第84話 対等であるはずの種族
「申し上げます!ここからワイバーンでおよそ2日の町付近でセト様と思われる魔力を探知いたしました!!」
朝早く、王の間で朝食を摂っていたアーサーの下に、一人の竜騎士がバタバタと慌ただしく駆け込んできてそう叫んだ。
アーサーは持っていたナイフとフォークを大理石の台に叩きつけながら勢いよく立ち上がった。
「それは本当か」
「訓練中の数頭の竜が首を同時に上げ、何かを感じ取った様子であったことと、雇っていた魔力探知に優れた魔道士が魔力を確認したため、まず間違いないかと」
「よし…今すぐアクアをその町に向かわせろ!」
アーサーの声が広い部屋に響く。護衛役として王の間の影に控えていたラルクは険しい顔をしていた。何故王はここまでセト様にこだわるのか。あれほど好きだった竜を、セトを取り戻したいがために道具のように扱っていることに気がついているのか。
「王は変わってしまわれた…。セト様のせいではない。だが、セト様には戻ってきてもらい、今一度王と話し合っていただきたい…と、思うのはおこがましいだろうか。王はまだ戸惑っておられるのだ」
そう呟くラルクの話を、彼の同僚である、腰まである黒髪の長髪をポニーテールにしている男、レヴィナスは腕を組んで黙って聞いていた。
「どう思う?レヴィ」
「別に…。それはお前が王を思ってのことなんだろ?だったら私は結構な忠誠心だと思うがな」
「レヴィ…」
「お前が何を企もうとしているのか知らんが、私を巻き込むなよ。面倒事は大嫌いだ。それに、私はセト様に会ったことがないからどんなお方なのか知らない」
レヴィナスはラルクを突き放すように言った。レヴィナスはつい2日前に遠征から帰ってきたばかりで、セトのことは風の噂で聞いていたが、会えなかったことを実はかなり残念に思っていた。
「とても尊い、素晴らしいお方だぞ!お前にも是非会ってもらいたいなあ」
普段は竜騎士長として真面目できっちりしていて、滅多に感情を表に出さないあのラルクが、こんなにも興奮して目を輝かせて語るその竜に、レヴィナスも竜騎士副長として大きな興味を持っていた。
「お前がそんなに言うんだ、すごい方なのは分かった。話を戻すが、王があれほど荒れているのには、その尊さに理由があるんじゃないのか?天竜であるし、竜好きな王が心奪われるのも分かる。尊いお方が身近にいすぎたことで、独占欲が出てしまったんだろう」
「独占欲…。そうかもしれないな。王という立場上、欲しいものはなんでも手元にあったことで一番欲しいものが手元を離れて、子供のようにだだをこねてる状態…といったところか」
「…ラルクお前、意外とストレートな言い方をするな…」
長年の付き合いであるが、そういえばこういう奴であったと、隣で思案顔になっているラルクを横目で確認した。
「なあレヴィ…」
「…面倒事はごめんだか…」
「セト様のところへ行って、説得してきてくれないか」
言い終わる前にラルクがかぶせてきた。この男はいつもそうだ。忘れていた。
「だから、私は…」
「こういうのは顔を知られていて尚且つ王の部下であると分かっている相手より、全く知らない奴が行ったほうが話を聞いてもらえると思うんだ」
「まずは私の話を聞けラルク」
レヴィナスの言葉が聞こえていないかのように、ラルクは言葉を続ける。
「そうだ、これからセト様を探しに行く竜たちに同行して行ってきてくれ。頼む」
ああもう、こいつがこういう顔をして頼むとき、俺はどうしても断れなくなる。この必死な顔は卑怯だ。
「…クソ、一つ貸しにしといてやるからな」
途端に表情を明るくしたラルクは、レヴィナスの刀にかけていた手を握った。
「ありがとう!」
「言っておくが、私がセト様を連れてこられなくても文句を言うなよ?」
「もちろんだ!」
ホントか?と思いながらも、ラルクの頼みを断れなかった自分にため息が出た。
(全く…やっと遠征から帰ってきたというのに)
それからやく2時間後、レヴィナスはセト捜索隊のワイバーン達に混じって再び城を後にした。
そのころセトサイドでは、スピードがセトが一番速いということで、グレイオ達も人間体になってもらい、背に乗せて道案内をしてもらっていた。
「セト様は本当にお速い…。普通身体が大きいと遅くなるものと思っていましたが、強靭な翼と卓越した風魔法の使い方のおかげですな」
『まあ風魔法は得意だからなぁ』
「ほう、セト様は風魔法が得意なのですか」
『苦手な魔法は今のところないけど、一番イメージしやすいかな』
そうだ、一番最初につかった魔法も、確か風魔法だったような…。
『セトさんが風魔法以外の魔法使ってるの、そういえばあんまり見たことないかも?』
「でもこの透明化魔法って、風属性じゃないよね?」
『これは光かな。最近はあんまり考えて使ってないけどね。魔法はほとんどイメージしたものをそのまま実現してるから』
さらっと言ってのけたセトだったが、途端、背中からものすごい視線を感じた。
『え、何?俺変なこと言った?』
「変っていうか異常っていうか…。流石って感じかな」
「竜でもイメージしたことをそのまま魔法へと変換する術を持つ者はおりません。あ、大婆様はいくらかできるようですが」
『大婆様?』
「ああ、セト様はご存知ないのですね。大婆様は神殿を長年管理、守っている最高齢の竜です。その年齢は1000を越すと言われていますが、本当の年齢は誰も知りません」
そんなに長生きな竜がいるのか。それなら、天竜についても何かしら知っているはずだな。
『彼女には、行けば会えるのか』
「はい、というか、神殿では大婆様に相談や助言を受けに行く竜が多いですね。知識を求めて来る竜もいます。そもそも、神殿に集まるのは竜全体としての知識の共有の為ですし」
「なんか人間みたいだな」
「なんだと?」
『うわわ、ちょっと二人共、セトさんの背中で喧嘩はよしてよ』
「カスティとやら、それはどういう意味だ」
「そのまんまさ。人間も知識の共有をするために集まったり、他人に相談を持ち込んだりするからな」
『竜も人間も、お互い知恵あるものだからこそ、似たような行動を取るんだろうさ。何もおかしなことじゃない。そうやってどっちの種族も後世に知恵や知識を伝えゆくんだし』
「それは…そうですが、しかし…ぬぬぬ…」
人間と共通点を持つことがもう嫌なのか、グレイオは。
「ほーらセトもそう言ってるし、別にそんなのはいいじゃん。くだらないねぇ」
カスティはセトに諭されたグレイオをあからさまに馬鹿にした。
「黙れ人間風情が」
グレイオは今にも噛み付きそうな勢いでカスティを睨んだ。鱗こそ出ていないが、瞳の色は彼の魔力の色、灰色に光っていた。
『ちょ、ちょっとカスティやめなよぉ…』
ルティはセトと同じで争いごとは基本嫌いであるため、あまりの険悪ムードに泣きそうになっていた。
『おいおいお前ら、ルティが怖がってるだろ、もうやめろ』
流石にセトにやめろと言われてまでつっかかる気はなかったようで、グレイオはカスティから目をそらした。
「貴方様は何故人間なんて飼ってらっしゃるのですか」
『飼ってないよ。カスティは俺の子だ。家族だ』
家族だという言葉をセトがつかったとき、カスティの顔の筋肉が緩んだ。
「しかし人間は…」
『竜に対して扱いが酷いって話だろ?そりゃそういう奴もいるさ。でもな、たぶん人間が竜のペットとして扱われていたときは、人間の方がそう思っていたんじゃないのか?』
グレイオはきょとんとした。言っている意味がわからないといった顔だ。
『わからないか。人間だって理性があるし、とても賢い。それこそ、竜に劣らないくらいに。言葉も通じるし、魔法もある程度使える。能力的にほとんど変わらない相手にペットとして扱われるというのは、知識も技術もある人間からしたら屈辱に感じていた物も多かったと、俺は思うな』
グレイオはそれを聞いて黙り込んだ。
『人間がどうやってこの世に出現したか知っているのか?』
「言い伝えでは、神が竜が変化した姿を真似て作った竜のまがい物、と」
『なるほどね。でも言い伝えだろ。確証なんてない。あ、でもそういやお前は人間を飼っていたことがあるような言い方をしていたな。お前は何歳なんだ?』
「私は550歳になります。私の祖父母が、私が幼い頃に人間を飼育していたことがあるのを記憶しています」
とんでもないな。この竜はおそらく竜の中でもかなり古参であるのだろう。
『そのころから、人間は文明を築いていたか?』
「そうですね、契約から解かれた人間が野良となり、各地に散って国を作り始めていましたな」
魔法という技術があって、竜から得た知識もある状態なら、人間はかなり高い文明を築くことが出来るだろう。それなら、今の近代的な文明にも納得だ。
『竜の下に戻らず、国を作って人間同士で暮らすことを選ぶ人間が大半だったのなら、その頃からもう竜の人間に対する扱いに不満を持っていたんだろう。そういうことだ、グレイオ』
「つまり、人間と我らは対等な関係であるべきだ、と?」
『そういうこと』
「し、しかし人間は…!」
『だから、竜を家畜のように扱っている人間がいるなら、それをやめさせるために、対等であるという態度を示さなきゃならない。外交とか、知識の提供とかね』
「…」
グレイオは長年人間を毛嫌いしてきた。だからその溝はそう簡単には埋まらないだろう。だが、竜が人間よりも優れているという考えを少しでも変えなければ、人間と竜の間の関係は良くならない。
『俺は、せっかく言葉が通じるんだから、お互いの種族の利点を生かした何かができるようになるんじゃないかと思うよ。ふわっとした意見で申し訳ないけどね。でも、竜と人間っていうこんなに違う種族で、意思疎通ができるのはすごいことだと思うよ。それは喧嘩とかいがみ合いとかに使うんじゃなくて、もっといい方に使って欲しい。俺個人の意見だけどね』
「それができたら、いいでしょうね…」
そう返したのは若い竜だった。
『だろ。お互い、いい方向に刺激し合えばいいのに、もったいない』
グレイオ含めた竜たちは、黙り込んで思案顔になった。
しばらく沈黙が続いた。セトが、行き先はこれでいいのか?と思い始めた頃、グレイオが大声を出した。
「セト様、あの泉の中です」
言われた通り、森に囲まれた青々と輝く泉の中に向かってゆっくりと下降していった。
足元にその泉が来たとき、違和感を覚えた。
『神殿はこの中なのか』
「はい。この泉には結界が張ってあるんです。上空からでないと泉は見えないようになっていますし、竜以外にはこの泉は見えていないはずです」
言葉通り、ルティとカスティには泉は見えていないようだった。
『じゃあ降りるか』
足からゆっくり泉の中に入った。しかし、水があるのはほんの表面だけで、中は洞窟のように空洞が広がっており、壁は水晶なのか青く輝いていた。竜体のセトが翼を広げても余裕のある空間で、正直驚いた。
『おお…』
泉の中はカスティやルティにも見えるようで、かなり驚いているようだった。セトも人間体になり、ここから先はグレイオ達を先頭に案内してもらうことにした。
「ここが神殿…」
「綺麗なところですねぇ」
「これ、竜が作ったの?」
カスティがグレイオに問いかけた。
「……これは天然のものだ」
グレイオは一拍おいてから答えたが、カスティの問いにきちんと答えたのには驚いた。少しは考えを改めてくれたのだろうか。それとも俺の子だと意識してのことだろうか。
空洞を少し歩くと、水晶の間から光り輝く植物が生い茂る別の空間が見えてきた。その向こうに、たくさんの竜と思われる人影が見えた。
「あれ全部野生の竜か」
「そうですな」
大婆様とやらも、あそこに…。聞いてみたいことがある。神竜とは何か、なんのために存在するのか。最後に現れた神竜はどんなだったか、そのとき何を成したのか。
はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと大婆様が待っているであろう光る空間に、歩を進める。




