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87話 ベネデットの誤算

俺は、暗闇の中を息殺して移動する。

いくら付き従うのが至高の神に選ばれた聖戦士だとしても、2000もの大群を音もなく移動させることが出来る者は俺を置いて他には居ないだろう。


月明かりの下、慎重に地図を見ながら道なき道を進む。

杜撰なローモス軍の国境警備の隙きを突き、人口500人程の小さな街にたどり着いた。


「行け。」


俺が小声で指示を出すと同時に、聖戦士達は街を囲うように散開していく。

猫の子一匹逃すこと無く、夜明けまでにこの街を壊滅させる必要があるため、先ずは包囲陣を完成させた。


準備完了の鏑矢が夜空に放たれる。

それを合図に聖戦士達は、一気に包囲の枠を狭めていった。

途中手にした聖棒や聖石を手に、寝静まった街に襲いかかる。

夜警する兵士も居るだろうが、神軍と化した我々には障害にも成らないだろう。


街中のいたる所から悲鳴が聞こえる。

か弱き女性の悲鳴に心が痛むが、直ぐにノヴァリャ神の下に導かれ、幸福を手にするだろう。


「報告します。守備隊に手練が混じっており苦戦しているところがあります」


何ということか、そんな報告が時を立たずして幾つも寄せられてきた。

情報が漏れていたとは考えられないので、偶然にもローモス連邦最強の部隊がこの地に駐留していたのだろう。

誤算はそれだけではなかった、たまたま滞在していたと思われる冒険者の一団も、我らが聖戦士達に痛手を与えてるという。

冒険者風情が我が神軍に抗えるとは…恐らくは、Sランクに近い冒険者が紛れ込んでいたと思われる。

至高の神が与えられたこの大きな試練に立ち向かうべく、包囲を解除して全力でそれらの対処に当った。



「クソッタレ!何だこの数は」


抵抗している冒険者の元に俺が駆けつけた時、筋骨隆々の男がそう叫んだ。

軽く見積もっても300近い聖戦士を前に、怯むこと無く立ち向かう3名の冒険者。

先程叫んだ冒険者がSランクであり、その脇を固める二人の冒険者もAランク以上の実力があると俺は瞬時に見抜く。


「各自、数個の聖石を拾い集め一斉投射しろ! 投射後は間髪入れずに突撃し、数をもって制圧するのだ!」


瞬時にはじき出した俺の神算に従い、聖戦士達は一斉に聖石を投射する。


「伏せろ!ぐぁっ」

       「ラウロ!ぐは…」

              「オリヴィエ!!」


幾ら高位の冒険者共といえど、360°から同時に投射された聖石の前には為す術もなかったが、互いに庇い合うように動き、一人は眼球を飛び出させていたが、倒れること無く凌ぎきった。


「とどめだ!」


俺の号令で、聖戦士達が一斉に襲いかかる。

血塗れになりながら、恐らく前も見えていないであろう状況にも関わらず、三人は背中を庇い合うように立ち、幾人もの聖戦士を屠っていった。

敵ながら見事だ。流石は高位の冒険者だと感心せざるを得ない。

惜しむべくはその力を、至高のノヴァリャ神の為に使ってほしかった。

やがて三人は、33人目の聖戦士に深手を負わせたのを期に、順々に膝から崩れ落ちていった。


「三人の勇敢なる異教徒に敬意を表し、勇猛の碑を立てる」


庇い合うように覆い重なり倒れる三人を引き離し、そのれぞれの身体を固定する。

聖戦士達は、三人の利き腕とみられる腕に縄をかけ、それを力の限り引っ張った。


「「「ぐあぁぁぁぁあああぁぁ」」」


ミチミチと腕が引き抜かれる痛みに、三人の冒険者は叫びをあげる。

あれほど戦って尚、これだけの声が出せるとは…三人の生命力に改めて敬意を抱いた。


引き抜かれた腕は骨を鋭利に研ぎ澄まし、開かせた口より突き刺して延髄を一気に破壊する。

勇猛の碑とは、異教ながらも見事に戦い抜いた戦士に対して敬意を評し、苦しみ無く神の下へと届ける神聖な儀式である。

この儀式が行われた遺体に対しては、如何なる辱めも加えることは許されない。



儀式を終えた頃、他方の守備隊も沈黙したと報告を受けた。

未だ一般市民の抵抗は続いてるが、それも時間の問題であろう。

結果、守備隊と冒険者合わせて30人にも満たない敵に、我が神軍は重傷者を含めると400人程失ってしまった。

至高の神の祝福を得た我々に、これほどの被害を与えるとは……至高の神が与えられた、愛という名の付く強烈な鞭に、身が引き締まる思いがした。



粗方の抵抗者が沈黙すると、街は女達の悲鳴で埋め尽くされていく。

縄で縛られ一切の身動きを封じられた者。顔の原型が分からぬ程に、殴られ抵抗をやめた者。いずれも聖戦士達によって突かれ、聖液による祝福を受けていた。

命を生み出す女は、神に近しい存在だ。

聖高な我々聖戦士の聖液によって、手間暇をかけ内外両方から浄化する。

その結果、女達は異教徒としてではなく、洗礼を受けた清らかな者としてノヴァリャ神の下へ行くことが出来るのだ。

少し時間が掛かったが、30人程の選ばれた女達に対して、無事、全聖戦士の祝福を与ることが出来た。


女達を救うためとはいえ、少し時間が掛かり過ぎてしまったようだ。

日の出までに終えるはずであった予定が、すっかり日が昇りきってしまっている。

誰もが、度重なる聖液の生成に疲れ果ててしまっていたが、最後に女達をノヴァリャ神の下に届け無くてはならない。

無力感を使命で乗り越え、油を吸わせた藁束の上に女達を並ばせる。


「我らの献身によって貴方がたの身体は清められた。残る魂は、炎によって清められ、ノヴァリャ神の祝福を受けるだろう。」


俺はそう伝えると、聖戦士を代表して藁束に火を放つ。

叫び暴れまわる女達は、何とか炎から逃れようとするが、慈悲の気持ちをもって、それを棒で追い返す。彼女達の為だ…


俺の思いが通じたのだろう。女達の悲鳴が、歓喜の声に変わった気がした。




その時だ。


女達の悲鳴に混じり、背後から別の悲鳴が聞こえた。


「ローモス軍の国境警備が到着したようです。数は約300」


伝令の声に、すばやく俺は武器を取る。

卑怯にも、神聖なる儀式で精魂尽き果てた我が神軍に襲いかかってきたローモス軍に苛立ちを覚えるが、聖意を知らない愚か共にそれを語るだけ無駄だろう。


「精魂尽きた我ら相手なら300で足りると思ったか、愚か者め。」


いくら疲れが見えるとはいえ、聖戦士達はこの街で武器を得た。

武器屋の片隅に置かれた鈍らだとしても、我らが持てばそれは神剣と成る。

それは例え、農具と呼ばれる鍬や鎌であったとして変わること無く、数えてみれば300近い聖戦士が神剣を手にしているのだ。


「至高の神の祝福を受けた我らの力、俺自ら示してやろう。」


ラウロと呼ばれていたSランク冒険者から譲り受けた武器を手に持ち、怒号飛び交う最前線に俺は駆けて行った。


「ローモス軍め、我らの驚異をいち早く察しして、これ程の強兵を送り込むとは、侮れない。」


みるみる倒されていく我が聖戦士達を鼓舞するべく、俺は聖剣を上段に構えて切りかかってく。


「熱!」


ローモス兵の身体を両断すべく剣を振り下ろしかけたその時、俺の胸に突然強い熱が走る。

矢だ。

卑劣なローモス軍の、騎士道に劣る飛び道具から放たれた矢が、流れ俺の胸に突き刺さってしまった。


「熱!」


その矢に一瞬気を取られている間に、今度は首筋に熱が走る。


世界が回る。

大地と空が、目まぐるしく交互に視界に入ってくる。

俺の身体はゴロゴロと大地を転がり、顔は砂にまみれてしまう。

その砂を払おうとしたが何故か手が動かない。

視界の先で、俺とよく似た衣服を着た男が、首から勢いよく血を吹き出しながら崩れていった。


「お…………」




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