第1話
どうも俺です。
と言われてなる程と納得する人はいないと思うけど。
とある公立高校に通う平々凡々な高校一年生だ。
成績は中の中、運動神経は無いとは言わないけど万能とも言えない。
容姿はブサイクではないと自負するがイケメンだなって見とれる訳でもない。
いたって普通だ。
4月の入学以来、普通の男友達を数人作ってそしてごく普通にそいつらとつるんでいる。
高校生活なんて大体みんなそんなもんだろう?
トップアスリートや秀才なんて人種は、この可も無く不可も無い普通の公立高校に在籍している訳がない。
この集団の中で顔の造形が良い、成績が良い、運動神経が良いってやつらが半数近くを占める女子からの好意を享受できる、その程度の普通の学校だ。
もちろん俺だって女子からの好意を享受されたいところだが、入学時の体力テストならびに中間試験で先ほど述べたように普通の成績をたたき出してしまったわけで、もうその舞台に上がる資格が無かった。
なので俺はこの学校では平凡な高校生Aという役割を演じて溶け込むしかない。
…のはずだった。
なんの因果かは知らないが立花まことという生徒に振り回される運命になってしまったのだ。
立花は中間テストが終わり6月に入っているのに友達が一人もいなかった。
朝ぎりぎりに登校してきて体育や移動教室でない時はトイレ以外で机から動くことは無かった。
いつも気だるそうにぼーとしている。
見た目はかわいい系らしく女子から結構騒がれていたが、中間テストが終るころにはもう誰も騒がなくなった。
女子いわく、立花と話してるとなんだかすぐに興味がなくなる、だそうだ。
立花とは日直などでよく一緒になるが、俺は男色という一部の女子が喜びそうな性癖ではないので、コイツの事はただのクラスメイトという認識だけだ。
それどころか仕事を一切しない立花には嫌悪感などを感じている。
最初はかなり怒ったりしたがまったく更正する気が無く、今ではもう諦めている。
普通の俺が言うのもなんだが、もっと高校生活を謳歌すればいいのにと思ったのも昔のことだ。
今では男子女子から無視され、イジメなどの陰湿な行為からも無視されてる。
このクラスにいじめがあるのかどうかは知らないけどな。
そのいるかいないかもわからない誰の目にも留まらない空気のような立花だけど、なぜか俺は気になっている。
先ほども言った通り嫌悪感くらいしか感じない立花だが、何故誰も気にしなくなったのだろうかと疑問に思う。
最初は小さな疑問だけだったが、いつしか俺の中では今日の弁当はなんだろうなって程に気にするようになった。
席も立花の前だし、聞いてみることにした。
「なあ立花、お前なんで友達とか作らないんだ?」
3時間目の英語の時間から爆睡だった立花は、絶対に起きないだろうと思いながら声を掛けると意外にもむくっと顔を上げた。
「君はなんで僕に話しかけるのかな?」
「なんでって、まあ少し気になるからだけど?」
思ったままを正直にぶつけた。
「ハァ…、僕は君が嫌いだ」
重いため息を吐かれるくらい俺は嫌われてしまったようだ。
「まあ俺もお前のことは嫌いだがな。仕事をまったくしないし」
「嫌いなんだったら話しかけないでくれる?君には魔法が掛からないから嫌いなんだよ」
…魔法?
なるほどそっち側の人間だったか。
「なるほど。変なやつとは思っていたが、まさか魔法なんて言葉が出てくるとは驚きだ」
少しバカにした口調でしゃべってみたが、特になんとも感じてないみたいだな。
「ほらやっぱり、君には魔法がかからない。だから嫌いなんだ」
何も言い返してこないと思ったら俺に魔法を掛けてたのか。
「そりゃ残念だったな。ところでどんな魔法を掛けていたのかをよければ教えてくれないか?」
とてもいやそうにもうひとつため息を吐く。
「君がこの場からいなくなる魔法だよ。相手にするのがめんどくさいからいつも掛けてるけど掛かったためしがない」
「そりゃ悪かったな」
にやりと笑いながら悪びれも無く謝ってみた。
立花は大きなため息をつくと両腕を枕にしてうずくまる。
もう相手にしないと言う意思表示だ。
もっと高校生活を楽しんだらいいのと呟き、俺は体を戻し次の授業の準備をした。
放課後、俺は部室に向かった。
10日前まで帰宅部所属だったが、立花に言った通り俺も高校生活を満喫する為に部活に入部したのだ。
職員室から鍵を借りて部室棟に向かう。
文芸部とプレートの貼られたドアに鍵を差し込んで開錠した。
机にカバンを置き、窓を開けて澱んだ空気を入れ替える。
3年が卒業して廃部になりかけていたところを俺が入部し、なんとか存続できた弱小部である。
俺は読むのも書くのもそんなに好きではなかったけど、これを機にいろいろやってみようと思っている。
部員が俺しかいないのは少し寂しいが、読む分には相手がいない方が気楽だ。
とりあえず今はこの部室に備えられている本を読んでいる。
もちろん好き嫌いもあるので自分が面白そうだなと思う本から読んでいる。
30分ほど過ぎたその時、部室のドアが開いた。
視線をドアに向けると立花が立っていた。
何か言おうとしたが言葉が詰まった。
なんでコイツがこんな所に来るんだ?
立花は俺をじっと見ていたが、視線を逸らし部室に入ってくる。
そして窓から外を眺める。
「おい、何しに来たんだ?」
不審すぎるコイツの行動につい言葉が出ていた。
「何も無いだろう?僕は文芸部に入部したんだから」
入部だと!?
どういう風の吹き回しなんだ?
「君が言ったんじゃないか。高校生活を楽しめと」
確かにそうは言ったが、まさか文芸部に入部するとは思いもしなかったよ。
立花は棚にあった本を1冊選んで俺の対面にあるイスに腰掛けた。
手にした『不思議な国のアリス』へ視線を落とした。
…何なんだ一体。
どう反応していいのかさっぱり分からん。
何を考えているんだコイツは。
「おい!」
居ても立ってもいられなくなり、つい荒い口調で話しかけてしまった。
「なに?」
「何じゃねーよ!一体何を企んでいるんだ?」
俺の言葉に立花はくっくっくと変な笑い方をした。
「失礼だな。君の言葉に感化されて僕も部活に入っただけだよ。選んだ部活がたまたま君の所属する部活だっただけさ」
絶対に嘘だ。
俺への嫌がらせに決まっている。
「どうやら失礼な事を考えているようだけど、君に嫌がらせをする為だけに僕が自分の生活を捨ててまで部活に入るとでも思ってるのかい?」
ぐぬぬ。
確かにコイツが俺への腹いせの為に入部するとは思えない。
そんなめんどくさい事をするはずが無いからだ。
だとすれば何故入部なんてしたんだ?
まさか本当に高校生活を楽しむ為に入部したのか?
ありえない。
やはり絶対何か企んでいる。
なんとしても突き止めてやる。
しかし18時を過ぎ部室を閉める時間になったが、立花はずっと本を読んでいたままだった。
昇降口で上履きを履き替えていると、急にくっくっくと立花が笑い出した。
「顔に穴が開くかと思ったよ」
ずっと睨んでいた俺へのあてつけだ。
だがしかしその言葉はさすがに恥ずかしい。
憮然な態度を取っていたら立花に左頬を触れられた。
「顔が赤くなってるよ」
あわててすぐに立花の右手を振り払うがさらに顔が赤くなってしまった。
「からかうな!」
俺のなけなしの虚勢を立花はくっくっくと笑い流す。
くっそう。
なんなんだコイツは!
さっさと靴に履き替えて先に外へ出た。
そのまま校門を出て振り返らずに歩いた。
「じゃあね、また明日」
後ろから立花は笑いながら挨拶する。
無視しようと思ったがさすがに躊躇われたのでまたなと返すと、くっくっくと笑い声が聞こえた。
くそが!
次の日、俺は立花を無視していた。
あんな報復を受けるんだったら昨日話しかけるんじゃなかったと、俺はずっと後悔していた。
幸い立花も今まで通りな我関せずを通していたので昼休みまでは平穏だった。
昼休みに入るなり立花が背中をつっついてきた。
とても無視したかった。
が、ため息ひとつついて振り向いてなんだ?と用件を聞き出すと、なんと昼食のお誘いだった。
俺どころか周りの連中までもが驚愕な顔になった。
「あの誰とも接点を持ちたがらなかった立花が?!」
「どういう事なの?」
「天変地異の前触れか!?」
「まさか立花君とそういう仲だったの?」
いろんな声が聞こえた。
一体何を考えているんだ!
わからん。
さっぱりわからん!
「ここじゃうるさいし部室で食べようか」
初めて見せるスマイルで俺も他の皆も固まった。
呆然としている俺を引きずって職員室に連れて行かれた。
部室の鍵を立花が借りて(普通この時間は借りれない)そのまま部室まで引っ張られた。
部室前につくと立花は俺に鍵を手渡してきた。
「これは一体どういうことなんだ?何を企んでいるんだ」
「そうだね。君の言う通りいろいろ企んでるよ」
「やはりそうか。何を企んでいるのか言え。今すぐ言え!」
「こんな所で話をするのもなんだし、部室で弁当を食べながら話すよ」
それもそうだな。
誰もいないとはいえ中で聞いた方が落ち着くだろう。
部室の鍵を開け、扉を開けて中に入る。
「部室に入れたら、だけどね」
「どういう意味──」
部室に踏み込んだと思ったが、そこには部屋は無かった。
それどころか何も無かった。
真っ暗闇しかなかった。
すでに足を踏み入れた俺は吸い込まれるようにその暗闇に落ちていった。