44『伝播した感情』
さて、記憶がえらく曖昧だ。とりあえず何かの異常が発生しているな、力こぶに靴、そして鎧か。どれも隣に下向きの矢印、前はこの矢印はなかったから新しい表記かな? とりあえず見た目的に攻撃、速さ、防御が低下中って事だろう。
あとインベントリから無くなったのはエレメンタルソード一式、クラブシザーハンマーは落ちたのが見えたから部屋の何処かに転がっている筈、サーペントテイルはデビルキッドの足下に転がっている。それで今使えるのは試作した武器数本と手元にあるレッサーミスリルソードだけ。
防具の耐久値は胸当て以外問題なし、胸当てはもう着ているだけの状態だな、修理は出来るけど防具としては役に立たない。ただ装備を切り替えは後だな、それよりもLPの回復を優先したい。流石に残り3割ちょいでコイツと剣を交えるのは勘弁だ。
MPはあと2割位でSPは3割位、記憶が正しければどちらも7割は残っていた筈だが数分でこの減り具合がヤバイ、どうやら相当無茶をやらかしたみたいだ。
だけど一番の問題は無茶をやらかしたって言うのにデビルキッドのLPが未だ7割以上残っていることだろう。それも記憶が正しければほぼ落下によるダメージ、さて、どうやって戦ったものかって!?
「クッ、そっちはもう準備OKってか!?」
突然眼前まで迫った槍を辛うじて避けて後ろに下がる。目を離した記憶は無いんだが見た目以上に速いと言う事か、面倒な!?
考えている途中でまたもや槍が迫ってきたので慌てて避ける、どうやらまともに考える暇を与えてはくれないようだ。連続で迫る槍、狙いは粗いが速さがあるせいで上手く剣で捌けない。
とにかく致命傷を避けるように頭や首、あと貫通する事から一応心臓がある胸も庇うようにしているが、手足に来るダメージがヤバイ。このままじゃ押しきられる、そう思った直後衝撃が横から来た。
「クソッ!?」
アイツ、突き出した状態から横に振り回しやがった。LPはあと1割位、貫かれた時に比べればダメージは軽い。それに距離が離れた今が回復するチャンスだ、急いで上体を起こしインベントリからポーションを取りだし頭から被る。すぐに回復しないのは辛いが飲んでいる余裕がないから暫く耐えるしかない、よし次は──
「ジン! 後ろだ!」
「えっ?」
テツの声が聞こえ背後を見る、そこには腕を振り下ろそうとするヒュージケイブモールが居た。アイツの狙いはこれか!? ダメだ、今から動いても間に合わない! でも、諦めてたまるか!!
ステータス低下のせいか上手く体が動かない、それでも必死に立ち上がり剣の腹を爪に向けて体を守ろうとしたその時、
「ギギィ!!」
聞いたことの無い音と振動が来て、大きな影が俺の視界に現れ爪を防いだ。一体なんだ? そう思って振り向くとそこには巨大な凸凹の赤い壁が、いや、これは蟹の甲羅? まさか、
「サーク?」
「ギギ、ギィィィィ!!」
サークと思われる巨大な蟹は爪を防いだハサミとは反対側のハサミをヒュージケイブモールの頭に叩きつけた。すると、ヒュージケイブモールの頭の上を回る鳥のマークが、あれは【気絶】? それともまた別の状態異常? いや、まずは【判別】だ。このサークらしき蟹はなんだ?
【サーク】
種族【フォーシザーズセメントクラブ】rank:D+
『大小二対のハサミを持ち、体内でセメントを生成する事の出来る大蟹
巨大なハサミは大型の敵に、小さなハサミは小型の敵にと相手によって使いこなす器用な蟹
ハサミから噴射されるセメントに水をかける事で発生する高熱で火傷させる事もある』
うっわなんだこりゃ? D+って何? 初めて見るんだけど、これがrankから対応の文字が消えた理由か? 体の大きさとハサミはいい、イベント初日にデカイのと会っているからな。それでセメントってあのセメント? コンクリートの材料の? これは後で調べよう。
それで進化したサークなんだけど、マッドクラブの時は動きを封じる事を優先してたサークはどこにいったのやらで、まあ、あれだ、ラッシュの嵐ってやつだ。デカイ方のハサミを交互に降り下ろし、内側の長くて小さなハサミで顔中を突いている。
動きは遅いから同種と戦うことがあっても避ける事は出来そうだけど、出来れば戦いたくは無いなぁ。おっと今の内に回復ポーションをもう一瓶いっとこう。
ヒュージケイブモールはサークに任せ改めてデビルキッドと向き合う、まさか他の魔物に仕留めさせようとするとは思わなかった。これが悪魔の名を持つモンスター、今までで一番厄介な相手かもしれん。
俺はデビルキッドを警戒しながら回復するのを待つ、こんな事なら2本目は飲んでおくんだったな、失敗した。おかげで奴が新しい動きを見せた、槍の切っ先に魔力の玉を発生させたのだ。どう考えても遠距離攻撃、避けれるか?
そう思った直後に魔力の玉は発射された、あっこれはダメだ、玉が速すぎる。剣の向きを変え防御体勢をとり衝撃に備える、しかし、玉は俺の前に突然現れた黒い歪みに飲み込まれる。これはネイの【空間魔法】か。
「ネイ! お前も来てくれたか」
「~~~~~!!」
あれ? いつもと音が違う。更に突然目の前にウインドウが、でもなんだこれ? 文字化けで何も読めないが下の2つだけはなんとなく分かる、yesとnoの選択肢だろう。問題はどっちがどっちだ? そもそも何を聞かれてるんだ?
いや、サークが進化したならサークよりレベルの高いネイも進化していないとおかしい。そして前回の進化は魔法を覚えた直後だった、なら今回も? それなら迷う理由はない。yesだと思う文字の多い方を押す。
するとインベントリから【壊れたドール】が飛び出してきた。ネイ、お前【マリオネットドール】に進化するのか? ネイは形を球状に変えドールの胸の吹き抜けに納まる。
直後に起こったのは赤い光だ、その光は線となってドールの隅々まで血管の様に広がって収まる。そしてドールは首を動かしこちらに向けた。これで進化が完了したのか?
【ネイ】
【コア・エレメンタル】rank:D
『姿を変幻自在に変える事の出来るエレメンタル
人形が夜な夜な動き出す、といった怪談の正体とされている
発見された個体全てが全く違うスキルを使うことから
動かす対象によりスキル構成が変わるとされている』
【マリオネットドール】ではなかったが説明を見る限りこちらの方が優秀、かもしれないな。しかし、いつの間に進化したんだ? ボス前に見た時は確かに【スペース・エレメンタル】だった筈、……いや、そんな些細な事は後だ。今は純粋に戦力が強化されたことを喜ぶべきだ。
ネイは飛んでくる玉を手の指から伸びる魔力の糸を束ねて弾いている、【マリオネットドール】が使っていたスキルだ。更に壊れて手の先がない腕の手首から【魔弾】を撃ち反撃も、俺も負けていられないな。
初日に戦った【ライトハンマークラブ】は怒り状態になったら赤くなった、多分サークも同じ状態だ。友達を目の前で殺されたのだから、怒るのは当然だ。ネイの感情は分からないけどきっと同じ、皆同じ気持ちなんだ。
だと言うのに俺は怒り任せてがむしゃらに戦って、出来たのは奴を落としただけ。しかもステータスダウンを発生させて今は守られている、カッコわりいな俺。どうせやるなら最後までやりきらなきゃダメだよな。
でもそれは怒りですることじゃない、確固たる俺の意志でやるんだ。今度こそ絶対に奴を倒し子亀の仇を討つ、今ここにいる仲間と共に。そして、ここにいない仲間達に胸を張って会うために。
【気絶】から回復したヒュージケイブモールはサークがその巨体で押さえてくれている。ユキムラ君とテツ、従魔のゲンジロウ、ノブシゲもサークを助けてくれている。ネイは魔力の玉を弾いてくれる、なら俺がすることはただ1つ。
ネイの側を駆け抜けデビルキッドに向かって走る、デビルキッドは玉を撃ってくるがそれはネイが確実に対処していく。そしてとうとう玉を撃つのをやめたデビルキッドは走る俺に向かって突っ込んでくる、だがネイがそれを許さない。
デビルキッドの背後に黒い歪みが現れ、更に中央付近から何本もの魔力の糸が飛び出しデビルキッドにまとわりつく。おかげでデビルキッドの動きが鈍る、ありがとうネイ。
俺はデビルキッドの体を斬りつけながら叫ぶ。
「さあ! 反撃開始だ!!」