第77話 ハニーコール
あれから大きな山脈を2つほど超えた。その先に見つけたとある街の近くの森に降り立ったセト達は、ハンターギルド(主に魔物の狩猟の依頼を受けて活動しているギルド)の情報を求め、ルティを人型にして3人で街中に入った。
街はグランティス城の城下町と同じくらいの賑わいを見せていた。あちらこちらで売り子のよく通る声が響いている。
「僕おなかすいてきちゃった」
「僕もです」
今日はまだ何も食べていないのと、そこかしこから漂ってくる食べ物のいい匂いを嗅いで二人のお腹はぺこぺこらしい。両サイドから俺の顔をじっと上目づかいで見つめてくる。なんだこいつら可愛いな!
「何か食べようか」
目にとまった適当なお店にはいると、どうやらそこはおしゃれなカフェのようだった。カウンター席しか空いていなかったため、一番端に3人で座ると、店員がメニューを置いていった。
「ほら、何食べる?」
セトはメニューを自分の前に広げ、両サイドの二人に見せた。ルティはラビネットのカツカレーを選んだ。カスティはというと、悩みに悩んでシンプルにフレンチトースト。
「カスティ、遠慮しなくていいんだぞ?今のところ俺は金銭的にはかなり余裕がある」
ん?そういやどうして俺はこんなにお金があり余ってるんだ。考えてみれば村で働いていたころから、お金はあまり使ってこなかった。食べ物は村の皆が分けてくれたからわざわざ買う必要もなかったし、この世界にはガスや電気はないからそのために取られるお金も必要なかった。
「・・・ルティ、俺ら、自分のお金って使ったことあったっけ」
「えーと・・・あ、ありましたありました!ほら、数回白鹿のお肉買って食べたじゃないですか!」
あー、あったなそんなこと。だけどそれも数える程度だ。城で着てた立派な着物はアーサーが買ってくれたようなもんだし、実際、自分のお金はほとんど使ってこなかったことに気が付いた。
「ある意味すげーな」
カスティが呆れたような声で言う。
「・・・と、いうわけだからカスティ、遠慮するな」
カスティは、「じゃあ・・・」と鶏肉のステーキを選択。やっぱり遠慮していたらしい。カスティの頭を撫で、店員を呼んだ。
セト自身はラビネットのハンバーグを頼んだ。なんというか、店内の雰囲気や内装はカフェなのにファミレスのようなメニューだ。
「美味しければいいか」
ちなみにルティの耳はフードで、尻尾は腰に巻き付けて隠している。パッと見獣人はいないようだし、ルティの格好はそのままだと悪目立ちしてしまうので、そこは気を付けた。
料理が来るまで3人でこれからどうやってハンターギルドを探すかと話し合っていた時、セトの目の前にスーッと水の入ったグラスが流れてきた。
「「「 ? 」」」
3人全員が頭の上に?(はてな)を浮かべる。グラスが流れてきた方向に目を向けると、カウンターの奥にこちらを見てほほ笑む褐色に日焼けした筋肉隆々の男、いや、漢がいた。正直に言おう。ドン引きだ。
「そこのハニー、ハンターギルドの情報が知りたいのかい?」
顔に似合わずキザなしゃべり方をしやがる。ますます引いた。
というか、ちょっとまて。
「おいあんた、『ハニー』ってのは一体誰のことを言ってる?」
セトの頬がひくひく動いた。
「おいおいハニー、そんな乱暴な話し方をレディがするものじゃあないよ。それにハニーといったらそこの三人の中じゃ美しい黒髪の君以外いないだろう?」
なんだろう、俺の中で怒りと羞恥が入り混じった感情が膨れ上がって・・・破裂した。
「俺のどこが女に見えるんだこの野郎!!」
勢いよく立ち上がって手のひらをカウンターに打ち付けた。店内中にセトの怒鳴り声と「バンッ!!」という大きな音が鳴り響く。何事だとお客の全員がカウンターでキレて立ち上がったセトを見る。
カスティはその横で大爆笑だし、ルティは怒ったセトを「落ち着いてください」と慌ててなだめていた。キザなガチムチ男はというと、なおも余裕の表情で両手を前で振りながら謝っているんだか謝っていないんだかという微妙な態度をとっている。
「おいおいハニー、そうすぐ怒るもんじゃないよ。すまなかったね、男のふりをしていたのに私がうっかりバラしてしまって」
「まだいうかこの野郎・・・!!」
セトは何故か、泣きそうになりながらセトの服を引っ張って押さえているルティと、涙を流して笑いながらセトを前から押してとどめているカスティによってなんとか今にも殴りかかりそうな状態を抑えられていた。角や鱗が出ていないのが不思議なくらいだ。
「セトさんここはどうか抑えてください!相手は一般人ですよぉ!」
「あっはははは!セトは男にモテるなあ、ックク」
「二人とも離せ、あいつ今ここで殴らないと気がすまん!」
「やれやれ、ここは一旦引くとしよう。どうやらハニーの逆鱗に触れてしまったようだ。また会うときは二人でゆっくりお茶でも飲もうじゃないか。ハッハッハッハ!」
ガチムチはそう言って手を振りながら店を出て行った。しばらくその入り口を噛みつかんばかりに睨んでいたセトも、やがて荒々しく椅子に座った。そして一言。
「キャラ濃すぎんだろ!!」
およそ店員も含めた店内の全員が「そっち!?」という驚愕の表情を浮かべてセトを凝視した。
「・・・俺男に見えない・・・?」
次に呟いたセトのその問いにカスティが再び吹いた。
「そんなことないです!かっこいいです!超イケメンです!」
ルティは即答でそう答えた。店内の客も何人かルティに同意するように頷くのがルティの目の端に映る。
「なんだよぉ、なんで俺妙なのにばっかり目つけられるんだよぉ」
もはや半泣きだ。
その気になれば国を、世界を思うようにできるような力を持つ竜が、ハニー呼ばわりされて半泣きになっている。
「まあまあ、あいつの目が変だったんだって。だいだい、声で分かんねーのかな、男だって。セトの声のどこが女の声に聞こえるんだろうね。耳もおかしいよ」
ついにカスティも慰め始める始末。なんとなく店内からもセトを憐れむような視線が集まりだして、居づらくなってきたため、早々に食べ終えて店を出た。
「あいつ、次見つけたら絶対殴る」
「セトさんが本気で殴ったら人の頭なんて軽く吹っ飛んじゃいますよ」
「何が嫌って、あいつの中では俺はまだ女だってことが気に入らない」
両サイドが「あはは」と力なく笑う。その時、街の奥の方から歓声が聞こえた。なんだろうと3人で顔を見合わせ、声の聞こえるほうへ行ってみる。そこには大勢の人だかりができていた。近くの人に、あれはなんだと尋ねると、力試しだという答え。
「力試し?」
「ああ。なんでも、今77連勝中のやつに腕相撲で勝ったやつにはものすごい賞金が出るんだと」
へえ、なかなか面白そうだ。別に腕相撲はこっちではまだ一度もやったことがないから強いとは言えないが、男としてこれは一度は挑戦してみたい。
「ちょっと見てかないか?」
2人も興味があったのか頷いてその連勝中のやつが見えるところまで移動する。
そこにいたのは・・・。
「あ゛?」
「おや」
なんてことだ。さっきのガチムチだ。カスティとルティは咄嗟にセトの両足を掴む。
「おおお落ち着いてセトさん!」
「そうだよセト、いきなり殴るのはまずいよ!」
子供二人に必死になって止められてなおも理性が利かない俺ではない。こみ上げる怒りをなんとか鎮めながら、とりあえずまず言ってやった。
「よお、色黒ガチムチのキザな兄ちゃん。さっきはよくも言ってくれたな」
「さっきのハニーじゃないか!これは運命かな?やはり私たちは出会うべくして出会ったんだねぇ」
「だ・か・ら・・・っ!俺は、女じゃ、ねぇっての!!」
「まだバラされたことを根に持ってるのかいハニー?」
こいつは・・・頭おかしいんじゃないか?
「セ、セトさん落ち着いてください!鱗、うろこ!」
おっと危ない、今本気でこの男の頭を殴ろうとしていた。
「ふぅ~む、ハニーがそんなに自らを男だというのなら!この私に腕相撲で勝ってみるがいい!現在77戦中77連勝中さ」
白い歯をキラッと光らせてまだ目の前のガチムチはセトを女だと言う。
「上等じゃねぇかこの色黒筋肉、今この大勢の目の前でその面真っ赤にしてやらぁ」
「・・・セトさん、キャラ変わってきてますよ?」
「これは面白くなってきたな」
ルティの心配をよそに、カスティはこの状況を大いに楽しんでいた。
セトが人だかりの中心に歩みだすと、大きな歓声が上がった。
「おお!黒い兄ちゃんそのほそっこい腕であのムキムキに勝てんのかぁ?」
「なんかめっちゃ怒ってねぇかあの黒い兄ちゃん」
「やだ、あの人かっこよくない?」
「超イケメン来た!!」
誰一人セトを姉ちゃんとは呼ばない。やっぱりこのガチムチがおかしいのだ。
「周りの声をよく聞きやがれこの阿呆。誰一人俺を女としてみる人なんていないだろうが!」
「ん?だってハニーは男装しているのだろう?しかし誰一人気づかぬなか、私だけがハニーをハニーだと気付いた。これは運命!」
「だれが男装だこら。こちとられっきとした日本男児だ!!」
「二ホン?」
・・・あれ? ふとした違和感。
「まあいいさ、ハニーがそこまでいうのなら、女だってことを認めさせなきゃあいけないね。そのために私は全力でいくよ」
「ほざけ、勝つのは俺だ」
審判役が手を上に上げる。ガチムチと手を組む。審判役が二人の手をしっかり固定して、「始め!」と手を放した。
怒りながらも人間相手に流石に全力はまずいと理性が働き、多少手加減をしたが、驚いた。このガチムチ、77連勝しているだけあってそこそこ強い。そう瞬時に判断し、もう少し力を出してガチムチの手の甲を思い切り台の上にぶつけてやった。
その勝負の決着は、周りから見れば一瞬の出来事。
「「お・・・おおおおおおおおお!!!?!?!!」」
なんとなんと勝つことはまず無理だろうと誰もが予想していた黒い青年が、筋骨隆々のでかい男に勝った。
「セトさん大人げないなぁもう」
「あの怒りっぷり見てたろ?僕は絶対勝つと思ったね」
ルティとカスティは分かり切っていた結果だが、賭け事をしていた周りの連中は驚愕と落胆を同時に見せていた。しかし、一番驚いているのは負けた当人だろう。
「???」
何が起こったのか分からないという顔をしている。
「これで俺が男だって分かったろ。二度と俺をハニーなんてふざけた名称で呼ぶなよ」
それだけ言うと、これまた驚いている審判役から賞金を受け取ってルティとカスティのもとへ行き、人混みを離れた。
「この私に勝つなんて・・・。あのハニー、何者だ?」
セトが去った方向を唖然として見つめながら、ガチムチもといラッキーハート・ランク・シーモアはそう呟いた。




