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59話 ベネデットの希望

どうしてこうなったのだ…

レグレンツィ王国第一王子たる俺が、後ろ手に枷をはめられ、無数の兵に囲まれながら地を歩かされている。


計画は完璧だったはずだ。

ヴェネリオが連れていた一軍は、ロレンツォから派遣される2万や3万の軍勢ではびくともしないはずだった。

撃破する必要はない。

マッツカート大公も、隣国の不安が有る以上、長くロレンツォを離れることは出来ない筈で…ほんの一ヶ月、俺達が首都を囲んでいれば、俺の望む講和を飲むだろうという計算だった。

俺が望む講和…それは勿論、次期の王位を俺に継がせることだ。

カーラが相応しくない訳ではない。俺がカーラ以上に相応しいと言うだけだった。


後一週間…後一週間でこの国を正しく歩ませることが出来たというのに…

陛下は…俺のことをお許しに成るだろうか…

辛うじて、死罪や幽閉を逃れることが出来たとしても…継承権の剥奪は免れないだろう。

…こうなってしまっては、最早カーラを暗殺することも出来なくなってしまった。

第三位の継承権を持つエンニオも、俺と同じく継承権を失うだろう。

そうすると、万が一カーラに何かあった場合、次期王位につくのはジェズアルドということになってしまう。

王族としての、最低限の義務すら放置して生きる奴が王位に付いた日には、俺の愛するこの国が、一瞬で瓦解していくのが目に見える。


想定だにしていなかったこの状況に、俺は、重い手枷を背中に乗せて、代わり映えのない地面の眺めながら自問する。


32年間、前世を悔いて、これだけ努力して来たのに…俺はこんな所で終わるのか?

確かに前世の俺は腐ってたけど、今世の俺は頑張っただろ?

転生で貰ったこのチャンス、誰にも恥じることなく胸を張って活かしてきたと言っても問題ないだろ?

……あっ…そうか…俺は転生者なんだ。

だとすれば…あまり心配する必要はないのかも知れない。

だって、この世界は俺の物語の世界なんだから。


そんな一つの真理にたどり着いた途端、重く惨めだった枷が軽く誇らしく感じるようになった。

主人公のピンチは、物語に色付けする大事な要素で、きっとこれもその一つなんだろうと考える。

そうと分かれば簡単だ。

心を折らずに、タイミングを見据えていれば、きっとチャンスは訪れる…。

後に書かれるであろう俺の伝記に、俯いたままの俺を残す訳にはいかない。

俺は、さっき迄とは打って変わって、前を見据えて胸を張る。



やっぱりな…

真理を悟ってから、さほど時間もかからずにその時はやってきた。

俺を護送する一団の後方が騒がしくなり、兵士達が土埃のように弾け飛んでいくのが目に入る。


「待たせたなベネデット。第二ラウンドの始まりだぜ?!」


脇にエンニオを抱えて現れた男は、ジュリオ・ジャコッビと言う子爵家の6男で、俺と同じく次期当主に不安をいだいていると言って、俺の行動に賛同してくれた男だ。


敬称を省いて呼ぶことを許した覚えはないが、今はそれを正すまい。

この局面で、俺を救い出すという重要な役割を与えられた男だ。今後は俺の親友となって力を発揮してくれるのだろう。





「此度は既の所での救援感謝する」


ジュリオに連れられてやってきた、人知れず立てられた山奥の小さな屋敷で、俺は、陰ながら俺を支援してくれているという人物に頭を下げる。

今回の行動でかかった費用は、殆どがこの者の協力で出資されたということを聞かされた。

王子といえども頭を下げるのが礼儀だろう。

今回の俺の救出も、この者が全て御膳立てしてくれたらしく、これ程までに俺に期待してくれているのかと、胸が熱くなる。


「礼には及びませんよ。貴方はまだまだこんな所で消える人じゃありませんから。」


「……?」


「…?如何されましたか?」


「いや、少し聞き覚えのある声に聞こえたもので…何処かでお会いしたことはありましたか?」


薄暗い部屋の中、張られた薄い布越しに話す男の声が、妙に聞き覚えのあるように感じられた。


「…何度かご挨拶をさせて頂いた程度の私の声を、覚えていただいているとは…感激で御座います。」


「…御尽力に報いるためにも、宜しければ御顔を拝見したいのだが…」


「御気遣い有難う御座います。しかし、殿下の世になれば、それだけで私の悲願は叶います。今後も影ながら御支えするためにも、影は影のままが宜しいでしょう。」


「しかし、其では恩人の名を呼ぶことも出来ないではないか。」


「名ですが……そうですね、それでは影とでもお呼び頂ければと思います。」


そうんなふうに、男は正体を明かすことをかたくなに拒む。

俺が王になった暁には、思うがままの利権を与えてやると言うのにだ…

最も、一万近い軍行の費用をポンと出すのだ、既に有り余るほどの財を持っているのかもしれない。


だとすれば動機はなんだ?

父王もしくはその近辺の現政権に何らかの恨みがある者か?

恨みと言うなら、一昨年領地縮小となったイゾラ伯が一番に思い浮かぶが…あの家は、むしろ借金に苦しんでいる筈だ…それならば…


「殿下、申し訳ございませんが私はこれで失礼致します。後の事は、そこのジュリオ殿からお聞き下さい。」


俺が男の正体に思い巡らせている間に、影の男はそう言って、俺が引き留める間もなく気配を消した。



「ベネデット、こっちだ。早くこい」


影の男が去ってからも、男の正体を思案している俺に向かって、ジュリオはそう言いながら手招きする。

たかだか子爵家の六男が言うには余りにな物言いだ。立場の違いという物を後で言い聞かせないといけないなと思いながら、渋々後を付いていく。


屋敷の埃っぽい廊下を少し歩き、また別の部屋に足を踏み入れる。

数本の蝋燭が灯された部屋に、一人の軍人らしき出で立ちの男がロッキングチェアに揺られていた。


「御初にお目にかかりますベネデット殿下。手前はシャンダの子フルベルト。ノヴァリャ聖国上級パラディンの命を授かったものです」


軍服の男は俺を横目でチラリと見ると、立つこともせず、椅子に揺られたままそう言った。


「…貴様…不敬に問われたいのか……いや、ちょっと待て。今ノヴァリャ聖国と言ったか?!」


「言いましたが…何か問題でも?」


そこでフルベルトと名乗った男は漸く立ち上がる。

腰まで伸びた金髪が、サラサラと流れ、蝋燭の灯りを反射する。

男の、息を飲むほどの美貌に気圧されそうになり、その美貌に不釣り合いな程鍛えられた体躯に圧倒される。

そしてフルベルトが目前まで歩いて来た時、180センチはある俺の頭頂が、男の肩にも届いていないと気が付いて、思わず一歩下がってしまった。


「き、貴国とは、宣戦の布告こそ成されていないものの、おいそれと国境を辺り会える間柄ではないはず。その国の上級パラディンを名乗る者が何故ここに…」


パラディンと言う呼び名はノヴァリャ聖国独特のものだが、我が国に照らせば騎士の位となり、上級と言えば国軍を動かす資格を持つ者で、侯爵以上の地位を持つのと同じことだと聞いたことがある。

歳は俺よりも若いくらいであるのにその地位に立てるとは…親の跡を継いだのか、相当に優秀なのか…

不覚にも一歩下がってしまったが、次期王足る俺が下位の者相手にこれ以上引く訳にはいかない。

俺は、俺の持つ王の威厳を全て持ち出し対峙した。


「何故?何故とは愚かな……勇者様の慈愛によりこの国を救いに参ったのです。」


「救いだと?隣国の手を必要とするほど我が国は落ちぶれてはおらん」


「フハハハハ、国の将来を憂い立ち上がった貴方がそれを言いますか?」


「くっ……だがこれは飽くまで国内の話だ。貴様らの救いを受けるなど国を売るような事が出来るか!」


「……ニエト殿、もしかして話されてないのですか?」


フルベルトがそう話しかける先にはジュリオしか居ない、ニエト?一体誰のことだ?


「あぁそれな…アイツのたっての希望で言わないように言われてたんだ」


ジュリオはフルベルトに向き合うと、間を置くことなくそう答えた。

成る程…愛称で呼びあう程仲が良いという訳か…


「あぁ、彼ですか…彼の悪戯好きにも困ったものですね……いいですか殿下?既に貴方の為に立ち上がり、陰ながら助力した当代の勇者は、今回の戦乱で命を落としています。」


「なにっ!!ノヴァリャ聖国の勇者が我軍に居ただと?!…………いや…だからなんだと言うんだ。俺の知らぬ所で勝手に参戦して死んだからといって、その責を俺に問われても知ったことではない…」


「更に言うなら、カットゥーロ…いや、ヴェネリオ殿といった方が分かりますか…彼も勇者であり、今回の戦乱で行方知れずとなっております。」


「馬鹿馬鹿しい、奴()勇者だと?!経典の読み過ぎでまともな判断ができなくなったか?勇者の降臨は500年周期だ、当代が死んだからと言って直ぐに降臨するはずがないだろう!」


ヴェネリオは俺が無二の親友と呼ぶ男だ、仮にもそれが真実ならば、ヴェネリオが俺にそれを打ち明けないはずがない。

だと言うのにだ…フルベルトとジュリオは、俺の言葉に顔を見合わせて肩をすくめる。

何だその、さも俺がおかしいかのような仕草は…さてはアレか?俺とヴェネリオの関係をこいつらは知らないな?


「まぁ、そう思うのも仕方ありませんが…ここに居るニエト、そして私もまた勇者なんですよ。正直、この事は私達だって驚いています。残念ながら普通の人間である貴方に証明するす術はありませんが、これが真実です。」


挙げ句、よりによって自分達までもが勇者だと言い出した。

言葉尻だけは丁寧を装ってるが、あからさまに俺を見下した目で…

その目もムカつくが、何よりムカつくのは転生者である俺様を、普通の人間と言いやがった。


「ハンッ!」


怒りを全面に押し出して鼻で笑ってやった。


「グッ……」


その瞬間フルベルトとジュリオから、途轍もない気迫のような物を感じて一瞬息が詰まる。

そんな圧迫感も一瞬の事で、一つ息を吐いたジュリオは冷たく言ってのけた。


「お前…なんか勘違いしてるけどよ…?俺等の力を借りずになにか出来ると思ってるのか?」


「……俺の世を望むのはお前らだけじゃない……国内にも…声には出せずとも、俺の挽回を待つ者はまだまだ居るはずだ…」


「ほぅ…それはそれは……それでその声を出せない支持者をどうやって見つけるんだ?国中がお前を探している所を一人一人聞いて回るのか?」


「ツッ………」


「もう詰んでんだよお前はよ。自分の政権の支持者探しすら人任せにしたお前じゃ、今更何も出来ねーんだよ」


「グッ………」


「ニエト殿、脅しが過ぎますよ…私達は勇者なんですから…」


ジュリオの言葉にぐうの音も出ない俺にフルベルトが助け舟を出す。


「ケッ!こんな甘ちゃん、言ってやったほうがコイツのためだろ。」


前世と合わせれば62歳…まだまだ30歳にもなっていない様な奴らに甘ちゃん呼ばわりされるが、反論の余地が何処にもない…


「…お前らの…お前らの目的はなんなんだ…」


いくら甘ちゃんだからといって、俺の国を他国に良いようにさせるのは我慢ができない…返答次第では刺し違えてでもコイツ等を止める覚悟を決める。


「安心してください、貴方の国に干渉するつもりはありません…。私達の目的はただ一つ。アベラルド国王が、勇者だと(うそぶ)き祭り上げている偽物を倒すことです。」


「…ノエミ・ザイラの事か?………もしかして、やつは魔王なのか?!」


ノエミ・ザイラの事は、一度、陛下の招きで食事を共にしただけでよく知らないが、密かに11代目勇者だと噂されていたのは知っている。そして同時に、極一部では、魔王じゃないかと疑われていたのも聞いていた。

だとすれば…確かにこれは他国だなんだと言っている場合ではないのかも知れない。


「魔王ではありません。」


しかしフルベルトはそれを完全否定する。


「えらく自信アリげだが、根拠は有るのか?」


「当代の魔王は俺が殺したからな。」


ジュリオが胸を張ってそう言った。


「そいつが魔王じゃなかった可能性は?」


俺の国に魔王が居るとなれば、どれほど国が荒れるのか想像もつかない事になる。こんな奴らの言うことを鵜呑みに出来るほど、俺は平和ボケしていない。


「我々勇者は、一度その姿を見れば魔王かどうか分かるように成っているのです。ここに居るニエトは当代魔王と面と向かい対峙し殺しました。そしてノエミというものとも、三度対面し魔王でないと判断しています。少々腕は立つようですが、我々本物の勇者にかかれば大したものではありません。」


ノエミ・ザイラに関してはSSランクだとまことしやかに噂されている。それを大したものではないなど…コイツ等は知らないのだろうか?とはいえ魔王でないならば、偽の勇者を語ろうが、俺には関係のない話で…俺にはもっと気がかりな疑問が残っていた。


「大したものでないなら、とっとと暗殺でもすればいいだろ…何故俺の王位争奪を手伝う必要がある?」


「大したものではないと言っても、それなりの実力はあるようなので、人知れず殺すとは行かないでしょう。更に現王が愚かにも爵位などを与えてしまった以上、我々の存在が発覚すれば国同士の戦争にも発展します。戦争と成った所で我々が負けるはずもありませんが…馬鹿馬鹿しいじゃないですか、偽物騒動如きで我々神の子が余計な血を流さなくてはならないなんて…そういうことですよ」


「……つまりは俺が王になったとき、それらに目をつぶれば良いということか?」


「その通りです。漸く理解いただけましたか…」


「…分かった……約束しよう………」


フルベルトは最後まで俺を見下し続けていた。

それでも俺は大義のためにと今は耐える。

異教徒と言うだけで人間扱いしないコイツ等が、ノエミを殺すだけで済むとは思っていない。

利用するつもりなんだろうが、利用するのは俺だ。

俺が王位にさえ付けば…お前ら如きが好き勝手出来ると思うなよ…。



ブクマ有難うございます。

まだまだ手探りで書き進めていますので、忌憚のないご意見ご感想、お寄せいただければ幸いです。

稚拙な文章で読みにくいとは思いますが、生暖かく見守って頂けますようお願いします。


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