4話
ギルドの2階、1番奥まった部屋には豪華な応接セットが置いてあり、そのソファーに私は座る。
さっき私を呼び止めたのはこのギルドのマスターで、ここはそのマスターの部屋だ。
通常、私の様な銅Fランクの冒険者がこの部屋に呼ばれる事はもちろん、マスターと話す事もない。
私の場合、家出の事象が特権階級絡みのため、迷惑はかけられないと冒険者登録をする前に、マスターに面会を求め事情を話していた。そのため何かと声は掛けて貰っていたがこの部屋に呼ばれるのは初めてのことだ。
因みに銅Fランクというのは、ギルドで着けられるランクのことで、依頼に対する達成率を金銀銅の三種類に分類する。簡単に言えば達成率が95%以上なら金、85%以上なら銀、それ以下なら銅という具合だが、依頼の難易度に沿ってポイントが付いていて金銀それぞれ最低ポイントが決められているので、例えば薬草採取で銀に上げようとすれば何十万という回数をこなさなくてはならない。
更に個人の強さを表す記号がS・A・B・C・D・E・Fの7種類でそれにFを除き+と-が付けられ各記号を3分割する。
このランクはギルドのみならず、兵士や魔物にも適用されている。
Fを一般成人男性と定義して、兵士に成るには最低Eランクが必要となる。
Eランクに成るにはFランク8人分の実力が必要で、Dランクに成るにはEランク8人分の力が必要とされている。そこに+と-が付くのだが、Dを例に上げると、Dランク一人から二人分の実力があればDとされ、3人から5人ならD-、6人から7人でD+と評価されている。
纏めてみるとこんな感じだ。
S=A×8
A=B×8
B=C×8
C=D×8
D=E×8
E=F×8 一般兵
F=一般男性~それ以下
初めて聞いたとき耳を疑ったが、Sランクの魔物やAランクの人間はちゃんと現存するんだと聞かされて驚いた。
「どうした?そんな緊張して??あぁ確かこの部屋に入るのは初めてか。とはいえこれ位の家具はお前の家にもあっただろう」
そんな風に気さくに話しかけてくる男性がこの街のギルドマスターだ。
スキンヘッドに残る大きな傷痕が原因で一線を退いたそうだが、その肉体は今尚鍛え抜かれている。
強面のその顔は頭の傷が更に迫力を付け加え、他人だったら間違いなく目を合わさないタイプの人だ。
「こんな家具置ける家なら多分家出してませんよ」
私の緊張の真意を見透かされないよう、精一杯おどけて見せる
「あぁ…すまん、そうだったな…」
笑って欲しい所だったが、真逆に受け取られ、謝られてしまった…
「いや、そこは笑ってくださいよ」
再びおどけるも、呼び出された理由に怯える私の笑顔はぎこちなく
「あぁ、そうか…重ねてすまん…」
と、更に深読みさせてしまう。
「……そんなことよりも、えーと、御用はなんでしたか?」
余りの空気の居たたまれなさに自分から本題に入ってしまった。
「あぁそうだったな、先ずはこの絵を見てくれ」
後悔してもすでに時遅く、ギルマスはそう言いながら1枚の紙をテーブルに置いて私に見せた。
「なにこれ、凄い。私やん!!!」
その紙にはペンで描かれた似顔絵があった、細かな陰影まで付けられて、白黒である事を除けば、鏡に写った私その物だった。
「これはベルトイア家のクレオ殿が持ち込まれたものでな。クレオ殿は、王女様の近衛長をされている方だ、お前どこかでお会いしたことあるのか?」
「小さな頃、晩餐会などに顔を出した事はありますけど、流石にそれほど高位の方々とは…」
ベルトイア家と言えば代々王の側を守り続ける名門中の名門だ。貴族の中でも最底辺の私達からすれば、雲の上よりもまだ遠い。しかし……
「因みにお姿はどのような方でしょうか…?」
触れなくてもいい事を、怖いもの見たさで触れてしまう。
「あぁ、歳は確か25歳の女性でな、腰ほどある金髪を頭の後ろで縛っておられたな」
「…………槍とか持ってられました…?」
「いや、俺がお会いした時は手ぶらだったが、クレオ殿は槍の名手として有名だ。心あたりがあるのか???って、まぁ、なくてもそれくらいは知ってるか」
ギルマスからすれば貴族籍を持つものが有力貴族のことを知っているのは当然のことなんだろうが、私としては、そんな雲上人に興味はなく、全くもって知らなかった。
知らなかったけど…知っている………どうしよう。
乾いた笑いしか返すことが出来ず、作り笑いのこめかみがピクピクと痙攣しているのを感じる。
「俺としてはお前の事情を聞いている以上、惚けるつもりで居たんだがな…俺の所に話が回ってきときには、既に下の職員や冒険者からお前の名前が出た後だったんだ。」
ギルマスのそんなトドメの言葉に脱力し、ため息を付きながらテーブルに伏せる。
「オイオイ、言っちゃ悪いがお前の家の事でベルトイア家が動くなんて事はありえないだろ?別件なら多少の関わりは問題ないはずだ。それに俺以外はお前が貴族だってことも知らないんだしよ、気にしすぎじゃないのか?」
少なからず責任の一端を感じてくれているのか、慰めようとしてくれるのが伝わってくる、そんな物感じる必要はないのにと、申し訳なく思うが、彼は知らない。
「大好物なんですよ、貴族の人たちは。誰か何時、誰と会ったかなんて話が……クレオ様が人を探してるなんて話がベルトイア家の粗探しをしている人の耳に入れば、私の素性なんて一瞬で調べられちゃいますよ…」
「…………大変なんだな……。」
「大変なんです……………。逃げるわけには行きませんかね…?」
「俺の立場としては堂々と逃がすわけにはいかないが、逃げるお前を引き止めることも出来ない。ただ、俺の話した感じじゃぁ全ギルド支部に似顔絵をバラ撒いてでも探しかねんぞ?」
ギルドの支部は国をまたいで存在している、私みたいなのが生きていこうとすれば冒険者に成るか、犯罪者に成るか、身体を売るか……何れにせよあのクオリティの似顔絵がバラ撒かれたらまともな逃亡生活は望めない。
「………どうやってお会いすればいいんですか?」
重い息を吐き出すようにゆっくりと口を開く。
「会うのか?」
「会わなきゃどうしようも無いやないですか……奇跡的にバレない事にかけます。バレたとしても、実家からの追手だけなら最悪国外に出ればなんとかなりますし…」
「そうか、俺も出来る限り話がもれないよう手配しよう」
そう言ってギルマス自ら先方と取り合ってくれた。