25『頼りない言い伝え』
俺達は3つパーティを分ける事になった。
クチバさんをリーダーとした男性チームとマリーダさんをリーダーとした女性チーム、そして従魔を率いた俺だけのチーム。いや俺だけチームじゃないよね? まあ原因は俺が連れている従魔を分けられないからなんだけどさ、従魔持ちはこういうとき辛いよねぇ。
さて、俺の役目はセネルさん達ボス討伐隊にラース・ザウラーの存在を伝えることだ。ちなみにクチバさん達はエゼルドのワガママに付き合いラース・ザウラーに突っ込み、死に戻って【アイン】に情報を伝える組。エゼルドは倒す気満々だったが、まず無理だろうな。
そして女性チームは村に情報を伝える組、幸いマップに村の場所は表示されている。しかし、あそこはゴブリンの襲撃を受けている。背後から攻撃する予定だから恐らく大丈夫だと思うが、もし無理だと思ったら遠回りして【アイン】に向かう予定だ。一応クチバさん達が奇跡を起こす可能性もゼロではないからな。
「よし、見えてきたぞ。シェルハウスクラブ」
スクエールに木の天辺ギリギリを飛んでもらい、シェルハウスクラブへの方向を調整しながら走る事数十分、ようやくその姿を確認出来た。目印にもってこいだからな、あのデカイやつは。そして同時に、
「やっぱり群がっていたか、ゴブリン」
シェルハウスクラブを這い上がろうとしているゴブリンの姿も確認出来た。お前達の役割はラース・ザウラーが現れた時点で終わっているというのに、後始末の事も考えろよなアギネスめ。あっでも作戦自体はもっと上の奴の指示だっけ? ま、とにかく面倒を残してくれたのは間違いないな。
「とりあえず中に入るぞ、邪魔なゴブリンだけを排除して──!? なん、だ」
突然背後を何かが通りすぎた。慌てて振り返ると黒い炎が木々を燃やしていた、流れ弾か? 結構離れたつもりだったが、近くにいるのか? それとも射程がそれほど長いのか? とりあえずこの森に安全なところがないのは確実か、急がないと。
『『『グギャァァァァァァァ!?』』』
今度は悲鳴らしき声に振り返る、そこには黒い炎に巻かれたゴブリン達の姿が見えた。既に動かない者から転げ回る者、手足の一部についた炎を消そうと必死に土を擦りつける者もいる。だが、炎は消えず、むしろ炎に触れた所に移り体全体に広がっていく始末。生き残ってもあれに触れたら最後って事か、いや、燃えた所を斬ればまだなんとかなるか? ……ゲームの中とはいえ、そんなのは痛そうなのはゴメンだな。
「次が来る前に中に入るぞ急げ! スクエール! ウルス! お前達は先に俺達の事をセツナに伝えろ、行け!」
「ピィィィィィ」
「ホゥ」
スクエールは張り切って、ウルスはそれほどでもない感じで返事をした。既に諦めている印象も受ける、ゴブリン達の姿を見た後じゃ仕方ないか。シロツキとウルスを捕らえていた檻はここに来るまでに壊れ跡形も無くなっている、効果範囲から出たのか、はたまた既に──確かめようが無いことを気にしても仕方ない。今は俺の成すべき事をするために動くだけだ。
ゴブリンはこちらに気付いてはいるが近寄っては来ない、警戒しているのだろう。こちらもいつでも動ける様に構えていたが、スクエール達が伝言に成功したらしく歪みが目の前に現れる。俺達はすぐにそこに飛び込みシェルハウスクラブの中に辿り着いた。
「おお、戻ったか! 一体何がどうなっているのだ? 空は突然暗雲に飲まれるし黒い光が時折空に向かって伸びるわ、ゴブリン共もわらわら上がってくるでこちらも動きが取れない状態で──」
俺が中に入るといきなりくすんだ白い鎧の人がこちらにやって来て捲し立てる。いや、誰だよ?
「落ち着いてください。ええっと、騎士団の人ですよね?」
「いかにも。私はエオリオ、【アイン騎士団】に所属している者だ。両騎士団より一部の冒険者と共にここを守るよう命を受けた者だ」
アイン騎士団? アインを守ってた騎士達の所属している騎士団の名前かな? 初めて聞いたな。とりあえず知った風を装っておくとして、まずは現状説明だ。俺は見聞きした内容を簡単に説明した。黒い翼と捻れた角を生やしたアギネスとその部下達、今回のゴブリン騒動の目的、そしてラース・ザウラーの誕生。それを聞いたエオリオさんは、
「おのれ魔族め、我が国で好き勝手しおって」
「魔族?」
「しかも大罪魔獣を目覚めさせるなど、なんと愚かな行いを!」
「名前を聞いて強さが想像できる位有名な奴だったんですか、大罪魔獣?」
「急ぎ皆に伝えないと」
「あれ、俺の声が聞こえてないのかな? もしもーし? エオリオさ~ん? お~い?」
何度も呼び掛けたが返事は返ってこず、しかもそのまま登ってきたゴブリンを蹴落としている騎士達に合流してしまった。おい、あんな人が現場指揮官で大丈夫なのか? 仕方ない、詳しい話は待機している冒険者達に聞くとしよう。そうだな……あっちの4人組にするか。
「すいませ~ん! この緊急時になんですけど質問いいですか!?」
「お~良いぞ。何が聞きたい?」
あれ? もっと怒鳴られたりするかと思ったが結構軽く返されたぞ。何でだ? いや、それは後回しだ。まずは、
「【魔族】って何ですか? 亜人種とは違うんですか?」
「魔族ってのはずぅっと昔に全ノルンに敵対した一族の名前だ、元々は【魔人種】って呼ばれていた亜人種の1種だった筈だ。特徴は頭から2本1対の角と黒いコウモリの様な羽、尻尾を生やした者もいるらしい。あとエルフ並みに魔力の扱いが上手い、そんなところだな」
「敵対した理由は何ですか?」
「自分達が一番魔力に愛されている、だから一番偉い、だから自分達に従え。って事らしい」
なるほど、だから劣等種と呼んでいたのか。
「では大罪魔獣とは?」
「何百年か一回、不定期に現れる凶悪な怪物だ。前回は……いつだっけか?」
「さあ? そんな昔の事なんて気にしないからな」
「「だよなぁ」」
「……まあ、忘れるくらい昔だ」
だ、大丈夫かな、この人達の話をうのみにして。
「だが、その名前が忘れられた事はない。それほど危険な存在として語り継がれているって事だ」
「具体的には?」
「それは分からん、住んでいた場所によって話がまるで違うからな。俺が知ってるのは大量の水を空から落とすって話だが」
「俺は大地に大穴を開けたって聞いたぞ」
「俺は沢山の竜巻を起こしたって奴だな」
「まあ、こんな感じであちこちで語られる話はバラバラだ。が、話に聞くような巨大な痕跡は世界の何処にも見当たらない。まあ、長く語り継がれている話だし、何処かで盛られたってのが妥当だろう」
「なるほど」
つまり、非常に強いとされているが詳しい話は分からない。ということか。それ、結局何も分かってなくない? こういう場合は正確な情報を持つ集落がどこかにあるってパターンが多いんだが、アギネス達の様子を見るに魔族がそのパターンの可能性があるぞ。その場合こっちはまともな情報が無い状態で大罪魔獣と戦う事になるんだが、大丈夫か人類。もしかして俺達が異人がその情報を集めないといけないパターンか、これは? 一番面倒な奴が来てしまったか。
「さて、それじゃ体力も回復したし俺達も行くわ。兄ちゃん、またな」
「ありがとうございました」
「何良いってことよ」
「どうせ暇だったしな」
「じゃあな」
そう言って冒険者達はゴブリンがやってくる穴に向かっていった。後から聞いた話なんだが、何でもキングを討ちに行ったメンバーが用意していたポーションの類いを8割方持っていってしまっていたそうで、彼等は緊急時以外は自然治癒で回復を行っていたそうだ。もう少し残してやればいいのにな。閑話休題。
結局奴に対抗する有用な情報は得られなかった。今、分かっているのは巨大な肉食恐竜型で事、黒く消えない炎を光線の様に吐き出すこと、そして、俺では勝てない事。メンバーを揃えたところでどこまでやれるかも疑問だな。
「つー事で、今ここにいるメンバーだけでも逃がしたい。もちろん、キング討伐組も含めてだ。出来ると思うか?」
俺は合流したセツナと従魔達にそう伝えた。返ってきた言葉は、
「分かりません。ですが、とても難しいと思います」
「そうか」
まあ、そりゃそうだよな。討伐組が向かった方角は分かったが詳しい距離は分からないし、さっきまであったラース・ザウラーの光線も見かけない。それに対しこちらは貝殻部分の先端が木より高い所にある、もし気付かれたらここまで簡単に来られてしまうだろう。エオリオさんが送った部隊が討伐組を連れ帰ってくれればいいんだが、
「てきしゅ──」
「ヴオォォォォォォォォォォォオ」
何か気付き声を上げようとした騎士がそれを言い切る前に、巨大な遠吠えがそれを遮った。
「クソッ!? もう来やがった。まだ、こっちは動けないのに!」
とりあえずその姿を確認しようと、穴に殺到している騎士と冒険者をかき分け最前列へ飛び出る。そして俺が見たのは、大口を開けて黒い炎を吐き出そうとしているラース・ザウラーの姿だった。
「ネイ! 避けろぉー!!」
直後、黒い光が目の前を通り過ぎた。