29話
私を縦に丸呑みできそうな、大きな口を開けてアンデットワイバーンが迫ってくる。
「『アンデット化した君がこれで救われるかは分からないけど、せめて苦しみが終わることを祈るよ。』」
そんな言葉をアンデットワイバーンに投げかけたカストは、祈るように聖剣ガルガーノの振りかぶり、そこから十字に剣を振った。
その剣の振りは余りに尖く、ヒュンッと小さな風切り音を1つ残すだけで、私が十字に振られたと分かったのは辛うじて身体が感じ取れたからで、傍目に剣の動きを感じた者が居るかも怪しい。
スパンとまだ剣の届かない場所にいるアンデットワイバーンの身体を十字に切り分けた。
ズシンと踏み出した衝撃で切り口がずれる。
直ぐ様✕の字に剣を振る、再びヒュンと風が鳴りアンデットワイバーンの身体は更に切り分けられた。
8つに分割されたアンデットワイバーンの身体は崩れ落ち、比較的体積の大きい臀部と繋がる尻尾だけがバタバタとのうたうつのみで四肢も頭も沈黙した。
「『おやすみ。』」
カストはそう言いながら剣をしまうと手から炎を出して、ゆっくりとの臀部を焼いていく。そのまま10分ほどの時間をかけて焼き続けると臀部は完全に炭化して風に舞い散った。
ちょうどその頃、騎士団が対峙するもう一匹のワイバーンも、大量の血を流して崩れ落ちた。
後で聞いた話だと、全ての兵が普段の何倍もの力を発揮し、驚くほど短時間で討伐出来たのだと言う。これが奇跡の効果だと、皆が口を揃えて言っていた。
コイツもアンデット化するのでは?と、暫く皆は固唾を飲んで見ていたが、再び動き出す様子はなかった。
「『皆お疲れ様、騎士の名に恥じない君達の素晴らしい正義の力に僕は感銘を覚えた。勇者カスト・オリヴィエーロの名において君達全員が僕に匹敵する勇者であるとここに宣言しよう』」
カストはそんな芝居じみたセリフを述べつつ範囲回復魔法を行使しながら皆の前に歩み出る。今度の魔法は止血程度の効果しかないやつなのでバラバラにしたアンデットワイバーンの身体かが修復される事は無さそうだ。
足元がホワっと青白く光り、皆の体が温もりに包まれた瞬間、大きな歓声があげられた。
勇者様勇者様と、皆は口々にカストを讃える言葉を口にする。
「勇者様!どうか加護を頂けませんでしょうか!!」
そんな中、人垣の後ろから歓声をかき消すような悲痛な叫びが聞こえてきた。
皆は何かを思い出したように静まり返ると、振り返り声の主までの道を開ける。人垣が割れて一本の道が通ると、その先には下半身を失った中年の騎士が、血溜まりの中仰向けのまま若い青年兵の膝の上に抱えられていた。
「私を庇ってこのような事に…勇者様どうか加護を、加護をお与え下さい。」
若い青年兵はボロボロと大粒の涙を流しながら、ゆっくりと歩み近寄るカストに向かって懇願する。
半身を失った中年騎士はヒューヒューとか細い息を上げていて、傷口には薄い皮膚が貼り血が止まってはいるものの、へその辺りから下を失ってしまっていて長くない事はひと目で分かる。
高位の回復魔法士でも手足の一本程度ならともかく、失われた臓器の全てを回復する事は出来ないと言うのが私達の常識だ。
「『良く今まで保たせたね、君の回復魔法かい?』」
カストはそんなふうに優しく話掛けながら跪き、半身を失った中年騎士に手を当てた。
「は、はい。とは言いましても、私の魔力では辛うじて患部を塞ぐことしか出来ず…。私の命を対価にして頂いても構いません、どうか先程の奇跡を今一度お与えください。」
泣きじゃくりながらもなんとか答えた青年兵に、カストは軽く笑って答える。
「『ハハハ、君の命を使ってしまっては、命懸けで君を助けた彼に怒られてしまう。身を呈して君を助けた彼の正義と、その彼の命をこの瞬間まで繋ぎ止めた君の頑張りが何よりの対価だよ。』」
カストはそう言い終わると、静かに目を閉じて大きく息を吐く。
「『 ウゴナハリハベルミコタチオホキミタチ…中略…ハラヘヤレトノル、、、、、、、マッシママギアヒーーーール!!』」
30秒ほどの長い詠唱の末、聞いたことのない魔法を叫ぶ。
それと同時に、中年騎士が青い光に包まれた。
強い光が中年騎士の身体を包み込み、やがてその体は青い光の球体に変わる。
そして光が収まったその後には、傷一つない半身を取り戻した中年騎士の姿が現れた。
(あんな溜めとか、呪文とか…初めて聞いたけど、あれってそれだけ大変な魔法なん?)
『いや、俺らには呪文なんて必要ねーよ。』
(えっ?ほなあれは…?)
『演出だな。』
(………瀕死の人前にしてよーやるわ…。)
そんなカストの思惑に気が付くこともない周りの者達は、ワーと地面が揺れんばかりの歓声を上げる。
本物の勇者様だと隣同士で抱き合う者も居れば、勇者様バンザイと叫び続ける者、回復した中年騎士を取り囲み声を掛けるのなど様々で、一部には私の前に剣を掲げ忠誠を捧げたいと言い出す者まで出る始末だ。
陛下に捧げた忠誠はどうするんだと、心の中でツッコ厶が、それを横で見ている同僚の騎士でさえ暖かい目で見守っている風なので対処に困る。
これが場の空気って奴なんだろう。
流石のカストも、その剣は取れない様で当たり障りなく宥めて回っていた。
意識を取り戻した中年騎士は、起き上がり事態を飲み込めないまま、騒ぐ仲間達の様子に戸惑っている。
「良かったなヴィート、お前勇者様に救われたんだぞ!」
「お前、太腿のでかい古傷まで消えてるじゃねーか!」
「って言うか、ヴィートが素足なのに俺の目が染みてこないんだけど、どういう事だ!」
「ホントですか?!やったぁ、これでようやく部屋で鼻栓しなくて良くなる…」
「ハハハ、お前ヴィートと同室だもんな」
ヴィートと呼ばれる中年兵士は、訳もわからず仲間の騎士団員たちに揉みくちゃにされていて
「ってかお前、生えてなかったのか?それとも剃ってるのか?!」
呆然とされるがままだったが、仲間のそんな言葉で我に返った様だ。
「はぁ?わっ!なんだこれ!!!」
あぐらをかいて、自身の下半身を見て驚くヴィートさん。その動きに釣られて目をやると、そこには剥き出しの彼の陰部がデロンと横たわっていた。
(ちょっ!なんちゅうもん見せんねん!)
慌てて背を向けた私の背後で
「お前ノエミ様の前で丸出しは駄目だろ!」
なんてツッコミが聞こえた。
「も、申し訳ございませんノエミ様。いまいち事態を把握しかねておりますが、命をお救い頂いたにも関わらすこの様な粗末な物をお見せしてしまって…」
背中越しに聞こえるヴィートさんの声は焦り上擦り、真っ青になっているだろう事が見るまでも無く伝わって来る。
先程ツッコんでいた誰かも、背を向けた私の姿になにか感じたのか、それ以降沈黙した。
そんな不穏な空気は瞬く間に伝達し、先程までの歓声とは一転、周囲はしんと静まり返ってしまった。
「よ…」
「『そんな萎縮して謝るほどの事じゃねーから気にすんな。ノエミには少し刺激が強すぎただけだ。それにお前の息子は礼節をわきまえてちゃんと皮まで被ってるじゃねーか』」
(って、コラ!ボケアデル!私の体でなんちゅう事言うねん!!!)
「わっ!何だこれ!!」
「良いから早くしまってくださいと」言葉に出しかけた矢先に、わざわざしゃしゃり出て来て余計なことを言ったアデルを弾き出す。それと同時に、ヴィートさんの悲痛な叫びが響き渡った。
「『ハハハ、本来その身を守る為にある皮だからね、今は有るべき形で治ってしまったけど時間が経てば元通りになると思うよ』」
(せやしそういう話を私の体でするなボケ!)
そんなカストの言葉を聞いて、生き延びた時以上に嬉しそうなヴィートさん。背後から聞こえる安堵の声には、若干涙が混じってる。
でもね、今一番泣きたいのは、無理やり下ネタ発言連発させられた私だと思うんだ。




