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竜となったその先に  作者: おかゆ
第四章 別れと出会い、旅立ち
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第75話 異変

 カスティの言葉に、その場の全員が凍り付いた。

 誰が・・・誰を殺したって・・・?


「お前それ・・・本当か?」


 簡単には信じられなくて、恐る恐る聞いてみる。

大粒の涙をぼろぼろこぼしながら、怒りと憎しみをこめたその小さな目でルーネを見る目に、偽りはなさそうだ。

 じゃあなにか、ルーネさん・・・いやこの女は、カスティの大切な人を殺しておいて、カスティの才能を利用するためにその記憶を全く別のモノに変えていたっていうのか。


「あんた、本当に人の子か?大体にして、そうまでしてあんたがやりたいことってなんだ?」


 ルーネに対して使っていた敬語はいつの間にやらとれていた。

 まだ表面には出していないが、怒りが腹の底からふつふつと湧き上がってくる。

 

「そうねぇ・・・命を与える魔法を作りたいこと、かしら?」


 何を言い出すかと思えば、なんて非現実的なことを。


「あらぁ?そんなの無理だって思ってる顔ね。ねえセト様、天竜であるあなたから見て、命って何かしらね。天竜が何年生きるか知らないけど、竜でも300年は生きる個体がいるわ。竜の正確な寿命は分かっていないけど、とてつもなく長生きなのは確かよ。だから天竜の寿命は1000年以上はあってもおかしくないんじゃないかしら」


「だからなんだ。まさか永遠の命を手にしたいなんて言い出すんじゃないだろうな」


 それを言うと、ルーネはまさかと笑った。


「永遠の命ね、手に入るならほしいけど、さすがにそこまで高望みはしないわ。あたしが欲しいのはあくまで命を与える魔法。竜とか魔物って、人間なら死ぬような傷を負っても、そこが弱点じゃない限り魔力があれば回復しちゃうじゃない?病気にだってほとんど罹らないわ。その上長生きなんですもの、羨ましいわ。それなら私たち人間にだって特別な何かがあったっていいじゃないって思ったわけよ」


「その魔法の研究のために、カスティの才能を利用したってわけか」


 身勝手にもほどがある。生物の寿命はそれぞれ決まっている。死は避けられないものだ。だからこそ命は尊い。それをほいほい与えられるようになったら命はただのモノになってしまう。


「永遠の命と、なんら変わらないじゃないか。あんたが言いたいのはつまり、死んだ人間を生き返らせるようにしたいってことだろ?」


「・・・ま、そうなるわね。竜の研究はその命のメカニズムを知りたかったからよ。やっぱり寿命までは分からなかったけど、竜を操る術は分かったわ。カスティちゃんのおかげでね」


「チクショーーーー!!!!」


 カスティが叫んだ。涙で真っ赤に腫れた目でルーネをしかと見据え、魔法の詠唱を始めた。その魔力が、憎しみによってどす黒く染まり、ゆらめいている。

 だめだカスティ、殺すのはだめなんだ。

 それにお前じゃルーネに敵わない。


―殺シてはいケない―


 後ろからカスティを押さえる。カスティは放せと俺の腕の中でもがいた。だが子供の力では俺を引きはがすことはできず、しばらくもがいた後、大声で泣きながら俺にしがみついた。


「なんでだ、なんでだよぉ!あいつは、あいつは母さんを殺したんだぞ、死んで当然だろ!?」


 ああ、死んで当然だと思う。だが、命を奪うのはだめなんだ。

 それじゃあ憎しみが収まラなイ。


―殺シてしまっテはつまらナい―


何か、おかしい。俺の感情が、俺のモノではなくなっていうような・・・。


「セト・・・?」


 カスティの怒りの声が、不安げな声に変わったことに気が付いた。

 腕の中のカスティに目をおろす。


「セト・・・その髪、どうしたの?」


 顔の横から見えている俺の髪が、白くなっていることに初めて気が付いた。

 しかし、自分にかけていた魔法は解けていない。何故だ、どうして・・・。

 意識が、自分のもののはずなのに、自分じゃないようなおかしな感じがする。


「な・・・ンで・・・」


 途端、視界がブラックアウトした。

 ああ、また気を失うのかな、そう思いながら。






・・・・・






 しがみついていたセトの髪が、一瞬にして白くなったのを確認した。

 セト自身も気が付いていないようだった。突然何が起こったんだ。

 セトの異変はどんどん増していき、鱗や角、爪まで出始めていた。


「な・・・ンで・・・」


 セト自身の口から、魔力を含んだ戸惑った言葉が漏れたかと思うと、急にその体から力が抜けた。


「セ、セト!?」

『セトさん!!』


 驚いてセトをゆする。王の間に転がされている人々もセトの名前を呼んでいる。

 ルティも念話で必死に呼びかけている。いったい、セトに何が起こったというのだ?

 ルーネは何もしていない。何かを仕掛けた様子もなかった。


「あらあら、セト様具合でも悪かったのかしら?」


 ルーネが面白そうにこちらに近づいてくる。

 まずい、今来られたらセトの魔力を封じられるかもしれない。

 いつか、研究には大量の魔力が必要だと言っていた。世界にセトほどの魔力をもつ生き物は他にいないだろう。セトが欲しくないわけがない。


「く、来るな!」


 セトを庇うように両手を広げて前に出た。


「カスティちゃん、知識も魔力もあたしに劣るのに、何ができるのかしら?私がセト様を欲しいのは分かっているでしょう?さあ、こちらによこしなさい。今なら簡単に捕獲できるわ」


「それを分かってて渡す馬鹿がどこにいる!」


 ルーネはそれもそうねと笑い、しかし歩みは止めずに近寄ってきた。

 冷静な今なら、敵わないと分かっている。しかし、足止め程度にはなるはずだ。


『セトさんに近づくな!』


 ルティもカスティの前に出て一声唸ると、ルーネに向かって電撃魔法を浴びせた。

 しかし、ルーネはそれをいともたやすく打ち破る。


「天虎といってもまだ成獣じゃないものね。幼獣の魔力なんてたかが知れてるわ」


 悔しそうに唸るルティに、伏せろと叫ぶ。

 ルティがそれに従って頭を下げると同時に、石化魔法をルーネの足元に向かって放った。

 ルーネは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに魔法を打ち消した。


「驚いたわ。カスティちゃん。石化魔法なんて高位の魔法習得してたのね、すごいわ」


 子供を褒める母親のような口ぶりでカスティに話しかけるルーネを、カスティはキッと睨みつけた。


「黙れ!」


「師匠に向かって随分な口をきくじゃない。もう少し弟子の成長を見てみたかったけど、そろそろ邪魔よ。お退きなさい」


 ルーネが腕を横なぎにすると、ルティとカスティに突風が吹き、セトの周りから吹き飛ばされてしまった。

 そうして倒れているセトの元まで歩くと、セトの傍らにしゃがみ込み、いつか見た筒を取り出した。


『なっ、やめろ!!』


 それがセトの魔力を封じるものだと知っているルティは再び電撃をルーネに放ったがあえなく消されてしまう。


「だって、こうしないと起きた時に面倒でしょう?これはあの時より改良してあるから、やすやす壊されるなんてことはないわよ」


 ルーネの筒を持った手が、セトの頭に近づく。


『やめろったら!!』


 ルティは何度も電撃を放つが、どれもルーネには当たらない。

 とうとうセトの角に筒がはめられてしまう、その時。


「っう!?」


 セトの右手が、ルーネの首を絞めた。ルーネの手から筒が転がり落ちる。

 一瞬、安堵の空気が流れたが、それはすぐに不安へと変わった。

 セトの様子がおかしい。

 

 セトの体からは魔力が目視できるほどあふれ出ており、鱗は体のところどころに見えて、角も出てしまっている。今にも竜体に戻ってしまいそうだ。

 そしてなにより、白い。


『セト・・・さん?』


 ルティが心配そうに呼びかける。

 しかし、セトは気づかない。

 それどころか、ルーネの細い首を持ったまま、壁に向かって走り出した。


「ま、待ってセトさん!」


 制止を呼びかけるが、届かない。セトはその勢いのまま、ルーネの体を固い大理石の壁に叩き付けた。

 直前、ルーネが防御魔法を自身にかけていたため、大した怪我はしていないようだった。


「ゲホッ・・・。セト様、キレちゃったのかしら?」


 ルーネはなおも余裕そうだ。


『殺シてシマってハ・・・ツまらナイ・・・』


 人間体なのに、声と念話が混じったような不思議な響きを持った言葉を放った。


『痛メつケテ、苦シまナイと・・・憎シみハ伝わラなイ』


 僕に向かって言っているのか?

 だとしても、セトはそんなこと言うやつじゃなかった。どうしてしまったんだ。


「セト、セト!僕の声が聞こえないの?ねえって!」


 だめだ、振り向きもしない。

 目はまっすぐルーネしか見ていない。


「この魔法は実験段階なのだけど、この際仕方なさそうね」


 ルーネはそういうと、自分とセトの足元に魔方陣を作った。


「魔力全部欲しかったけど、今回は諦めるわ。もらえるだけもらっていくけどね」


 魔方陣が光ったと思ったら、セトから溢れていた魔力が足元の魔方陣に吸い込まれていった。


「あはは、すごいわセト様!底なしの魔力ね!これだけもらえれば当分は十分よ。じゃあまたね」


 ルーネがその場から飛び上がろうとしたとき、セトが一瞬でルーネの後ろに移動した。

 瞬間、ルーネから赤い飛沫が飛んだ。


「え・・・」


 あまりに突然のことに、その場にいる者全員が状況を把握しきれないでいた。

 ルーネの後ろに移動したセトの右手には、ルーネの左腕が握られていた。


「い、いやああああああああああ!!?」


 ルーネの悲鳴が、広い王の間に響き渡る。


「セ、セト・・・?何して・・・」


 セトは握っていたルーネの左腕を、ぼと、とその場に落とした。

 その顔に、およそ表情と呼べるものは見受けられない。


『セトさん・・・正気じゃないよ・・・』


 ルティでさえ、セトのただならぬ行動に恐れを抱いている。


『次、右足』


 感情のない淡々とした様子で、恐ろしいことを口にする。


「ま、まって!やめてぇええええええ」


 ルーネの甲高い悲鳴がさらに響く。

 再び、ためらう様子もなく、セトはルーネに近づき、とんでもない早業で彼女の右足を捥ぎ取った。


「・・・・!!!!」


 もはや、ルーネは声にならない悲鳴を上げていた。恐らく痛みによるものではなく、単純な恐怖からくるものだろう。


 赤が広がる。


『死ヌより怖イだロ、人間』


 場が凍り付いた。

 違う、これはセトじゃない。

セトはこんなことしない!

 

考えるより先に体が動いた。ルーネが落とした筒を広い、セトの元に走る。

 その間も、セトはルーネの腕を捥ぎ取ろうと手を伸ばす。

 ルーネは指をパチンと鳴らすと、その場から煙のように消えた。と同時に、カスティの持った筒が、セトの角にはめられた。


 セトの体から力が抜け、頭から倒れる。

 頭が床にぶつかる前にルティがクッションとなった。


 しばらくそのまま、奇妙な静寂が流れていた・・・。




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