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透明の春――僕の彼女が死んだ

 

 三年の春。

 校舎裏の大きな桜の木に僕は呼び出された。

 僕より頭一つ小さい背をさらに小さくして、声と肩をふるわせ、お辞儀の形で呟いた。


「――す、きで、す……――」


 変換できない場所に読点をいれ、言い切ったと地面へ顔を向ける。

 うなじが見えるほどで顔の表情は見えないが、明確である。僕はというと「お前誰?」と、どこで会ったかを思い出すのにいっぱいいっぱいだった。僕自身、僕を好きになる要素を他人からもらえるとは思わなかったので、そのことについても聞きたかったが、彼女は今にも倒れそうなほど震えて、何をいえばいいのかわからなかった。

 とりあえず……


「じゃあ……お試しで付き合ってみる?」

「いい……ですか……?」


 涙と火照った顔を僕に向ける。それが初めて僕と目が合った瞬間だった。


「あぁよろしく…………えっと……」

「それじゃああの! どうかこれを!」


 名前を聞く前にカバンから出して渡されたのは一冊の手帳だった。

 透明のカバーに少し厚めで重い。


「私……自分のことうまくいえなくて。本当はおしゃべり……したいのですが、口下手すぎて……なので私の事、知ってください」


 どもりながらも必死で彼女はほほ笑んだ。そして三度お辞儀をすると走って行ってしまった。


「名前聞いてない……まぁいっか、明日聞こう」


 しかし……それが来ることはなかった。



 次の日彼女は死んだ――



 彼女の名前は(さき)(ぬま)という。昨日ビルの屋上から落ちて死んだとか。

 自殺だと先生は言ったが最初は誰なのかわからなくて、ただ聞いたことの名前、知らない人が死んだのだなと、悲しいという感情が湧くことはなかった。しかしふと校長の前にある檀上の机に置かれた写真に、二度見をせざるを得なかった。


 僕の彼女がそこにいた。


 どういうことだ……?

 彼女は昨日僕に告白した。そしてそれを僕は受け入れた。そして笑顔で別れたその彼女がなぜ……? 


「誰だっけ……」

「俺しらねー」

「話した事なかったかも」


 三年の春。クラス替え。それもあってだろうが、前のクラスや友達はいただろう……? 

 しかし、見渡しても涙を流したり、すすり泣く声は聞こえなかった。

 それはまるで、その人の今までの人生を見せられている様だった。

 涙の数や悲しみの声が多いほどその人は偉く、価値が高い物として生き、少ない者は価値のない人生で、醜く晒されていく。

 …たまらなく吐き気がした。

 悲しむ者がいるほど生きた価値があり、悲しまれない者ほど存在する価値のない。まるで商品みたいで、その場はただただ気分が悪かった。彼女の為に思った気持ではない。僕もそれと同じ部類の一人であると感じていたからだ

 僕が……僕だけの為に思った感情。



 そして僕と彼女は似た者同士だとそこで知った。



 僕は俗にいういらない人間だ。

 いや、今はまだ高校生で、将来があってそれに不安で思っているだけ。他人はそう思うだろう。だけどそうじゃないのだ。根本的な問題が僕にはあった。

 学校とは、自分がいかに明るく、楽しい人とアピールできないと仲間に入れてもらえない。僕はそれを演じるのが下手くそで、それを見事に見抜かれたのかどうなのか。

 いつの間にか教室で一人になっていた。


 高校一年の半ばから三年の今に至るまで仲良くなった同学年の子はいない。

 なぜこんなにも一人なのだろう? イケメンじゃないから? 勉強が得意としないから? スポーツがうまくないから? 


 なぜ?

 なぜ?

 なぜ?


 もしや僕はいつの間にか誰かを傷つけているのか? 

 もしやありもしない噂が流されているのか?

 みんな僕を嫌いなんだ。みんな僕が憎いんだ。みんな僕を殺しに来るんだ。

 根も葉もない被害妄想を膨らませては、そんなことはないとただひたすらに言い聞かせ、僕は無事三年生まで引きこもることなく、学校を通い続けた。

 それでも僕はひねくれた。僕は人が嫌いになっていた。人と接する仕方がわからなくなっていた。人のことを避けていた。

 じゃあなぜ彼女の告白を受けたんだ?


「……わからない」


 たった一日の僕の彼女……いや一日とも経っていない。

 僕と付き合ったせいで死んだのだとしたら?

 もしかして僕は呪われているのでは……


「いやよそう。これじゃああまりにもバカバカしい」


 彼女の話は三十分もほどで終わり、みな興味なさげに体育館を後にした。

 ざわざわとおしゃべりのでかい声。笑い声も聞こえる。


「僕もこうなるのか?」


 人はいずれ死ぬ。でもまさかこんな晒し者状態で、悲しまれず誰かの記憶にも存在せず、人生が終わるのだとしたら……


「僕は、こんな終わり方いやだ……!」


 だからだろうか。

 または僕の彼女だったからなのか。

 僕は沼咲さんについて調べようと思った。



 三年二組。

 彼女のクラスだ。ただでさえ自分のクラスですら馴染めてないのに、他のクラスだとどう入ればいいのかわからない。知り合いがいるならまだしも、その知り合いが死んでいない今、僕は棒立ちのまま動けなかった。


「どうした不審者!」


 後ろから大きな声で話しかけてきたのは、女子だった。髪を一つに結って眉をひそめ両腕を組んで偉そうにしている。その後ろでは三人の女子がヒソヒソと三歩離れたところで見ていた。


「ふ……不審者?」


 流石に侵害この上なく、睨みつける女の子に睨み返した。


「なによ、同じクラスじゃないのは分かっているからね! 何の用よ?」


 沼咲さんのクラスを指さす。

 不審者と言われた奴に聞くのもしゃくだが、むしろ話しかけられてよかったのだと落ち着かせる。


「沼咲について話が聞きたい」

「!」


 流石に驚いた表情、そして


「まさかからかいにきたの? そういうのやめてくれないかしら? 迷惑だし普通に気持ち悪いわ」

「なんだよその言い方。お前のことを聞いているわけじゃないのに」

「野次馬はめんどくさいって言っているのよ! さっさと自分のクラスに帰れ!」


 そういうと彼女は自分のクラスへ入っていった。

 怒鳴られ、何に癇に障ったのかわからず、その場に立っていると、


「どうしたのしーちゃん?」


 現れたのは僕と同じクラスで、小学生のとき同じクラスでもあった小林だ。付き合いといってもそこまで仲がいいわけではない。話すのだって挨拶程度だし、久しぶりに聞くあだ名でびっくりしている。


「お前には関係……」


 いいかけて止める。こいつは色々付き合いの幅が広い奴だ。知らないクラスの奴と弁当を食べてるいのを見かけたことがある。だから他のクラスのこともわかるかもしれない。


「知っていたら教えてほしい。沼咲のこと」

「え? 沼咲さんって自殺したあの?」

「そうだ、お前はそいつのこと何か知らないか……?」

「なんで今更……?」

「え?」


 胸元のリボンをぎゅっと握りしめ、少し怒ったように眉をひそめる。


「だって沼咲さん死んじゃったのよ? それからただの興味本位で知りたいとか……その人に対して失礼じゃないのかな?」


「……ただの興味本位だったら、僕はそもそも関わろうとしてないよ……」

「え?」

「僕はあいつの彼氏だったから、そいつのこと知りたいんだ」

「え? 彼氏って……どういうこと?」

「そのままの意味だよ、だから教えてほしい、あいつがどういう奴で、なんで死んじまったのか」

「……わかった」




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