第79話 野生の竜
黄金に包まれた、なんとも幻想的な部屋の中は、なんとも間抜けな空気が漂っていた。
ラッキーハートは目の前で口をぽかんと空けているし、クーフェイは無言のままセトを凝視。カスティとルティはその状況を面白がってにやにやするばかりで埒があかないため、セトは自分でペンダントを元あった場所に返した。部屋の光は途端に先ほどまでの輝きが嘘のように一瞬で消えた。
振り返ると、ラッキーハートが何か言いたそうにしている。なんて言われるかは、大体予想はついていた。彼は一つ唾を飲み込むと、ふぅと息を吐いて、俺の目を見据えた。
「セ、セトといったね。君は何者だい?」
やっぱりそうきたか。予想していたとはいえ、予想通りの、しかも言ってほしくない言葉がくると落胆が激しい。
「なんだと思う?」
セトはソファに座って腕を組んだ。これではどちらが試験者か分からないな、と心の中で苦笑いしながら。
ラッキーハートは右手を顎に当てて随分長い間考え込んだ。クーフェイはその傍らでラッキーハートをじっと見つめていた。
「私の考えはこうだ。君は生まれながらにこの世界の命運を背負ったとんでもない使命を持つ神の子」
当たらずとも遠からず、といったところか。というか、なんだその厨二病的答えは。凡人はさっきの結果を見てもそんなかっこつけた答えは返さないぞ。
「・・・イタいおっさん」
「ん?」
「あ、いやいや、気にしないでくれ」
あれ?厨二病って言葉はスラスラと頭に浮かんだが、この世界に漫画やアニメという代物はないからそんな言葉はないな。いや、まてまて、それ以前に、漫画とかアニメがある世界ってなんだ?また俺のこのわけの分からない記憶のお出ましか。
きりがないな、とため息を吐く。
「で?あんた俺が神の子だと本気で思ってるのか?」
冗談だろ?と問い返したが、当の本人は首を傾げて違うのか?とまた
問い返される始末。
と言われても、分からないとしか答えようがない。
「さあ。それは俺が聞きたいことなんだけどね」
なんとなく落ち込みながら答えた時、クーフェイが不思議そうに首を傾げた。
「マスター、ん」
そう言って彼女が指さした先には一階へと続く階段・・・に群がるハンター達。
ラッキーハートは立ち上がり、階段に近づいた。
「何をしてるんだい、君たちは」
ハンター達は悪戯がバレた子供のようにばつの悪そうな表情をしながら、それでもこちらを気にして横目でちらちらとみてきた。
「や、あのよお、さっき突然光り輝く光で満たされたんで、何事かと思ってよ」
「ありゃ、例のペンダントの光じゃねえのかって話になって」
「気になって見にきちまいやした」
てへっといい大人が、舌を出して頭をかく姿は、お世辞にも可愛いとは言えなかった。一部のマニアには需要がありそうだが。
ラッキーハートはどうやら彼らの態度なんかよりも気にかかることができたようで、俺を凝視してきた。なんだ、俺の顔に何かついているのか?
しかし、何を言ってくるわけでもなく、「一階にまで・・・・魔力・・・質、いや、量か?」などとぶつぶつ一人で顎に手を当てて呟いている。
「で、さっきの光を出したのは誰なんです?」
ハンターの一人が皆が気になっていることを代表するように、手を上げてラッキーハートの注意をひいて話した。ハンター達はセトとルティとカスティを見比べながら、ラッキーハートの言葉を待っている。
「おそらく・・・故障だろう」
ラッキーハートが言った言葉に、ハンター達はひどく不満そうな表情を見せた。
「あのペンダントに故障なんてあるんですかい?」
「そんなに何回も使ってないんだから、故障なんて嘘だろ?誰なんですか、もったいぶらないで教えてくだせぇ」
ラッキーハートは困ったように俺をちらと見た。どうやら教えていいものか迷っているようだ。俺がペンダントを掴むときに多少戸惑ったのを見抜いていたのだろうか。
セトはこれくらいは別にばれてもいいかと思い、自ら手を上げた。
「すまない、さっきの光は俺だ」
ハンター達から「おおっ」と声が上がった。ラッキーハートは俺のそばにすばやく移動し、「よかったのか?教えてしまって」と遠慮がちに聞いてきた。
「いいよ、これくらいは」
「そ、そうか・・・」
ラッキーハートは申し訳なさそうにそう言い、ハンター達を一階に戻した。
「セトさん、マスター、気づきましたかね?」
「あの様子は半信半疑みたいなもんじゃないか?」
ルティとカスティがそれぞれに考察していた。
「少なからず、あの人の口ぶりからしてまさか竜だとは思ってないんじゃないか?今は、特別魔力量が多い人間とでも思ってくれてればいいけど」
カスティが悪戯っぽく笑ってセトの袖を引いた。
「セト、セト、もし竜だってばれたらどうするの?」
「そうだな・・・。竜だってばれる程度はいいよ。天竜とか神竜ってばれたら離れるけど」
ルティとカスティはそれを聞くと顔を見合わせてふふっと笑った。
「「じゃあ僕らがセトさんの秘密を隠さなきゃ!」」
・・・くそ、可愛いな。
2人の頭をわしわし撫で繰り回すと、真後ろに突然視線を感じてハッと振り返る。クーフェイがじーっと見ていた。気づかなかった。ラッキーハートについていったはずだが、いつ戻ってきたのだろう。
「・・・秘密って、なに」
こてんと首を傾げた。ああ、帰ってきたのはたった今か。焦った。
「秘密は秘密だよ」
彼女は無表情のままぷくっと頬を膨らませた。何この子、可愛いんですけど。
撫でたくなるのを押さえて、ごめんね、と謝った。
あの奇妙な面接から、一週間がたった。それなりに、ここのギルドにも慣れてきたように思う。
セト達に最初に与えられたランクはB。
C,B,A,Sの順番にランクは上がる。普通はCランクから与えられるが、あの面接の後のクーフェイとの戦闘試験で、セトもルティもカスティもCランクのレベルはとっくに超えていると判断され、特別にBランクからのスタートをきった。
Cランクはたいてい簡単な護衛とか手伝いとかの依頼しか受注できないが、Bランクからは魔獣討伐など、少々危険な依頼も受注できるようになる。
Aランク以上になるとその辺の魔獣討伐だけでなく、場合によっては竜討伐や魔獣の大群と戦わなければならない、より危険な依頼を主に回されるようになる。
Sクラスは世界中に5人しか存在しておらず、彼らは依頼というよりも主にギルドの任務で動いている。今は凶暴な魔獣たちを統率しうる可能性のある魔物の討伐が彼らのもっぱらの任務なんだそうだ。
「セトさん、魔獣と魔物って何が違うんですか?」
Bクラスの、大量発生した巨大イノシシ討伐の依頼で依頼主の家に向かう途中、ルティがそう聞いてきた。
「ん?ああ、そうだな・・・。簡単に、魔力を持たない普通の犬とか猫とかは魔獣じゃないだろ?でもその中で魔力量の多い餌を食べたり、中には魔獣や魔物を餌にして育った個体がいたりすると、魔力を大量に得て体が変異するんだよ。犬猫ならありえないほど長く生きたり、魔法を使えるようになったり、巨大になったりね」
「それが魔獣ですね」
セトは頷く。
「魔物はもともと魔力をもって生まれてくる生き物のことだよ。その点で行くと、本来ならルティや俺も魔物の部類になるんだけど、理性的で人間と共存できるってことでまた別のくくりにされてるみたいだね」
からからと笑うとカスティもクスッと笑った。
「ホント、僕らおかしいチームだよね、同じ種族が一人もいない」
確かに言われてみれば天虎と神竜と人間、天虎は神竜の名付け親で相棒、人間は天虎と友達で神竜の養子。なんともへんてこな関係だ。
3人で確かに、と大笑いした。今回の依頼も無事に成功しそうだ。
そう思った矢先、後方に数頭の竜の気配を感じた。・・・竜!?
サッと後ろを振り返る。ルティとカスティが不思議そうにセトを見る。
今歩いているここはずっと一本道だ。周りには田んぼや畑しかないし、人も見当たらない。誰かいればすぐに分かるはずだが、気配はどんどん近づいてくるのに姿が見えない。相手は竜だ、恐らく例の透明化魔法を使っている。そのことをルティとカスティに念話で伝えると、自らもすばやく透明化魔法を3人にかけた。ついでに探知できないように魔力を完全に遮断する結界を周りに張り、叫ぶ。
「誰だ!」
すぐそこまで迫っていた気配はその場でピタッと止まった。
セトはずっと警戒していた。アーサーがいつ追手を差し向けるかと。来るとしたら一番早くセトのもとにたどり着く竜だろうと思っていたから。
しかし相手の竜達の魔力は揺らぎまくって、明らかに動揺していた。俺を追ってきたわけじゃない・・・?
「そこの5頭、姿を見せろ」
しかし、彼らはまた動き出し、セト達を追い抜こうとした。
「待てって!」
彼らの動きがまたとまった。そうして、ついに念話が届いた。
『そなた、何者だ?何故われらの気配が分かる?』
言葉づかいから、聡明な印象を受ける。
「俺もあんたたちと同じ竜族だからだ」
彼らの魔力が大きく揺らいだ。
『同胞であったか!しかし、お主から竜の気配は全くせんぞ?』
「すまない、今結界を解く」
どうやら相手がセトのこととは無関係にこちらに向かって飛んでいた竜の群れだということが分かり、警戒を下げて結界を解いた。
『ああ、確かにお主も竜だな。他にも天虎と人間がいるな、面白い群れだ』
群れ、ね。動物的な表現だと思った。
「ひとつ聞きたい、あんたたちはどこに向かって飛んでるんだ?」
『この時期にこの方角へ向かうといったら神殿に決まっておろうが』
「神殿?」
セトが聞き返すと酷く驚いたような波打った念話が届いた。
『お主若い竜か?いや、だとしても子の頃に父母に連れていってもらったろう?』
父母か・・・。竜は放任主義だと聞いていたが、どこまで放任なのかわからないな。
「・・・俺には父母がいないもんでね」
5頭全員が地上に降りてきた。
『なんとかわいそうに。ではお主、神殿にまだ行ったことがないのか?首輪付きでもないのに』
「首輪付き?」
『人間たちは契約竜と呼ぶな』
なるほど、野生の竜は契約竜を首輪付きと呼ぶのか。そう思っていると、目の前に5人の人間が姿を現した。
これは・・・こちらも姿を現さないと失礼だな。そう判断して、透明化魔法を解いた。
先頭にいる聡明そうな薄い灰色の髪のおじさんが、先ほどまで俺と話していた竜だろう。後ろには若い女性が2人と男性が2人。
「なんと、黒か、黒鱗かお主。珍しいな」
「それに美しいわ」
女性たちは頬をうっすらと染めてセトを見ている。
「どうも」
考えてみれば、野生の竜に会うのは初めてかもしれない。そう考えるとわくわくした。
野生の竜にあったらなにか聞きたいと思っていたが、いざ会うと何を聞いてよいやら。
「で、神殿って?」
「行ったことがないだけでなく、知識もないか。お主の父母は何をしていたのだ?・・・いや、深くは詮索すまい。ふむ・・・、どうだろう、一緒に来ないか?」
突然のお誘いに驚いた。
「私たちもこの方に声をかけてもらって、一緒に行くところなの」
「一人旅もまあいいけどさ、こうやって群れで移動するのも楽しいもんだぜ」
後ろの若い竜が言う。
一緒に行きたいのはやまやまだ。しかし、これからギルドの任務がある。せめてそれを終わらせてからでないと行けない。
「一緒に行きたいけど・・・これから数時間だけ、行かなきゃならないところがあるんだ」
頭をかきながら言うと、なんと姿を消してその用事が終わるまで待っててくれるという。
「え、いやそんな、悪いよ」
それ以上に、人間から依頼をもらって仕事をしてお金を稼いでいると知られたらこの灰色おじさんに何を言われるか分かったものではない。
「気にするな、さあ行こう」
断りづらい雰囲気で、俺はしぶしぶ分かったと言った。




