65話 ノエラのある一日(閑話休題)
ガランガランと、終業の鐘が鳴る。
教員の締めの言葉と同時に、教材を鞄に詰め込み席を立つ。
「ノエラ、この後何か用事有る?」
2つ前の席に座る少女が、振り向き様に眼鏡をクイッと上げつつそう話しかけてきた。
肩口までの黒髪が振り向きに合わせてフワッと拡がり、キラキラと日の光を反射して輝きながら纏まっていく。
そんな、羨ましい髪質を持つ少女の名前はシルケ。よく一緒に行動するグループの一人なのだが、寮の部屋が隣ということもあって特に仲が良い。シルケも私と同じく留学生で、ジャックミノー皇国から国の肝いりで来ているらしい。
細身の眼鏡が良く似合い、クール系文芸女子の雰囲気を纏っているが、眼鏡を外すと一転して体育会系女子の雰囲気に変わる事が出来る魔性の女だ。
「ん~ん。強いて言うたら、明日出す経済のレポート見直すくらいかな?」
「ぬはぁ~。ホント、見た目の割りに真面目だよね?!」
シルケは眼鏡を外すと、大袈裟に仰け反って驚くふりをする。
「せやろ?一見勉強なんかとは無縁と見せといて実はな……って、見た目の割りってどういう意味や!」
マテラ流のノリ突っ込みが絶賛大ブーム中のシルケは、そんな私の返しを見て両手を叩きながら爆笑してる。
返しの出来映えに関わらず、常に爆笑してくれると言うのは、有る意味苛めに近いものがあって…最初はせがまれて言うたびに恥ずかしかったが、今では他の皆もすっかり慣れてしまって、私達のやり取りに反応する人は居なくなった。
「はぁ…相変わらずノエラは最高だよね。」
一通り笑い終えたシルケは、涙を拭いながら私を見つめる。
「いや、シルケが安すぎるだけやで?」
「え~そんな事無いと思うけどなぁ…まぁ良いや。それでさ、暇だったらぺルル行かない?今日から新作が出るらしいんだ。」
行かない?と言いつつも、シルケのは既に私の手をしっかりと握ってて、断ったところで拉致されそうな勢いだ。
ちなみに、ぺルルと言うのは学校近くに有る、女性向けの軽食喫茶だ。可愛らしい内装でケーキやお菓子に外れもなく、放課後は何時も学校の女生徒で賑わっている。
「暇ってあんた…私レポート見直すって言うたよね?」
「え~行かないの?」
「いや、行くけどさ…」
「行くんかい!」
シルケの辿々しい突っ込みで落ちを付けて二人で笑う。
そんなやり取りが最近の二人のお決まりになっていた。
「その妙な格好もすっかりノエラの個性だね」
机の隅に畳んで置いてあったアデルのローブを、制服の上に羽織る私に向かってシルケが言った。
「まぁ…合わへんのはわかってるけどね。此ばっかりは大事な形見やから、手放せへんねん。」
幾度となく繰り返してきた言い訳をまた繰り返す。
アデルには勝手に殺すなと怒られたけど、この言い訳以上のものが思い付かない。
清楚な印象の青いワンピースの上に、赤をベースに黒や金色で意匠が施された、言ってしまえばヤンチャなローブだ。
組み合わせが悪いのは分かっているが、収納ポケットの利便性がお洒落心を凌駕してしまう。
教室を出て廊下を歩いていると、
「ノエラさん、コレ…」
すれ違い様、一人の男子生徒に手紙を手渡された。
「ぬはぁ~またか!」
横に居たシルケはそれを見て、驚いたような呆れたような、わざとらしくもある複雑な顔をした。
[~この後、大銀杏の下で待ってます。少しで良いので話を聞いて下さい~]
渡された手紙の文面を見て、誰にも聞こえないように小さく息を吐く。
「後から追いかけるわ…先行っといて。」
シルケにそう伝えると、私はさっきの男子生徒を追うように、大銀杏に向かって歩き出した。
「好きです。僕と付き合ってくれませ…」
「ご免なさい。」
「えっ、いゃ、別に直ぐに返事は…」
「私は国のお金で此処に居ることが出来てるんです、なので色恋に時間を割いてるなんて知られたら、直ぐに援助を打ち切られてしまうんですよ。時間を貰っても、返事は変わりませんのでご免なさい。」
「え、援助なら僕の家から今以上の物を約束出来ます。ノエラさんが望むなら、一生援助することも…」
「有難うございます。身に余るご提案を頂いて光栄です。でも、それをしてしまっては故郷を裏切ることに成りますので、申し訳ありません」
「そ、それは裏切りとは言わないでしょう。自身の望みの為により良い選択をするのは当然の権利です。」
「その考え方を否定は出来ませんけど、だからと言って私が貴方の申し出を受けた後に、更に良い条件を見付けたと言って貴方との約束を反故した時に、同じことが言えます?」
「ノ、ノエラさんはそんな事をする人じゃありません!」
「え~?!故郷との約束を反故するような奴ですよ??何をもって信用するんですか?」
「そ、それは……」
「そう言うことですよ。例えここで私がうんと言っても、貴方はわたしをずっと疑い続ける事に成るんです。まさか、自分だけは特別だなんて思ってる訳じゃないでしょ?」
「クッ………。」
「頂いたご好意は嬉しく思いますがお返しすることは出来ません。其ではコレで失礼します。」
深く頭を下げてから、クルリと身体を返し早足気味にその場を立ち去る。
こんな会話の一連の流れも、最近すっかり定型文に成ってしまってる。
入学して2ヶ月ちょっとしか経っていないが、 10人目以降は数えるのを止めた。
ここまで来たら男共のゲームの対象にでもなってるんじゃないかという疑問さえ浮かぶ…もしかして苛められてるんだろうかと不安になる…。
「祝!20人斬り達成!!相変わらずバッサリだね」
大銀杏から離れ、校門を目指して歩いていると、不意に背後からそんな言葉が聞こえた。
「先行ってって言うたやん…」
振り返り、声の主に対してため息混じりの言葉を溢す。
「いやぁ、ここまで来たら、ノエラがうんと言う瞬間まで見届けたいものですよ」
悪びれなく笑うシルケに、またため息が出た…。
ってか、20人目だったのか…。
ぺルルに到着した私達は、5人でテーブルを囲んで新作ケーキの到着を待つ。
私とシルケ以外の3人は、私達を待つように先にぺルルで席を確保してくれていた。
シルケなら絶対来るだろうと、行動を読まれての事らしい。
「それじゃぁ、ぺルルの新作ケーキとノエラの20人斬り達成にカンパーイ!」
「そんなもんに乾杯すんな!」
ケーキが到着すると、シルケが無邪気にそう言いながらミックスジュースを高く掲げる。
私は私で、悪態をつきながらも、そんなシルケに苦笑いだ。
「もう20人か、相変わらず凄いねノエラ。帰るまでに100人斬り達成出来るんじゃない?」
「達成した無いわ、勘弁してよ…」
隣に座る、アニカ・ポプマという少女が他人事のようにそんな事を言う。
「コレばっかりはお前のもって生まれた定めだ…諦めろ。」
「定めって…私が何してん…」
向かいに座り、人を罪人の様に言うのはディルクという男子。
「頑張って下さいねノエラさん」
「頑張らへんわ…」
無責任に取り敢えず応援団しとけってスタイルなのが、エトというもう一人の男子だ。
この5人が普段から仲の良いメンバーだ。。
身分なんかを考慮して分けられた座学の授業ではクラスが違うが、実力順で別けられた実技の授業で同じ班になったのが、知り合ったきっかけだ。
黙々と授業を受ける座学のクラスメートより、共に切磋琢磨する実技のクラスメートの方が多くのコミュニケーションを取るのは当然の事で、他のグループも殆どが実技の班で集まっていた。
「てか、いい加減私の断り方噂になってへんの?」
全て同じ断り方をしてるのに、皆が対策もなく言葉に詰まるのに、疑問を感じずにいられない。
最も、対策されたらされたで困るんだけど…
「それは無理ですね、皆プライドか有りますから。」
私の疑問にエトがサラッと答えてくれる。
「断られ方を話したら、他の奴に情報を与える事に成りますからね。ノエラさんの言うように、対策して成功となったら…それまでに敗れたものは、その男子よりも下だと言われてしまいますからね。」
「うゎ…なんかそれって…」
何のプライドなんだと喉まで出かかって、なんとか耐えた。
「まぁ俺はノエラの留学が終わるまで待っててやるから心配するな。」
続ける言葉を捜している私に、ディルクがそんなことを言い出した。
「ま、待つって何を…?」
「何ってプロポーズに決まってるだろ?」
「はぁあああ?!!!」
いかにも当然だろうと言わんばかりのディルクの態度に思わず大きな声が出た。
「勘弁してよ、あんたこの国の王子様やで?冗談でもそんな事言うたら私の身が危ないわ!」
「王子じゃない、次期連盟首だ。だからこそ冗談でこんなこと言えるはずがないだろ?」
「そんな細かいことはええねん!ちょっ、エト!あんたのご主人がご乱心や!なんとかしいな!」
「大丈夫ですよ、盟主もノエラさんの事は認めてられますから。ノエラさんがうんと言えば、明日にでも国を上げての婚約式が可能です」
「ちょっ、まって、あかんて!」
「なんだ?俺では役不足か?足りないものがあるな足せるよう努力しよう。」
「ちゃう、そういうことちゃうねん。大体私は平民やで?!ほんまやったらこうやって話してるのも憚れる事なんやで?!」
「大丈夫ですよ。我が国はレグレンツィ王国よりも身分差に寛容ですから。」
「問題が身分に有るのだったら、俺の持つあらゆる身分を捨てることもやぶさかではないぞ?」
「やぶさかれ!そこはやぶさかっとこうよ!あかんて、ほんまにあかんねんて…」
「大丈夫だ。ノエラが帰国後も学びたいと言うなら、それも待とう。なに、俺達はまだ若いんだから。」
「アホ言いなやぼけぇ…………」
一体私が何をしたというのか、突然やって来た破格のモテ期にただ困惑する…
ディルクに関しては、好きか嫌いかを問われれば、迷うことなく好きだと答えられるし、意識すれば恋愛感を持つことも出きると思う。
だけど私が、死ぬまで誰かを好きになる事はあり得ない。
だって考えても見てほしい…。
誰かを好きになって、その思いが通じれば、きっと遠くない将来この身体も捧げたいと思うだろう。
愛する人との初めての夜。
胸の鼓動が聞かれてしまわないか心配で、掛け布団から顔を出す事が出来ない私。
布団を捲り、優しく覗き込む彼に、瞳を閉じて口づけをせがんでみる。
やがて彼の唇は、顎を伝い、首筋から、胸元へ落ちていく。
そして、彼の舌先に与えられた刺激に私の瞳が開いた時…
そこにはアデルが浮かんでる………………。
相手には見えなくても、私に常に見えているアデルの姿。
多分アデルは背を向けていてくれているだろう。ああ見えて意外とその辺りは紳士に出来ている。
現に今でも、私の風呂やトイレの時はそうしてくれてるから………。
だとしても!
だとしても!だ!!
それは例えるなら、愛する男性との初めての夜を保護者同伴で行うのと変わらない。
100歩譲って、風呂やトイレの音を聞かれるのはもう諦めた。
だけど
そんな辱しめを受ける位なら
私は一生この純潔を守り通して
万が一神の子でも産めれば儲けものだと、淡く期待する…。
ブクマ有難うございます。
まだまだ手探りで書き進めていますので、忌憚のないご意見ご感想、お寄せいただければ幸いです。
稚拙な文章で読みにくいとは思いますが、生暖かく見守って頂けますようお願いします。




