27『記憶』
暫く経ったが黒く染まった視界は一向に回復しない。死んだ事はあるが緊急脱出機能は使った事がないから俺は教会、または神殿に飛ばされる筈なんだが、どういう事だ? よく見ればLPも無くなってないし、もしかして本当にただ見えなくなっているだけ? いや、それはおかしい。確かに俺の体はあの巨大蛾の角に貫かれた筈。とりあえず動いてみると、なにやら体が安定しない。軽く手で押してみると揺れる揺れる、まるで宙にぶら下がっている何かに乗っているような? あっ、
「痛っ!? いてて、なんなんだ一体?」
突然手が何かを突き抜けてそのまま体も落ち、受け身を取る事にも失敗し肩から地面に激突した。幸いLPは減っていない、それほど高さはなかったようだ。あっ、体が見える様になってる。とりあえずここがどこか確認するために周囲を見渡す。しかし、
「なんにも無いな。まるでクラスアップした時の部屋みたいだ、石板は無いみたいだけど。ん?」
何処が壁か分からない様子に俺はクラスアップした時の部屋を思い出した。ふと、上を見ると白い塊が見える。よく見ると糸を集めて丸めた物のようだ。だとすればあれは、
「繭、か? 位置的にあそこから落ちてきたっぽいが、何であんなのに入ってたんだ俺?」
最後の記憶は角に刺さった所の筈なんだがなぁ? まぁ、出れたのだからいいか。
「うおっ!? なんだ!?」
突然真っ黒だった部屋が緑に変わった。いや、これは葉っぱか? それにしては大きいような、近すぎるのか? あっ、画面が動いた。上下に動いて安定しないな、うん? なんだこれ、白い玉が現れたぞ。近付いてくる、いや、近寄っているのか。あっ、これ卵だ。確かに昆虫の幼虫の一部は自分が入っていた卵を最初のエサとして食べるんだったな。つまり、これは昆虫視線の映像って事か。……なんで俺、そんな物見せられてんだろ?
映像はドンドン進む。草を食べる所、他の虫に襲われて逃げる所、隠れてやり過ごす所に進化をした所と思われる所と色々だ。魔物視線で進化する所は初めて見たが、どうもステータスの種族部分から進化先を選択するようだ。ただ、魔物には魔物独自の文字があるようで何に進化したかは分からなかったが。
それとこの視界の持ち主が住んでいるのは多分【巨虫の森】の何処かだ、巨大な蟻とノルンと思われる冒険者や騎士が戦っているシーンもあったから間違いないだろう。もちろん、【巨虫の森】とよく似た場所があれば分からないが。とにかく、これが昆虫の記憶なのは間違いないだろう。そして、それが誰なのかも今目の前の映像を見れば一目瞭然だ。なんせ、俺が写っているのだからだ。
「この記憶の持ち主はあの時の幼虫、確かに……【ステルスラーヴァ】だったな」
擬態能力を持つ腕位の大きさの幼虫だった筈だ。あいつ、進化済みだったんだな。こっからの記憶はほとんど俺達の事だ、ストレインとスクエールが孵化した瞬間もあった。それになんだか部屋? と言ってもいいか分からないがちょっと温かくなったような気がする。ふむ、当時の感情に影響しているのだろうか?
しかし、穏やかな様子はすぐに一辺する。原因は……ネリネさんだ。虫を近寄らせないアイテム、【巨虫避けのお香】だったか? あれが出た瞬間部屋全体が赤く染まり、部屋全体が炎で溢れた。何故か俺の周りに炎は出なかったが。
直後にまた俺が現れる、近くに居たんだな。だが。俺やグレイス達の体から漏れている緑色の粉はなんだ? あんな物出ていた記憶はないぞ。粉は俺が通った後にも残り、それを幼虫は避けている。幼虫にはお香の効果がこう見えていたのだろう。そして、俺は葉っぱを置いて居なくなる。俺がお詫びも込めて置いていった【ミツミツリーフ】だ。だがそれにもお香の効果が付いてしまっている、あれでは幼虫が食べる事が出来ない。実際幼虫も近寄れずに様子を伺っているだけだ。
場面が切り替わる。辺りは暗くなっている、結構な時間が流れたようだ。周囲に付いていた緑色の粉は消えている、だが幼虫は動かない、いや動けない。何故ならバッタを初めとした草食の巨虫達が小さなミツミツリーフに食らい付き、更にその巨虫達を狙った肉食の巨虫も現れていたからだ。草食の巨虫はミツミツリーフを食いながら肉食の巨虫に体を食べられるという、まさに地獄絵図が広がっている。そんなに旨いのか? ミツミツリーフ?
そんな地獄絵図の中、突然幼虫が動いた。補食されたバッタの口から食べ掛けのミツミツリーフがこぼれ落ちたのだ。幼虫はその一瞬を狙っていたかのように、葉っぱに糸を伸ばし確保。すぐに引っ張りあげ木の空洞に逃げ込んだ。
「あっぶ!? 今度は雷? 一体何が起きて──ヒッ!?」
視界が上下に動いたので恐らく食べたのだと思うが、その直後に部屋中にバチバチと音が響き爆音が続けて起きた。同時に影響を写していた画面が割れ、『何故?』の文字がびっしりと埋め尽くしていく。いやもう軽くホラーなんだけど? こういうビックリ系のホラーって苦手なんだよなぁ、本当に勘弁してほしい。あれ? 幼虫の読める文字はさっきまで解読不能な謎の文字だった筈なのに、なんで突然日本語?
とか思っていたらまた映像が変わる、それも割れて区切られた部分全部に別々の映像が。しかもさっきまでのノロノロした映像じゃない。空を滑る様に移動し角で巨虫達の首を落としていくという、えらくアクロバティックでスプラッタな映像が流れている。ミツミツリーフ、あれは一体幼虫にどんな変化を起こしたんだ?
ん? 隅っこの方の映像だけスプラッタじゃない。一際巨大な虫が幼虫を囲んでいる、一体何をしているんだ?
種類はハチ、トンボ、カマキリ、アリの4種類。揃いも揃って肉食系の昆虫ばかりだが、どうにも食べようとしている訳じゃないみたいだ。うん? 新しい奴が飛んできた来た。あれは蝶? いや止まった時に羽を畳まないから多分蛾だな。更にその後ろから大量の緑色の幼虫が這いずって来る。【判別】……は働かないか、実物じゃないからかな?
幼虫は逃げ道を探そうとしたんだろう、視界が動くが視線の先全てに同種の幼虫がいてこちらを見ている。ただでさえ絶望的な状況が悪化ししている、これからどうなるんだ?
『強さを求めし幼きものよ』
突然部屋全体に女性と思われる声が響き、全ての映像が俺の見ていたものに差し変わる。幼虫の視線は正面の蛾を見ている。あれが話しているのか? 森で助けてくれたクワガタに近い、いや言葉がアイツより流暢だしもっと上位の存在か?
『あなたの想いは強すぎる。このままではいずれ、あなたの大切なものを自ら傷つけてしまう。故にあなたのその想いが和らぐまであなたを封印します』
直後、囲んでいた4体の巨虫が下がり、周囲にいる幼虫が糸を吐き出し始める。逃げ出そうとこちらは適当な木に糸を吐き出すが、それは木に届かない。
『無駄です。あなたの力ではここにいる者達には敵わない、抵抗せず素直に受け入れなさい。大丈夫、次に目覚めた時にはあなたの心は浄化され、真の強さに気付くでしょう。眠りなさい幼き我が同族よ、全てを許す優しき闇の中で』
話の内容から糸が届かないのは妨害されているかららしいが、一体何をされているのか俺には分からない。幼虫もそうなのだろう、視界が白く染まっていく間も糸を吐き出し続けるがことごとく地面に落ちていく。そしてついに視界が真っ白に変わり、更に地面が崩れ底が見えない穴の底へと落ちていった。
『これはラース・ザウラーと同じ?』
恐らく底に着いたのだろう、視界は真っ暗だ微かに壁の凹凸が上下に動いた事だけは分かった。同時に部屋にまたしても炎が燃え上がる、今度は黒い炎だ。この炎がラース・ザウラーが使う物と同じだとするならば、これは『憤怒の炎』と呼ぶべき物なのだろう。そして時間が経つ毎に黒い炎の勢いは弱く小さくなっていく、このまま消えるのか? そう思った時、その声が聞こえた。
『ヴオォォォォォォォォォォォォオ!!』
声は小さかったが、その声は間違いなくラース・ザウラーのものだと俺は思った。そして幼虫にも変化が起きる。全ての壁に大量のログがが現れたのだ。内容は、
『大罪魔獣ラースが覚醒しました』
『進化クエスト【大罪の目覚め】【尽きぬ憤怒】が達成された為、該当クエストは中断されました』
『進化クエスト【儚き嫉妬】が開始されました』
『進化クエスト【儚き嫉妬】の条件が達成されました』
『強制変異【エンヴィー】を習得しました』
『変異完了まであと【666】秒』
『スキル【嫉妬の領域】が発動しました』
『スキル【嫉妬の領域】がスキル【憤怒の領域】と接触、スキル【妄執の領域】が発動しました』
『大罪魔獣【エンヴィー・モス】への変異が完了しました』
【エンヴィー・モス】、それが今の幼虫の正体か! 俺がそれを理解した時、幼虫、いやエンヴィー・モスが動いた、地上へ向けて飛翔したのだ。あっという間に封印の蓋であった糸の壁を突き抜け、紫色の雷が弾ける暗い空へと舞い上がる。
『ギュオォォォォォォォォォン!!』
【巨虫の森】を見下ろしながらエンヴィー・モスは産声を上げる。直後、森の中から先程とは色が違うトンボが飛び出して来るが、エンヴィー・モスはそれを確認するやいなやそのトンボに向けて紫の雷を落とす。雷を落とされたトンボは煙を上げながら森の中へと消えていった。その後もハチや蛾等の飛ぶことが出来る巨虫達が襲いかかって来るが、ことごとく雷で落としていく。
そして、エンヴィー・モスの視界が森に近付いてくる小さな砂埃を捉えた。エンヴィー・モスはなんの躊躇もなく砂埃に向かって動き出す、途中で巨大なカブトムシが道を阻もうとしたがまたも雷で撃ち落とし、その近くに現れた壊れた貝殻を背負った歪なヤドカリを見つける。そして、割れた部分から外を覗く俺の姿が写ったと思ったら、映像を写していた壁が全て盛大な音を上げて砕け散った。
「キュオォォォォォォォォォン!!」
更に天井が割れ、そこから黒い体に紫の模様がある蛾が降りてくる。あれが今の幼虫の姿? いや、さっき見たエンヴィー・モスにはもっと色々他の昆虫のパーツが付いていた。でも、あれにはない。あれは一体? 【判別】……は無理か。ん? ウインドウが──何!?
『■■クエスト【エンヴィー・モス・アストラルを■■■】が発動しました
・勝利条件
1.エンヴィー・モス・アストラルの■■▲■■▲▲※1
2.エンヴィー・モス・アストラルの■■■▲■■▲▲※1
・敗北条件
1.プレイヤーのLPが0になる※2
2.エンヴィー・モス・アストラルの◆◆▲●▲▲▲※3
3.エンヴィー・モス・アストラルの■■▲■■▲▲※3
4.エンヴィー・モス・アストラルの■■■▲■■▲▲※3
※1 どれか1つ達成でクエスト成功
※2 達成次第クエスト失敗
※3 全て達成でクエスト失敗 』
クエストが発生しただとぉ!? しかも内容が文字化けしてて分からない。内容が分からないから注意書きの意味がない、厄介な。だがやるしかない、俺のLPが0にならない様に立ち回りながら勝利条件を探しだす。さて、まずはどうする?
ミツミツリーフの隠し効果にはバックボーンが一応あるんですが、ジンはその話を聞く予定はありません。ですので後日短い外伝としてあげます。おとぎ話っぽい感じにしようかな? とか思ってます。と言っても作者はあんまりおとぎ話読まないんで自己流の適当になるでしょうが。まあ、知らなくても問題ない内容ですから、上がった時は軽く流す感じでお願いします。
ちなみにクエスト内容が文字化けしている理由は、ジンがクエストを受ける資格を持っているのに全容を知る資格を持っていないからです。