第6話
結局俺はこの町に10日ほど滞在した。
同盟の締結。
不可侵条約。
安全保障条約。
各種物資の交換比率。
各種情報共有。
そんなこんながやっと終ってクロコやシマリは帰っていった。
これで俺もやっと人間の町に行く事ができる。
グリズに挨拶をして、出発準備をする。
「もう出発するのか。さびしくなるな」
「木の実とかいろいろありがとう。とても助かるよ」
「気にする必要はない。我らが受けた恩がこれくらいで返せるとも思えんし。何かあったらまた来きてくれ」
「ありがとう。また寄らせてもらうよ」
動物の毛皮に包んだ木の実を担いで町の外へ向かう。
モウイクカ
門番のハスキーだ。
各勢力への使いも精力的にこなし、影ながら大活躍だった。
こいつにも名前をつけてやるか。
ハスキーの頭に手を置く。
「お前にも名前をつけようと思うのだがいいか?」
ハスキーは目を丸くした。
ワレニモナマエヲクエルノカ
尻尾をすごく振っている。
喜んでくれているようだ。
こいつは白銀のハスキー犬だし、白狼でいいか。
「お前の名前はハクロウだ」
名前をつけられたハクロウは姿の変化は無かったが、他の皆と同じように流暢に喋れるようになった。
「ありがとう、武田様」
こいつも武田様と呼ぶか、まあいいか。
「ハクロウ、お前のがんばりへのお礼さ」
実際ハクロウの伝達がスムーズだったおかげで短時間で同盟が締結できたのだ。
見送りに来ていたグリズも納得したようにうなずく。
ハクロウはグリズの前でこうべを下げる。
「グリズ様、我は武田様と共についていく。許可をいただきたい」
っておい、何言ってんだよハクロウ。
グリズも納得の笑みを浮かべる。
「よし許す」
「って待て!」
「ありがたきしあわせ」
「ちょっとちょっと何勝手に決めてんだよ。各勢力への使いはどうするんだ?」
「問題ない、ハクロウの息子に任せる」
おおう、息子がいるのか。
「ハクロウ、我の分、いや我らの分までしっかり働くのだぞ」
「はっ、おまかせあれ」
結局俺の意志に関係なくハクロウが仲間に加わった。
こうして一人と二匹の旅が始まった。
町を出てから2日目。
なにごともなく順調に過ぎていく。
ハクロウの足ならもうとっくについてる距離であるが、急ぐ必要も無いので安全に気を配りながらのまったりとした旅である。
道中、ハクロウの背中に乗っているトムにイロイロ聞いてみた。
「人間の町があるというのは聞いてるがそこはなんという国なんだ?」
「ええと、女王の国です」
ん?
「女王が治めているのか?」
「そうです、だから女王の国です」
何なんだその安直な名前は?
「じゃあ男の王様になったらどうなるんだよ?」
「さあ?昔からずっと女王の国でしたので。女性しか王になれないのではないのでしょうか?」
なるほど、女しか王になれないってことか。
「ところでさトム」
俺は改まってトムを見る。
「なんでしょうか?」
トムは可愛げに首をかしげる。
「俺に魔法を教えてくれないか?」
そう魔法。
折角こんな世界に来たのだから是非とも使ってみたい。
「え?」
トムは逆の方に首を傾げる。
「いやだから、俺も魔法を使ってみたいんだ。ぜひとも教えて欲しい」
「えっと、武田様はすでに魔法を使っていると思いますが」
え?
「私とお会いしたあの日、右手に膨大な魔力を溜めていたではありませんか」
あー、そういやそんな事もあったか。
「あれ時はとても驚きました。何気なく溜めてみたとおっしゃられておりましたが、あの時私は恐怖を死を恐れました」
そういえばトムはかなりびびってた気がする。
「しかもあれだけの魔力を、いともあっさり握りつぶして霧散させてしまわれましたし」
「あの気のことなら我も覚えてる」
ハクロウがこちらを見ながら当時のことを語る。
「我は番をしていた。森の奥から急に大きな力が流れてきた。そして急に破裂したかのように森がざわめいた」
めちゃくちゃ迷惑をかけてしまったようだな。
反省。
「だがしかしそれは魔力ってのを集めただけだろ?トムのように明確な魔法を使った訳ではないし」
トムはなるほどとうなずいた。
「たしかに武田様はすばらしい魔力をお持ちですが、言われてみれば呪文を唱えた訳ではありませんでした」
「そうそう、だから魔法を、っていうか呪文を教えて欲しい」
「魔法はとても簡単。魔力があれば」
ハクロウは我にも使えると付け加える。
「え、まじ?ハクロウも魔法つかえるの?」
「我の魔法は加速。とても早く走れる」
まじか、すげーな。
「ハクロウ殿の足の速さはこのイズツズラエウヌビユミズラエの森の中では一番といっても過言ではないでしょう」
トムは絶賛するが、ハクロウはすぐに否定する。
「我より早い者いる。トム殿がそう」
そういえばウサギってすごい早いんだった。
「逃げ足にはそこそこの自身はありますが、私は魔法に特化している為に身体能力はかなり劣っています」
同じ種族でも得手不得手はあるし、トムはなんていうか運動が苦手そうだ。
ただの偏見だけど。
「馬も早い。チーターはもっとはやい、会った事はないが」
「チーターか、陸上では世界最速だな、馬は初速とスピードはそれほどではないが継続力が抜きん出てる」
「うむ、なので我が最速ではない」
「そんな事ないと思うよ。少し前のハクロウ殿であればそうかもしれなかったけど、今は名を頂いて能力も格段とあがってるだろうし」
「そうだった、ハクロウを頂いて力が増えた」
「ふむ、じゃあ一度試してみたらどうだ?緊急時に慣れてなくて操作不能とかはしゃれにならんしな」
ハクロウの背にいたトムを左手で回収する。
ハクロウは名を貰ってからまだ走ってなかったし、一度全力を試すのは悪い事ではない。
「我試す」
尻尾をすごい勢いで振ってるな。
進化した自分の力を試すのは心躍るものだ。
「我に加護を」
ハクロウが唱えると体に薄い光が纏う。
「では参ります」
言葉と同時にスタートした。
…速やっ!
もう姿が見えなくなった。
しかも森の中で木々が生い茂ってるのにそれを縫うように走り抜けていた。
「すげえなぁ」
おもわず口に出た。
「そうですね、以前のハクロウ殿とはまったく違います」
トムも嬉しそうにそう答える。
「ハクロウ殿は以前から走るのがとても好きで、魔法が無くともウサギよりは速かったと思いますが、まさに水を得た魚。森であれほどの速度に追いつける者などいないかと」
1分ほどでハクロウは戻ってきた。
「武田様、我はあなたに最大限の感謝をします」
疲れた様子も無くハクロウはじっとこちらを見つめてくる。
「名をつけた時に言っただろう?お前はすごくがんばったのでそのお礼だって。それで足りないって言うなら皆のためにその力を使ってくれ」
「そのお言葉肝に銘じます」
ありゃ、ちょっと重すぎたかな?
なんて思いながらハクロウの頭をなでる。
ハクロウは嬉しそうに目を細める。
「森の中をあれほど早く走るのはいいけど、木とかにぶつからないのか?」
「問題ない。すべて見える」
すべて見えるって、どんな動体視力なんだよ!
まあそれも魔法で補助されているのかな。
ハクロウは我に加護をって言ってたし、まさに走るだけに特化している魔法なんだろう。
「おっと、そういえば魔法を教えて欲しいって話を忘れていた」
ハクロウの加護の魔法の事を考えていたらふと思い出した。
「ハクロウは魔力があれば簡単といってたがどういう意味なんだ?」
左手の上でトムが身振り手振りする。
「えっとですね。魔法とはどういう魔法を使いたいかを念じて使うのです」
ふむ。
「ただ念じるよりも言葉に出す方がより強力な魔法を使えます」
つまり威力が上がるって事か。
だから魔法使いは呪文を唱えるのか。
「念じれば使えるって言うが、それだと万能すぎないか?」
トムは大きくうなずいた。
「そうです、魔法とは万能なのです」
まじかよ!
「ですが残念な事に適正というものも存在します」
やっぱりな。
さすがになんでも出来たら世界の理がおかしなことになってしまう。
「たとえばハクロウ殿でしたら、走るのに特化した適性を備えていると思われます」
ハクロウもうなずく。
「私は相手を傷つけたり無力化する魔法に長けています」
「なるほど。ハクロウは自分を強化する魔法で、トムは攻撃に特化した魔法なんだな」
そうなりますとトムはうなずく。
「で、俺にはどんな適正があるかって事か」
魔法といわれてもどんな魔法があるのかあまりよく知らない。
もっとゲームとかやってればよかった。
「魔法は多種ございます。その適正を見極める為に、人間の町には魔法専用の学校なるものが存在します」
ほう、学校とかあるのか。
とても興味深いな。
「トムはどうやって魔法をつかえるようになったんだ?」
どうやって自分の適性を知ったのか。
それがわかれば学校へ行く必要もない。
トムとハクロウは互いに見つめた後、少し申し訳なさそうに答える。
「実は私たちは生まれた時から覚えておりました」
「生まれた時から?」
「そうです」
「もちろんその後に覚える魔法もありますが、生まれた時に備わっていた魔法で大体系統がわかるという事です」
なるほど。
「私は産まれてすぐに魔法が使えたらしく、父を吹っ飛ばしたそうです」
「それはすさまじいな。父親もさぞ難儀をした事だろう」
「いえ、私のような異端な魔法を使えるものは一族で重宝されます。父は吹っ飛ばされて驚きはしたものの、大喜びだったと本人から聞きました」
産まれた子供に魔法をぶっぱなされて、それで喜んでる父。
まあエリートになる子供が生まれたら普通は喜ぶか。
「なるほど、それが本当なら俺が使える魔法の参考にはならないか」
トムは肩を落としてシュンとなる。
「お役に立てず申し訳ございません」
「いやいや、お前たちが悪いんじゃなくて人間が特殊なだけだろう。ってか俺が特殊過ぎるのか」
その言葉にハクロウはうなずく。
「そうです、武田様が特別なのです」
いや特別じゃなくて特殊な。
そう心で付け加えていたが、その後のトムの言葉にすごく仰天した。
「そうです。武田様は特別なのです。名前を授けるのは自らの魔力を与える行為なのですが、武田様は幾人に名前を授けているにも関わらず、まったく衰える事もなく膨大な魔力を保持しております。まさしく特別な存在なのでしょう!」
んん?
「魔力を与えている?」
「普通なら与えた魔力は永久に失われます。なので死に間際などに伝承するのが普通です」
まじすか!
「えっと、ちょっと聞きたいんだけど、魔力が尽きたらどうなるの?」
「死にます」
うほっ!?
即答かよ!
やべえな、無計画にばんばん名前付けてたよ。
今後は気をつけないと。
「ま、まあ俺が特殊ってのはいろいろわかった、いや改めてわかってしまった。が問題の魔法の習得については、やっぱ学校で学んだ方がいいのかな」
俺の言葉にトムは悩んでいるようだ。
「武田様は特別なので学校で学んだとしても習得できるのかは未知数です。なのでまずは我流でお試しになってみてはいかがでしょう」
我流か、かっこいいな。
響きがだけど。
「我流か、とりあえずいろいろ試してみるか」
だがしかしどうすればいいのか具体的にわからない。
「イメージしてみてはいかがでしょうか?」
「イメージ?」
「そうです、魔力の塊を放出した時のようにイメージをしてみてはいかがでしょう?」
なるほど、確かにあの時は集まれーみたいな感じでイメージしていたな。
「イメージか。魔法のイメージといえば火水風土から力を借りて魔法を撃つってなんかで聞いた事があるな」
「な、なんですと!」
俺の言葉にトムは驚愕していた。
「え、俺なんか変なこと言った?」
トムは俺の左手の上でワナワナと震えていた。
「す…」
「す?」
「すばらしい!」
ビックリした。
トムが大興奮して大声を上げた。
「ど、どうしたトム?」
「なるほどすばらしい論理です!」
「そ、そうか?」
「はい。このトム、目からウロコが落ちました」
そう言うなり俺の左手から飛び降り地面に着地する。
そしてそのまま左手を地面につき、右手を前にかざす。
「砂よ石よ岩よ、弾け飛べ!」
トムがそう唱えると誰もいない空間の足元から土や石などの礫が一気に上空に襲い掛かる。
「おおお!すげー!」
あの攻撃喰らったらかなり痛そうだ。
かなりどころじゃなくて大怪我しそうだ。
トムを見ると自分で唱えた魔法に呆然としていた。
「お、おい大丈夫か?」
両手で抱き上げると、トムはやっと我に返ってすぐに興奮しはじめた。
「わ、私にあのような魔法が使えるとは。私はなんてすごい奴だったんだ!」
おいおい大丈夫かーと心配していたが、やっと興奮が収まってくれたらしい。
「も、申し訳ありません武田様。つい自分の事で熱くなってしまいまして」
両手で顔を隠し必死に謝っている。
くそう、かわいいなコイツ。
「いやいや問題ないさ。そんなことより今の魔法は今まで使ったことのない覚えたての魔法なのか?」
トムは覆ってた手を下げると今度は輝きを増した目で説明する。
「いえ私の放出系魔法の応用です。それに地の力を借りて試してみたのです」
「んーと、以前魔力玉を投射する魔法を使ってきたが、地の力を借りて魔力玉の変わりに土や石を放出したってことか」
トムは俺の答えにとても満足そうだ。
「その通りです武田様。なんでもお見通しで素晴らしいです!」
いやいや、それほどでも…あるかな。
「ってことは火があればその力を借りて炎を投射する事も出来るのか」
「そうです、その通りです!」
とてもうれしそうだがとても物騒だな。
森の中では火種はそうそうないけど、迂闊に使うと森林火事とかになるから危険だ。
「今までの特訓は無意味になりましたが、これからは自然と共に魔法を行使して行こうと思います」
どうもありがとうございました、と手の中で頭をペコリと下げる。
「無意味ではないだろう。初見であれだけうまく使えたのはその練習の賜物だろう」
俺の本心だった。
どれだけすごい才能を持っていても、影で努力をするのは当たり前。
成功者のほとんどは影の努力者であるのはもちろん知っている。
そこまでの努力をした事はないが為、俺は普通の人なのだ。
俺の言葉にトムは目に涙を溜めてそのまま号泣してしまった。
「あ、ありがとうございます。私のような者にまで気を使っていただき、そして私の努力までも褒めていただき感謝の言葉もございません。武田様にお会いできたこの偶然、私は心より感激しております」
隣でハクロウもうんうんとうなずいていた。
あまり褒めるなよ、調子に乗ってしまうじゃないか、と照れを隠しながらトムの頭をなでる。
そしてまた話がそれている事に気づいたがまあよしとしよう。
「ハクロウ殿も風や土の力を魔法にこめれば、もしかしたらまた別の能力を得るかもしれませんよ」
トムのそんな爆弾発言にハクロウも再度試したくなったようで、俺の魔法そっちのけで唱えた。
「我に風の加護を」
そう唱えるとハクロウの姿が消えた。
「おおっ!」
俺とトムの声がハモる。
そして1分ほどでまた姿を現した。
「どうでしたハクロウ殿?」
「町まで往復した」
ナンデスト!
俺の脚で2日かかった熊の町まで1分で往復したという。
「す、すげーなハクロウ!」
「風に同化したってことでしょうか!」
俺もトムもかなり興奮していた。
しかしハクロウは少し、いやかなり疲れているようだ。
「気の消耗が激しい」
そんな反則級の魔法、さすがに低燃費ではないようだ。
「そうですね。さすがに高位魔法になりますので、魔力消費もかなりのものでしょう」
今も人間の町へ歩いているが、かなりしんどいらしく舌をだしてゼーハー言っている。
「少し早いがここで野宿するか」
「大変申し訳ない」
自分の不甲斐なさに自己嫌悪しているようだ。
「そう気を落とす必要は無いさ。この距離を一瞬で移動できるなんてとても素晴らしい魔法じゃないか」
「そうです。私もこのような魔法は見たこともありません。とてもすばらしい魔法です」
そう褒めると感謝すると一言の後、すぐに眠りに落ちた。
「かなり消耗しているようだな」
「ですね。初めての魔法なのでもしかしたら効率の悪い移動をしてしまったのかもしれません。訓練すれば消耗をかなり抑える事も出来ると思います」
「そうだな。しかし結局俺の魔法についてはまったくなにも解決できなかったな」
「大変申し訳ありません。私もハクロウ殿も自分の事ばかりで」
さすがにしゅんとうなだれる。
「いやいや、お前たちが強化したのはそれはそれで嬉しいから問題ないさ」
慰めた訳でなく本心だ。
ハクロウの横にゴロンと寝転んで星を眺めているうちに、俺もいつの間にか眠っていた。