40『新たな冒険の地へ』
いつもの2倍近くあります。
目の前にそびえ立つ白く巨大な石碑、これがこの街の墓なんだそうだ。場所は【アイン】街から北東に広がる森の中にある小高い丘の上。街から出ないと辿り着けない理由はこの世界特有、いや、異世界物の作品なら当然と言える理由、そう、アンデッド対策だ。
昔、今回の様に街の結界が壊された事があったそうだ。当時の騎士団や冒険者が命を賭けて戦い勝利を納めたのだが、その騒動の最中、墓に埋葬された死体がゾンビやスケルトンへと変貌し挟撃を受けたらしい。その際、避難していた住民に多くの犠牲者を出してしまったんだとか。
それから王国では死体は燃やし、骨は砕き、粉状にした上で街からある程度離れた場所にまとめて埋葬する事になったそうだ。これは【死霊術士】と呼ばれるジョブを持つノルンに悪用される事を防ぐ意味でも効果がある、らしい。つまり、街の安全を確保する為、と言うことだ。ちなみにこの石碑は神の洗礼を受けており、不浄の存在を寄せ付けず、生まれない様にしているそうだ。
えっ? それじゃあ魔物としてウロウロしているアンデッドはなんなのかって? アイツらは何らかの理由で森の奥で亡くなってしまった被害者達だ。誰も供養する事が出来ずに未練のままに街の近くに集まって来る、らしい。詳しくは本人達に聞いてくれ、意志疎通が出来るならな。
「ようやくお礼が言えた。道案内ありがとうございます、アムトさん」
「いえいえ、これくらいどうと言うことはありません」
方針を決めてから20日。俺はようやく再会出来た『雑多屋』の店主、アムトさんと共にこの墓地へとやって来た。目的はあのテントと2種類のスクロールのお礼だ。まぁ、本人に届く事は無いだろうがな。しかし、思ったより来るのにかかったなぁ。最初にここに来ようと思ったのは、確かゲームを初めてすぐの頃だった筈。はぁ、だらしねぇな。俺。
「ところで本当に良かったんですか、これ?」
「ええ、それは問題無いです。俺にはもう必要ない物なので」
俺がアムトさんにあげたのは『マジックテント』と【鑑定】と【識別】のスクロール。かつて俺が店で買った物と同じ物だ。まあ、テントはしっかり掃除して、スクロールは新規で買ったけどな。所謂恩返し? みたいな感じだ。最初の頃は世話になったからね。
「また、新人冒険者に安く売って上げてください」
「分かりました。お任せください」
アムトさんはそう言って笑顔になった、だから俺も笑顔で返す。それにしても、まだゲーム開始から2ヶ月と10日前後しか経ってないのに、もう何年もここで過ごしている気がする。それにしては、王国の一部にしかまだ行ってないんだけど。イベントの時間設定のせいもあるが、それだけ濃い時間を過ごしているって事だろうな。
「そういえば、ジンさんはこの国を離れるそうですね?」
「ええ。折角冒険者になったんです、色んな所に冒険に行かないと損じゃないですか」
「そうですか、頑張って下さい。それでどちらに向かうのですか?」
「亜人が主体の【ウェルマ共和国】に向かうつもりです。あの国は王国と陸続きになっていて移動しやすいそうですし」
ちなみに王国から直接行ける国は共和国と【バルバス帝国】の2つ。しかし、帝国は海の向こう。折角修理したシェルハウスクラブだが、あれは基本的に岩の塊だから海に浮かべれば必然的に沈む。置いていく訳にもいかないので、行き先は共和国になった。共和国は亜人主体の国家、幸い王国とは同盟関係らしく比較的楽に入国出来るそうだ。
「共和国ですか。確かにあそこならまだ自由が利きますからね」
「帝国は違うんですか?」
「ええ、あそこは岩と砂で覆われている為か、とにかく食料が高いですし、そのせいか宿も高額。何より私の様な商人は国からガイドを派遣されて行き先も全て指定されてしまって、そして何より関税がとても高い。本当に商売がしにくい国ですよ、あそこは」
「はぁ」
金が掛かる事位しか伝わって来ない。いや、商人からしたらそれが大事なんだろうけど。もう少し冒険者向けの情報が欲しい所だが、無理っぽいな。まあ、帝国に行く予定は無いし、頭の片隅にでも──置いといたら忘れるな。後でメモしとこう。
「おっといけない、愚痴になってしまいました。すいません」
「いえ、お気になさらず」
「それでいつ出発するのですか?」
「今日これからです。だから、その前にここに来たかったんですよ」
「なるほど、そうでしたか」
「それじゃあ、そろそろ街に帰りましょう。アムトさんもお店がありますしね」
「はい。それじゃあ帰りも護衛、お願いしますね」
「任せて下さい」
帰り道、ゴブリン騒動の後と言うこともあって、魔物はおろか動物すら隠れてしまった静かな森を何事も無く突破。アムトさんを無事店へと送り届け、俺も帰路についた。帰る場所はもちろんシェルハウスクラブ、いや、新生シェルハウスクラブだ。
転移門をくぐりマイルームに入る。だが、そこには見慣れた簡素なベッドも青空を映す窓もない。ここはシェルハウスクラブ内建設された家の一室。そう、シェルハウスクラブはその名の示す通り、俺達の家になったのだ。
俺はただ修復を頼んだだけだった。しかし、修復を頼まれた職人達はそれだけで済まさなかった。
『修復するだけなんて勿体ない! 完成させましょう! お金? そんな物ギルドからせしめれば良いんです! 大丈夫、元々こうだったとゴリ押しすればなんとかなります! やりましょう、ええ、やってみせましょう!』
等と言って有無を言わさず【錬金術師】を筆頭に暴走を始め、気が付けばセツナ達が作ったそれは彼等によって完成させれてしまった。インスピレーションが湧いて止まれない、って感じだったな。
えっ? セツナ達は納得しているのかって? むしろ職人達に悪ノリして色々意見を言っていたよ。その時点で俺の言葉はもう届いていなかったな、あれは。
結果として、2階構造だったシェルハウスクラブは4階構造に変わり、高さも幅もそれに合わせて増加。粗削りだったヤドカリ部分共々形を製錬され、よりヤドカリっぽく変貌した。更にネイがコアにならなくとも動くようにゴーレムコアを内蔵し、正真正銘ゴーレムと呼べる物にもなった。まあネイの方が細かく動かせるので、あくまでネイが不在の時の代用品だけどな。
貝殻の底には職人達が刻んだ魔方陣があり、その効果で移動中の揺れが軽減された。更にサークがミミックファルコンの中で覚え、ネイに指示して刻んだ魔方陣もあり、その効果で常に貝殻の底が真下になるようになっている。仮に、横倒しになったとしても俺達は問題なく行動出来ると言うわけだ。
ゴーレムの背中と接する貝殻部分のやや上にはテラスが新造されたのだが、残念な事にここは効果の範囲外で、倒れたら落ちてしまう。まあ、揺れの軽減は効果があるので、改善の余地があるのだろう。実際、【魔道具ギルド】の皆さんは『改良してみせる!』と張り切っていたしな。
テラスはシェルハウスクラブ2階層に作られた家のリビングと繋がっている。家は2階建てで屋根はなく2階層の天井がその代わりを果たしている、ここから下に行けば1階層に、上に行けば3階層に移動可能だ。1階のリビングは外と内を従魔達が自由に移動出来るように段差がなく、扉は両方から開けるノブ無しの押し扉式。中を確認出来る様に窓はガラス製、残念ながら質はそれほど良くなく少々曇ってはいるが、まあ、許容範囲内だろう。
1階には30畳と広いリビングにキッチン、トイレとバス、もちろんトイレとバスは別。まあ、トイレもバスも俺達プレイヤーは使わないだろうが、前回の様にノルンを乗せる事もあるかもしれないからな、念のためだ。後は大きな部屋が1つ、家主と言うことで俺が使用している部屋だ。こちらも30畳程、ここから外に出られるように一部土間になっている、従魔を部屋に入れる必要もあるかもしれないからな。そして、転移門からマイルームに入るとこの土間に出るように設定した、俺の部屋は土足厳禁だからね。何故って? そりゃ俺が日本人だからだよ。
幸い、日本的文化も少なからず流通していたので、職人達に詳しく説明する手間はなかった。まあ、忍者があんな堂々と活動しているんだから当然と言えば当然かもしれない。ただ、畳が無い事だけは不満だ。現実同様、希少で高価な品物で揃える事が出来なかった。せめてゲームの中だけではと思っていたのだが、実に残念だ。
2階は8畳の部屋が8つ、各部屋にもトイレとバスが別々に設置されている。小さいがベランダもあるぞ、まあ、こちらもプレイヤーは使わない気がするけど。とりあえず、俺だけで使うには大きすぎる家だよ。
「あっ、ジンさんお帰りなさい! 用事は終わったんですか?」
「やあ、ユキムラ君。今終わって帰って来た所だよ」
部屋からシェルハウスクラブの内側に出ると挨拶をしてきたのはユキムラ君だ。俺が共和国に行くと決めて挨拶回りをしたら、真っ先に食い付いたのは彼だ。何でも薬剤の知識は共和国から流れてきた物らしく、今でも共和国が最先端を行っているらしい。職人達が張りきったおかげで部屋は余っていたし、軽く誘ったら2つ返事で了承したのだ。
彼は家の側の土地を使って畑を耕している、調合用の薬草を育てる予定だそうだ。貝殻には外の光を入れる為の穴が小さいながら空いているのだが、その光がそれなりに当たる場所が家の近くだったのだ。まあ、リビングがガラス張りだから当然か。
「ユッキー、この苗は──あっ、ジンさんお帰りなさい」
「ただいま、アンク君」
アンク君はユキムラ君とコンビを組んでいる、ユキムラ君が付いて来るなら彼も当然一緒だ。ちなみに亜人に会える事を1番楽しみにしているのは彼だ。なら何故亜人種ではなく常人種にしたのか? と、聞いたら、
『亜人として亜人に会うんじゃくて、普通の人として亜人と会いたい』
と、答えた。ファンタジー小説でよくある展開を望んでいるらしい。だがアンク君よ、その展開は大体敵対か良くても警戒から入る事が多いんだが、それで大丈夫なのか?
「んでユッキー、これは何処に植えれば良いんだ?」
「えっと、それは……森寄りの畑に植えておいて。マクラ草は日の光が無い方が育つから」
「オッケー」
アンク君はユキムラ君の指示の下、両腕に抱えた苗のケースを持って移動していった。春夏秋冬のメンバーが作った作業服はなかなか役に立っている様だな。そういえば、
「ユキムラ君、ネリネさんの様子はどうだった?」
「相当まいってます。ログインする前も庭園の蝶を見て怯えてましたね、あと、ニョロニョロ系にも激しく反応する様になりましたね」
「そうか。やはり恐怖体験2連続はキツかったか」
一昨日の事だ。完成したシェルハウスクラブにユキムラ君達が引っ越してきた時に、一緒に春夏秋冬のメンバーも付いてきたのだが、ネリネさんを見付けたリィスがあっという間に糸でグルグル巻きにした上でシェルハウスクラブ内を引き摺り回し、最後には吹き抜けになっている4階層の中央にある穴から1階層に再現された小さな海に落としたのだ。更にその直後、ネリネさんはペンギンから貰った卵から孵った俺の新しい従魔に助けられたのだが、ソイツの顔を見た途端に気を失った。
そんな新しい従魔の名は『アンモ』、【レッサー・ジャイアントモーレイ】と言う種族の魚。生まれて3日で体長3mを越えた巨大ウツボだ。従魔になった事で知性を得て、今はサークと一緒に1階層で暮らしている。生態的に海から出られないので、レベル上げは当分先かな。名前の由来はジャイアントのアンとモーレイのモだ。
まあ、そんな訳で人ほどデカイ蛾に痛めつけられ、大型車並にデカイウツボの顔を見ると言う恐怖体験を得て、ネリネさんはトラウマを抱える結果となったのだ。もう彼女がここに近付く事は無いだろうな、相当な事が起きない限りは。
「お大事に、と言っておいてくれ」
「きっと『一体誰のせいだと思っているのですか!?』って怒りますね」
「その時は『ただの自業自得だろ?』って言っといてくれ」
「了解です」
「ヤッホー! みんな元気? 僕は元気だよ!」
ユキムラ君と話していると背後から元気過ぎる声が響いた。誰も聞いてないよ、と言う言葉を飲み込み声に振り返る。リビングへの扉を押して現れたのはリアンノに、
「私も元気です」
と呟きながらリアンノに続くのはミーム。そして、
「お姉ちゃんも元気で~す! セツナちゃんは?」
「……元気、です?」
と軽い感じで続くのはマリーダに、言わされている感マシマシのセツナ。彼女達も共和国に向かう仲間だ。と言うか彼女達のおかげで俺達は共和国に入れるのだ。実は、国境を越えるには国が発行する許可証、まあパスポート的なのが必要になるのだが、俺はそれを持っていない。ギルドで申請してみたのだが、何でも俺のランクでは発行まで数ヶ月かかると言われてしまったのだ。そんな時に再会したのがリアンノだ。
リアンノのジョブ【修道治療師】は、人々に癒しを施すのが仕事のジョブ。どれ程の地域で、どれだけの人に施したかで神殿から新たな魔法のスクロールを授けられるそうだ。その特性上、国を越える許可を得やすく、リアンノはそれを既に持っている。俺はリアンノの活動の足になることを約束し、リアンノの許可証を使用させて貰う事になったのだ。
ミームはゴブリン騒動の折りにリアンノと仲良くなりパーティーを組んだそうで、リアンノが行くならと同行を決めた。
そしてマリーダ。彼女は個人的な理由で共和国に行く用事があるらしく、個人で許可証を持っていた。なんでも姉妹と一緒にゲームをする予定だったのだが、姉妹は亜人種でアバターを制作したらしくスタートの国が別々になったらしい。妹は自分だけでもなんとかすると言っているそうなんだが、マリーダは心配で仕方がないそうでなんとか国を越えられないかと方法を探し回り、遂に裏の店で売買されているのを探し当てたらしい。そして、それが相当高額な事も。
そこでマリーダは、一攫千金が狙えるジョブ【踊り子】にギルド経由で転職。毎日お金を稼ぐために街の何処かで踊っていたらしい。最初こそ収入は雀に涙だったそうだが、【踊り子】のレベルアップは戦闘以外にも第3者からの踊りの評価や、踊りで得た収益額なんかもあり徐々にレベルが上がり、確実に稼ぐ量を増やしていたそうだ。プレイヤーなら食事もトイレもマイルームがあれば宿代も要らず、戦闘をしないなら武器や防具の買い換えも必要ない。そりゃノルンに比べたら金が貯まるのは早かっただろう。そして、ゴブリン騒動で得た報酬で目標額に到達、ついに許可証を手に入れる事に成功したそうだ。
だが、彼女は許可証を買ったせいで所持金がほぼ無くなり、今度は旅費を稼がないと行けなくなった。しかも、手に入れた許可証は期限制で期限切れまで後2ヶ月もなく、共和国に向かうには馬車で1月以上かかる。旅費を集める時間も含めると、とてもじゃないが足りなかった。そんな時、ギルドで交渉中だった俺達の会話が耳に入ったらしく泣き付いてきたのだ。まあ、特に断る理由は無かったし、マジの泣きが入っていたので了承した。努力が水の泡に変わるなんて俺も嫌だしね。そして、ゲーム内で不足気味の妹分を補おうとしているのか、今はセツナにベッタリになってしまっている訳だ。
と、まあ、そんな事情で現在この家には俺を含めて入居者が6名が住んでいる? 状態にあるわけだ。ついでに従魔達は卵を全て孵して計17体、シェルハウスクラブが大きくなったおかげで数の問題は突破した。【獣魔ギルド】で貰った卵からは牛、羊、鶏が孵った。牧場でもやれって事かな? そしてガガ達の卵からは黒と白のシマシマ模様で小さな羽が足首辺りから生えた馬が生まれた。
それぞれの種族名と名前は【カウ】の『ユウ』、【シープ】の『ヨウ』、【ヘン】の『ケイ』、【フェザーホース】の『エバ』だ。前3匹はそれぞれ漢字の音読みから、エバは馬の音読みにフェザーのエをくっ付けた。羽や翼を組み合わてもみたが、ウバじゃお婆さんっぽいし、ヨクバはなんか微妙だったんだよね。
「Mr.エッグマンがここに居る、って事はもう用事は終わったの?」
「誰が“卵男”か。俺は卵体型の科学者じゃないぞ?」
「だってぇ、掲示板じゃそう呼ばれているよ。『卵を集め、卵を孵し、従魔にして戦う男。そうその名はMr.エッグマン!』って」
「間違っちゃいないが」
クソ、何処の誰だか知らんがパクリっぽい名前付けてくれちゃって。
「つーか、そのキャッチコピーはなんだ? それも掲示板に書かれてたのか?」
「そうだよ。そしてぇ、そのキャッチコピーを考えたのは──僕だよ!」
「またお前か!?」
「違うよぉ! 今回考えたのはキャッチコピーだけで2つ名は別の人だよぉ」
「本当だろうなぁ?」
リアンノには【骨折君】なる不名誉な名前を広めた前科があるからな。可能性はゼロじゃない。しっかり疑ってみる。
「もちもち、もちのろんだよぉ。僕、嘘つかない。そんな事より準備出来たなら出発しよう! 新しい出会いが僕達を待ってる!」
「……まあ良いだろう、追求はいつでも出来るからな。さて、折角だ。どうせならテラスから景色を眺めながら出発するか」
「おっ、良いね。じゃあ早速行こう! アン君! 畑仕事は中断してテラスへGOだよ!」
「はい?」
「ほら早く来る! フフフ~ン」
鼻歌を歌いながら真っ先にリビングへ戻るリアンノ、それに続くミームにセツナの背中を押しながら進むマリーダ。そして、苦笑しながら後に続く俺達男性陣。
テラスに出て外を見る。うん、本日も快晴だ。皆はそれぞれの場所に陣取り、俺の号令を待っている。ここに居るメンバーといつまでの付き合いになるかは分からないが、少なくとも移動中に暇を持て余さずに済みそうだな。よし、それじゃ行くか。
「目的地ウェルマ王国、シェルハウスクラブ発進!」
俺の指示を受け、シェルハウスクラブが貝殻を持ち上げ前進を始める。さあ、新しい冒険の始まりだ。
これでこの章はおしまいです。
後は掲示板と外伝が待ってますが、こちらは少し時間が空くかも?
それではまた次回!