06『ココ救出戦~後編~』
進化したガガはより黒く艶をもった体毛を持ち、炎の様に揺れる紅いタテガミと紅く光る瞳をした馬の姿で空を浮いていた。浮いている事を除くと、タテガミと瞳以外特に変わっていない様に見える。が、それだけだとは思えない。俺はケインさんに問いかける。
「ガガは何に進化したんですか?」
「……【ナイト・チェイサー】。それがガガが変異進化した今の姿です」
「ナイト・チェイサー、それに変異進化?」
「ナイト・チェイサーは幽体と実体、異なる2つの体を持つ魔物です。rankはA-、一度敵対した相手をどこまでも追い続ける漆黒の追跡者。それが【ナイト・チェイサー】です。変異進化とは、自らの種族を越え新たな存在へと至る特別な進化の事です」
「幽体と実体? 種族を越える?」
「すぐにわかりますよ。ガガ! 心のままに──進め!」
「ヒヒィィィィィン!!」
ガガは両前足を振り上げながら嘶くと穴があいた壁に走り出す。ぶつかる! そう思った直後、ガガが壁の中に消えた。と同時に壁の向こうからゴブリン達の悲鳴が聞こえてきた。俺は穴から外を覗く、そこにはガガの体のあちこちから伸びた黒い腕に掴まれ地面を引き摺られ、叩きつけられているゴブリン達の姿があった。
「……あれはもう馬じゃないな、馬の姿をした何かだ」
「あれが種族を越える、と言うことです。自らの形に拘らず新たな力を貪欲に求める、それが変異進化が起こる要因とされています。変異進化した者は2種類以上の種族特性を持つことに成功します。今のガガは【ホース】の形に【ゴースト】の特性を詰め込んだ状態に近いと思ってください。ああいう存在を私達は【幻獣】と呼んでいます」
幻獣、ファンタジー作品で必ずと言っていい程見かける動物の総称。そのまま使われる事もあれば、アレンジして出される事もあるモンスター達。兵器の名前に使われる事があるからファンタジーに疎い者も知っている程に知名度が高い。【ナイト・チェイサー】は恐らくオリジナルであろうが、あの様子を見れば強い事は分かる。今のガガに援護が必要には見えないんだが、俺はどうするかな?
「ガガが頑張っているのに僕がここでまた立ち止まっているわけにはいきません。レイディミッシュ! ガガの為の道を作れ!!」
「ガウ」
後ろで立ち止まっていたキメラ、レイディミッシュはケインさんの指示を受けると壁など見えていないかのように突撃し壁を粉砕、そのままゴブリン達に襲いかかった。ちなみにこっちにも【判別】は効果が無かった。つまり、強者と言う事だ。そうなるとケインさん自身の強さも気になってくるな。あんな強い従魔を連れているんだ、それなりの強さを持っている筈──なんだが、
「それではジンさん、私の護衛をお願いします」
「は? いやいや、俺が必要とは思えないんですけど。あんなのを従えている人に護衛なんて──」
「実は私、レベルは高いんですが、戦闘はあの子達に頼りっぱなしでステータスが最低値しか無いんです。でも指示を出すには側にいる必要があります。ですので護衛、お願い出来ますか?」
あ~つまりケインさんは従魔の指揮官として指示をする立場で、そっちに集中するために直接戦闘の方には参加していなかったんだな。なるほど、完全な後衛か。
「分かりました。よし! みんなやるぞ!!」
俺達はケインさんの周りを囲むように立ち、寄ってくるゴブリンを迎え撃つ。最初の方は特に問題無かったんだが、途中からグレイスとシロツキの様子が変だ。
「グレイス! シロツキ! 深追いするな! 寄ってくるゴブリンだけを攻撃しろ!」
「ウォンウォン!!」「キュッキュッキュー!!」
「……聞いちゃいねぇ。聞こえてないのか?」
2体は逃げたゴブリンをしつこく追っていき、すれ違うゴブリンもまとめて倒して戻ってくる。迎撃すればそれで十分なんだがなぁ。アサシンの奇襲は察知出来ない以上、数でなんとかするしかないのだが、一体どうしたんだろうか? ガガとレイディミッシュに触発でもされたのか?
ガガとレイディミッシュはゴブリンを文字通り蹴散らしながらコマンダーへとあと少しの所まで迫っている。見た感じ雑魚が壁になって邪魔をしているようだが、それを確実に潰し前に進んでいる。特にレイディミッシュが凄い。
尻尾の蛇は口から何かの液体を吐き出しているのだが、それを踏んだゴブリンは足が動かなくなり2体を追う事もこちらへ来る事も出来なくなっている。更にヤギの声が響く度に周りを囲むゴブリンが炎で焼かれ、全身が凍り、雷が落ちて感電している。いや、状態異常に苦しんでるのは一部で大半は即死しているな。そして一番恐ろしいのは常時空を飛び、爪と牙で強襲している事。指示があくまで道を作る事だからかガガより前に出る事はないが、その分ゴブリンが潰されていく。ゴブリンに対して過剰戦力ではなかろうか? 本来ならキング&クイーン討伐隊に組み込まれる戦力だと思われるのだが……まあ、いいか。強いのは良いことだ、うん。
「あちらの2匹、焦っていますね」
「分かるんですか?」
ケインさんがグレイスとシロツキの様子を見ながら呟いた。俺には普段より好戦的と言う事しか分からない、一応どちらも眷族を、グレイスは分身もケインさんの側に置いているから守らなきゃいけない事は分かっている筈だけど。
「ええ、恐らく進化が近いんでしょう。私の従魔達も進化前はあんな感じになることがありました。ただ、気を付けてください」
「え?」
「進化前にああなる個体は進化した直後は色々と不安定になることが多いんです。例えば体が上手く動かない、スキルが発動しない、後はスキルの暴走なんて事が起きる事がありますから、一応注意しておいてください。まあ、頻繁に起こる事ではありませんから多分、大丈夫だと思いますが」
「分かりました」
逸る気持ちが進化に悪影響でも与えてしまうのかな? とりあえず今のグレイス達のレベルの確認を──
「ジンさん! 始まりました!」
「始まった? 始まったって何が──えっ? もう!?」
ケインさんの声にメニューを操作仕掛けた手を止め振り返ると、結晶に取り込まれようとしているグレイスの姿が──待て、グレイスがあの状態ということはシロツキは既に。そう思いシロツキに目を向けると、
「キューーーーーーーーー!!」
『『『グギャアァァァァァ!?』』』
シロツキらしき白い物体がゴブリンの合間を縫うように駆け回り、ゴブリンの悲鳴が響く。
「……キュ」
そしてシロツキがこちらに戻ってくると短く鳴き、直後にゴブリン達の首が落ちた。えっ、なにこれ?
「あれは【コンバットラビット】です。rankはD+、二足歩行が出来る様になると同時に格闘や武器を持った戦い方が出来る様になったラビット種です。覚醒魔装はナイフとマフラー、いえ小太刀でしょうか? 薄緑色とは珍しいマフラーですね、長時間の戦闘も期待できそうです」
「待って! ケインさんが色々詳しいのは分かったから落ち着いてください」
「……すみません。進化する姿を連続で見たのは久しぶりで、ちょっと興奮してしまいました。昔はよく見る光景だったんですけどね」
「そうですか。まあ、その話は一度物置の奥にでも置いておいて、とりあえず覚醒魔装について説明をお願いします」
ケインさんが説明をしている間にグレイスが完全に結晶に飲まれてしまい、同時に眷族と分身が消え防御が薄くなってしまっている。どうやら変異進化とやらはスキルの類いが効果を失うらしい、面倒くさいな変異進化。とりあえず興奮して声を張り上げるケインさんを落ち着ける為、そして薄くなった防御を補う為ケインさんには説明に集中してもらおう。目立ってゴブリンに狙われたら大変だからな。
「覚醒魔装とは進化時に稀に獲得出来る魔物専用装備の1種です。恐らくあの武器とマフラーがそうだと思います。あれは装備している魔物の魔力で生成されている為、壊れても時間経過で自動修復する優れものです」
「そうなんですか。でも多分ですけど覚醒魔装はマフラーだけじゃないですかね? ナイフの方は自作武器だと思います。以前俺が試しに作ったやつに似てますんで」
細かい作りはあちらが上のようだが、その原型は俺自作『マジックナイフ』だろう。シロツキなりのアレンジが入っているようだが、多分間違いない。【魔具生成】のスキルでも修得したのかな? これは後で確認するとして、
「それでマフラーの色を見て何か言ってましたね? 長時間戦闘が出来るとか出来ないとか」
「ええ、覚醒魔装は色である程度の効果を予測する事が可能です。例えば赤なら攻撃力、青なら魔力、黄色なら防御力に影響を与えます。緑色、それも色が薄い物は回復効果を持っている物と予測できます。恐らくは自然回復の効果が上がっているのではないでしょうか?」
なるほど、覚醒魔装は俺が作る『エレメタルソード』の類似品って事か。いや、時間経過で復活するなら上位版か? とにかく味方なら頼りに、敵なら面倒な装備と覚えておこう。
「ワウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
説明を聞きながらゴブリンを退けていると、結晶が壊れ新しい姿になったグレイスが現れ遠吠えを上げた。グレイス、お前えらく黒くなったな。黒光りした体毛の艶はどこへやった?
「あちらは【シャドウ・ウルフ】ですね。あれは影を自在に操る魔物です。rankはこちらもD+、影が多い場所ではrankCに匹敵するほど厄介な種ですね。特に脅威的なのは影から無数の分身を作り出し群れで攻撃すると同時に自らの姿を隠し奇襲を行う事。一人でいるときに出会したくない魔物の上位に入ります」
「結晶から出てきたのに幻獣じゃないんだな?」
「結晶は大きく能力が変化する時に発生する物ですから、幻獣にならない時でも発生しますよ。ただ、結晶は蛹のような物ですから見た目の変化は少なくても中身は別物になっている筈です」
「へぇそうなんですね。ところで──」
俺は地面に首だけの状態になってしまっているグレイスを指差し聞いた。うん、どうしてそうなった?
「あれはスキルに失敗した結果ですかね?」
「いえ、あれは失敗ではなく暴走ですね。見てください。攻撃しようとして近付いたゴブリンの影がグレイスさんと重なった途端にゴブリンが影に沈んでいます。本来は影に潜って姿を隠す【影魔法】『シャドウ ダイブ』と言う魔法の筈です」
「どうして上がるなり、完全に潜るなりしないと思います?」
「よく見てください、グレイスさんの足は地上に出ては影に沈んでいます。今の状態はそうですね、溺れているとでも言うべきでしょうか?」
なるほど、あれは溺れているのか。さっきからゴブリンを無視してこっちを見ているのは助け求めていたからか。だが残念だなグレイス、俺はお前を助けてはやれない。何故ならグレイスに触れたら俺が影に沈んでしまう事が予想できるからだ。しばらくそこでゴブリン達の囮をしていてくれ。大丈夫だ、シロツキが超張り切ってるから防衛は問題ないぞ。むしろやり過ぎた感があるくらいだからな。
「グギャァァァァァァァ!?」
「ヒヒィィィィィィィン!!」
「ゴアァァァァァァァァ!!」
3つの異なる声が響く。見ればコマンダーはゴブリン達で姿が見えず、ガガとレイディミッシュは空へ向かって叫んでいた。勝ち名乗り的なやつだろうか? しまった!? コマンダーが倒される所を見逃した! でもこの状態のグレイスを見ないと言う選択肢は無かったし、仕方ないか。
ガガは身体中から伸びた腕でココを抱えて──いや、絡めての方が正しいか? とにかく、ガガがココを持ち上げた状態でこちらに戻ってくる。もちろんレイディミッシュも一緒だ。とりあえずこれでココの救出は完了──そう思った時だった。ガガが突然倒れたのは。
「ケインさん! ガガが!?」
「……あまり時間がないとは思っていましたが、もうですか」
「ケイン、さん?」
まるで最初からこうなることが分かっていた様に話すケインさん。一体ガガに何が? とにかく、ガガの所に向かおう。シロツキを先頭にガガの元へと急ぐ、ガガの方はレイディミッシュが守っているのでそこは心配ない。グレイスは……馴れるまで頑張れ。
昼間から映画を観てきました。ハリウッド版の怪獣王の映画です。
ネタバレは良くないと思うのですがどうしても言いたい事が一つ。
ラ○ンよ。折角活躍の場を貰ったのに何故お前はそんなに残念なんだ。
失礼しました。それではまた次回!