96話
『おおおおおおお!』
カストが挙げる雄叫びの音量に比例して、カストの周囲の空間が歪む。何処からともなく沸き上がる魔素が、そう見させている様に思える。
大地を突くように握られたカストの拳には、いつのまにか剣が握られていた。
アデルと戦っていた時よりも、薄く消え入りそうな剣。
しかし、途切れることなく続く雄叫びの中、剣は色濃くなってゆき、カストは薄くなってゆく。
(……大丈夫なんかあれ?)
そんな不安が溢れた頃には、晴天の湯煙みたいに薄いカストが、具現化した様にしか見えない剣がを握り締めて立っていた。
アデルは何も答えない。ただ、不思議と伝わってくる感情は、喜びと悲しみ、期待と不安といった相反する感情が混ざり合うような複雑なもので、乗っ取られたままの私の手の中は、ぐっしょりと汗で濡れていて、食い込む爪に少ししみた。
そんな、長く長く続いた雄叫びが止まった次の瞬間だ。
弾けるようにカストが動いた。
剣を大きく振りかぶりながら走り出し、その勢いのまま老人の一人を切りつけた。…様にみえた。
と、言うのも、その一瞬の出来事は、瞬き一回分でも長すぎて…今や、放たれた矢に書かれた文字ですら楽々と読める私の動体視力をもってしても、初動のほんの少しの動きと、切り抜けた今のカストの姿からそんな予測を立てることしか出来なかった。
老人の右肩あたりが、滲んだようにモヤモヤしている。
(倒した?)
固唾を飲んで尋ねる私に、アデルは『チッ』と、舌打ち一つで返事する。
『ぐぁぁあああああ…』
同時に聞こえてきたのは、カストが切りつけた筈の老人の声だ。
滲んだ自分の右肩を睨みつけながら、歳を感じさせない叫び声をあげている。
断末魔。
正にその通りだと、思わせられる声だった。
(すごいやんカスト!!)
思わず、裏返った声で、はしゃぐ子供のように叫んでしまった。
だってしょうがない、カスト一人の力では、到底倒せる相手じゃないとアデルに言わせた敵を、なんだか訳のわからない力で倒してしまったんだ。
その所業は正に、物語に出てくる勇者を思わせる。
カストが勇者だったことを忘れているわけじゃない。だけど、本当の勇者っていうのはもっとこう…運命を惹きつける力を持っていると言うか……そう…最低でも、
死んでも生き返るぐらいの事してもらわんと勇者ちゃうやろ?
そんな風に思うのは私だけじゃないはずだ。
そんなわけで、私の中では、アデルと相打ちになって死んだカストは、勇者という役職をもらった奴に過ぎなかったのだけども、この瞬間、本物の勇者に出会えたと感動し、興奮が隠せない。
所有権を取り戻した覚えのない私の身体に、鳥肌が立っている。
もしかしたら、アデルも同じように感じているのかもしれない。
『……バカが、先走りやがって…』
違ったらしい………
(いや…あと一人残ってんのは分かってるけど、カストの偉業に感動するぐらいいいやんか!)
『あぁ?何言ってんだ?』
心底何を言っているかわからない。そんな口調で答えるアデルに、酷い温度差を感じる。
(……少なくとも一人倒したんやから…反撃の狼煙が上がった~って盛り上がっていく場面……やろ?)
そう言いながら、頭の中のお祭りモードを一度オフにする。
改めて現状を確認すると、いつのまにか老人の断末魔は消えていて、傷口を睨みつけていた顔は孫を慈しむかのような笑顔に変わっていた。
『これが痛みか………ゴホゴホゴホ………』
小さく呟き、咳き込む老人
『何をはしゃいで咽ておるんじゃ恥ずかしい』
『そうは言うがな、痛みじゃぞ?』
『……なぬ?もしや…本当に痛かったのか?』
『フォフォフォ。そうじゃ、羨ましかろう』
『………!ど、どんな感じじゃ?喜怒哀楽を並べてどの感情が最も近いのじゃ?怒りか?いや、やはり悲しみか?』
呆然とする私をよそに、老人二人は痛み講座を始めてしまった。
(なんなんあれ?!もしかして全く効いてへんの??)
『あ"あ"?見れば分かるだろうが、見れば!』
(はぁ??なんなんその言い方?あんたの無策に巻き込んどいて、八つ当たりするん止めてくれるか?!)
『……ッ!誰が無策だと!』
そして私達は喧嘩を始める……。
『話は聞かせてもらったよ!!!』




