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竜となったその先に  作者: おかゆ
第五章 竜達の神殿
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第86話 セトがセトであること

 大昔の神だった頃の記憶を、自らの呼び名とともにあくまで断片的にだが思い出すことができたセトは、同時に身体の中に存在する邪神の存在を自覚した。それは、封印した当時は確かに自分の魂とは別の部分で存在していたものだが、あれからいったい何百年…いや、何千年たったのだろうか、その影響で、封印から逃れようとした邪神の魂が自分の魂と複雑に絡み合い、混ざり始めていた。


 そのことに気がついたとき、どうしようもない不安感に襲われた。あの、カスティの負の魔力を浴びたときのことを思い出したのだ。

 抗えない負の感情、邪神の心。目の前が赤黒く染まっていく感覚。そして我を忘れて目の前の命をおもちゃのようにしか見れなくなる、あの感覚。ああなるのは、二度とごめんだ。

 しかし、魂と混ざり合ってしまったこの邪神はセト自身の心、魂に隙ができれば即座に主導権を握ろうと割り込んでくるだろう。それがとてつもなく怖いものに感じた。


 

セトが身の内に宿る邪神を確信して対策をどうするか考えていたころ、神殿の中は祝福と喜びに溢れていた。もちろん大婆様こと、天竜アマツチも、長い間待ち焦がれていた神竜にようやく会うことができて、年百年ぶりかの涙を流していた。普段感情を表に出さない大婆様が、セトを前に乙女のようにころころと表情を変える様を見て、竜たちもその喜びの大きさを知り、もらい泣きするものがいた。


 そんななか、ルティとカスティだけがセトの困ったような途方に暮れたような異変に気がついていた。しかし、いままで見てきたセトとはあまりに異なる雰囲気と魔力、なによりセトから絶対的な神の存在に圧倒され、声をかけられないでいた。


 急に、セトが手をスッと上げて場を鎮めた。神としての存在感を放ちまくっているセトに、皆セトがこれから何を発言するのか心待ちにしているように、その表情は期待に満ちていた。しかし、セトの口から紡がれる言葉にその雰囲気はことごとく崩壊させられた。


「喜んでいるところ悪いんだが、一つ、残念な知らせがある。黙っていようとも思ったが、そんなことをしても問題を先送りにするだけで無意味なことだから、今この場で言っておく。先ほどアマツチが語ったように、邪神の魂は過去に黒い天竜の体に封印された。アマツチによればその天竜はその後姿をくらましたそうだが…、その天竜の体は今の私自身の体だ」


 何人かの息を呑む音が聞こえた。


「そう、もう気づいた者もいるだろうが、この体には邪神がいる。私はこの体に邪神を封じた直後、自らの身体も封印し、眠りに入った。しかし私が眠っている間に邪神の魂が封印を逃れようと暴れまわり、ついには私の魂と絡み合うことでこの体を支配しようとした。その結果が、封印の解除、漆黒の天竜が再び現代に現れた理由だ。私が言わんとしていることはわかるだろうか。つまり、現在も邪神の魂が私の魂を乗っ取り、意識を操ろうと試行錯誤しているというわけだ。現に、私はこれまで何度か無意識に殺戮衝動にかられたり、実際に意識を乗っ取られかけたことがある」


 セトの言葉に、アマツチが目を大きく見開き、口元を両手で覆った。


「もはや私の魂と邪神の魂は複雑に混ざり合い始めて、切り離すのは不可能だろう。だから頼みがある。もし私が私でなくなり、殺戮の限りを尽くす邪神と成り果ててしまったときは、…そのときは私を亡き者としてくれないだろうか」


―――静寂。

セトから放たれた言葉は、竜たちの絶対神による、お願いという名の、残酷な命令だった。

誰も何も話せないまま、いったいどれほどの時間が経ったのだろうか。いや、実際は数秒もなかったかもしれない。しかし、その場にいる者たちにとっては、とてつもなく長い数秒だった。

 そんな静寂を真っ先に切り裂いたのは、ルティだった。


「セトさん、そんな悲しいこと言わないでくださいよ。嘘でしょ?僕を置いてどこかへ行っちゃうつもりなの?それとも、他の神様が作った、セトさんの代わりの入れ物として作られた魂にセトさんが負けちゃうとでもいうの?僕はそんなの許さないよ。ずっと一緒だよね、そうだよね、ね?」


 どんどん涙声になっていくルティの言葉に引きずられるように、カスティもまた言葉を紡いだ。


「勝手なこというなよ。神様だからって、約束を忘れたとは言わせないぞ。願いを叶えてくれるんだろ?神様なら約束してくれた願いくらい叶えろよ。…仮にも僕の父親なら、少しはそれらしいことをしてから弱音はきやがれ!」


 一度だってセトを父親とは認めなかったカスティが、仮という言葉を使ったがセトを父と認めた。


 そう、俺はセトなのだ、少なくとも今は。

神竜ティーターネースではない。

白い羽のある小さな小虎だったルティから授かった名前。何よりも大切な名付け親である虎の相棒と、一度はセトを利用しようとした狡猾な、それでいてまだまだ幼い誰かに甘えたい年頃の息子。


「……二人とも…」


 そう呟いたセトの目には罪悪感が浮かんでいた。ルティとカスティの思いには応えてあげたい。大切な家族だから。しかし、身の内に感じる邪神の力は強大だった。

この力が真正面からぶつかってきていたなら、まだ戦いようがあったが、セトという人格を構成している魂そのものを攻撃されていては、その攻撃を防御する術を知らないのだからなすすべがなかった。

 まだ記憶に新しいルーネの時のように、他からの憎悪や憎しみ、怒り、絶望など、様々な負の感情やそれに感化された魔力に触れたとき、セト自身がどうなるか自信がなかった。

 かといって、この二人の必死のお願いに、応えないわけにもいかない。このまま魂を侵食され続けるつもりはなかったため、対応を考えなければ。


「俺がそう簡単に諦めるわけないだろ。でもな、万が一を考えておかないと、竜達がいざってときにためらうんじゃないかと思ってさ…。ごめん、さっきのは俺の弱音だ。でも、本当にどうしようもなくなったときは、被害が大きくなって取り返しがつかなくなる前にやってくれ」


 最終手段は結局自分を殺してくれと頼んでいるが、それでもそうなる前に対策は考えるとの意思表示はした。ルティとカスティ、それに他の竜たちは、悲しそうな表情をしながらも、その対策を絶対に見つけてやるという気持ちで燃え上がった瞳をセトに向けた。

 頼もしい限りだ…。素直に心からそう思った。


 それに、神としての記憶が戻ってから過去の話し方をしていたが、自分が今はティータとしてではなく、ルティの相棒でカスティの父としてある、セトだということを再確認してからは、もとのセトとしての話し方に戻っていた。


「やっぱり、こっちの方が今の性に合ってるな」


 自然と笑みがこぼれた。

 これでいい、俺はセトだ。真名は残念ながら思い出した記憶の中にも見つけれられなかったし、過去に別世界へ転移したという記憶も戻ってはいないが、自分がなんであるかは、自覚したつもりだ。


「お前たちを置いてどこかへ行くことはしないよ」


 そう告げて、ルティとカスティの頭をくしゃくしゃに撫でた。ルティは心底嬉しそうに、カスティは照れながらも口元には微笑みを浮かべ、神聖で深刻だった神殿の中の空気は、いつの間にか家族の団欒の中にいるような暖かなものに変わっていた。



+++



「天竜の反応があったのはこのあたりか?」


ワイバーンに乗ってセトの反応を追いかけてきたレヴィナスは、セトとアドナが出会い戦った森の上空にいた。


『ああ、この魔力はセト様のものだ。少し毛色の違う魔力もあるし、森の木々がなぎ倒さえれているところをみると、どうやらここでセト様と別の竜との戦闘があったようだ』


 レヴィナスを背に乗せたワイバーンがそう返した。

 レヴィナスは、ふむ、と顎に手を当てて考え込んだ。


(ラルクや王から聞いた限りだと、天竜は自分から争いを仕掛けるタイプではなさそうだ。とすると、襲われたのか…?王の妹君が厄介な企てをして天竜を狙っているようであるし、少し心配だな)


 見たところ、森にそこまでの被害はなく、戦いはあっという間に終わったことがわかる。

しかし、勝敗がついたのならどちらかの竜の姿があるはずだが、このあたりには竜の気配すら感じない。戦いながら移動したのであればそこらかしこにその形跡が残るはずだが、それもないからどちらかがどちらかを連れて行ったと考えるべきか…?


「…よし、とりあえず近隣の村に行って、人々に何か知っていることがないか聞いて回ることにしよう」


 レヴィナスはそう判断し、セトがイノシシの魔獣から救った例の村に向かったのだった。


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