第3話
俺は森の中を彷徨っていた。
ワニからあっちだと教えてもらったのはいいが、さすがに漠然としすぎていた。
そして道なき森をまっすぐ歩くことは不可能で、今歩いてる方向は多分町に向かってないだろうなと悲観している。
…少し休憩を取ろう。
今後の方針を考える為にも。
木にもたれかかりため息を吐いた。
このまま信じてまっすぐ行くか、それとも高そうな木に登って確認してみるか。
ワニやインコが言っていたウサギにはまだ出会っていないが、会う前にさっさと抜け出したい。
そもそもこの森はどのくらい広大なのかすらわかってない。
失敗だった。
あの湖の周りはそんなに危険でもなかったし。もっと情報を仕入れてから森に入るべきだった。
だがいまさら悔いても後の祭り。
しかたがない。
木に登って確認するか。
高そうな木を探す為に上を見て歩きだすと、何かを蹴飛ばした。
視線を下に落とすと蹴飛ばした何かがコロコロと転がっている。
イテテ、アシモトニキヲツケロ!
コロコロ転がっていた何かがやっと静止したと思ったら片言で非難してきた。
かなり小さいがウサギだった。
…やべえ最悪の出会いだ。
「すまなかった。高い木を探していたもんで」
軽く詫びを入れてみたが、俺の姿を見たウサギの目が細くなった。
ニンゲンデハナイカ
あーこれはやばいやつだ。
俺の第六感がそう告げている。
コノワタシヲアシゲニスルトハ
いやいやわざとじゃないんですよ?
ニンゲンノブンザイデ
この世界ってウサギ>人間なの?
バンシニアタイスル、シヲモッテツグナエ
ちょ、ちょっとまって。
サラバダニンゲン
そう言うなりウサギは呪文を唱え始めた。
唱え終わると同時にウサギの頭から大きな球体が浮かび上がる。
そしてそれは俺に向かって飛んできた。
為す術もなく、そして回避もできないままその球体をまともに喰らってしまった。
…!
……。
あれ?
何とも…ない様な気がするが?
目を開けて体を確認するが痛いところは全くなかった。
得意げに魔法を放ったウサギは唖然と、いや愕然としていた。
ナゼダ、マホウハチョクゲキシタハズナノニ!
あの球体はやっぱり魔法だったのか。
ん、待てよ?
そういえば立花は俺には魔法が効かないと言っていたな。
と言うことは魔法攻撃はノーダメージなのか?
ナ、ナラバソクザニシヌマホウヲクラエ!
ソクザニシヌ?即死の魔法ってことか?
しかし呪文を唱え終えても何も起こらず、ウサギだけが慌てていた。
…ウサギのクセに何故そんな危険な魔法を覚えているんだ?
ナゼダ、ナゼキカナイ!?
明らかに動揺している。
その後眠らせたり躍らせたり気絶させたり麻痺させたりする魔法を何度も繰り返してきたが、俺にはまったく効果がなかった。
ナ、ナゼナンダ
ウサギは憔悴しきっている。
立花の言ってた通り、俺はまったく魔法の効かない体だってことが証明された。
憔悴してるウサギの前まで歩き、首の後ろを摘まみ上げた。
ウサギは恐怖でブルブルと体を震わせている。
「お前、俺を問答無用で殺そうとしたよな?」
つぶやかな愛らしい目から涙を流してる。
ゴ、ゴメンナサイ
「さて、どうしたものか」
ナンデモシマスノデタスケテクダサイ
ウサギは両手をあわせて命乞いをしている。
…。
なんだこのかわいい動物は!
俺は動物はあまり好きではない。
だがしかしこのプルプルふるえてるウサギを見て心がキュンとなった。
いやまじで。
自分でキュンとかキモい表現だとは思ったが、それくらい惹かれてしまった。
元の世界に戻ったらオフクロに頼んでウサギを飼おう。
俺が心の中で葛藤している間にウサギは、ヤッパリシケイデスカ?と泣いていた。
おっと忘れてた。
さてこいつはどうしようか。
死刑とかはさすがにしたくないが、開放した後に仲間を呼んで再度襲われるのも勘弁だし。
まてよ、何でもすると言ってたな。
「お前、人間の町の場所知ってるか?」
ハイシッテマス
よしきた!
「じゃあ助けてやる代わりにそこまで案内してくれ」
その言葉にウサギはきょとんとし、シケイジャナイノデスカ?と再度聞いてきた。
「死刑にはしないよ。ただちゃんと案内しなければどうなるかはわからないがな」
一応脅しをかけておいた。
変な場所に連れて行かれても困るし。
ヨロコンデアンナイシマス!
とてもうれしそうに目を輝かせている。
ウイヤツめ。
話し相手にもなるしこの世界の事をいろいろ聞いておこう。
早速ウサギを左の掌に乗せて案内させた。
まっすぐとか右前とか必死に教えてくれる。
ちょっと脅しすぎたかな?
「そうだ俺は武田って言うんだが、お前には名前はないのか?」
何気に俺の苗字が初登場。
ウサギって呼んでも構わないが、ほかにウサギが出てきたらややこしくなるので名前を聞いてみた。
ワタシニハナマエハアリマセン
ないのか。
しゃべれるのに名前ないと不便じゃないのかな?
ナカマトハコトバイガイデイシソツウガデキマス
なるほど。
なかなか魔法チックだな。
魔法っていうか超能力、いやスキルみたいなものか。
「そっちはそれでいいかもしれないがこっちが呼ぶのに面倒だし、俺が名前を付けていいか?」
ウサギはこちらに振り向き、ツケテクレルノデスカ!と驚いている。
名前くらいでそんなに驚くことなのか?
「不便だしな」
そういうとウサギはとても感激してくれた。
そんなに名前が欲しかったのであれば自分でつければいいのにな。
なんて思いながら、いろいろ名前を考える。
トム。
は猫の名前か。
なんて考えてると掌にいたウサギがブルブルと震え出した。
そして一瞬光を放ち、すぐに収まった。
「トム、素晴らしい名前です。ありがとうございます」
いやトムは猫の名前で…ってあれなんか流暢に話してるぞこいつ。
「今後ともどうぞよろしくお願いします」
ウサギ、トムは後ろ足で立ち起用にペコリとお辞儀した。
「何だかお前、さっきとは全然違うように見えるぞ」
俺の言葉にすぐ反応した。
「我々は名前を付けられると強力な力を開放出来るようになります」
へえなるほど。
ってそれはやばいだろう!
俺の安全的な意味で。
「そ、そうか。お前、いやトムはパワーアップしたのか?」
「はい、いろいろ開放できました。ありがとうございました武田様」
様ときたか。
どうやら慕ってくれてるようだし大丈夫かな。
なんだかこそばゆいけどな。
どんな事でもお申し付けください!と張り切っている。
大丈夫だな。
「ところでここはどこなんだ?」
本題にはいった。
「はいここはイズツズラエウヌビユミズラエの森です」
…長いな。
次の質問だ。
「ここにいる人間はどういう存在なんだ?」
トムは少し考える。
「最上位に立つ種族です。個々の総合的能力では別の種がアドバンテージを持っていますが、知能ではどの種にも勝っています。物を効果的に使えるのが最大の利点ですね」
なるほど。それは元の世界と同じと言う訳か。
でもこの世界は魔法があるからな。
いや元の世界でも立花が使っていたか。
本物なのかどうかは知らないが。
「魔法に関してはどうなんだ?トムはかなりの使い手と見たが」
俺の言葉にトムは大感激のようだ。
「お褒めに預かり光栄です。だけど私のような異端はほとんどいません。逆に人間はほとんどの者が魔法を使えます」
まじかよ。
「ただ生活魔法がほとんどですが」
生活魔法?
「部屋の明かりを灯したり調理の時の火力や掃除などに使う風魔法などです」
なるほど、すごく便利そうだな。
「力の強い者になると自己強化の魔法が使えたり、攻撃系の魔法等も使えます」
ふむ、なかなかに物騒だ。
「宮廷魔術師程の実力者になると、かなり上位の魔法も使えます。まあ今の私には及びませんが」
今さらっとすごいことを言ったな。
「へえ。トムは宮廷魔術師よりも実力は上なのか」
「はい。先程まではほぼ同程度の力でしたが、武田様のおかげで軽く凌駕しました」
おいおい、やばいんじゃないか?
「なので今の私だからこそわかります。武田様の魔力には私など足元にも及びません」
え?
「少し前までの私はとても愚かだと痛感しております」
ちょっとまって。
俺ってそんなに魔力高いの?
「武田様のような偉大なる魔道師にお会いできて大変光栄です」
魔道…師…、いやそんなかっこいいもんじゃないぞ俺は。
普通普通普通と3拍子揃った普通人、自他共に認める普通人が俺の正体なのに。
「ちなみに聞くが、ちょっと前のトムは俺の事をどう思ってたんだ?」
「大変申し上げにくいのですが、魔力をまったく感じませんでした。なのであのような強気に出てしまって汗顔の至りです」
それだ。
それが俺の本来のはずなんだ。
それにしても、本当が魔力がみなぎってるんだろうか?
ちっとも感じられないのだけど。
トムの先程の魔法のように右手に力を溜めてみるか。
むーーーん。
なんにも起こらん。
まあそうだよな。
普通なんだから。
しかし木々が風もないのにざわめき始めた。
「た、武田様。その右手の濃縮された膨大な魔力を、一体どうなさるおつもりですか」
トムがひきつったかのような顔をしながら右手と俺の顔を交互に見つめる。
え?
まさか溜まってるの?
右手を見るが俺には何も見えない。
「ま、まさか私はなにか粗相をしてしまいましたか?」
すごく怯えてる。
やばいやばい。
ど、どうしたらいいのだろうか。
とりあえず握ってみるか。
広げた手をそのまま閉じた。
「ひゃう!」
トムはすごく驚いたようだ。
何にかは知らないが。
まわりの木々もかなり大きく揺れた。
トムよりそっちの方に驚いた。
「武田様。一体何を…」
トムはどうやら目を回したようだ。
「あー、すまん。軽い気持ちでやってみたら大事になってしまったようだ」
とりあえず事実を述べてみた。
「あ、あれを軽くですか…さすがは武田様!」
なんかよくわからんが、あんまり迂闊なことをするのはやめておこう。
「すまんすまん。ところで町にはいつ着くんだ?」
「この速度ですと3日後には着くと思います」
な、3日!?
まだそんな先なのか。
その事実を聞いて、どっと疲れた。
腹も減ったし。
弁当は…リスに全部食べられたからな。
「なあトム、なにか食うものない?一緒に飲み物も欲しいな」
「食べ物ですか?リスとか食べますか?」
いや、肉は食いたいが、最初から調理するのは嫌だな…。
凶暴だけどあいつら喋るしな。
「俺でも食べれるような木の実とかない?」
トムは何気ない顔をしながら爆弾発言をした。
「でしたらすぐ近くにある町に寄りますか?」
何だとーー!
「町があるのかよ!だったら先に言えよ」
「大変申し訳ございません。武田様は人間の町に行きたいと申されていましたので、最短ルートで案内しておりました」
ウサギは><な目になりながら謝罪する。
んんっ?
「じゃあその町は人間の町ではないってことか?」
その問いにトムは熊が拓いた町ですと答える。
うーん、熊か。
やばそうだな。
「そこの長とは知り合いですのでいろいろ手助けしてくれるかと思います」
ふむ。
トムがそういうなら問題ないだろう、多分。
そろそろ日も暮れそうだしそこに厄介になるか。
俺はその町に向かった。