第83話 神竜顕現
「セトはまだ見つからんのか!?」
グランティス城の王の間にアーサーの叫びともとれる怒号が響いた。警備の兵たちはその剣幕にすくみ上がり、正している姿勢をよりいっそう正した。
未だかつてアーサー王がここまでの苛立ちを見せたことがあっただろうか。いや、ないからこそ、皆こうしてアーサーへの対応に困っている。
いつも隣にいて王をサポートしてきた大臣でさえ、アーサーをどうなだめていいか分からずにいる始末だ。
「捜索隊に出した竜達からの連絡は!」
「い、未だ天竜様発見の報告は入っておりません!」
頭を深々と下げ膝をついて報告をした兵士は、足がもつれそうなほど緊張していた。
「もうよい下がれ!!」
「ははっ!」
兵士は生きた心地がしないまま、冷や汗を額や背中に感じながら自分の持ち場へと下がっていった。
「何としても見つけ出せ!」
アーサーが手を台に打ち付けた音が大理石の空間に響いた。
ラルクはそんな王の様子を、何も言わずに見つめていた。
同じころドラーク学園では、一人残ったリーメルはセトの消息が知れないということが風のうわさで伝わり、探しに行きたい気持ちでいっぱいになっていた。
「セト様ったら、しっかりしてる方だと思ったけれど、一体どうしたのかしら…。アーサーお兄様が最近ご不調だとは最近聞いているけれど、もしかして仲たがいでもしたのかしら?まあ、十中八九お兄様が悪いのだろうけれど」
腕を組み、護衛二人の前で独り言を放つ。
「なんにせよ、セト様が心配ね…」
はあ、と今日で何度目か分からないため息を吐いた。
護衛の二人は何もできず、いつも通り彼女の後ろで黙って腕を前で組んでいた。
「あんたは…何故まだここに?」
人間体へと変化してセトの眼前に降り立ったグレイオに疑問を投げかけた。
「私の質問に答えてもらおう。お主が先ほど口にしたルーネというものは、ルーネ=グランティスで間違いないか?」
長年生きた竜の凄みというものは、喉元に鋭い刃の切っ先を突き立てられているかのようだった。いや、これはあくまで人間同士での例えかもしれない。セトの魔力の方が上だ。しかし、それでもセトが一歩後ずさる程度の気迫が、グレイオから発せられた。
思わず、無言でうなずいた。
「して、お主たちは何故あの人間の名を知っている?」
「話せば長くなるが、簡潔に言うと、俺たちはほんの数か月前までグランティス王国の城にいたからだ」
「ではあの人間はグランティス王国にいるのか?」
「いや、今はどこにいるのか、俺たちにも分からない」
グレイオはそれを聞くなり、不意に眉をひそめた。
「セトとやら、まさかルーネの仲間ではないだろうな?」
グレイオの鼻先が、セトの鼻先にくっつくほどに近づいた。その目は灰色、――いや、シルバーにぎらぎらと輝いていた。興奮している証だ。
「は?」
突然あらぬ疑いをかけられ、セトは戸惑った。
「ちょっとまて、なんでそんな話になる?だいたい、ルーネの居場所なら俺たちが知りたいくらいだ」
「お主、本当にちゃんとした竜か?過去にルーネにあっているなら、実験台か何かにされたことはないのか?あれは竜を自分の思い通りに操ることができるし、竜の強化もしているようだ。して、先ほどのお主の髪の色…いや、鱗の色の変化、あれはなんと言い訳するつもりだ?」
「なっ…!あれ、は…」
とっさのことで言葉に詰まった。別に竜しかいないわけだし(ルティとカスティは別だが)、神竜と名乗ってもよかったのだ。
「本当にルーネの仲間なのか!」
グレイオの肌に竜鱗が浮き出る。
「待て待て落ち着け、違うったらもう!!」
グレイオだけでなく、その後ろの竜体の2頭までもが魔力を可視化させるほどに怒っている。
「セ、セトさん…」
ルティが怖がってセトにしがみつく。カスティも恐怖で顔をひきつらせている。アドナはおどおどと見守るばかりだ。
それもそうだ。相手には地上では最も力のある生き物が3頭もいて、それが皆怒って今にも襲われそうなのだから。
『お前が…あのルーネの…!!』
若竜たちは、グレイオの合図でいつでもセトの頭を噛み千切らんばかりの勢いだ。
「…俺を見てそこまでの敵対心を抱いた竜はお前らが初めてだよ」
セトはふっと力なく笑った。それから、自分を覆っていた魔力隠しの魔法を全て解き、本来の姿へ戻る。
自分でも、ここまでなんの抑えもなく神竜の姿になるのは初めてだ。カスティのもとで神竜の力を手に入れて…いや、取り戻してから今まで、ずっとその力はセトの中で大きくなりつづけた。正直、怖いというのが本心だ。大きくなりすぎた力に飲み込まれやしないか、不安だった。
しかし、ここでグレイオ達に敵ではないと伝えるためには、セトを完全に神竜だと信じ込ませる必要がある。中途半端な魔力では変に不信感を与えてしまい、ルティやカスティが危ない。
「こ、この魔力量はなんだ…!?」
グレイオが驚いて竜体に戻った。若竜たちの怒りも驚きでどこかへ行ってしまったようだ。
そして―――。
『あ、貴方様は…!!!』
彼らは、目の前に現れた「竜」の姿に痺れ、本能で首を垂れた。
彼らよりも雄大な身体、後ろ脚、前脚の他に背から伸びる大きな翼。青とも金とも白とも言えない色に煌めく、空に向かって伸びる二本の長い角。そして昼間の日の光を浴びてキラキラと輝く純白の鱗。まぎれもない、そこには神と呼ばれるにふさわしい竜が顕現した。
『な、なんでこんなところに…!?』
いつの間にかアドナまでもが竜体になっており、犬で言う伏せの姿勢をとっていた。
『で?俺がルーネのなんだって?』
少し意地悪かもしれないと思いながら、グレイオ達に向けて静かに念話を放った。
『も、申し訳ッ…ございませんッ!!』
グレイオ達3頭が耳と翼をすっかり畳んで震えている。
『分かってもらえたのならいいんだ』
そう言いながら、セトは徐々に魔力隠しの様々な魔法を幾重にも重ねていった。そしてようやく鱗が黒くなった頃、グレイオ達が顔を上げた。
『神は、な、何故魔力を隠していらっしゃるのですか?』
『俺の力を我が物にしようとする人間から隠れるためと、お前たち竜に見つかっていらない騒ぎを起こしたくないからだよ』
『神殿をご存じないというのは本当でございますか?』
『本当だ』
グレイオ達が顔を合わせた。
『で、では是非我々と共に神殿へいらしてはくださいませんか?』
『いや、別にいいんだけどさ、まずギルドに報告に行かないと』
グレイオ達がきょとん、とセトを見上げた。
『先に言っただろ?俺は今人間の作ったギルドのメンバーなんだ』
『し、しかし!』
『俺を神殿に連れていくなら、そこは我慢してもらわないと困る』
「困る」という単語に敏感に反応し、竜達が『申し訳ございませんでした!』と再び縮こまって謝った。
(俺が魔力をさらけ出すのを嫌うのには、この反応があるからかもしれないな)
他人事のように、自分の心を考察した。
「人間嫌いなのは分かってる。俺がギルドになるべく早く報告を済ませてくるから、お前たちはここで待っててくれ」
人間体に変化したセトが身なりを確認しながらそう伝えると、グレイオ達は恐縮して首を振った。
『とんでもありません!!貴方様の身に何かあったら大変です!我々も姿を消して同行いたします!』
誰にも何かされるつもりはないんだが…恐らくこの竜達は今どういってもついてくるだろう。
「…わかったよ、好きにしてくれ。ただし、人間たちには一切危害を加えないでくれよ?」
『神の仰せのままに』
3頭が深々と頭を下げた。
ところで、今気が付いたが、どうやらさっきの神竜化で腕の傷が綺麗さっぱりなくなっていた。理屈はさっぱりわからないが、とりあえず良しとしよう。
『あの~…』
若干神聖化してきているその場の空気で、不意にサラマンダーのアドナがお座りの姿勢をとってトカゲのような右前足を上げた。
「ん?」
セトが振り返る。
『それ、あたいも連れてってもらっていいですか?』
「最初から一緒にギルドには行くつもりだったよ。あ、神殿にいけばアドナの知り合いもいるかもしれないね」
『ほ、本当か!…ですか!』
どうやらアドナは丁寧語が苦手なようだ。
こうして、セト、ルティ、カスティの後ろを、姿を消した竜達が護衛する形となった。
「僕だけはまだ敵対視されてるみたいだけどねー」
カスティはあからさまに不満がグレイオに聞こえるように声に出した。それに対するグレイオからの反応は何もなく、それが一層カスティを苛立たせたらしく、道中いつもより口数が少なくなっていた。
竜や天虎というとんでも軍団の中に一人存在している人間という立場上、居心地の悪さを感じているのだろうか。
ギルドにつくと報告を早々に済ませ、しばらくの休みをもらった。すでにこのギルドの主戦力となっていたため、他のハンター達からは「お~いセトさんしばらくいなくなるのかよ~」「ルティ君もカスティ君もいなくなっちまうのか」「セトさんの代わりなんて誰も務まらねぇぞー」とそれぞれ言いながらも笑いながら見送ってくれた。
「さてグレイオ、神殿までの道案内、よろしく頼むよ」
『ははっ』
グレイオの方が年上で人生経験も豊富なはずだが、セトは神竜の本能からなのか、無自覚に敬語は外していた。神竜の姿を見せたことが大きかったのだろうか。
街からでるとすぐに姿を消して竜体となり、ルティとカスティ、それから人間体になってもらったアドナを背に乗せ、グレイオを先頭に神殿へ向かって飛びたった。




