30話 ダヴィデ・クリオーネの自信
我輩はダヴィデ・クリオーネ。王族以外では最も高い地位である公爵位を持つ者である。
我輩は、レグレンツィ王国魔法庁長官であり、魔法開発技術局局長であり、レグレンツィ魔法師団名誉師団長であり、レグレンツィ魔法学院学院長である。
様々な魔法の研究、開発、改良を手がけ、魔法界に比類無き功績を残してきた。直近における代表的な功績を上げれば、この国の唯一の飛行魔法士を我輩の手によって育て上げた事であろうか。
詰まるところ、レグレンツィ王国内における全ての魔法を司る存在であるのが我輩であり、その名と功績は他国にまで響き渡っておる。
自他共に認める世界最高峰の魔法士の1人なのである。
今日も我輩は何時もの様に、新たな魔法を開発するべく研究室に籠もっていたのであるが、先程から何やら市井が騒がしく、慎重な作業を伴う実験をしているというのに耳障りで敵わぬ。仕方なく人をやって様子を伺かがわせたところ、珍しく王都にワイバーンが来襲したと報告を受けた。
全く持って迷惑甚だしいが、正騎士団が出たと言うので今しばらくの辛抱だろうと、耐え忍び研究を進めていたが一向に鎮静する気配が無い。研究の手を止め再び人をやったところ倒したはずのワイバーンがアンデット化したと言うではないか。
自然界では稀に起こる現象ではあるが、人里に近い場所でのアンデット化は例がない。ましてやワイバーン程の大型の魔物がアンデット化したなど、数百年ぶりの事例である。
これは長年謎とされていた自然界で起こるアンデット化がなぜ人里付近で起こらないのか、それを解明する大きなチャンスであり、また、失われた死霊術の研究にも一石を投じる事のできるまたとない機会である。
早々、生け捕りにするよう命を出し人をやるが、既に討伐されてアンデット化した部分は灰になってしまったと言うではないか。
全くこれだから学問の重要さを理解出来ない筋肉で物を考える馬鹿達には、呆れざるを得ない。
仕方なくアンデット化したワイバーンがどれ程の驚異になるのか記録に残すため、被害の程度を尋ねると人的損傷はゼロだと言う。
そんな事はないであろうと詳しく聞けば、当初は部位欠損や半身を失った者まで居たが、勇者の手によって全員が一瞬の後に癒やされたと言う。
我輩は直に研究室を飛び出した。
勇者。
名は確かノエミ・ザイラと言ったはずだ。
噂を聞けば鳥よりも早く飛行し、ワイバーンを跡形もなく消し去る魔法を行使する、更には極大回復魔法迄も使いこなすと最近噂されている者で、それが真実ならば我輩の研究素材として脳裏に留め置く価値あるものだ。
幾度か陛下に召喚を依頼したが未だ叶っておらず。登城したと噂を聞きつけ足を運べば、既に帰ってしまっており、この我輩に幾度もの無駄足を運ばせた張本人である。
「貴様がノエミ・ザイラか?!」
謁見室へ向う廊下でそれらしい娘を見つけ声をかけた。
ノエミ・ザイラの特徴を聞けば、皆が声を揃えてその美しい容姿だと言うが、凡人の見目の善し悪しなど我輩の理解の範疇ではない、使用人以外で年端も行かぬ小娘が王城にいる筈もなく、どこぞの貴族が娘を連れて登城している可能性が無いわけではないが、違ったのならまた探せば良い。
「は、はぁ?そうですけど?」
我輩に向けられたなんとも煮え切らない返答に苛立ちを覚えるが、この小娘を詳しく調べれば更なる研究が進められると同時に考え溜飲を下げる。
「火急の用である。付いて参れ。」
我輩は端的にそう伝えて踵を返す。
手始めにどの様な実験から始めるか、ついつい歩調が速まってしまう。
「すいません、今から用事が有るので無理です」
「‥‥‥?」
無理と聞こえた気がして思わず振り返る。
貴重な時間を割いて足を運ばせた吾輩の呼び出しを断るとは、事の重大さを何も理解していない愚かな返答に激昂しかけるが、中身が愚かであろうと貴重な研究材料である。ヘソを曲げられて無駄な時間を費やすのは得策ではないと怒りを飲み込む。
「火急と言ったであろう、直に付いて参れ」
「だから用事があるので無理ですよ」
「小娘よ……火急という言葉の意味を理解しておるのか?我輩が火急だと言えば貴様如きの要件など取るに足らぬことであろう?」
全く、勇者だなんだと持て囃されているが、所詮は脳の発達が足りぬ小娘である。そう言えば下級貴族の出だと資料にあったことを思い出し、満足な食事も取れなんだかと諦めた。
知恵の回りかねる相手には、無駄に見えても時間を掛けて諭す方が早い事を、我輩程の賢人ともなれば理解しておる。
「貴方がどなたか存じませんが、用事があるって言葉の意味分かります?私からすれば、貴方の火急の用なんて、食器棚のコップ磨きよりも劣るんですよ?」
「なんじゃと小娘!!!この我輩に向けて何たる言葉を発するか!!!」
小娘の余りに無知な言い分に思わず声を荒げてしまったが、無知なる者にムキになることは無いと襟元を正す。
「ゴホン……。よいか小娘。我輩はダヴィデ・クリオーネ公爵で有るぞ?先の無礼は許す故黙ってついてくるのである」
「その公爵様がどのような方かは知りませんけど、私は陛下に呼ばれてるんです。どうしてもと言うなら日を改めて下さいね」
全く、呆れて言葉を失うとはこの事であろう。
この我輩がわざわざ名乗りを上げてやったというにも関わらず、知恵の回らない小娘は陛下の名を出して勝ち誇った様な顔をしておる。
そもそもが我輩の顔を知らない段階で己の無知さをひけらかしているという事にも気づかぬ様子で、出来ることなら早々に用事を済まして、馬鹿が移る前に距離お起きたいものである。
「良いか小娘。だからそのような事は些事だと言うのである…最も貴様如きにはその区別もつくまいて。陛下には我輩からとりなす故貴様は黙ってついてくるのである」
魔法学の発展はほど深く、一分一秒足りとも無駄に出来る時間は無いのである。明日でも明後日でも構わぬ様な陛下のご用事と比較できる物では無いという事は伝えるだけ無駄であろう。
「クリオーネ公の言葉とはいえ、陛下のお呼びを些事とは聞き流すわけには行きませんね」
「あ、ジェズ様…」
「ん?ノエミなにか言った?」
「………やっぱりまだ続くんですねジェズ…。」
「こ、これはジェズ様…」
我輩とした事が小娘にノセられて、ついつい陛下のお呼び出しに些事と言う言葉を使ってしまった。これをまさか第三王子に聞かれてしまうとは…愚鈍な王子ではあるが王子は王子、なんとか誤解を解く必要がある。
「クリオーネ公、貴方に愛称で呼ぶ事を許した覚えはありませんが?まぁ、そんな事よりも陛下のお呼びを些事と仰った意味についてご説明頂けますか?」
愚鈍と言えども腐っても王家の血を引いておる、向けられた厳しい視線に思わずたじろいでしまったでは無いか。
全く持って腹立たしい。
「失礼致しました、ジェズアルド王子。些事と申しましたのは確かに言葉が過ぎましたが、それもこれもこの小娘……ザイラ殿が私の呼び出しを頑なに拒むものでして…聡明な王子ならお分かり頂けると思いますが、魔法学の探求にはここで問答する様な時間は御座いませんのでどうかご理解を頂ければと思います。」
「成るほど、探求に焦る余りに思わず出てしまった言葉であって、本心では無いと言う事ですか…。安心しました。」
愚鈍な小娘に愛称を許し、敬称を付けた我輩の呼び方に否定を告げられるとは。
この小娘、勇者の名を語った娼婦ではないのかと一抹の不安を感じる。
だとすれば、どれだけ貴重な時間を無駄に過ごしたか、腸の煮え返りそうなことでは有るが、唯一の救いは、この愚鈍な王子が物の道理程度は理解出来る程度の愚鈍さで有った事であろう。




