第72話 ルーネ・グランティス
穏やかな村に、普段のそれとは違った静けさが訪れた・・・気がした。
「まてカスティ、今お前・・・なんて言った?」
「だから、カタリナの町には僕の師匠が・・・」
「じゃなくて、その師匠の名前だ。・・・ルーネと言ったか?」
カスティは頷く。
俺とルティはそのあまりの真実に、流れるはずのない冷や汗をかいた。
嘘だ、そんなことがあるのか?だってあの人は王女で、何年も城に帰ってなくて、その間ずっとウル村長がいるこの村に医者としていたのだから、カタリナの領主の妻だったなんて話、あるはずがない。
『おかしいよ・・・。 だって僕はカスティを知らない。 だいたい、領主様に奥さんなんていなかった!』
カスティはきょとんと目を瞬かせた。
「え、・・・は!? いやいやいや、ルティ嘘でしょ? ルティがあのお屋敷で飼われてた天虎なら、僕らたまにすれ違ってたはずだよ!? え、ちょっとまって、僕の顔、見たことない?」
ルティは戸惑ったように首を振った。
演技でもなんでもない、本当に分からないという。
「僕は覚えてるよ!? 何回かお屋敷で天虎の子供とすれ違ったこと! あれがルティなら僕ら挨拶も交わしたことあるよね!? ほら、僕魔力量多いし、君話が通じて喜んでくれたじゃん」
ルティは首を傾げる。
「そんな・・・。 僕と師匠が一緒にいたことの記憶、ないの?」
『だから、僕は領主様に奥さんがいた覚えはないってば』
二人の会話を聞きながら、俺は混乱していた。
だってこの話、おかしいというか、まず最初からありえない。
二人の共通点はカタリナの町に住んでいたこと。
カスティの話では、領主の奥さんが師匠で、それがルーネさんだというが、ルティの記憶では領主に奥さんなんていなかったそう。しかも、俺とルティはウル村長の村に行ってからルーネさんが長い間ずっとそこで医者をしていることをウル村長からも村人たちからも聞いている。
「・・・は? わけわかんない・・・。 カタリナの町の話だよね!?」
混乱したカスティの感情が暴走しだした。
「なんなの!? 二人とも僕が嘘ついてるとでも言うの? 僕が師匠とあの町で、屋敷で修行してたことは事実だよ! 僕は嘘なんかついてない! ついてない!」
「待て、落ち着けカスティ、俺らはお前が嘘ついてるだなんて思ってない」
「だって!!」
興奮するカスティをなだめ、ルティと二人で辿り着いた答えを
「俺たちじゃない、カタリナの町が何かおかしいんだ」
カスティは憤慨する。
「僕の第二の故郷を馬鹿にするの!?」
『僕の故郷でもある! でも、僕もカタリナの町がおかしいとは思う。 だってこの間、お屋敷で見たのと同じ仮面をつけた人たちが僕を狙って来たんだ』
これにはカスティが え、と声をもらした。
「仮面って、まさかあの裏にやたらと難しい術式が施されてたあれのこと?」
カスティも仮面のことを知っていた!
「し、知ってるのか!?」
「知ってるも何も、あの仮面作ってたのはルーネ師匠だよ」
ん?待ってくれ、また話がややこしくなってきた・・・。
「は?は?・・・は!?」
『セトさん、なんというか、威厳が、ない』
いや、言い切らないでくれよ・・・。
つか、もともとそんなもの持ち合わせてないよ。
「ほっとけ。 それより、なんだって? ルーネさんがあの仮面作ってた!? じゃあルティを捕えるためにあの怪しげな人たちをよこしたのもルーネさんか?」
「怪しい人? それは知らないけど・・・仮面作ってたのは師匠だよ。 僕には術式が難しすぎて何が何だかわからなかったけど」
あれそんなに難しい術式だったのか・・・。
「・・・カスティはさ、ルーネさんに何を教わったの?」
「え? えーと、魔法の使い方、魔力についての知識、竜の知識・・・いろいろだよ」
いろいろ、ね。
そのいろいろを組み合わせて竜を魔力で操るなんてことを思いついたのか。
しかし、カスティの師匠がルーネさんだと聞いて妙に納得したことがある。
「だからお前、魔力量についての知識がすごいのか。 あの人も俺の魔力を計測するために変なもの角につけてくれたからな・・・。 とんでもない人だとは思ってたけどまさかお前の師匠だったなんて・・・」
「・・・ところでさ、師匠と最近まで会ってたなら、師匠まだ生きてるんだよね?」
俺とルティは頷く。
とたんにカスティの顔が輝いた。
「よかった・・・よかった!」
心の底から安心したらしい、その場にへたり込んでしまった。
「で、師匠は今もこの村にいるの?」
「いや、グランティス城にいると思うよ」
『真実を確かめに行きましょう! 仮面のことも、僕とカスティの記憶の行き違いのわけも!』
俺は頷き、村人やウル村長にも何も言わず、すぐに二人を背にのせて城に向かった。
城で何が起こっているかも知らずに・・・。




