第8話
結局いつ帰れるか全然わからないという事に落ちついた。
…魔王にでもなって暴れてやろうかと思ったよ。
でも俺は普通人なのでそんな事はしないし出来っこない。
なので別の帰る方法を見つけることにする。
俺の大目標はとりあえず決まった。
で、これからどうしようかってことになる。
せっかく町がすぐそこにあるんだから入ってみたい。
だがしかし俺の顔はたぶんウォンデッドになってるんだろうな。
立花のせいで。
どうしたものかと思案していると、町の方面から土煙が近づいてくる。
追っ手が来た。
考える時間は限られてしまったようだ。
ひとつ、事情を話し立花を引き取ってもらって、お尋ね者じゃなくなった俺は町に入る。
ひとつ、このまま立花と逃げる。
ひとつ、あの立花の迎えらしき土煙の者たちと戦う。
どれも現実味がないな。
「やばい」
考えてると立花が引きつった顔で土煙の方を見ている。
「あの先頭にいるのは冷酷で無慈悲のレイニー親衛隊長だ。」
なんだ普通の人は名前は短いのか?
なんて思ってると立花は逃げよう早くとせかしてきた。
さてどうしたものか。
逃げても問題は解決しない。
だったら話し合うか?
トムたちと違って人間は狡猾だからな。
話がまとまるかどうかは正直運だのみだ。
時間がない、考えろ。
…立花は結婚を嫌がっていたがそれだけなのだろうか?
「立花、ひとつ聞かせろ」
「なに?」
「お前は結婚がイヤで逃げてきたのか?」
俺の真剣な顔を見て正直に答えてくれた。
「正直それもある。でも逃げたところでいずれは結婚しなければならないのは事実だ。でも本当の理由は君が心配だったからだよ」
真摯な目で俺を見てくる。
「あのまま結婚していたら僕は二度と君を探しには行けなかった。だから逃げ出したのさ。これでも僕は君をずっと心配していたのだ」
なるほど。
なら腹は決まった。
俺はハクロウとトムには隠れるように伝えて、立花の腕を掴んで追っ手の前に出た。
「ちょ、ちょっと武田!」
俺は逃げない方を選んだ。
「貴様が姫をさらった不届き者か」
馬上の男は俺を威圧してきた。
だが俺は巨大な熊やワニになれてしまっているので、この男の威圧程度ではまったく効かない。
「少し事実は違うがその通りだ」
男は俺をずっと睨んでいたが、不意に視線を立花に向ける。
立花は俺の背中に隠れた。
「その男をひっ捕らえよ」
男のその声に俺は両手を上げて無抵抗を示した。
だが俺を捕まえた兵士たちはとても乱暴に縛り上げてきた。
「ちょっとやめなさい。僕の命令がきけないのか!」
俺を乱暴に扱う兵士にかなり怒っているらしく口調も激しい。
「王女殿下。彼が何故逃げずに出てきたのかがわからないのですか」
レイニーは馬から下りて立花の手を掴む。
「でも!」
「彼の意思を尊重してください」
その声は残念ながらすでに連行されて行った俺の耳には届かなかった。
立花はレイニーの言葉でおとなしくなった。
「まったくあなたという人はあきれてものが言えません」
「…」
「聞いてらっしゃるのですか?」
「うるさい!私はお前が大嫌いだ」
そう言い放ち城へと歩き出した。
さてどうしたものか。
当初の目的通り通り町には入れた。
ただ当初の目的通りではない牢屋にも入れた。
俺が出来るのは話し合いなんだけど、誰もいないので話し合いにすらならなかった。
いつになったら話し合いが出来るようになるのか。
しかたがない、別な事をして時間を潰すか。
しかし別の事といってもやる事は限られてる。
だったら役に立つかもしれない魔法の練習でもするか。
さすがに言葉に出しての練習はまずいので念じる方で試してみた。
ここでは風を感じるので風の力を借りてみることにした。
…。
なんとなくできてる感じがしなくもないんだけど、自分で魔力を感じられないのはやっぱりそこが難点だよな。
そもそもどういう風に魔力を展開しているのか、それがわからないとやりようがない。
トムやハクロウがいた時は彼らの言葉通りに魔力を展開して、なんとなくできてたんだけど。
──あれから30分後
さすがにそろそろ無理かなと諦めかけた時。
「下手くそなやりかただね」
急に声が聞こえたので驚いた。
しかも牢の前でなく後ろから。
そしてさらに驚いた事に女の子の声であった。
しかし振り向くが女の子なんてどこにもいなかった。
「気のせいか?」
つい独り言をもらしてしまう。
「もっと下だよ」
視線を下げるとねずみがいた。
ハツカネズミかな?
「えっとお前が声を掛けてくれたのかな?」
「そうだよ」
「そうか。で、俺は魔法の使い方が下手だった?」
「君は私がしゃべってるのに何も感じないの?まったく驚いてないようだけど」
「ああ、お前のような奴が知り合いにいっぱいいるんだ。ウサギや犬や熊やワニやリスとか」
「あはは、そんなにいるんだ」
「まあ不思議な縁でな」
「なるほど、さすがに大いなる者たるゆえんだね」
…このネズミ何を知っているんだ?
そういえばカタコトで話さないって事は名前持ちなのかもしれない。
迂闊な事はしゃべらないほうがいいかもしれないな。
「あれ警戒しちゃった?」
「そりゃな。お前は変なやつにしかみえないからな」
俺は驚かせるような事を言った訳ではなかったがなぜかネズミは驚いていた。
「変なのはお互い様だと思うけど?」
「まあ確かに」
「心配しなくても私は君の敵ではないよ。味方でもないけど」
「敵でも味方でもないのなら、なんでこんなところに来たんだ?」
「そうだね、単なる気まぐれかな?」
「気まぐれでこんな危険な場所に来るのかお前は?」
またもや俺の言葉に一瞬動きを止めた。
「君はあの人によく似てるね」
「あの人?」
「私の遠い昔の知り合いさ」
「遠い昔ね、残念だけど俺はその知り合いの子孫とかじゃないぜ」
「もちろん知ってるよ。君が異世界から来た旅人ってのは」
俺の事をどこまで知ってるんだ、このねずみは。
「おや、警戒させちゃったか」
「お前は俺の世界の事を知ってるのか?」
「今の君の世界のことは知らないな」
「今の?…遠い昔なら知ってるのか?」
「くすくす」
「何年前なんだ?」
「さあ?さすがに覚えてないな」
「お前はいったい何者なんだ?」
「さあ何者でしょうか?
「…いやお前が何者かなんてどうどもいいが」
「が?」
「魔法の事教えてくれ」
今度はゴロゴロ転がりながら大爆笑のネズミ。
「なんだよ、そんなに変なこと言ったか?」
「あー、ごめんごめん、本当に君はあの人ににているよ」
「そんなに似てるのか?俺なんて至ってどこにもいる普通人なんだけどな」
「外見とかはまったく似てないよ。性格も能力も。比べると君は本当に普通人だよ」
さすがに傷ついた。
ねずみにこれほどの事を言われるとは…普通人なので反論できないけど。
「雰囲気が似てるんだよ。君と話しているとね」
雰囲気か。
「いやごめん、お詫びに魔法のことを教えてあげる」
「おお、よろしく!」
ネズミは俺に近づき足に手をつく。
「とりあえず君の最優先事項は魔力を感じるようにする事だね」
そうそれ。
魔力を感じることができれば魔法も多分使えるようになるはずだし。
「今回は私が補助するので手のひらに魔力を集めてみて」
いつものあれか。
あれなら簡単にできる。
いつものように左手に念じる。
ん?
おお?
うおおお!
なんじゃこりゃ!
左の手のひらの上になにかの力がたまっていくのが見える。
そして質量も感じる。
こ、これが魔力なのか?
すげー!
「それ以上大きくすると困る事になるよ」
我を忘れてはしゃいでしまったが、ネズミの言葉にふと冷静に戻る。
そしていつものようにそのまま握りつぶす。
牢屋内にすごい振動波が響いた。
「ひゃう」
ネズミの悲鳴をあげる。
「ちょっと、急に潰さないでよ。危ないじゃない」
「いやごめん、いつものように何も考えず握りつぶしてしまったよ」
「いつもあんな事やってるの?」
「2~3回くらい?」
「あきれた。あんな事やってたら周りに被害が出るでしょうに」
「ああ、確かに同伴者はいつもお前のように驚いてたよ」
「君は力が強いんだから気をつけないとダメだよ」
「だけど、あれはどうやったら消えるんだ?」
「出すときと同じ事よ。無くなれって念じればいいよ」
なるほど。
そういわれると確かにその通りであるが、考えもつかなかった。
「とりあえず今の感覚わかった?」
「おう、凄かったよ」
「じゃあ私の補助無しでやってみて」
やってみてって言われても。
「どうやればいいんだ?」
「さあ、どうやるんだろうね?」
おいおい。
教えてくれないのかよ。
「とりあえず一度自分でやってみて」
そうだな、まずは頼らずやってみるか。
魔力を左の手のひらに集めるように念じる。
あれ?
おおお!
力が集まっていくのが見える、そして感じる!
おおおおお!
「できたね」
ってやべ、でかくなりすぎた。
「無くなれっと念じて」
そうだった。
無くなれ。
消えろ。
お!
一瞬で消えた。
自分でやった事に唖然としてしまった。
「やればできるじゃない」
ネズミが褒めてくれた。
「いやいや、お前のおかげだよ。すごいなお前は」
「実は私はなんにもしてなかったんだけどね」
え?
どういうこと?
「私はただ手を添えただけ」
いやいやそれはないだろ。
「いままで一度も出来なかったのに」
「それは君が魔力の思い浮かべる姿をきちんと出来ていなかっただけ」
「俺のイメージが下手だったって事?」
「そうだね。我流だから仕方が無いと思うけど」
「でもだからって手を添えるだけで出来るとは思えないんだけど?」
「そうでもないよ。私が手を添えたからこれで自分も魔力を感じれるようになるって思ったでしょ?魔法には思い込みも必要だからね」
…なるほど。
思い込みか。
「いろいろありがとう。これで魔法も使えるようになりそうだ」
「いえいえ。私はそろそろ行くよ」
「もう行くのか。よければ名前を教え──、いやいいか」
「くすくす、そうだね。もう二度と会わないし」
「もう会ってくれないのか?さみしいな」
「私と会わないほうが君のためだよ。じゃあね!」
そういうとネズミは小さな穴に消えていった。
──君は本当にあの人に似てるよ
なにか聞こえた様な気がしたが気のせいにした。
ネズミがいなくなってから1時間。
風の力を借りた魔法は自分の思うように操れた。
トムが使った地面からの礫攻撃もできるようになった。
だいぶコツが飲み込めてきた。
更なる魔法を、とおもったら入り口の方が騒がしくなった。
やっと誰かきたか。
「おまちください!」
「邪魔だどけ!」
なんだろう、招かざる客か?
「貴様か!」
一人の男が俺の前に現れた。
俺の前といっても牢を挟んではいるけどな。
かなり立派な服を着ているが…あまり似合ってなかった。
恰幅がいいと言えば聞こえはいいけど、ぶっちゃけるとデブでタラコ唇のおっさんだ。
悪役・汚れ役を地で行くおっさんである。
「誰だお前は?」
俺の言葉に顔がゆがむ。
「貴様、誰に向かって口を利いてるのかわかっているのか!」
誰って言われてもおっさんの事なんて知らないしな。
「ごめん、正直おっさんの事は誰なのかわからないんだ」
顔面に血管がすごく浮かび上がる。
正直キモい。
そのくらい俺の言葉で激怒してしまったようだ。
「ききき貴様!私をドワルナンゴ侯爵と知っての無礼なんだろうな!」
「いやだからおっさんのことはまったく知らないってさっき言っただろ?もうボケてんのか?」
「番兵!こやつを切れ!今すぐ切れ!命令だ!!!!」
あ、しまったな。
話し合いをする為にわざわざ捕まったのに、怒らせたらまずいだろ。
「いやいや待てよおっさん。いきなり切れとか性急すぎるでしょう」
「貴様は絶対に許さん。八つ裂きにしてやる!」
やばいな、魔法を覚えたからって少し浮かれすぎたようだ。
「おっさ、いやあんたにそんな権限あるのか?」
激怒していたおっさんは俺の言葉を聞いてブヒヒヒヒと笑い出す。
「いまさら命乞いとはブヒヒ。私は第一王女の夫になる男だぞ。貴様のような虫ケラをひねり潰すのはわけない事だ」
あー、こいつが立花の婚約者か、処女厨の。
そりゃ立花も逃げ出したくなるな。
かわいそうに。
「こりゃ立花には同情するな」
「タチバナ?誰だそれは?」
「おっと失礼、立花とはこの国の第一王女だ。名前はなんだったかな?」
「貴様の下らん妄想はどうでもよい。我が妻を誘拐した罪に私を侮辱した事も合わせたら軽くても死罪は決定だ!だがしかし貴様は我が手で八つ裂きにしてやるがな」
さてどうしたものか。
魔法を使えば多分脱出はできると思うが逃げるわけにはいかないしな。
「何を騒いでいるのですか?」
入り口の方から別の声が聞こえた。
聞いた声だ。
たしかレイニーとかって男だったか。
「レイニーか。いまからこやつを引きずり出して八つ裂きにするところだ」
「そのような勝手は私が許さぬ」
「貴様、親衛隊ごときが私に口出しするとはいい度胸だな」
このおっさんはだれにでも噛みつくのか。
「彼はピニョリナミナル殿下のご友人ですよ」
「友人であるかどうかなど関係ない。こやつは誘拐犯であるぞ!」
「その誘拐というのも殿下の狂言だと言われております」
「我が妻であり第一王女が狂言など申すはずが無いであろう!」
「ですが式の途中で逃げ出したした時は、殿下お一人ではありませんでしたか?」
「ぐぬぬ」
「延期された式の再準備もございます。今はなにとぞご自重を」
おっさんはなにかブツブツいいながらそのまま出て行った。
レイニーおっさんを見届けた後に迷惑そうにこちらを見る。
「あなたも囚人らしい態度でお願いします」
「俺は囚人なのか?」
逆に質問してやった。
「今のところは、ね。潔白になるまで自重してください」
「俺は罪人ではなくて容疑者だろ?」
「あなたと言葉遊びをするつもりはありません」
「まあいいけど。で、俺はいつになったら釈放されるんだ?いやその前に尋問か」
「それは明日以降となります。なので出来ればここで静かにしていていただきたいのですが」
「っていうかあのおっさんが先に騒いできたんだけどな」
「おっさんではありません、ドワルナンゴ侯爵です。あなたのその軽率な発言が招いた惨状ですよ」
まあ確かに。
さすがに侯爵相手に軽率すぎた。
ってか侯爵は貴族だってのはわかるけど、上から何番目なんだろう?
「わかった。騒ぎは起こさないようにするよ。軽率な発言も自重する」
「よろしくお願いします」
そういってレイニーは入り口の方へ歩き出す。
「そういえば立花はどうしてる?」
レイニーは立ち止まりタチバナ?と怪訝な顔をする。
「おっと失礼、えっとなんとか第一王女の事だ」
「ピニョリナミナル・カヂハベニギハケヌ第一王女です。ちゃんと覚えてください」
「国名も森の名前も人名も長いけどなんか理由でもあるのか?」
「大昔、建国して間もない頃に決まった名前です。その時の国王が決められたとしか私は知りません」
…国王?
「え、初代からずっと女王ではないのか?」
「初代だけ男の王でした。その後はずっと女王です」
そうなんだ。
初代だけ男の王か。
なんかいわくがありそうだな。
「で、王女様はどうなってるんだ?」
レイニーはため息ひとつ吐く。
「あなたに教える義務はありませんが、女王の命令で蟄居されています」
…蟄居ってなんだ?
説明を求めようと思ったがこれ以上は付き合ってられないとばかりに行ってしまった。
そういえば助けてくれた事を感謝してなかったな。
今度会ったらお礼を言っておくか。