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98話

じっと、ジェズに睨み付けられたままの沈黙が暫く続いた…


空気を読めば、背筋を伸ばして正座のひとつでもするべきなんだろうけども、少しでも動こうものなら、張り詰めたジェズの怒りが爆発しそうで身じろぎひとつ出来ない。

あの、勝手気ままな老人たちが、声を潜めて話し合っている様からも、それが思い違いではないと確信できる。


『ハァ……。』


ジェズの溜め息に、ビクリと肩をすぼめる。


『色々言いたいこともあったんだけど、もう良いや。』


和らぐ空気に、ホット一息…。体感…数年振りの呼吸って心境だ。


『……ノエミ。何も聞かずに、アデルさんに身体を預けてくれるかな?』


なんで?と口を開こうとした瞬間、重圧的な『ね?』を繰り出されてしまい、そっとアデルに視線を送って、そのまま身体に引き入れる。

それを確認したジェズは、背を向けて、老人達に近付くと耳打ちを始めた。


その隙を見て、小声でアデルに尋ねる。


(な、なぁアデル、これは何事なん?)


『……全くわかんねぇ……』


なんとも歯切れの悪い返答だ。

考えてみれば、老人達と出会ってからはサッパリ冴えた所が見当たらない。

普段の、呆れる程の自信家アデルの見る影もない。

こういう時にこそ、あの頼もしさが欲しいのに…


(さては偽物か!?)


『あ?』


(いゃ、なんでも……ってかさ、珍しくえらいビビってるやん?)


『ビ、ビビってる訳ねぇだろ。だがなんだ…何となく口を挟んじゃいけねぇ、そんな雰囲気に押されたのは間違いねぇ…』


(ハハ…頼りないなぁ…まぁ気持ちは解るわ………せやけど、このまま言いなりでいいんかな?)


ジェズが破裂した時の事を思い返すと、敵と言う程でもないが、味方と判断するには微妙な最後だ。


『…大丈夫だろ……殺意にも似た怒りは感じたが、敵意は感じねぇからな…』


そんなやり取りをしているうちに、老人達との話を終えたジェズが振り返った。


『アデルさん』


(はい!)


掛けられた声に、背筋が伸びる。

呼ばれたのは私じゃなかったと、気が付く程度に間を空けて、『なんだ?』と、アデルが返事を返す。

ジェズの雰囲気は、すっかり普段の穏やかさに戻っているが、それでも目線を定められない適度には、先程の殺気が忘れられない。

そんな思いは、少なからずアデルにもある筈なんだと思うのだけど、それでも、余裕を感じさせるアデルの返事に、漸く頼もしさを感じられて、気持ちが少し軽くなった。


『後ろの彼を結界内に居れてあげてください。』


ジェズの言葉に、アデルは慌てて後ろを振り返る。

結界の外とはいえ、気付かぬうちに何者かに背後に接近させたかもしれない事実がそうさせた。


『……誰だお前…。』

(チェリオやん、何してんの…?)


結界の外側で、兄、チェリオが、申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべていた。


少し考えてアデルが答える。


『……無理だな、こいつを入れるには一度結界を解かなきゃならねぇ。怪しいお前の言うことを聞いて、こいつ等を逃がすなんて馬鹿は出来ねぇよ』


『怪しいって酷いな…でもまぁ、その心配は無用です。ご老人二人にはここに留まる事を約束して貰いましたから。』


『馬鹿か?そいつらとの約束なんて、言葉の通じない獣と約束するようなもんだ。下手したら、偶然の行動が一致する可能性の分、獣の方が信じるの余地がある。』


『確かに、僕もあっさり殺されたんで、その言葉には同意するところなんですが、今回に限っては大丈夫です。ご老人達には、ここに留まるメリットを理解して貰えましたから。』


『メリットだと?』


『えぇ。先程までお二人が執着していた痛み。其をもう一度体感することが出来ると納得して貰いました。それに……』


ジェズは、そう、言葉を区切って歩み寄って来ると、そっと耳元で囁いた。


『何か打開策があるの?このままノエミの体力が限界を迎えるまで、意地を張るしか出来ないでしょ?』


少し挑発的なジェズの言葉に、アデルは反射的に言い返そうとしかけたが、少し考え、それを飲み込むと、小さな舌打ちと共に結界を消した。


『で?逃げないのなら張り直す必要は無いのか?』


不貞腐れたようにアデルが吐き捨てる。


『いえ、あった方が安心でしょうから、張り直してもらって構いませんよ。』


そう、笑顔で答えるジェズの目は、笑っているように見えなかった。


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