86話
アデルは私の中に入ると同時に飛び上がる。
王宮の廊下を縫うように飛んで、窓から出ると大空に向けて一気に上昇した。
『ってかお前、なんで交戦地の場所聞いてこなかったんだ?』
(あ……。流石に今戻ったら…)
『ダサすぎるな……まぁ良いだろう。4万もの軍勢だったら上空からでも目立つはずだ、聖国との国境を目指すぞ』
そう言って、アデルは最短距離で国境線まで飛んだ。
進軍の痕跡を探しながら北に向かって飛んでいると、幾つかの焼け落ちた集落が嫌でも目に入ってきた。
(ごめんなさい……)
心の中で手を合わせながら、痕跡を辿っていく。
暫く飛ぶと、妙に土地が黒ずんだ少し大きめの街の先に、隊列を組む一団が見えた。
国境に背を向けて居る事から、占拠した街を拠点に展開しているノヴァリャ聖国軍だろうと当りを付ける。
少し高度を上げてローモス軍を探す。
切り立った岩肌の隘路の先に、対峙するように展開する一団を見つけた。
こちらの一団の陣地には見覚えのある旗が掲げられている。ローモス連邦軍で間違い無さそうだった。
アデルは一応の警戒をしながらも、ローモス側の本陣に着地する。
指揮官は何処に居るかと周囲を見回すと、既に、武器を構える一団にすっかり取り囲まれてしまっていた。
「動くな!何者だ!!」
「『ノエミ・ザイラ、レグレンツィ王国伯爵位を持つものだ。友軍としてこの軍の指揮官に合わせろ』」
「ならばそれを証明する命令書をお持ちの筈だ、先ずはそちらを提示していただきたい。」
「『あぁ?』」
『そんなもん持ってるのか?』
(持ってたらびっくりするわ…)
『だよな…』
「『文字通り、大急ぎで飛んできたんでな、持って来るの忘れちまった』」
(ちょ、いくらなんでもその言い訳はアカンやろ…)
『うるせぇ、他にどう言えってんだ。』
「……ならば我々の方から直ぐに伝令を走らそう。友軍を名乗る者を傷つけたくはない、身元の確認が取れるまで大人しく我々の管理下に入ることを誓って頂けないか?」
そう問いかけた後、アデルの返事を待つ僅かな間に、兵士たちの緊張感がメキメキと高まっていくのが伝わってくる。
『チッ…邪魔クセェな。ノエミ、コイツら無視してノヴァリャ軍叩きに行くぞ』
(あかんて、ちゃんと話しとかな。味方巻き込んだら目も当てれへんて言うたやろ。)
『大丈夫だ。死体も残らねぇようにするからよ』
(あほ!そういう問題ちゃうわ)
アデルの苛立ちが漏れているからなんだろうか?私達を取り囲む兵士たちは、ダラダラと脂汗を流している。
そんな兵士たちを他所に、頭の中で繰り広げているのは、堂々巡るだけの口喧嘩だ。
「ノエラさん。どうしてここに?!」
私とアデルの終わりの見えない口喧嘩に静止をかけたのは、郊外実習で同じ班だった、教導隊員の若い方の騎士の人だった。
「『おぅ。……エフ…エフ…』」
「エフモンドです。ノエラさん陣内とは言えここは戦場ですよ?こんな危険なところにどうしたんですか?」
エフモンドさんは、取り囲む兵士たちに警戒を解くように指示しながら、私の元までやって来た。
「『結論だけ言うぞ、今からノヴァリャ軍を消す。巻き込まれたくなかったら前線に展開している者は直ぐに戻らせろ。その後すぐに街を奪還できるように準備しておけ。』」
「え?消す???どういうことですか?!」
「『見れば分かる。いいか伝えたぞ? わかったのならすぐに走れ!』」
「え、あ、はい。」
アデルの気迫に押されたのか、エフモンドさんは飛び跳ねるように走り、テントの中に消えていった。
「『茶。』」
アデルは近くの兵士に短くそう告げて、胡座をかきながら出されたお茶で喉を潤す。
マグカップに注がれたお茶を半分ほど飲み終えた頃、再びエフモンドさんが走ってきて、ノヴァリャ軍近くに展開している部隊は無いと伝えてくれた。
「『よし。今から500数えたら進軍開始だ。ほら、解ったら直ぐに数え出せ』」
「は、はい。1…2…3……。」
言われるがままに数を数えだすエフモンドさんに、マグカップを手渡したアデルは、身体を浮かせ再びノヴァリャ軍上空目掛けて飛び立った。
(指揮系統とか完全無視やな…)
無茶振りされたエフモンドさんに同情しつつも、これから行われる虐殺に心を向ける。
眼下に展開されているノヴァリャ聖国軍の人々は、一人一人が砂粒のように小さくて、うっかりすればそれが人だということを忘れてしまいそうに成る。
『本当に良いんだな?』
念を押すようにアデルが話しかけてくる。
(………。アデル、正義って何なんやろな……)
『……魔王に向かって正義を聞くか?』
(なんでやな。あんたも一応、あんたなりの正義で国作ってたんやろ?)
『相変わらず馬鹿だなお前……答え出てるじゃねぇか。』
(……だよねぇ……。)
恐らくアデルの事だ、足元で蠢く4万人を、文字通り一瞬で消してしまうだろう。
そうさせるのは、私の正義。
これ程の大虐殺をしなくても、もっといい方法が有るのかも知れないけど…
宗教教義に傾倒した人の意識を変えるのは生半可なことじゃ出来ないだろう、なんて、偏見を私が持っている限り、これ以外の手段が思いつかない。
偏見と否定はセットで語られることがよくあるが、私はそれらの人を否定するつもりはない。
私の解釈で言えば、私も立派な宗教家で信徒になるからだ。
私にとっての宗教教義は、理想の自分になる為の道標。
こんな自分に成りたい。こんな自分でありたい。
どれだけ漠然とした思いでも、少なからず誰もがそんな思いを抱いてるはずで、それが既存の教義にピタリと嵌った人達が、宗教という枠組に入っていくと考えている。
だから私も宗教家だ、既存の教義にピタリと嵌まるものがないから、言ってみればノエミ教の教祖に成る。
だからこれは、「殺す以上殺される覚悟が」なんて綺麗事の話じゃない。
ノエミ教の教義において、ノヴァリャ聖国が邪魔になる。
只それだけのことだ。
(うん…。アデル…全員殺しちゃって。出来れば苦しまへんように…。)
生々しい言葉、これから迎える結果を正面で受け止めるために、あえてそんな言葉を選んで伝えた。
アデルは私の言葉に無言で頷くと、ゆっくりと両手を広げる。
次の瞬間、展開しているノヴァリャ聖国軍を、淡いピンク色の障壁が大きく囲った。
私とアデル以外、その事に気がつくものは誰ひとり居ない。
続いて、ドーム状の障壁の中に、青白い炎が渦巻く小さな球体が投げ込まれた。
アデルは手をかざして視線を遮り目を閉じる。
(ちょ、最後まで見届けさせてよ)
『そうじゃねぇよ…』
アデルがそう呟いた時、閉じていて尚目が眩む程の強い光が私を包んだ。
障壁に包まれた先で起きている出来事のはずだ。漏れ出ないはずの無音の何かが、頭の奥底で耳鳴りを鳴らす。
ゆっくりと目を開けると障壁の中には何もなく、地面が溶岩の様に溶けかけて赤みを帯びていた。
障壁を解くと、地面は見る見るうちに黒く固まっていき、黒いガラス質の石が陽の光を反射して、星空みたいに見えた。




