37『初・緊急転移』
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
俺は水に横たわったラプターと対峙する。ラプターの息が荒い、ラース・ザウラーになっていた影響か? 幸い意識はある様だ。まあ、肝心なのは言葉が届くのか? なんだが、これはやってみるしか分からない。さて、なんて言葉を話せばテイムさせてくれるだろうか?
セネルが軽く漏らした話から察するにラプターは仲間を失っている。生半可な言葉じゃ共に進む事を選んではくれないだろう。……なら、この状況を利用するしかないな。
「久しぶりだな、ラプター」
俺が呼ぶとラプターは視線だけをこちらに動かした。オーケー、言葉は通じるみたいだ。
「俺はお前の言葉が分からない、だからお前に問う。仇がとりたいか?」
「グルルルルル」
ラプターは体を赤く発光させながら唸る。これ、どっちだ? 肯定として続けよう。
「俺はお前の仲間を殺した真犯人を知っている」
「グル!?」
「だが、ラースの力を持ったお前なら、いやそれでもソイツを倒すの難しいだろう」
セネルと1対1で戦える状況なんて作り出せる可能性は低い。間違いなく冒険者、もしかしたら魔族と協力して戦おうとするだろう。なんせ大罪だし、そうするのが当然だろ。
「そしてお前はソイツを倒せる可能性を持つ力を封印された。ラースの力を失ったお前では決して勝てる相手じゃない。そこで、だ。ラプター、俺と取引をしよう。俺の従魔になれ」
「ギャウ!!」
あー、この反応は怒らせたか? だがなラプター、俺の話はここからだぞ。
「まぁ、落ち着けラプター。これはお前にとっても悪い話じゃない。何故なら俺達プレイヤー、異人の従魔になれば死ぬことが無くなるんだ。たとえラプターが無茶なレベル上げをして命を落としても、時間経過で生き返る事が可能になる。お前は何度だって仇を討つ為に強くなり犯人に挑戦出来る様になるってことだ。
それに俺はこれから封印された大罪の力を解放する為に世界を回るつもりでいる。そこにいるリィス、コイツも種類は違うがラプター同様大罪の力を封印されてしまった。その解放の為だ。もし、解放する手段を手に入れたらラプター、お前の封印も解除しよう。ついでに、お前が仇を倒せる様に俺と従魔達でその舞台を整えてやる。どうだ? 悪い話じゃないだろ?」
「グルル」
まだラプターからテイムの提案が出ない。この方法では無理なのか? ……あっ、そうだ。
「ちなみにお前をテイム出来る異人は現在俺1人だけだ。もしかしたら後々増えるかもしれないが、それまで隠れて生きるか? 群れの仇はお前の姿を知っている。もし見つかれば封印は解除出来るかもしれないが、お前は魔族に利用された後に始末されるだろう。さあ、どうする?」
「グルル……ギャウ」
『【BA・ラプター】をテイム可能です。テイムしますか?』
yes/no
よっし! 上手くいったぞ。テイムと言うよりは『契約』に近い筈だが、スキルが無いせいかな? ともかくyesだ!
『ソウル【ラース】を習得しました』
『ソウル【ラース】が蛇紋亀甲封印の影響により封印されました』
え~? 封印後に使える様になっても効果があるのかコイツ。マジか? 解くまで絶対使用させるつもりは無いと言うことか、厄介な封印だな全く。さて、
「悪いなラプター。本来なら……いや今更言ってもしょうがないな。さて、それじゃあ名前だが──『レドラ』なんてどうだ? お前の首にあった赤い部分から連想したんだが」
「ギャウ」
なんか投げやりな返事だな? 好きに呼べって事か? じゃあとりあえずレドラで決定、と。
「ジンさん、あなたはいつもこのような形でテイムしているのですか?」
「えっ? いやこのパターンは初めてですね。いつもは……よくよく考えると卵から孵した回数の方が多いですね。まともにテイムしたのはグレイスとサークだけかな? エピタスはクエストの報酬だし、シロツキは特に何かした記憶がないです」
「あなたの従魔の数ならとっくに提供されている筈なのですが──もしかして【獣魔ギルド】に立ち寄っていないのですか?」
「【獣魔ギルド】?」
なにそれ、初耳なんだけど?
「その様子ですと耳にも入って居なさそうですね。本来なら自ら赴いてほしい所ですが、これからの事を考えるとここでお教えした方が良さそうですね。よく聞いて下さい。
【獣魔ギルド】とは食料となる家畜から、戦闘用の召喚獣や従魔等の獣関連のジョブを統括している施設です。【アイン】ですと、牧場と通りを挟んだ反対側にある筈です」
はて? そんな所にそんな施設あったかな?
「まあ、行けば分かります。ある意味では目立つ建物ですから」
「はぁ、分かりました」
「なんとなく不安な返事ですが、いいでしょう。さて、これからあなたと大罪の力を持った従魔2体をマイルームへ送ります。何か質問はありますか?」
質問。あるにはあるが、どれも些細な物。わざわざ運営サイドのケイトさんに聞く様な事じゃ、あっ。
「質問、では無いのですが1つお願いが」
「何でしょう?」
「リィスとレドラはこのままマイルームに送ってください。でも俺は瀕死にしてくれませんか?」
ケイトさんの表情が一瞬固まり、直後怪訝そうな表情に変わり、
「えっと、それは所謂マゾヒスト的なあれですか? だったら遠慮させて──」
「違います違います! 訳あって、俺は教会の方で治療を受けてないと色々不味いんです」
なんとも嫌そうな声で拒否されそうになったから、即座に否定した。いやだってさ、多分だけど俺、エンヴィー・モスに刺されて死んでいる事になっている筈なんだよ。そして、俺はまだ緊急転移を使った事がない。それなのにマイルームからデスペナも無く元気に出てきたらおかしいだろ? セネルに勘付かれない為にも俺は教会に転送された事にした方が都合が良い。
時間の誤差? そんなの『見た目の割りに傷は浅かったけど、動けなくて結局回復が間に合わなかった』とでも説明すれば良い。不自然? マイルームから出てくるよりは自然だろ。と、言うことをもう少し丁寧に説明した。
「ってことでお願いします。あっ、出来れば腹を貫いて腕は骨折させて下さい」
「……はぁ。未だかつて親愛の女神にそんな物騒な頼みをする人とは出会った事がありません。まあ、良いでしょう。痛覚は遮断していますか?」
「え~と、今しました」
「よろしい。玄武! こちらの男性の要望通りに攻撃を!」
ケイトさんが指示をした直後、両腕に水の蛇が絡み付き体が固定される。そこに重槍の様に太い水の槍が地面から伸び腹を突き刺し、両腕をキツく締め上げられ折られた。痛覚を遮断したからPCのディスプレイ越しにアバターを見ている様な感覚で軽く見れる。しかし、これは現実味がなくて駄目だな。今回限りしたいものだ。
そんな事を考えていると周囲を赤い壁が囲む。その壁には60.00の文字が浮かび、勢いよく減っていく。聞いていた通り60秒で転移するようだ。
「見事ですね」
「当然です。我々が使役出来る最高級の神獣ですから。ただし、次からこのようなお願い事は止めて下さいね」
「はい。すいません」
「謝る位ならしないで下さい。それでは先にラプター種とモス種をマイルームに送っておきます」
ケイトさんがリィス達に手をかざすと、まともに動けないリィスとレドラの下に魔方陣が現れる。更に魔方陣から光が溢れ2体を包みその姿を隠す。そして光が消えると2体の姿は消えていた。転移魔法、と呼ぶべき物だろう。それも無詠唱。いつか辿り着けるのだろうか、あのレベルに。頑張ろう。
「これであの2体はマイルームに移動しました。後はあなた次第、頑張ってください」
「ありがとうございました」
「どういたしまして。ではまたどこかで、さようなら」
ケイトさんが別れの挨拶をした直後、赤い光が視界を覆い気が付けば建物の中に立っていた。ギルドカードをチェックするとヒビが入っていた。壊れると聞いていたからもっとこう、半壊程度かと思ってたけどこんなものか。まあでも一応壊れたって事は、無事教会へ転移したわけだ。
「大丈夫で──何でその傷で立っていられるんですか!?」
突然正面の扉が勢いよく開き修道女らしき人が入って来たと思ったら、悲鳴じみた非難を浴びた。いや、確かに腹から血が溢れてズボンは真っ赤だけど足に目立った傷は無いし、立っていて不思議は無い筈だが?
「俺は異人ですから痛みを感じないんですよ」
「それでも限度があります!! とにかくそこに横になってください! 全くこれだから異人の方々は」
「すいません」
俺は謝りながら側にあった簡素なベッドに横になり、素直に治療を受けた。さて、とりあえずこれである程度の誤魔化しは利くだろうがまだまだ問題は山積み。何処から手を付けた物か? とりあえず、心が読まれない方法でも探すかな。