのか、微笑んで見せた。すぐに食卓に料理が並び、カルは元気に食べ始めた。安心したのか、セシルもゆっくりと食べ始める。
「おかわりもあるわよ、いっぱい食べてね」
優しいカレンの声が響いた。
カルはその時、父さんみたいに、強くならなければならないと思った。そう、ドラゴンみたいに強くならなくちゃならないと…