32『魔族、作戦遂行中』
今回も三人称です
「はあぁ……」
黒いマントに身を隠し、集団の先頭を飛ぶ魔族アギネスは盛大なため息をついていた。
「おや、いつでもどこでも元気良くがポリシーの隊長がため息とは珍しい。どうしましたか?」
そんな普段の様子からは考えられないアギネスの姿に、副官であるバリエラは少々心配になり声をかけた。
「だってよぉ、命からがらデータだけ持って逃げ出して本国に帰りゃ『このデータなら最新型なら行けるだろう。もう一回行ってこい』だぞ? ふざけんじゃねぇ! って思うだろ普通」
「まあ、そうですが」
なんだ、ただの愚痴か。そう思ったバリエラは適当に相槌を打つが、アギネスは止まらない。
「その上、再度出撃する為の準備をしている最中に『現地を監視している部隊から連絡があった、別の大罪が出現したそうだ。持っていく装置をもう1基用意する、持っていけ。種類? 今急ピッチで古文書の解析中だ、数日もすれば判明するだろう』だぞ? せめて特徴から予想出来るくらいまで調べておけって話だろ!?」
「それは、そうですね」
「しかも最新型ならいけるだろう、って事は俺達が使ったのは旧式ってことだろ? 最初から新型を使っておけばこんな二度手間しなくてもよかった筈だ、そうだろ!?」
「作戦上、最有力は【バルバス帝国】の【ホンキードン】、次点で【ウェルマ共和国】の【オークカイザー】。ゴブリンキングはそれほど期待されていませんでしたし、そこは仕方ないかと」
魔族側の作戦では、4つの大国にそれぞれ生息する強い欲望を持つ魔物を人工的に進化させ大罪への覚醒を促す、と言うものだった。
その中で特に期待していたのは収集癖を持つサル型の魔物ホンキー、予想大罪は【傲慢】と【強欲】。
2mを越える身長に巨大な筋肉を持ちゴブリンと同等かそれ以上の性欲を持つ亜人種のオーク、予想大罪は【強欲】と【色欲】。
次点で強い性欲と繁殖力を持つ亜人種のゴブリン、予想大罪は【怠惰】と【色欲】。
目に映る食物を食べ尽くし、それ以外の時は寝ているネズミ型の魔物ホーダースター、予想大罪は【怠惰】と【暴食】。
しかし、実際に覚醒したのは亜竜種のラプターと昆虫種のモス。前者はアギネス達が自論を証明するために連れて来たものだが、後者に関しては全くの想定外。大罪魔獣への覚醒と言う目的そのものは達したが、彼等の覚醒は魔族にとっても全くの予想外だった事は間違いない。
「じゃあ何で今2台も持っていけるんだよ? 無かったから俺達は旧式だったんだろ?」
「元々はホンキーとオークの捕獲に失敗した時の為の予備だった。そう考えれば理解は出来ます」
「だが納得は出来ない!」
「そこをグッと飲み込むのが我等軍人です! ほら、例の魔獣に大分近付いてきましたよ。仕事をしましょう?」
封印装置を2つも持たされたアギネスの部隊は、それを落とさない様にゆっくりと飛行していた。ジンが持つ転送リングと同様の物が機能すればこんな苦労する必要は無いのだが、残念ながら封印装置は個人所有が出来ない『特殊創造物』と呼ばれる物に分類される為、地道に運ぶ事しか方法がない。それ故に森を進むジン達の方が先にエンヴィー・モスに遭遇してしまったのだ。
「ケッ! それであれはどの大罪だ?」
「対象の名はエンヴィー・モス、大罪は嫉妬。最悪ですね」
「何が最悪なんだ?」
「嫉妬は情報がほぼ無いんですよ、分かっている事は“魔族はあれに近付いてはならない”と言う伝承のみ。慎重に──」
「おい、なんかヤバそうだぞ! 全員防御体勢! 装置を守れ!!」
アギネス達が話をしている間にエンヴィー・モスのチャージが完了し羽が帯電、今にも溢れんばかりと激しく輝いていた。アギネスは直感的に危険と感じ、部隊の仲間達に封印装置を守る様に指示した。直後、
「ギュオォォォォォォォォォォン!!」
エンヴィー・モスが猛々しい叫びを上げ、巨大な羽から大量の雷が閃光と轟音を響かせながら周囲を埋め尽くしていく。それはラース・ザウラーはもちろん、アギネスが率いる魔族達にのも襲いかかった。エオリオがセネル達との合流を優先せず、2体の足止めに動いていればシェルハウスクラブも巻き込まれ多数の犠牲者を生んだ事だろう。当然、そんな攻撃を受けてアギネス達も無傷とはいかない。雷が止んだ後、ボロボロになった魔力の盾を解除したアギネスは叫んだ。
「被害報告!」
「運搬班、被害無し!」
「防衛班、脱落無し! 消耗・軽微!」
「攻撃班、3割が脱落! 消耗・中!」
「補助班、1割脱落! 消耗・小!」
「衛生班は!?」
「全滅です! 全員森に落ちました!」
魔族は独自の技術発展の結果、魔法の適性を見極める技術を持っている。適性は攻撃、防御、補助、回復の4つに分類され、適性にはそれぞれ使用するのを苦手とする魔法が存在する。
攻撃の適性を持つ者は回復が、防御は補助が、補助は攻撃、そして回復は防御の魔法を苦手としている。苦手とする適性の魔法は発動しない訳ではないが、著しく効果が落ちる為、魔族は互いをカバーする様に鍛えられている。
この適性は全てのノルンにも当てはまるが、知っているのは魔族を始めとした一部の魔力に長けた種族のみで未だ全てのノルンに共有されてはいない。ちなみに異人にこれは適応されない。これは異人が自由にこの世界を過ごせる様にするための仕様である。
「チッ! 補助班は脱落者の回収に向かえ! 防衛班の3割を衛生班に回せ! その上で部隊を2つに分け半分は俺と一緒に憤怒、もう半分はバリエラと共に嫉妬を封印、回収する! 編成はバリエラに任せる」
「承知しました」
「よし、動け!」
「「「ハッ!!」」」
アギネスの指示の下、バリエラはまるで事前に予想していたかの様に瞬く間に部隊を再編、部隊はそれぞれアギネスとバリエラの背後に並んでいく。その最中、
「感電? 全員がか?」
「はい」
アギネスは雷撃を受け森に落ちた者を回収しに行った者達の報告を受けていた。
「衛生班は状態異常耐性の装備だった筈だな、感電もその中に入ってなかったか?」
「その筈なのですが、どうやら耐性を遥かに越える威力だったようで」
「はぁ、軍支給の装備が通じないなら俺達にはどうしようもねえ。……ホント、大罪魔獣ってのはどいつもコイツも面倒な奴ばっかりか。とりあえず回収した奴等はそのまま撤退ポイントまで引かせろ、そんで護衛と治療の為に数人残して戻ってこい」
「ハッ」
報告した魔族は直ぐ様回収した部隊と合流、森の南へと飛んでいた。そんな中アギネスは思案する。
(感電か。一応状態異常回復の薬を持ってきてはいるが、憤怒と同様なら効くかどう……あ? 感電?)
「隊長。部隊の再編、完了しました」
「あ? ああ、ご苦労。じゃあ──」
何かに気付きかけたアギネスだったが、バリエラが編成完了の報告を受け考えるのを中断。反射的に返事をしようとしたアギネスは、直前に何かを思い付き、
「バリエラ。こっちの攻撃部隊はもっと少なくて良い」
「えっ? しょ、承知しました」
一瞬疑問に感じたバリエラだったが、アギネスの真剣な顔を見てすぐに思考を切り替え部隊の一部を変更。その様子を見ていたアギネスは終わったと認識すると、
「いいか、よく聞け! 俺達の第1目標はラース・ザウラーだ。しかし、その側には突然現れたエンヴィー・モスも存在している。だからまず、バリエラの部隊はエンヴィー・モスを奴から引き離してくれ。ある程度距離を取ったら俺達がラース・ザウラーを封印する。それが終わったらここにいる全員でエンヴィー・モスの封印に取り掛かる。
ラース・ザウラーと違い、こちらは情報も少ない。分かっている事はエンヴィー・モスの雷攻撃は受けると高確率で感電するって事だけだ。だから絶対に奴の攻撃を受けるな~、それ以外は臨機応変で行け。分かったか!」
「「「ハッ!」」」
「なら行くぞ! 全員、突撃ぃ!!」
「「「おお!!」」」
号令を受けた魔族達。集団の1つは高度を上げ、もう1つは森の上スレスレを飛行していく。前者の行く先はエンヴィー・モス。羽から放たれた雷撃がモスの高度より上に行かなかった事を確認していたバリエラが、エンヴィー・モスから攻撃を受けない様にするため考えた苦肉の策である。
後者が目指すはラース・ザウラー。【巨虫の森】特有の巨大過ぎる木に隠れてしまったラース・ザウラーを探索するため、そして乱雑に並んだ木に進行を阻まれない為の行動である。
「見つけた、やはり予想通りだ」
巨大な木々とその葉の隙間に目を凝らし、ラース・ザウラーを見つけたアギネスはその姿を見て呟き、ほくそ笑む。その視線の先には横倒しになったまま、手足や尻尾を痙攣しているラース・ザウラーが見えていた。そう、ラース・ザウラーもまたエンヴィー・モスの攻撃を受け感電し動けなくなっていたのだ。
「攻撃班は虫共の警戒、防衛班は運搬班を守れ。運搬班は装置の設置、起動出来る様になったら俺の指示を仰ぐ必要はない。すぐに起動しろ。奴は痺れて動けないが、出来うる限り迅速行動しろ!」
アギネスの指示に即座に動き出した部下達が封印装置を準備している間、アギネスもまた周囲の警戒辺りながらバリエラ達の部隊の様子を見ていた。情報が少ない中、賢明に行動する彼等が危機に陥った時に即座に助けに入るためである。そして、封印装置はこれと言った妨害も無く無事に起動した。
「起動したか。とりあえず目標達成……ん? 何を慌てているんだ?」
ラース・ザウラーは封印装置の中に閉じ込めたのに、何故か封印装置を起動させた者達が集まり何かを言い合っていた。
「一体どうした?」
「隊長、それが──」
アギネスは慌てている部下達の元に降り立ち、事情を聞こうと話かけた。すると、アギネスが予想もしなかった返事が返ってきた。
「封印装置そのものは起動したんですが、連動して発動する筈の帰還結晶が動かないんです」
「なに? 原因は?」
「今それを調査していたんですが、どうも発動する為に必要な魔力が失われている様なんです」
「つまり、魔力が足りない。という事か?」
「はい」
アギネス達は知らないが、これはエンヴィー・モスの鱗分【小鱗分】の効果である。アストラルの状態では空気中の魔力や魔法を分解し吸収する能力であるが、本体を守る外殻と呼ぶべきエンヴィー・モスの場合は小鱗分に触れた物質からも魔力を吸収する効果もあるのだ。アギネス達がそれに気付けなかったのは、魔族達のMPの自動回復と消費量が同じだったせいだったからだ。
実際、上空でエンヴィー・モスの気を逸らそうと魔法を使っているバリエラ達の部隊は、一向に回復しない魔力に気付き攻撃の威力を下げる事で魔力の消耗を減らしながら作戦を遂行していたが、魔力を吸収するエンヴィー・モスにはまるで効果をなしていなかった。それを知らないアギネスは、マニュアルに沿った指示を出そうとした。
「結晶に魔力を込めもう一度再起動してみろ、それで駄目なら帰還魔法の使用を──ムッ!」
指示をしている最中に、上空から背後にかけて強い気配が動いたのを感じアギネスが振り返る。そこには蛾の特徴を持った何かが蹲っていた。それはゆっくりと立ち上がりアギネスを正面に捉えると、聞いた事の無い言葉を発した。
「ギギ、ギチギチ」
「なんだ、お前は?」
アギネスは目の前に現れた人型の何かに困惑しながらも戦闘体勢を取る。今回の騒動の最後の戦いが始まろうとしていた。
次回はジンの視点に戻ります