第7話
朝日が顔に差し目が覚めた。
隣ではトムがまだすやすやと寝息を立てている。
「おはようございます、武田様」
ハクロウはすでに起きていて、俺の横に場所に座っていた。
「おう、おはよう。体の調子はどうだ?」
ハクロウは尻尾を軽く横に振り、全快しましたと答えた。
「今日中に女王の国につくのかな?」
その質問にハクロウはさきほど駆けてきましたと、いつのまにか偵察に出ていた。
「昨日までの速度でだいたい正午には着くと思います」
おお、有能だなハクロウ。
ありがとうとハクロウの頭に手を置いて朝飯を用意する事にした。
この2日ずっと食べてきたいろいろな木の実。
栄養も豊富で味も悪くない。
水分の豊富なものもある。
いくらでも食べれる優れものであるが、さすがに飽きてきた。
町に行って早くいろんなものを食べてみたい。
ただ先立つものが無い。
簡単なバイトにつければいいんだけどな。
「あ、おはようございます」
もぞもぞっとトムが起きてきた。
「おはよう、昼ごろには町につくそうだ」
「そうですか」
うれしそうな悲しそうな顔である。
「ん?どうした?」
「私たちも町には入れればいいのですが…」
なぜか歯切れが悪い。
「問題ないだろう、トムは見た目かわいいし、ハクロウはハンサムだし」
俺の言葉に少し安心したようだ。
「そうだといいですね」
「大丈夫だ、人間は可愛いものは好きだから」
お、これは人間じゃなくて俺の主観か。
まあかわいいは正義っていうし問題ないだろう。
朝飯を済ませて早速町へ歩き出した。
町に着くまでには魔法の1つでも習得しておきたいところだ。
俺はやる気満々で我流を目指した!
…結論から言うと我流はダメだった。
なんとなく使えそうな感じはするんだけど、どうしても発動しない。
やはり人間が使用する魔法は形式が違うのかもしれない。
最終手段は以前の気を溜めてなにか別の魔法に変わらないかを試したが危うく自爆しそうだった。
俺にはまったくその気は見えていないのだが、トムやハクロウがそれ以上は危険と警告したので以前のように握りつぶした。
しかし大きくなりすぎていたため、トムもハクロウも潰した時の衝撃で目を回していた。
その衝撃はいつもながら俺にはまったく感じなかったけどな。
さすがにこれ以上は無理かな、としかたなく諦めた。
魔法は諦め道中は薬草や木の実の話を聞きながらいろいろ勉強した。
そしてようやく町が見えたる場所にまで来た。
「おー、ようやく町が見えたな」
遠くに見える町は日本の町のような高層ビルや電波塔等の高い建物は無かった。
そのおかげで町の真ん中にそびえ立つ城がよく見える。
まだ遠くて詳しくはわからないが、一軒一軒の家はそれなりなもので前の世界の家に酷使していた。
まあ向こうとこっちが繋がってるんだから似ていても不思議ではないけど。
あと町の周りを巨大な壁が覆っていた。
城塞都市ってやつかな。
ここから見えるだけでもかなり広大な町だし、壁の長さはすごい事になってるんだろうな。
とにかく俺は町を目指した。
町が見えると足取りもかなり軽くなった。
だいぶ近づくと大きな城門が見えた。
近くで見るとその城壁はとても高かった。
10メートル以上はありそうだ。
そしてさらに近づくと大きな門が見える。
両脇には小門があり片方の門には長蛇の列が出来ていた。
大門ともう片方の小門は閉門されている。
たぶんここが一般人用の門なんだろうと予想する。
とりあえず並んでみよう。
前には荷をたくさん積んでいる馬車がいて、その御者に主人らしき男が座っている。
周りの話し声から俺にも理解できる言葉であると認識したので、とりあえずその男に話かてけてみた。
「こんにちは」
いきなり話しかけられた男は少しビックリしたようだが挨拶を返してくれた。
「なんかすごい列だけど毎回そうなの?」
とりあえず気になった事を聞いてみた。
「ん?おぬし今日は何の日なのか知らないのか?」
男はすこし怪訝そうな目で俺を見る。
おっと、なにか特別の日か何かだったのか?
「地方から出て来たんでよくわからないんだ」
男は俺の格好を見てなるほどと口に出した。
「変わった服を着てると思ったら田舎から出てきたのか。それだったら何の日か知らなくても当然か」
男は得意げに今日は姫殿下の結婚式だと教えてくれた。
へぇー、結婚式か。
だからこんなに長蛇なんだな。
一目見たくてやってきたんだろう。
ってか一国の姫が結婚するなら普通どんなド田舎でも知らせはくると思うが…。
そこまで伝達技能が高くないのかな?
まあそんな事は今の俺には関係無い。
問題はあの門の検問をパスできるかどうかだ。
普通に入れると思ってたのが城塞に検問、不審者入場不可っていってるようなもんだよな。
やばいよな。
とりあえずこの男にいろいろ聞いてみるか。
「この検問っていった──」
話しかけると列の前方がすごく騒がしくなった。
「なにかあったのかな?」
男は御車の上に立ち上がり前を見ているがさすがに見えなかったようだ。
俺も目を凝らしてみるが特に何も見えなかった。
「何か前の方で騒いでるようだな」
騒ぎか。
あんまりうれしくないな。
「ん?だれか走ってくるぞ?」
白いウエディングドレスを着た女性がスカートのすそを摘まんで走ってきた。
「姫様じゃないか?」
「姫殿下だ!」
そんな声が大きくなる頃、姫と呼ばれた女性は俺の10メートル横を走り抜けていく。
驚いた事に俺はその女性を知っていた。
「立花!」
俺はそう叫んでいた。
まさかこんなところで会えるとは思いもしなかった。
あのにっくき立花。
俺をこんなところに放り込んだ張本人。
せっかく見つけたのに見失う訳にはいかない。
大声でもう一度叫んだ。
立花も俺の声が聞こえたのかこちらを見る。
「た、武田!?」
さすがに遠くて立花の声は聞こえなかったが、口パクでそう判断した。
立花は驚愕な顔で立ち止まるが、すぐにこっちへ走ってきた。
やっと立花に会えた。
この2週間ほど立花のことを忘れた日など1日も無かったぜ。
それにしてもウエディングドレスに周りの姫という声。
…まさかコイツが姫なのか?
立花は男じゃないのか?
でも化粧のせいか女性に見える。
っていうかドレスが壊滅的に似合ってないぞ。
胸がペッタンコすぎる!
とにかく立花に帰る方法を聞かねば。
立花の方から駆け寄って来たが、感動的な再開にはならなかった。
ウエディングドレス姿の立花は俺の前に来るなり胸倉を掴んできた。
「武田!お前いったいどこにいたんだよ!」
俺への攻撃と判断ようでハクロウがすぐに唸り出すが、俺は掌で遮り待てと指示した。
「お前のせいでこっちはにっちもさっちもいかない状況なんだぞ!」
見当違いな怒りに俺もだんだん腹が立ってきた。
「そんなもん知るか!お前が俺をこっちにひきずりこんだんだろう!ふざけた事を抜かすな!」
立花の腕を両手でほどいて逆に畳み掛けた。
「人をさんざんからかっておいて自分の思い通りにならなければ逆切れかよ!お前の状況なんてこっちには関係ないんだよ!」
俺の勢いに飲まれそうになったが、キッっと眉をゆがめて負けじと大声を上げてきた。
「君が僕の思い通りに動いてくれなかったのが悪いんだろう!」
「ハァ?ふざけるな。何で俺がお前の思い通りに動かなければいけないんだ!」
「それは──」
立花は何か言いかけたが門の方から姫様ー!という声が聞こえると顔面が蒼白になった。
「や、やばい逃げなきゃ」
「ちょっと待てよ。とりあえずいろいろ話を聞かせろ!」
「今そんな場合じゃないんだよ!」
かなりあせっているようだ。
「このままじゃ僕は結婚させられてしまう」
「結婚?そういや今日は姫の結婚だとかって聞いたな。おまえってもしかして姫なのか、ってかお前女なのか?」
「そうだよ!だから逃げてるんだよ!」
俺につかまれた自分の手を外そうとしたが、俺も逃げられるわけにはいかないんで離さなかった。
「ワケは後で話すから手を離して」
とても切羽詰った顔で俺を見つめる。
その顔少し可愛いな。
なんて思ってしまった。
俺はサドかよ!
「いたぞ!姫様だ!」
数人の槍を持った兵士が俺の前で止まる。
「さあ戻りましょう、姫」
立花は俺からようやく開放されたが、逃げずに俺の後ろに隠れる。
「なんだ貴様は?」
めちゃくちゃ不審人物を見る目でおれを睨む。
「貴様、その方はカヂハベニギハケヌ王国第1王女ピニョリナミナル・カヂハベニギ様だ、さっさとこちらへ引き渡せ」
長げーよ!
国の名前も立花の名前も無駄に長すぎるだろ!
そもそも女王の国って名前はどこにいったんだよ。
心の中でそんなツッコミをいれながらも顔はシリアス顔のままを保った。
「知らねーよ。俺がしってるコイツは立花まことって名前で、性別を偽って学校に通ってたって事くらいだ」
性別は今関係ないでしょって後ろからツッコミがきたが無視だ。
「貴様、なにを訳のわからぬことを言っている?ま、まさか貴様王女を誘拐するつもりか!?」
周りにいた一般人も槍を構えていた兵士も驚きの表情になる。
「いや、誘拐とかそんな大それた事は──」
「そうよ、彼は私を誘拐するのよ、あの汚らわしい婚約者からね!」
おいちょっと立花さん、あなたいったい何言ってるんだ?
「何だと!貴様そんな事をしてただで済むとは思うなよ」
兵士の一人に目を配って応援を呼びに行かせた。
残った5人で槍を構えながら囲ってくる。
なんだか知らないけど、俺はまたしても立花に巻き込まれたようだ。
しかしここで立花を渡したとして俺の無事は保証されないだろうし、なにより二度と立花には会えなくなるだろう。
だったら不本意ながら仕方がない。
「トム!悪いがこいつらを行動不能にしてくれ」
ハクロウの背で共に巻き込まれたトムはおまかせあれと眠りの魔法を唱えた。
「かの者たちを眠りにいざなえ!」
そういえば初めて会った時にも眠りの魔法の呪文を聞いたな。
まあその時と今とでは状況がまったく違うがけど。
名前を得たトムの魔法は絶大で5人が同時に眠った。
いや御者の男やその他大勢も眠っていた。
立花は何がなんだかわからず、混乱しているようだ。
「立花、どうするんだ。いったん逃げるか?」
「う、うん。そうだね。逃げよう」
そして俺は町に入る事は叶わないままもと来た道を走った。
森の入り口まで一気に走った。
ここまでくればまあ安全だろう。
いろいろ話を聞かないとな。
全力で走ったのでかなり疲れてるようだ。
水分の多い木の実を立花に渡すとあっという間に無くなった。
それを見ながら俺も適当な場所に座る。
そして落ち着くまでに5分。
「お前、女だったのか?」
「そうよ。笑いたければ笑えばいいさ」
「笑わないさ。その寂しい胸を笑えるはずが無いだろう」
「そこじゃないでしょ!」
「じゃあどこを笑えばいいんだ?」
「…そんな事はどうでもいいのよ!」
笑えって言ったのはお前だろ。
「何なのこいつら!」
立花はハクロウとその背にのっているトムに指差した。
「何なのって見りゃわかんだろ?ウサギと犬だよ」
「そういうことをいってんじゃないよ!なんで魔物と一緒にいるのって聞いてるの!」
マモノ?
why?
「ちょっと立花さん、あなたこそ何を言ってるのですか?どう見てもウサギとハスキー犬でしょう?」
つい敬語になるほどに驚いていた。
なんで魔物なんだよ?
立花はとても大きなため息をついた。
「あのね。人の言葉を喋れる動物がどこの世界にいるのよ!」
「なんだお前、了見の狭いヤツだな。ここにいるじゃないか」
「だからこいつらは魔物だって言ってんのよ!わかりなさいよ!」
ハクロウは立花を睨んでいたが、とうとう唸り声を上げだした。
「まあ待てハクロウ。コイツは以前から頭のおかしなヤツだったんだ。俺に免じて許してやってくれ」
「武田様がそう言うなら」
そういって怒りを抑える。
そして俺が座ってる横に伏せた。
「頭がおかしいってどういう意味よ?!」
「いや、そのまんまの意味だから」
立花はギっと睨んでくる。
「あの武田様。ひとつよろしいでしょうか?」
ハクロウの背から申し訳なさそうに声をかけてくる。
「ん、どうした?」
「実は武田様には言っていない事がありまして」
トムは一端ここで切った。
トムに視線を向けると目をそらした。
「実はこの森に住んでいる私たちは、人間には魔物と恐れられております」
…なるほど。
そのことを隠していたトムやハクロウは、俺に後ろめたい気持ちがあったんだろう。
あの長蛇の列に並んでる時、ほとんど喋らなかったのもそのせいか。
「確かに人間の言葉を話す動物は、人間からすれば異端なのかもしれないな」
「異端じゃないでしょう。もはや別の生き物よ」
立花が少し訂正するがそんな些細な事はどうでもよかった。
不安そうな表情を浮かべるトムとハクロウが俺を見ている。
「前にも言っただろう。話し合いが出来ればいろいろ解決できる事があるんだよ。今回だって一緒さ。なによりお前たちがしゃべってくれなければ、俺は多分森の中で野垂れ死にしていただろうさ」
トムの頭に手を乗せるとトムは不安が吹き飛んだかのように目を細める。
「君はずいぶん理解がいいんだね」
「あのな、元はといえばお前のせいなの忘れるなよ」
立花はしかたないじゃないかとつぶやく。
「本来なら王宮にある僕の部屋に移動する予定だったのが、少し座標が狂っただけだよ」
俺は大きなため息をついた。
「俺はお前のせいでリスの住処に放り出されたんだぜ。お前、この森に住んでるリスの怖さを知ってるか?」
その話を聞いた立花は顔面蒼白になる。
「…なんで生きてるの?」
やっとの思いでその言葉をひねり出した。
「お前がそれを言うか。まあいい。あの時弁当を持っていて奴等はそれに気を取られてくれたんだよ」
あの時は本当に死ぬかと思ったの連続だったな。
インコにクロコに。
「あんな風にリスに襲われたら、言葉を話す事くらい些細な事にしか思わなかったよ」
ある意味お前のおかげだなとつぶやいた。
「それでいろんな奴に出会って、ようやく人間の町にたどり着いたのさ」
俺の話になんとなく納得したようだ。
それよりも気になってる事があるようだ。
「そのウサギだけどもしかして森のデストロイヤー?」
…なんだその変な名前は?
笑っちゃうネーミングだな。
いやネーミングについての悪口は控えよう。
「私をそう呼ぶ人間は多々いましたが、私にはトムという立派な名前があるので、今後はその変な名前で呼ばないように」
その通り、俺が名づけたナイスセンスな名前だ。
「やはりお前があのクラッシャーウサギなのか!って、え、名前?」
「デストロイの次はクラッシャーか、トム君は結構やんちゃな奴だったんだな、あっはっは」
「お恥ずかしい。武田様には乾杯でしたが、人間の間では結構名が知られていました」
「え、武田に負けた?え、どういうこと?」
「何言ってんだ。お前は俺の特性知ってるだろう?だったらトムが俺に敵わないのはおのずと答えも出るだろう」
「特性?あ、そうか。武田には魔法が通じないんだった」
「そうです。私はそれで武田様に完敗してしまいました」
「でもちょっとまって。ってか何であんたそんな流暢にしゃべれるのよ?名前って何なのいったい?」
「察しの悪い人間だな。武田様が名づけてくれたのだ」
ハクロウがフォローした。
トムもうんうんとうなずく。
「名づけ…た?」
「そうだな。俺がコイツにトムって名前をつけてやったよ」
トムの頭にポンと手を置く。
立花は俺の言葉にポカンと口を開けた。
「そしてこっちがハクロウだ」
今度はハクロウの頭の上に手を置く。
「後は別に3つほどつけてやったかな」
3匹というか3人というか迷って無難なのを選んだ。
「ちょっと…君なにやってんのよ!」
またも立花に胸倉をつかまれた。
「知ってるよそのくらい。名づけると魔力が減るって奴だろ。名前をつけるのはもう控えるつもりだから慌てるなって」
「違う!そんな事を言いたい訳じゃない!魔物に名前をつけるって意味を君はちゃんと理解してるの?!」
さすがの剣幕で少し驚いたが、立花の手を引き離す。
「わかってるって。こいつらがパワーアップしたのは知ってるし」
「そ、そんな効果まであるの!」
あれ知らなかったのか?
だったらなんで怒ってるんだ?
立花はまたもや大きなため息をついて俺から少し離れる。
「で、いったいどんな意味があるんだ?」
その質問に頭を抱えて首を振る。
「教えてあげない」
「はあ?」
いや教えろよ。
何この思わせぶり?
「教えると君にいろいろな事が降りかかるから今はまだ教えない」
「なにが降りかかるんだ?」
「だから教えてあげないっていってるでしょう!」
「いやいやめっちゃ気になるでしょうが」
「教えると他に名をつけた者にもいろいろ厄介な事が起こるから、今はまだ教えない」
「あいつらにも迷惑がかかるのか、それはまずいな」
「だから絶対にこの事は秘密よ!いいね、絶対よ」
立花は俺の顔を覗き込んで念を押してきた。
「お、おう」
「君たちもね」
ハクロウとトムにも睨む。
「悪いが俺からもお願いする」
「武田様が秘密にされるのであれば私も従います」
「我も武田様に従おう」
そして立花はもう何度目かわからないため息をつく。
「それにしても武田、君はいったいどんな魔力をしてるんだい?」
いや、俺に聞かれてもな。
「よくわからん。魔力を自分で感じる事もないし魔法もなかなか使えないし」
「武田は魔法を使えるの?」
すこし驚いている。
「いやまだ使えない。なんだか使えそうな気はするんだけどな」
「だって君はアンチマジックの能力をもってるのだから、使えるのがおかしでしょ?」
「アンチマジック?」
「魔法を打ち消す魔法よ。なるほど、だから君は使えそうで使えないんじゃないの?打ち消されて」
な、なんだってー!
いや確かにそう言われてみればそうなのかもしれないけど。
「まじかよ。魔法使えないのか。めっちゃ使いたかったのに」
「いえそれはありません」
トムが立花の仮説を否定した。
おお心の友よ!
「武田様は魔力を外に出す事が可能です。なので打ち消されてる事はありません」
そういえばそうだった。
俺にはまったく感じれない魔力の塊。
「本当なの?見せてくれない?」
「いいぜ、見せてやろう」
とはりきって言ったら、トムに抑えてくださいねとクギを刺された。
…まあ確かに暴走させるわけにはいかないか。
騒ぎを起こすのはまずいしな。
ちょっとだけ溜まれと念じてみた。
俺の右手を見ていた立花は、最初はちゃんと溜まるんだと鼻で笑っていたが、魔力を込めるにつれどんどん笑みが消えていった。
「ちょ、ちょっとまって武田!ストップストップ!」
ええ、もう?
俺はそのまま握りつぶした。
きゃっと小さな悲鳴が聞こえた。
「もう、弾くなら弾くって先に言ってよ!」
「悪い悪い」
「でも本当に魔力を出すことが出来るんだ」
さすがに俺の事を感心したようだ。
「でも、今の魔力は全開ではなかったみたいだけど?」
「全開なわけないだろう。ほら気出ろ、くらいな奴だ」
唖然としていた立花は急に笑い出した。
「くっくっく。なるほどそういう事か、そうかそうかそういう事か、くっくっく」
こいつの笑い方はあいかわらず変だ。
「いや失礼。なるほどそういうことだったのか」
一人で納得してて超うざいだけど。
どうせ教えてくれなさそうなんでこっちから質問する。
っていうかここに送られてきた訳をゲロってもらわないとな!
「で、俺をなんでこの世界に連れて来たんだ?」
やっと核心の質問にはいれた。
「そうだね、それを説明しないといけないね。僕はこの国の第一王女なのは知ってるよね?」
「ああ、すげえ長ったらしい国名に長ったらしい本名だろ」
「別に長いのは苦痛でもなんでもないけど、君たち日本人だとそういう感覚だろうね」
なるほど、日本以外の国で、長い国名もあれば長い名前の人もいるな。
日本人にはあまり馴染みがないだけで。
「僕は第一王女でこの国を継がなきゃいけないんだ」
「なるほど。女王の国というのは本当の事か」
その名前を出すと立花はクスリと笑った。
「女王の国ね。確かにそう呼ぶ人もいるよ。君と同じようにいちいち正式名を言うのが面倒な人とかにね。でもよくその名前を知ってたね」
その質問にトムの頭の上に手を置いてコイツに教えてもらったと答える。
「魔物にまでそう呼ばれているのか」
立花は肩をすくめて苦笑いをした。
「大きな目標としてはこの国を守る為に君の世界に渡ったんだ。さすがにこれじゃ説明不足だね」
いろいろ理由は浮かで来るけどとりあえずは立花の続きを聞くことにした。
「魔女バーバラという宮廷魔術師がいるんだけど、そのババは予言者でもあるんだ」
ババか。
バーバラを略したのかそれとも婆なのか…両方ありえるな。
「ババが大予言をしたのが半年前で、大いなる者が現れる。国は混乱し人心は離れとてつもない災害をおこすであろう。とね」
魔王とか災厄とかではなくて大いなる物のなのか。
意味深だな。
「その予言を聞いた執政部は大いに混乱し、そしていろんな打開策を考えたのが、今回の出来事さ」
国は混乱しってところはすでに予言通りか。
「僕は人心を掌握できる魔法と時空渡りという特殊な能力を生まれながら備えていたんだよ」
「時空渡り?」
「その能力は名前の通り別の次元に渡ってしまうんだ。僕の意志に関係なく」
「おいおい、それはとてもやばい能力なんじゃないか」
「そうだね。小さい頃何度か行方不明になっていたことがあり、気がついたらいなくなった場所で発見されたんだ。まったく見たことのない服を着てね」
まったく見たことのない服、異世界の服か。
「そうしてようやく僕の能力に気づいたって訳さ」
そういうと肩を少しすくめた。
「それから僕にはいろいろな封印を施された。でもどれだけ封印しても別の世界に勝手に渡ってしまうんだ」
「それって日本なのか?」
その質問に首を横に振る。
「物心つく前の記憶は定かではないけど、覚えている限りでは日本ではなかったよ。別の異世界か君の国とは違う別の国かもしれない」
なるほど。
「今から5年ほど前に母が、いえ女王が身ごもったのだ。第二王女を。それから僕の運命はいろいろ変わってしまった。いついなくなるかわからない僕が女王になるよりも妹に女王を任せればいいんじゃないかってね」
「でもさっきお前はこの国を継がなきいけないとか言ってたよな」
「そう。僕が継がなきゃいけない」
立花は目を伏せて顔を伏せる。
「話を簡単にすると継承権問題が勃発したんだよ。僕と妹で。で妹は去年毒殺されかかったんだ」
「毒殺だと!」
「そう、毒を飲んでしまったんだ。一命は取り留めたけど大きな障害が残ってしまった。結局犯人はわからずじまいで僕が女王になることが正式に決まったんだ」
立花はため息をつき、続ける。
「そして半年前の予言で国はさらに混乱してしまった。その酷い有様を見て僕は決意したんだ。勇者を連れてくるって」
「はあ?なんで勇者なんだ?」
「勇者というのはただの方便だよ。問題は大いなる者の存在の方だ。どんなものなのかもわからない者をどうにかするのは不可能だ。だからその者をけん制できる人物を探しに行こうと思ったんだ」
なるほど、しかし…。
「漠然としすぎてないか?」
「それは承知の上さ。でもそうでも言わないと、国の中枢から混乱が国全体に広がる恐れがあったんだ。そのくらい当時は酷い有様だった」
「そのババって人の予言は必ず当たるのか?」
「うん、僕が知ってるだけでも100%当たってるよ。妹の毒殺もね」
「いや殺されてないから毒殺ではないだろう。だったら外れなんじゃ?」
「おっと僕の言い方が悪かったか。妹は意識不明の重態になると予言されたんだ」
「なるほど、そしてそのとおりになった訳か」
「うん、最初はそんな予言は偽りだと騒いでいて、ババはあやうく虚言の罪状で監獄に入れられそうになったくらいだし」
立花はまたため息をひとつつき、息を整える。
「だから僕は時空を渡ったんだ。そして君の世界に着いた。ただしいろいろ保険をかけてね」
「保険?」
「そうだ。僕があんな嘘をついていたのはその保険のせいなんだ」
あんな嘘っていうのは魔法を使えるってやつか。
いやあれは本当の事だから男女反対になってたやつか。
「正体がばれたら即座にこの世界に戻れるように僕のスキルに干渉したんだ。正体をばらす事で帰れるようになるというわけさ」
「…それってお前しか帰れないって事じゃないのか?」
「その処置を使えばね。とあるアイテムと大掛かりな陣を書けば1回きりのゲートを開く事が出来る。だから文芸部にゲートを開いて君をこっちの世界に送ったんだ」
しかし何故男装する必要があるんだ?
それ以外にも緊急で帰れる措置があるだろうに。
「僕の婚約者がとても嫉妬深くてね。僕を送り出すのにはとても反対したんだ」
「嫉妬?いや普通は心配だから反対するんじゃないのか」
立花は肩をすくめる。
「彼は僕の処女にしか興味ないんだよ。だから別世界で僕が純潔じゃなくなるのを嫌ったんだ」
処女厨かよ!
「まあ僕は男として過ごすのはそう難しくはなかったよ。僕はこの通り胸がないからね」
立花はすこしおどけてみせる。
「僕は16の誕生日に結婚をすると小さい頃からの決定事項だったんだ。だから僕は今花嫁なんだよ」
かなり汚れてしまったウエディングドレスを披露する。
「誕生日おめでとう」
「よしてくれ。僕は君に祝辞をいわれるような人間ではないからね」
よく分かってるじゃないか。
勝手にこんな場所につれてこさせられたんだからな。
「でも今頃お前の婿さんは自分の花嫁の純潔が汚されてる事に怯えてるんじゃないか?」
少し意地悪な事を言ってみた。
「君が僕の純潔を汚してくれるなら望むところだよ」
とんでもない答えが返ってきた。
立花の目を見ると、笑っていて本気じゃないのは理解した。
が、こんな奴でも女だ。
しかもしたたかな奴だ。
迂闊な事を言えば手痛いしっぺ返しをくらうのは目に見えていたはずなのに、つい調子に乗ってしまった。
「まあ話を戻そうか。そんな訳で僕は君のいる世界に渡ったのだけど、もちろん勇者なんて見つかるはずもなかったよ」
だろうな。
「最初に僕は君の事を目をつけていたんだ」
なんだと?
「だって君はまったく魔法が通じなかっただろ?だから大いなる者に対抗できるんじゃないかってね」
なるほど、魔法での混乱なら一切聞かないな、確かに。
「でも君はそれだけだった。それだけだったので候補から外したんだ」
なに?いま遠まわしに普通って言われた気がしたが。
まったくその通りではあるがな。
「いろいろ探したけど学校にいる人は全員ダメだった。しいていえば藤沢が候補になるくらいだった」
藤沢か。
俺の横に座っていた女子だ。
まだこっちにきて2週間くらいしかたってないはずなのにすごく懐かしい名前だ。
「彼女の魔力はかなり高かったんだけど、君のせいで除外になってしまったよ」
「俺のせい?」
「そうだよ。君のアンチマジックの存在がかなり僕の心に引っかかっていたんだ」
「でも俺は普通人だっただろ?」
「ただ君はとても理性的な人間だということにも気づかされた」
「はあ、なに言ってんだ?俺なんてただ普通人だろう」
立花は俺が普通人って言葉が面白いようだ。
「くっくっく、何度も言うが君は普通人だよ。でも君の冷静に物事を分析する能力はとても高く評価できる。彼らのような魔物まで手なずけてしまうのだからな」
いままで聞き專だったハクロウとトムもうなずいた。
「口を挟むことを許してください。武田様はグリズ殿と初めてお会いしたときも毅然とした態度でした。クロコ殿から聞いて話でも同じような事をおっしゃってました」
トムの頭に手を乗せるとうれしそうに目を細めた。
「彼が言ってるのは本当だろう。僕はグリズやクロコって方とは会った事はないけど、とても立派な人なんだろう。そんな人を前にしても毅然な態度でいられるのは君のすごいところだと思うよ」
ハクロウもうなずいていた。
ただ単に恐怖で体が固まっていただけなんだが、まあ黙っておこう。
「そんな魔物にも一目を置かれる君を最終的に僕は信じたんだ。最後の最後で詰めをあやまってしまったけどね」
立花はわざとらしい咳をひとついれる。
「まあなんにしてもだ、ゲートを開けて君をこちらに転送する事には成功したって事だよ」
「なるほど、一応理解した」
俺の言葉に立花は安堵した。
「で、その大いなる者というやからは現れたのか?」
立花はその答えに少し詰まらせる。
「現れたというかなんというか…目の前にいる人がそうなんじゃないかなって」
後半のセリフはとても聞こえにくい小さな声であったが、しっかり聞こえた。
「はあ?俺が大いなる者だっていうのか?」
「だ、だって君は向こうの世界ではなかった魔力に目覚めてるし、魔物に名前とか与えてるし…」
「いや名前なんて誰だってつけるだろう?」
「そんなことないよ。物語に出てくる魔王とかくらいし…あっ」
今なんかさらっとへんなことを言ったな。
「今の無し!いまのはノーカンで!」
「よしわかった。今のはノーカンにしてやろう。で何だって?」
立花は目を泳がせながら必死に言い訳を考えてる。
「えっと、えっとえっとそう、あれ、あれあれ!」
「あれじゃわかんねーよ!魔王がなんだって?」
「ちがう!魔王なんて言ってないよ、ノーカンだっていったでしょ」
テンパって逆切れしてきた。
「わかった、少し落ち着け」
とりあえず深呼吸をさせて落ち着かせた。
「落ち着いたなら話せ。魔王の続きを」
もう何度ついたかわからないため息を立花はついた。
「えっとね。最初に話を濁したけど魔王しか魔物に名前を与えられないのよ」
「絶対にか?」
「そんなこと知らないよ。物語に出てくる話しだし」
「えっとよければ私からも少しよろしいですか?」
トムがペコペコと頭を下げながら提案してくる。
気にせずに話に加わっても問題ないんだけど、どうも遠慮してるようだ。
「イズツズラエウヌビユミズラエの森には武田様が名づけた以外の名前持ちもいます」
ほう、それは他にも俺のような奴がいるってことか。
「しかし名前をつけた人間はその場で死んでしまったようです」
やっぱり魔力がなくなったら死ぬのか。
「今いる名前持ちの者は、過去に名前をつけてもらった先祖が死に間際に名前を子や孫に相伝しているものだけと聞きます。なので名前はあるものの今の私のように力のあるものはいません」
「それは代々受け継いで能力が徐々に減退しているのか、元々の名づけ者にほとんど魔力がなかったのどっちかなんだろだね」
「はい。ですのでここ100年ほどで名前を付けてくださったのは武田様だけになります。そしてこれほどの力を授けてくれながら武田様の魔力が落ちないのは、魔王並みの力を持っていると思います」
なるほど、実体験で語ってくれるトムの方が立花の物語よりも信憑性はかなりあるな。
「ですから武田様は大いなる者なんだと私は思うのです」
うーん、そういわれると大いなる者なのかもしれないって思ってしまうな。
「さすがはデストロ…いやトムね」
「…だがしかしこれは本末転倒なんじゃないか?」
俺の言葉に立花は笑いながら僕もそう思うよと答える。
「まさか大いなる者の対抗する為にその大いなる者を呼んでしまうなんて。元凶は僕ってことになるよね。これって」
「魔王でも勇者でもない大いなる者との予言ですから、武田様はそのどちらにもならないってことですね」
まあ確かに勇者とか魔王とかには興味ないからな。
支配するとか世界を壊すとかあと世界を救うとか、普通人の俺には荷が重過ぎる。
「まあでもこれで俺もやっと元の世界に返れるって事か。俺が元の世界に戻ればすべて解決だろうし」
トムやハクロウたちとの別れは寂しいが、ここは俺の世界ではないし大いなる者なんかになるつもりもないし。
「というわけでさっさと俺を元の世界に戻してくれ」
立花は俺から目をそらした。
「えっと、時空渡りはできるけど、どこにいけるかはわから…なく…て」
「ははははは」
「くっくっく」
「なにがくっくっくだボケ!」
「ご、ごめんってば」
「マジか?マジで帰れないのか?」
「僕がいろいろ時空を渡って偶然日本にたどり着いたらそのときにゲートを開いて…」
「どのくらいかかるんだ?」
「かなりの魔力を使うので半年に1回くらいしか」
「ふざけんなぁぁぁ!」