外伝 『冒険者の疑惑/セネルの目的/女神衝突』
3回目、話としてはこれが最後です。
「う~む、これはまた面厄介な」
冒険者の街【アイン】にある冒険者ギルドの執務室。そこである資料を読み唸っているのは、その部屋の主、ギルドマスターオーガンである。
「ゴブリンの大量発生に裏があるとは思っていたが、魔族が絡んでいたか」
彼はセネルやシノブを始めとした高rank冒険者に調査を依頼していた。その理由は森で見掛けるゴブリンの数が増え出したからだが、何よりそのタイミングに違和感があったからだ。
ゴブリンの大量発生、これ自体は数年おきに起こる定期的なもの。いつもならゴブリンを優先的に狩る様に冒険者に促す事で、ある程度解決する。特に前回の失敗もあって早期に行った。
しかし、実際にはその時点で廃村はゴブリンに占拠され、前線基地へと化していた。それは前回同様の数以上に達している事を示す、だというのに攫われたのが異人が現れた後と言う。
ゴブリンは他種族、特に人型の雌を孕ませる事でその数を増やす。特に妊娠期間が半月と言うのもあって増えだすと底を知らない。だが今回においてはそれは当てはまらない。
「……異人が現れる前に周辺の村や街においても人が消えたと言う報告は無し。セネルの報告でクイーンが確認されているから数の説明はつく。しかしゴブリンの陵辱行為は本能的なもの、それを押さえる理性を奴等は持っていない筈。だが」
冒険者ギルドの歴史は長い。当然、魔物の生態も調査している。それは魔物を倒す為、今日を生き抜く為の知識だ。特に人に害を為す者の情報は細かく収集している。その中にゴブリンの陵辱行為を押さえるものは無い。ギルドマスターオーガンはそれをよく知っていた。彼もその調査に参加していたからだ。だからこそ、魔族がその術を知っている事に驚きを禁じ得ない。
「……そして目的は大罪の魔獣の覚醒、それ自体は脅威に違いない。だからこそ、おかしい」
そもそも【アイン】は駆け出し冒険者が集まる街だ。ある程度の強さを得れば新たな地へと旅立っていくのが常識。森の奥に向かう者はギルドの定期調査を受けた数人だけ。隠れて事を行うにしても、ゴブリンと言う囮を作り出す必要は無いと言っても過言では無い。それこそ魔族お得意の魔法で隠せば十分の筈なのだ。
故に、オーガンは考える。魔族のその狙いを。
「敵視している我々に対する嫌がらせ? それにしてはコストが掛かり過ぎている。万を超えるゴブリンの世話等、一体どれだけの金が必要か、考えるだけで頭が痛い。
一番可能性が高いのは元々覚醒させたかったのはゴブリンのキングかクイーン、捕まえようとしていたとあるが最終的には従えたどちらかでここを潰す事。覚醒したのは亜竜種との事だが、従えれば同じ事は出来る。まあ、新たに現れた別の大罪に潰されてしまった上に、どちらも姿を消してしまった以上失敗した様だが、筋書きとしてはそんな所か。あとついでに異人達の戦力を確認したかったのかもしれないな。しかしそうなると」
オーガンは改めて資料を見直す。再度唸り始める。
「う〜ん。やはり、調査段階での発見数が少なすぎる。キングとクイーンが発生していて従来と似たような数の筈がない。これは作為的に数を減らされている、と考えるべきだ。それはつまりーー」
高ランク冒険者の中に内通者がいることになる。口にはしなかったが最もありえてはならない可能性に、思わず天井を見上げる。
(今回ゴブリンが発見されてから調査開始まで期間は空けていない。廃村攻略、そしてキング対策も兼ねて各地のギルドから高ランク冒険者も集め盤石の上に盤石を重ねた。
結果は結界の崩壊と門周辺の建物が攻防の余波で少々崩れた程度、人的被害は無し。だがもし魔族の狙いが私の考え通りなら、【アイン】は……少なくとも内通者と思われる者達は人の命がどうなろうと知った事はないと言う事だろう。厄介な。
だが、一番厄介なのは内通者の候補にセネルとシノブが混じっている事。あの2人は違うと思うがもしそうなら、魔族はこちらの内情をほぼ知っていた事になる。これからは2人に頼れない。最悪だ。
しかも、シノブがそうならその姉のレインにも可能性が出てくる。ならギルド職員の中にも……駄目だ。1度疑い出すと全てが怪しく見える。とりあえず調査に協力してくれた冒険者は【アイン】から離れる様に依頼を出したが)
「はあ、これからどうしたものか」
正に頭を抱える事態に溜め息ばかりが漏れる。しばらく必死に考えるが、答えのない疑いについに白旗を上げたオーガンは、おもむろに取り出した手紙を隣の部屋の鳩の足に括り付け何処かに飛ばした。それが解決の糸口になるかは、まだ誰にも分からない。
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「ーーと、言う事なので暫く僕は手伝えません。ご理解頂けましたか?」
オーガンが手紙を託して数時間後、月明かりが照らす豪華な装飾が彩る部屋で、机の上に置かれた水晶玉にそう呼びかけるのは、現在疑いの目を向けられている者の1人、セネルである
『了解した。次の連絡はそちらが落ち着いた後、そちらから行う。それで良いな?』
水晶玉から返答が響く。これは【遠話の魔珠】と呼ばれる魔族の製作した魔道具である。ならば当然、水晶玉から響く声の正体は魔族と言う事になる。そしてセネルが話している相手は誰か? それはもちろん、彼の協力者であるアギネス・ジルバだ。
「ええ、お願いします」
『しかし、本当にお前が動けなくなる程の事態なのか?』
「ええ、今頃オーガンが僕達に対してどうするか考えている、いや、もしかしたらもう決めているかもしれませんね」
オーガンが行動を開始したのをセネルは知らない。だが予想は出来る。オーガンの事をよく知っているからこその発言だ。
「彼はああ見えて【ハイエルフ】、頭の回転は常人並みでも経験だけなら常人種の僕達を遥かに凌駕する。そして彼は困惑しながらも動くでしょう、遅かれ早かれ、ね」
『長命種の便利で厄介な所だな。まあ、どちらにせよ、暫くは様子見だ。問題はない』
この世界で1割に満たない数ではあるが存命する長命種。彼等を味方につければ古の知識と術を共有し、より強く、より豊かになれる助けになる。が、敵に回せばその力が全て自らに向かってくる。故に、敵にに回してはならない。それが、彼等を知る者達が口にする常用句である。
「それにしても驚きましたよ。報告書の偽装を行おうとしたら、揃いも揃って少なく報告されているんですから。示し合わせた訳でも無いのに。実にオーガンは運が悪い。まさか呼び出した冒険者全てに同類がいるとは思わなかったでしょうね。一応聞いておきますが、あれは貴方の指示ですか?」
『いや、独自の判断だろう。奴等も功績が欲しいだろうからな、目的の為に』
「そうそう、僕達の目的のアレはいつ頂けるのでしょうか? 我ながら今回は多分に貢献したと思うのですが」
魔族に与した者はみな、同じ目的を持って協力している。当然魔族もこの目的を持つ者に近付き、協力を持ちかけているのだ。各々やり方は違えど目的は同じ、故に今回の様に行いが重なる事が度々起こる。
それが原因で与した者が犯罪者として捕まる、もしくは死亡する等といった事もあるが、基本的に自己責任。むしろそこから魔族の存在を知られない様に、接触は最低限になっている。
なのでセネルの様に連絡手段を渡されてた相手はそれだけ魔族に貢献、いや、仲間達に対する背徳な行いをしている証明なのだ。
『ああ、その事か。それならもう少し、と言った所だ。お前が寄越した情報を元に作られた作戦が成功すれば、との事だ』
「魔獣を覚醒させる、と言う目的は成功したと思うのですが?」
『上もそれは理解している。実際、もう十分と言う声も上がったがーー』
「捕獲も成功させなければダメだ、と?」
『まあ、そういう事だな』
「一応聞きますが、何故? 僕達に課せられた『ノルンの作戦該当区域への立ち入りの妨害』、それ自体は果たした筈ですが。貴方の要望のジン君を含めた異人の誘導が原因ですか?」
『いや、これは上の都合、メンツの問題だな。自分達の考案したものはただの魔物の大繁殖による騒動で終わったと言うのに、下等種のお前の作戦は捕獲には至らなかったものの覚醒させる事には成功させた。それが気にいらんのだろう』
「それはまあ、どうしようも無い話ですね」
『ああ、本当に困ったものだ。だが、奴等が捕獲にさえ成功すれば、お前にも魔力の寵愛を受ける資格を認められるだろう。だからーー』
「ええ、しばらくはゆっくりさせて貰いますよ。果報は寝て待て、とも言いますしね。精々、武運を祈らせて貰いますよ」
『では、交信を終える。またな』
その言葉を最後に水晶玉から光が消える。それを確認したセネルは水晶玉を転移袋に収納する。そして、改めて椅子に深く座り直して呟く。
「またな、ね。初対面の頃と比べると大分砕けましたね。さて、大罪の覚醒に必要な物は深い絶望からくる【悲嘆】の感情、そしてそれを覆い潰す程の【渇望】。はてさて、彼等はそれをどうやって用意するのか、実に楽しみですね」
セネルは口元を歪めながら、そう呟いた。
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全てが漆黒に染まった部屋、いくつもの窓から漏れた光だけが照らす部屋の中、窓に写った映像を部屋とそう変わらぬ色のソファに座りながら眺めている嬌艶な衣装を身に纏った女性。女神が1柱フィーネスである。
「あら、残念。私の信者達は失敗しちゃったみたいね」
彼女の前の最も大きな窓には魔族が作戦に失敗し、無念にも撤退をしている最中の映像だ。そしてその隣に少し小さい窓に写っているのは、ソウル∶エンヴィーを纏ったジンの姿。
「でも、こっちは成功したみたいね。プレイヤーの方が成長しやすいと言っても2体とも使役しちゃうとは予想外。他の子もなんだかんだで面白い成長をしているみたいだし、順調、順調。さ〜て、次はーー」
フィーネスが別の窓を手元に寄せようと手を伸ばした。直後、バチィ!! と言う音と共に、閃光がフィーネスの背中を照らした。フィーネスが振り返ると、そこには金色の装飾で飾られた蒼い刀身の両手剣を持ち、蒼と白で彩られたローブを纏った女性が、剣を振り抜いた状態で立っていた。
「あら、久し振りケイトちゃん! 元気そうでお姉さん嬉しいわぁ」
それは眉間にシワを寄せフィーネスを睨みつける女神、ケイトであった。しかし、そんなケイトの姿を見て口元を緩め、気軽に声をかけるフィーネス。それがケイトを更に苛立たせる。
「なんのつもりですか?」
怒りを抑えながら、表面的には冷静に尋ねる。
「ん〜? 一体何の事かしら?」
「とぼけないで下さい」
顎に人差し指を当て首を傾げるフィーネスに、ケイトは剣先を向けながら更に尋ねる。
「本来プレイヤーとの接触する権利を持たないあなたが、私が力を授けた方達に接触し、力を授けて回っているのは何故かと聞いているのです!」
「あ〜、あれ。フフフ、な・い・しょ♡」
フィーネスが指を唇の前で立ててそう答えた。直後、フィーネスの目の前で、また火花が散る。ケイトが剣を振り抜いたのだ。
「もう〜、忘れちゃったのケイトちゃん? この世界の管理AIこと私達女神はお互いを傷付けられない様、システムに守られているのよ」
「……ええ、覚えていますとも。その原因は私が作ったのですから。それでも!」
強い意志を乗せて上段から両手剣を力一杯振り下ろし再度火花を散らせ、
「私はあなたを殺したい!」
殺意を持ってフィーネスに宣言した。
「変わらないわね、あなたも。でも残念、姉妹の再会はここまで。時間切れよ」
飄々とした態度で返答しながら、そう告げるフィーネス。直後、ケイトの体を白い光が包む。自らそれを自覚すると、剣を納めながらもフィーネスを睨みつけるのは止めずに言う。
「……あなたが何を企んでいるか知りませんが、このまま越権行為を続けるなら、こちらも黙ってはいませんよ」
「分かっているわ。だから暫くは傍観に徹する予定、だからそんな顔を止めて頂戴」
「フンッ」
フィーネスはそう言うが、ケイトは受け入れずそのまま光と共に消える。フィーネスはケイトが消えた場所を見ながら思う。
(まだ、これは話せない。私達自身が未だ半信半疑な荒唐無稽過ぎる話だもの。でも、あの子ならきっと信じる。そうなったら、必ず邪魔をする。だからもう少し待っていて、必ずあなたの望みを叶えさせてあげるから。さて)
フィーネスは思考を打ち切り、改めてソファに座り直し新たな窓を広げる。彼女の目的が分かるのは、まだまだ遠い未来の話。それが叶うかは、神のみぞ知る。
次は午後6時に。




