キンクウの村その1
カル・エイバースは12歳、おおらかな性格だ。
いつも空想にふけりがちだけど、ちゃんとした夢も持っている。
冒険者になって、一人前になる事!
カルにはその他にどうしても譲れないものがあった…
「おーい、カル、また、ぼーっとして…どうせドラゴンの事でも考えてたんでしょ?」
「…?あっ、セシル?、アハハ、やっぱりわかっちゃうかな?」
「あんたは、本当に!ぼーっとし過ぎよ!シャンとしなさいよ」
幼馴染みのセシル・グレースだった。彼女は物心がついた頃から、ずっと一緒だった。今では遠慮なんてものは存在しない。思った事は口にする。
「あー、僕、さっきドラゴンに乗って空を飛んでたよ」
「はいはい、あんたは、もう、幼児じゃないんだからね!」
「でも、僕はドラゴン好きなんだよね…」
「もう、いい歳なんだから、少しは村の役に立つような事してよね、本当に」
「そっか、僕は役に立ってないかな?色々してるけど…」
「あんたは鈍臭いんだから、3倍くらいやらないと人並みじゃ無いのよ!」
無茶苦茶言ってる…
「そうは言っても、僕も家の手伝いしなくちゃならないしな、うん、困ったなぁ?」
カルは幼い頃、父親と死別している。現在は、母親が一人で育ててくれている。父親と別れてから、カルは家の事は何でもやって来た。炊事、洗濯、畑仕事から殆どできる。それが、カルなりに、母親に恩返しをしている行動だった。
今は、その家事の合間の休憩時間だった。
「みんな道の補修や橋の補修、男なら行くんでしょ?」
キンクウの村は人口は少ない。何かあったら皆総出で事に当る。農夫も鉱夫も猟師も、何かあった場合には仕事は二の次になる。だから、カルも本当は村の 行事に参加すべきなのだが…
「だって、僕が行っても、いつもセシルのお父さんが、お前はいいから家の事をやってろって帰らされちゃうんだもん」
「いつまでも、お父さんに甘えないでよね!本当にもう、カルの馬鹿!ドラオタ!」
「いやーっ、それ程でも…」
「褒めてないし!!」
…カルは幼い頃、父親に肩車されて、散歩の途中、空に不思議なものを見た。
「お父さん!あれ、見て!あれ、何?」
「うん、あ、珍しいなぁ、ありゃ竜だよ、ドラゴンだ」
「え、ドラゴン!すごい、大きいね、かっこいいね!」
「まあ、この村には祠の結界が強力だから、魔物も余り来ないし、ドラゴンが来るなんて滅多にない、珍しいな」
「でも、ドラゴンは襲って来ないの?」
「ああ、大丈夫、ドラゴンは頭がいいんだ。襲ってくる時は、人が間違えた時さ、ドラゴンからは絶対に手を出さないよ」
「へぇー、すごいね、かっこいいんだね、ドラゴンって」
「そうさ、カル、お前もドラゴンみたいな、強くて、でっかい男になるんだぞ」
「うん、わかった、僕、強くなるよ」
カルはそれ以来、ドラゴンに夢中だった。
セシルとカルがそんな話をしていると、何やら村が騒がしくなってきた。
「おーい、なんだ、何が起きたんだ?」
「魔物が出たらしいぞ!」
「馬鹿、そんなはず無いだろ、うん十年もそんな話この村にはないぞ」
「誰か襲われたらしいぞ」
そんな声が方々から聞こえてくる。
「大変、お父さん大丈夫かな?私見てくる」
「セシル、危ないよ!僕が行く」
さっきまでふわっとしていたカルの目が、急に力を帯びる。有無を言わさない力があった。
「カル…わかったわ、私は一度うちに帰るね」
「うん、待ってて」
カルは情報を集めるために、皆が集まってる場所に走って行った。直ぐに知り合いの顔を見つける。
「おーい、シンさん!大丈夫?」
「馬鹿やろう!、カル、こっちに近寄るな!」
セシルの父親、シン・グレースだった。
シンは、村の顔役で、発言力も強い。村のリーダーである。
カルは立ち止まり、辺りを見回す。
数十メートル先に異常なものが見える。人の形をしてはいるが、その体には黒い羽根があり、肌の色は薄い紫色だった。耳は尖り、腕や足には体毛が覆っている。指の先には長く鋭い爪が生えていた。魔族である。
「こんな結界が張り巡らされているとは、いやはや、ビックリしましたね。しかし、それなりに大切な物がここにはあるということですか?」
魔族の男は流暢な人の言葉を話した。まるで独り言のように続ける。
まだ被害者はいないようだった。
「おやおや、申し遅れました。私は魔族のザインと申します。お見知り置きを」
右手を前に折り、恭しくこうべを垂れる。
「で、ザインとやら、この村に何の用だい?ここには宝なんてありゃあしねぇぞ!」
シンがザインに声を掛ける。警戒は解いていない。
「そうでしょうか?ここには不思議なものを感じますが、私の思い違いでしょうか?」
「ああ、ここには大層な物なんてない。ザインさんよぉ、帰っちゃくれねぇかい?」
シンがそう答える。
「そうだ!何もねえ!」
「帰れー!」
村人も後に続く。
「そうでしたか、では今日は帰らせて頂きます…何て言うと思いますか?」
ザインの表情が邪悪に歪む。目が赤く光る。指から炎が飛び出した。
「うわぁーっ!」
「ぐぁっ」
何人かの村人が、炎に打たれて飛ばされた。
他の村人が逃げ出す。
「や、やめろ!何が目的だ?」
シンがそう言うとザインが答える
「ここには、あるものが置いてあるはずです。金竜石と呼ばれる魔石がね」
「ばかな、そんな物は聞いた事もない」
「ホゥ、あくまでしらを切ると?」
「知らんものは、知らん。だから、帰っちゃくれねぇかい、ザインさんよ」
「困りました、余り卑怯な事はしたくないのですが…」
再び、ザインの目が赤く光る。村人はパニックになり逃げ出す。
「スペル・バインド!」
ザインはそう叫ぶと、怪しい光がシンに向かって飛んで行く。光はシンに直撃した。
「うおっ、なんだこれは…」
シンの手首に黒い刺青のようなものが浮かび上がった。
「貴方に呪いをかけさせて頂きました。これで貴方の命は、後30日です。もし、それまでに魔石を渡さなければ、貴方は死にます。ゆっくりお考え下さい。ナァニ、私は、無益な殺生は好みません。ご安心を」
そう言ってザインは後ろを向いて歩き出す。
「それでは、30日後に再びお会いしましょう。ハハハハハ…」
一瞬で、ザインの姿は消えて無くなった。瞬間移動の魔法である。
村人達は、何が起こったのか分からない表情で立ち尽くしていたが、やがて、炎にやられた者を解放する者、シンの元に集う者、それぞれ家に戻り、何が起こったのかを家族に知らせる者などに分かれ、騒然としていた。
「シンさん!シンさん!」
カルはシンの元に近寄る。
「大丈夫だ、カル坊、直ぐにどうこうじゃねえ」
シンは気丈に振る舞ってカルを安心させようとした。少し具合が悪そうだ。村人達もシンを心配し、集まる。
「皆聞いてくれ!今夜うちで対策会議を開く。来れる者は集まってくれ」
シンはそう叫ぶと、自宅に向かって歩き出した。カルも黙って着いて行く。シンとカルの家は隣同士だった。心配そうにカルはシンを見つめる。
「ナァニ、心配する事はない、大丈夫だ、カル坊」
「シンさん…」
空を見上げるど、薄っすらと日が傾いている。やがて日が暮れるだろう。キンクウの村は、大変な事態を迎えてしまった。