第80話 人と竜の亀裂
しかし、どうしたものか。これから任務だというのに、人間からの依頼で動いていると知ったらこの竜達はどう反応するだろう。
「…一つ聞いてもいいか?」
後ろを振り返って、ついてきていた竜達に尋ねた。
「何だね?」
「あんた達、人間のことはどう思っているんだ?」
セトの質問に、5人の竜達は目を見合わせふっと馬鹿にしたように笑みを漏らした。
「おかしなことを聞くな、お主。…人間か。ちょっと前まではわれらの下僕として扱っておったが、知識を与えすぎたな。契約というつながりを使って誇り高き我々竜を家畜同前に扱っておる輩もいる始末!親がいない隙に子や卵をさらい、我らの刷り込み本能を利用して人間の家畜だと思いこませる卑劣な手を使いよる。神々は何故あんな種族を放っておくのか分からん」
灰色の竜の今の返答と後ろの4頭の反応から見て、野生の竜の人間に対する嫌悪感は生半可なものではないらしい。これはいよいよまずいことになった。なんせ、セトは彼らが忌み嫌う人間から依頼を受けて動いているのだから、彼らからすれば人間にこき使われていることと変わらない。怒らないわけがない。それと…
「人間は竜の下僕だった…のか!?」
これには大変驚いている。ちょっと前って一体何百年前の話だ!?
「ああ。下僕は少し古い言い方だな。ペットと言った方が分かりやすいか?我らの次に知識があり、理性が備わり、器用で、我らが話す言語を覚えた。『竜さま、竜さま』と可愛かったものだ。野生の人間もいたが、大半が竜のペットとして契約しておった。契約竜がなんらかの理由で死に、行く当てのなくなった人間が野生に戻り、そやつらに知識を与えて言葉を与えたのだろうな。もともと繁殖力や競争心が強かったからな、見る見るうちに力をつけて増えていきおったよ」
なるほど…。そんな過去があったとは知らなかった。言葉を与えられたばかりであればそれを歴史として書き記しているはずもないから人間たちの記録に残っているはずもないな。
「もう一ついいか?人間が卵や子を持って帰るのは、竜が放任したからだと思っての行動らしいが…」
この言葉に、灰色の竜はひどく憤慨した。
「馬鹿を言え!あやつらは竜族のことをひとっつも分かっておらん!放任だと?我ら竜が我が子を放任などするものか。愚かしい人間じゃあるまいし。竜はなによりも子を大切にする種族。子の元を離れるときは縄張りに何者かが侵入したときか、獲物を狩りにいくときか、子の巣立ちを見守るときくらいだ。近年やけに巣立った竜が少なくなったと思ったら、人間の仕業か!」
…ということは、だ。竜が放任主義だというのは人間が勝手に解釈した大嘘だったわけだ。
その後の灰色の話を聞くと、竜の巣立ちは親の竜が何キロも先で子が飛んでくるのを待つ、というものらしい。それに竜の巣立ちは非常に早いという。生まれてから10日もすれば翼の膜が自身の体重を支えられるまでに強化され、そのときが巣立ちの時期なのだそうだ。
「生物学者め…ややこしいことになってるぞ」
ため息交じりに呟いたセトは、この誤解をどう人間側に伝えようかと手を顔に被せた。
そしてふと、まだお互い名乗っていないことに気が付く。
「…あー、そういえば、名前をまだ聞いていなかった。俺はセト。こっちはルティとカスティ。あんた達は?」
「ああ、これは失礼した。我はグレイオ」
後ろの4頭もそれぞれに名乗った。それにしても灰色で名前に“グレイ”とつくとは。なんとも覚えやすい。
それはそれとして、この辺で俺たちの用事の内容を話しておかないといけないな。ついてから大騒ぎされても困るし。
「グレイオ…さん、これから向かうところについて、少しお話するよ。実は俺たち、ハンターギルドに所属していて、今日はそこの依頼で大量発生したイノシシを狩りに行くところなんだ」
グレイオのきりっと結ばれた口元がぽかんと開いた。
「…は?」
「誤解しないでほしい。別に俺たちはこき使われてるわけじゃない。俺が望んで人助けしてるだけだし、こういう仕事で魔法での戦い方を学びたいからやってるんだ」
開いた口がなかなか閉まらないグレイオに変わって、後ろの若いオスの竜が一歩前へ出てきた。
「君は…竜としてはちょっと…というか、かなり変わっている。今までどんなふうに育ってきたのかは知らないけど、首輪付きでもないみたいだから、ある程度は人間と距離を置いているみたいだね。その子はどうか知らないけど」
と、カスティを目線で示した。
「僕は別に…セトは命の恩人だし、好きだから」
カスティに好きだと言われてたまらなくうれしくなり、カスティの頭をくしゃっと撫でた。
「その子供に契約を迫られたらどうするんだ!」
グレイオがやっと言葉を出した。
「こいつはそんなことしないよ。だいたい、俺の真名を2人とも知らない」
俺自身も知らないけどな、という言葉は飲み込んだ。
「自白剤を使ってくるやもしれんのだぞ」
「しないったら!!」
カスティを馬鹿にするやつは竜であっても許さない。今じゃ俺の息子だぞ!!
グルルルルルルル…!
人間の姿をしているというのに喉からは竜の時と大差ない唸り声が出ていた。
「ちょ…っ!?セトさん!!」
「ばっ!!?…セト!!」
カスティとルティが叫び、ルティに着物の裾を強く引かれた。ルティに顔を向けると、焦った顔をしている。
「いいいいろいろ出てます!!」
「落ち着け!」
そこでふと我に返る。魔力が漏れまくっていた。この漏れ方は…。
「やばっ…!」
慌てて魔力を押さえた。が、時すでに遅し。
おそらくばっちり髪が黒から白へ変わる瞬間を見られただろう。その証拠に5頭が固まっている。
「…っ、神殿行きはせっかくだけど断るよ、じゃ!」
慌てて透明化魔法をかけ、魔力も完全に遮断し、竜となってルティとカスティを背に乗せてその場を飛び去った。
残された5頭の竜は、しばらく呆然として立ち尽くしていた。
「髪の色が…いや、鱗の色が変わっただと…」
「グレイオ様、今回の神殿での重大報告というのはもしや…?」
「…。」
グレイオが黙り込んでしまい、4頭は何も言えなくなった。




