21『巨大な蛹』
燃える森の中に突然現れた火の無い道、俺達は武器を構えて先に進む。最初はグレイス達も進んでいたのだが、
「クゥ~ン」
近寄るごとに酷くなる悪臭にグレイスが音を上げ、影の中に逃げ込んでしまった。グレイスは臭いに敏感な狼、仕方ないな。そのあともあのシロツキが音を影にダイブ、更にスクエール、ウルスが続いた。
「従魔、みんな隠れちゃった」
「この悪臭じゃしょうがないわよ」
「私達には効かないけどね」
グレイス達が影に潜り終えると女性陣からそんな呟きが聞こえた。何故彼女達は平気なのか? その理由はオプションの設定だ。彼女達は臭いがキツくなってくるとメニューを操作し、『五感調整』の項目から嗅覚の感度を最低値にまで下げたのだ。おかげで彼女達には軽く匂ってくる程度にまで悪臭が押さえられているそうだ。俺はしないよ、従魔達が苦しんでるなか主である俺がその苦しみを分かってあげられないのは嫌だからね。しかし、本当に酷い臭いだ。こんな臭いを出されたらそりゃあゴブリンだって寄ってこないさ、そこまでして隠したいものはなんなのか、是非見てみたいね。
悪臭に苦しみながら進む事数分、炎がトンネルになった道を抜けた。と同時に悪臭も消えた。状況的にあの臭いはここに誰も近づけさせない為のものだったんだろう。つまりここからが本番って事だな。
「ここからは軽口、大声は禁止でいこう、何が起こるか分からないからな。特にリアンノ」
「ハイハーイ、わかってまーす。私だって空気ぐらい読むよ~」
そういう所が不安なんだが、本当に大丈夫か? そんな思いが顔に出ていたのか、ミームが「いざとなれば口を塞ぐ」と呟いた。対してリアンノは「大丈夫だよ~」とか言ってるが、まあ、その時になれば分かるだろう。俺を先頭に晴天の森の中を進んでいく。しかし、空はあんなに晴れているのに聞こえるのは俺達の足跡だけ、森の中からは虫の鳴き声すら聞こえやしない。不気味だ、不気味過ぎる。そして、それを見つけた。
「これは……」
「たまご?」
「でっかーい」
「なんの卵かしら?」
卵? いやこれは卵ではない、こいつは蛹だ。形は楕円形で見た目は完全に卵だが、表面に見える細かい光沢が結晶体であることを主張している。色は黒で宙に浮いている。しかし、何より圧倒されるのはその大きさ。浮いている高さを除いても周囲の木より遥かに高い、ここ一帯を炎の幻影で囲っていた理由はコイツを隠すためか。そして肌に感じるこの威圧感、一体何がどんな進化しようとしているんだ?
そう思った直後、ここに来てから仕事をしていなかった【気配感知】に反応が来た。場所は──
「後ろ!?」
即座に振り向き剣を振るうと金属がぶつかり合う高い音が響く。直後手に嫌な感覚が走り思わず剣から手を放してしまった。そして、剣は落ちる事なく目の前で消えた。嫌な感覚の正体はこれか! 俺はすぐさま後ろに跳び、襲撃者から距離を取った。そこに、
『リアンノがパーティーから抜けました』
『ミームがパーティーから抜けました』
『マリーダがパーティーから抜けました』
3人がパーティーから居なくなったログが出た。思わず3人がいた場所を見ると、またも黒いフード付きコートを来た誰かがいた。それも3人、いや今俺を襲った奴を含めて4人。
「チッ! また後ろか!」
更に後ろから反応が来る。今度は盾が動き自動で防いだ、が剣同様消えた。クソッ! ドンドン手札が消え──
「あっぶ!?」
4枚の盾が消えついにナイフが俺の元へ。それを慌てて避け、それでも当たりそうなナイフをアイスソードで弾くが、それもまた1回きりで消える。ええい、厄介な。って、まだ来るか!? 俺は最後に残った鞭でナイフを弾き飛ばす。今度は剣の時の様な嫌な感じはないし鞭も消えなかった。何が原因だ? おっと、どうやら考える時間をくれないらしい。
「俺1人に対してちょっと過剰すぎないか?」
気が付けば最初の4人に加えて更に10人に囲まれていた、見た目もみんな一緒だ。
「お揃いの服で襲撃とは、皆さん仲がいいんですねぇ? ……何か言ったらどうだ、フード軍団」
俺の軽口は無視され、代わりに飛んできたのはまたしてもナイフ。少しは個性を出せよ、個性を!! 流石に14方向から来るナイフの完全回避は出来ない。だから俺はその場で跳び上がり、指示をとばす。
「グレイス! ウルス! 分身で撹乱頼む!」
「ウォン!」
「ホー!」
跳び上がり小さくなった影からウルフ4頭とコノハズクが大量に飛び出してきた。ウルスめ、分身だけじゃなくて幻も一緒に出したな? ナイス判断だ、出来ればそれをグレイスに教えてやってもらえると嬉しいな。もちろん、全部終わった後でな。
ナイフは分身にぶつかり分身と共に消えた。幻を貫通したものも消えたらしく、俺の元に届くナイフはなかった。ここまで見れば流石に予想出来る。みんながパーティーから居なくなった理由はあのナイフの攻撃を受けたからだ。以前の襲撃でグレイスが消えていないって事は、判定はナイフでダメージを与えるって所か? 鞭が消えなかった理由もきっとそれだ。ナイフも一緒に消えるって事は使い捨ての武器かもしれないな。
着地し第2射を警戒するが動く様子はない。ついにナイフが切れたか? だったらこっちから行くぞ。本当はラプターの時まで取っておきたかったが、囲まれたこの状況ではそうも言っていられない。
「『ソウルアッ──』」
「はい、そこまで」
突然低い男の声がして、直後視界の右側から巨大な刃が現れ首元に置かれ、同時に左肩を誰かに掴まれた。【気配感知】の反応はなかった、それどころか肩を掴まれたこの状態でも反応がない。【ゴブリンアサシン】と同等、いやそれ以上の隠密系スキルの使い手と言うことか。
「全くよぉ、もう少し考えて動けないもんかよ? 囲んで同時攻撃なんざ子供でも出来る事だろうが。お前らも兵士ならしっかり考えて動けよ、トランスファーナイフはポンポン使っていいもんじゃねえぞ?」
何故か俺が側にいるのに説教を始める謎の男。フード達の上司なのか? いやそれよりもナイフだ。トランスファー……言葉の意味を思い出せないが、どうやらそれなりに高価な武器の様だ。
「大体だな──」
「隊長、お説教は後でお願いします。それよりもそこの彼への対処を」
背後から別の声が聞こえた、声の感じからは女性の様だ。
「おっと、そうだった。よく聞け外来種、俺の名は『アギネス・ジルバ』。この部隊の隊長だ」
「アギネス・ジルバ?」
「おうよ。お前は特別に名前で呼んでもいいぜ、なんたってお前のおかげでここまで来れたんだからよ」
「俺のおかげ? おい、それはどういう事だ?」
「まあ、そう急くなって。ちゃんと説明してやるからよ。だが、その前にこれを着けてもらうぜ。おい」
男がそういうと、黒い腕輪を持ったフードが現れた。
「そいつは着けた奴のスキルを封じる効果がある腕輪だ。コイツのすごい所は他の装備と重複出来ること、なかなかの品だろ? ほれ手ぇ出せよ、一応言っとくが抵抗は無意味だぞ」
「分かってるよ、はい」
首に刃物、それも大剣を当てられて抵抗する人間なんざ居るかってーの。俺は指示通りに素直に手を突き出す。フードが腕輪を着けようとすると、
「キューーー!!」
「ピィーーー!!」
シロツキとスクエールが俺とフードの影が重なった所から飛び出した。が、
「キュッ!?」
「ピッ!?」」
「全く行儀のなっていない獣ですね。力量の差が分からないのでしょうか」
フードはそれを軽く下がって回避、更に頭を越える瞬間に2体を腕で捕まえてしまった。シロツキ達の攻撃は回避されたが、攻撃の時に起こった風圧か何かでフードが外れ襲撃者の顔を露になった。目付きの鋭い赤い短髪の女性だった、側頭部には巻き貝の様に巻いた角が生えている。獣人か? あっ、ピン──
「バリエラ、お前……」
「隊長、名前で呼ばないでください。なんの為にこんな服装で動いて、うごいて、ウゴイテ? キャッーー!?」
アギネスにバリエラと呼ばれた女性は名前を呼んだ事を注意しながら自分の体を見下ろし、その惨状を見て固まり悲鳴を上げてしゃがみこんだ。どうやら本人の実力は高くても服の耐久値は低かった様で、シロツキとスクエールの攻撃で太股から肩までを下着ごと綺麗に斬られちゃって、その、色々見えてはいいけない部分が丸見えになっていた。うん、言っちゃいけないだろうけどシロツキ、スクエール、グッジョブ。
「この獣共なんてことするのよ! そこで大人しくしてなさい! 【アイスプリズン】!!」
バリエラは体を両手で隠しながら魔法を使い、シロツキとスクエールは氷の檻に閉じ込められた。あれっ? この人今詠唱は? って!?
「おい!? 檻ごと投げるとか乱暴なことするなよ!」
「煩いわよ外来種!! こっちは裸を見られたのよ! 本当は殺してやりたいのを我慢してあげてるの! さっさと足元に転がってる腕輪着けて大人しくしてなさい!! 隊長! 着替えてきますので後お願いしますね!?」
「お、おう」
「フン!」
バリエラは感情のまま怒鳴り散らして去っていた。まあ、シロツキとスクエールが悪い──敵に攻撃するのは悪い事か? 結果が悪かった、そういう事にしておこう。とりあえず、
「アギネス、剣退けてくれない? 腕輪着けるからさ」
「逃げたり攻撃しようとしたら、分かってんな?」
「そんな事しないよ。さっきの人に悪いからね」
アギネスは俺の求めにゆっくりと剣を下ろしたので、落ちていた腕輪を着けアギネスに向き直る。アギネスは見た感じ好青年に見える顔をした男性だった、髪は黒で長く伸ばしている。そして頭には太い角がまっすぐ生えていた。俺は腕輪を着けた部分をアギネスに見せる。
「これでいいか?」
「ああ、十分だ。それじゃついてこい、お前の仲間に会わせてやるよ」
「説明の方は?」
「それもそこで話してやる、行くぞ。あー、そこの檻は自分で持ってこいよ、スキルが無くてもそれぐらいいけっだろ?」
そういってアギネスは先を歩いていった。俺は転がっているシロツキとスクエールの檻と、アギネスには敵わないと大人しくしていたグレイスとウルスを連れて急いでその後ろをついていく。それにしても、俺のおかげってのは本当にどういう事なのだろうか? 俺には彼等を手伝った記憶は無い、本当に何がどうなっているのかね?
一体何処がピンクだったのかはご想像にお任せします