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48話 リオの剥けた皮(前編)


「カスト!」


ノエミキュンはそう叫ぶと同時に僕の背中を掴み、そのまま自分ごと二転三転と回転すると、その勢いで僕を斜め45°の角度で放り投げた。


「ギャァーーーー」


想定外過ぎる出来事。一瞬で地面が遠のき森の木々よりも高くなる。

魔王に成ってから、色々あり得ない経験をしてきたけど、まさか自分が物のように投げ飛ばされるとは………ひとしきり叫んでみれば、次第に飛行する快感が恐怖に勝る。

胸を張って両手両足を大きく広げると、風圧の壁をフワリと乗り越えられた気がした。


「飛んでるよ!チョー飛んでるよ!!」


昨日体験した浮遊感も素晴らしかったけど、今感じている感覚は、正しく自力で飛行しているような感覚を得ることが出来て比べ物にならない。

しかし、あくまで自分で飛んでいる様な(・・)感覚を得ているだけで、この瞬間は永遠じゃない。

徐々に速度が落ち始めると、直ぐに高度も下がり始まる。


「やだやだやだやだ!もっと飛んでいたい!!!」


両手で一心不乱に羽ばたいて、両足を必死にバタつかせ、少しでも飛距離を伸ばそうと足掻いて見せる。

マテラ村を守る使命を忘れて飛ぶことに心を奪われた訳じゃない。

だけど、願うことならもう少し飛んでいたい………


「だってこれ、絶対落ちたとき痛いだろぉぉ!!!」


進路の先には巨大な大樹がそびえ立つ。

手足をバタつかせ懸命にもがくが結果はついてこない。


「カストの馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」


渾身の力で叫びながら、来る衝撃に備えて体を丸める。

バキバキバキと枝葉に当たる度に僕の体は回転し、天地不覚に陥った。

ドンッと深い衝撃が尾てい骨に突き刺さる、呻き声をあげるまもなく体がゴロゴロと転がっていく。


転がり終えたのを確認してゆっくりと立ち上がり、尾てい骨をさすりながら枯れ葉まみれになった衣服を払う。


「お、俺って意外と頑丈…」


鬱蒼とした森の中で見上げると、僕の軌道が光の道になって残ってた。差し込む光の線に照らされて、手首の皮が少し剥けていた。



「ふぅ~」


大きな息を一つ吐き、ニエトと言う勇者を追うべく走り出す。

なんだろうこの感覚は?沸き上がる殺意が一本の線のようになって、ニエトが居る方角を指し示す。その感覚だけを頼りに全力で走っていると、僅か数分で視界の先にニエトを捉えた。


自他共に認める情けない魔王だ、でもここで勇者を倒せば、僕も一皮剥けて少しは魔王らしくなれるハズ。

そんな感情がこぼれ出たのか、意図せずニヤリと顔がニヤケる。



逸る殺意を押さえて息を整える。

ソッと腰から剣を抜きながら、気配を殺して忍び寄る。


全身の筋肉を柔軟に使い、音をたてずに助走すると、僕はニエトに向かって大きくジャンプした。頭上に振り上げた剣が切る風の音が煩いけど、それ以外は完璧な不意打ちだろう。

もうじきニエトが間合いに入る、両手の小指に力を込めて剣を振り下ろす準備を始める。


(死ね!)


間合いに捉えたニエトの無防備な首筋目掛けて剣を振り始めた瞬間、ニエトが振り向いてニヤリと笑った。


「気づいてないとでも思ったか、この三下がぁ!!」


ニエトは、剣の軌道に自身の左腕を差し出した。

その左腕は、さっき見たアデル様の魔力防御壁に似た光を放っていたので、恐らく同種の効果が有るのだろうと察しが付いた。

ニエトは差し出した左腕を軸に、右手を引いて力を溜めている。

剣を止められれば、その瞬間右手で殴り飛ばされるのだろうけど、今更何をしても手遅れだ。


だったら…せめて、少しでもバランスを崩させようと、僕は渾身の力を剣に込めた。


「っだらぁぁぁあぁぁあ!」


叫び声と共に気迫を上乗せした剣が、ニエトの左腕に接触する。

ギュワァンと、硬い手応えと共に嫌な音が鳴り響いた。

ニエトの右腕が動き出すのが視界の隅に入り込み、思わず目をつぶってしまうが、それでも僕は剣に力を込め続ける。


パキンと乾いた音が小さく響き、ザクリと肉を切る手応えに目を空ける。


「ぐぁぁぁ!テメエなんで…ふざけんなぁ!」


骨まで達した剣の痛みに、ニエトは繰り出していた攻撃の手を止め、飛び跳ねるように距離を開けた。


(勝てる。)


手にした剣に視線を送り、朧だった勝利を確信する。

その剣は、普段愛用している自前の剣ではなくて、アデル様の貴重な魔剣コレクションの中の一本だった。


(アデルパイセンさすがっす…。)


カストの野郎が僕を投げ飛ばす少し前、「当時は使ってなかったが、もしかしたら魔力防御壁位覚えてるかも知れねえ」なんて言いながらアデル様が貸し与えてくれたこの魔剣は、剣としての切れ味は三級品だが、収束された魔力に対して大きなダメージを与えられると言っていた。

つまりは魔力防御壁を砕く事に特化した性能で、その有能さが正に今実証された。


アデル様は「何処まで有効か分からねーから、気休めみたいなもんだけどな」なんて言っていたけど、こういう先見の目は、流石は初代魔王様だと感服せざるを得ない。


未だ防御壁を破られたことに困惑しているニエトに向かって、僕は一気に加速して斬りかかった。

・ 





「リオォォォォ!!!」


ノエミキュンが、僕の顔を胸に埋めて泣いている……。

感覚がないのがもどかしいけど、この絵面だけで僕は結構満足だ。



「始めは圧倒してたんだ…」


泣きじゃくるノエミキュンに向かって、マテラ村に居た狩人の男性が事の成り行きを説明してくれていた。

村の周辺警備に出ていた彼は僕とニエトの戦闘音に駆け付けて、最初から最後まで見てくれていたらしい。


言い訳する訳じゃないけど、彼の言う通り本当に最初は圧勝してたんだ。

正面から対峙してみれば、ニエトの動きは遅くて単調。時折鋭い一撃も見せたけど、カスト様に何度も殺されかけた僕にとっては、数ある凡打の1つと変わり無かった。


ニエトとの戦いながら気が付いたんだけど、カスト様ってノエミキュンの体を借りてるから、本当の意味での全力じゃ無いんだよね……………アレでも……。

それで、そのカスト様と対等に戦ったアデル様の事を思うと、同じ魔王を名乗っていた自分が恥ずかしい……。


まぁ、そんな恥ずかしい僕ながら、ニエトをあと少しと言うところまで追い詰めた。

最初に傷付けた左腕は、その後の何度かの交錯で完全に切り飛ばしてやったし、左足の太ももにもザックリと深い斬込みを入れて、元々遅い動きを更に遅くしてやった。


(次の一撃で終わらせる。)


僕がそう確信して踏み込みかけたとき、背後から強い殺気を感じてニエトに止めを刺すタイミングを失った。


少し懐かしくも有る、忘れがたい僕の殺意が(ほとばし)った。

背後から現れたのは、11代目 勇者 コバーシ・タカーキー。

ゴザルだとか、ギョイだとか、何やら聞いたことのない言葉を語尾に付け話すタカーキーの言葉は、無性に僕の神経を逆なでる。

これ以上無いと思っていた僕の殺意が更に膨れ上がり、もはや冷静さを保つのが難しくなった。

初めてタカーキーを遠目に見た時の事を思い出す。ただ、当時と違うのは僅かな気後れも僕に芽生えなかったことだ。


僕は満足に動けなくなったニエトを放置し、直ぐにタカーキーに斬り掛かかった。

タカーキーは、連れ添っていたアンデット達を僕に差し向けると、直ぐに後方に下がり群れの中央で戯けてみせた。

僕が持つこの魔剣は、魔法障壁を持たないアンデット達に対しては只の鈍ら剣でしか無い。

それでも僕は浄化の力を織り交ぜながら、5体、10体、50体と行く手を阻むアンデット達を切り伏せていったんだ。


動かなくなったアンデットの残骸が200を越した頃、タカーキーは差し向けるアンデットを人間から魔物に変えた。ベアや、ウルフといったよく見るものから、ゴブリンやガーゴイルといった、特殊な場所でしか遭遇しない魔物のアンデット。

更にワイバーンのアンデットが4体同時に現れたときは流石に一瞬諦めかけたけど…ノエミキュンとの約束を支えにボロボロになりながら乗り切って、ついにタカーキーの首を落とすことに成功した。


精も魂も尽き果てた。


同時に、絶対居勝てないと思っていたタカーキーを倒して、僕の脳内にファンファーレが鳴り響いいた。


見える世界の色が違う。

たった一人の首を落としただけで、今までの世界とは、全く違う世界観見えた。

あまりの変化に、歓喜して、圧倒されて、ほんの少しの戸惑いも感じて、僕は一瞬呆然とした…


ザクリと体の芯から聞こえる鈍い音。

疲れ果てた僕の身体に激痛が走る。


崩れ落ちそうになる膝に活を入れて、何とか地面を踏みしめる。

僕の後ろでニエトが「ヒキャキャキャキャ」と嫌らしい笑いを上げていた。



痛みの出所を探ると、僕の胸から真っ赤に染まった掌が生えている。


その掌には綺麗なピンク色の塊が…ピクピクと赤い液体を飛ばしながら脈打っていた。


掌がそのピンクの物体握りつぶした光景が、僕が生身の目で見た最後の光景だ。


ブクマ有難うございます。

忌憚のないご意見ご感想、お寄せいただければ幸いです。

稚拙な文章で読みにくいとは思いますが、生暖かく見守って頂けますようお願いします。


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