第71話 カタリナ
「あ」
カスティを城から逃がしてウルテカの村へ帰ってきて数日、セトが大変なことを思い出したという顔をした。
『どうしたんですか?』
どうしたもこうしたもない、グランティス王国と縁を切るのは間違いだったと、今になって気づいたのだ。
「しまった・・・。 ルティも覚えてるだろ、学院にお前を狙ってきた刺客のこと」
『はい、もちろん覚えてま・・・ああ!』
ルティも、そこで気づいたらしい。
そう、あの刺客の正体、詳細を、アーサーに調べてもらっていたのだ。それをセトとルティはすっかり忘れてしまっていた。
「ああ、しくじった・・・」
隣町の買い物から帰ってきて、自宅の前で立ち止まっているセトとルティを見つけたカスティは、不思議に思って声をかけた。
「何してんの?」
カスティに気付いたセトは、笑顔で振り向いた。
「あ、カスティ、村での暮らしはどう?」
セトの問いに、カスティは年相応の満面の笑みを見せた。
「夢みたい! 食べ物があって、皆笑ってて、夜は寒さに震えることなく安心して眠りにつけるなんて、考えてもみなかった! 感謝してもしきれないよ」
「小学生が言う感想じゃないな」
『「しょうがくせい?」』
ルティとカスティが首を傾げた。
そうか、この世界に小学生という単語はない。
「あ、いや、えーと・・・、カスティ見たいな年の子供が言うような内容じゃなかったって言ったんだよ」
カスティの頭を撫でながらごまかす。
撫でられたカスティはとても嬉しそうに目を細める。
そしてふふんと胸を張ってこう言った。
「僕は研究者だよ? 同年代の子供が今何習ってるか知らないけど、そこらへんの大人よりものを知っているつもりだよ」
少し生意気だが、これはカスティなりの自慢だと、すぐにわかった。
目が親にいい点数を取ったテストを見せる時の目そのものだったからだ。
そこでふと、疑問を感じる。
(なんで、そんな子供の目なんて知ってるんだ・・・?)
「セト?」
カスティの不審げな声で我に返り、笑みを作った。
「・・・あ、ああ、すごいな、カスティは」
「でしょ?」
やはり、まだまだ子供だ。
ところで。
「カスティ、お前いったいその技術はどこで習ったんだ?」
前から気にはなっていたのだ。
スラム街出身のカスティが、一体どこの誰に竜を操る術なんて教わったのか。
いや、そもそも、カスティが使っていたあの施設を建てる資金はどこから仕入れたのか。
「え? えーと確か・・・カタリナって名前の町の領主の奥さんに・・・」
「『カタリナ!!?!?』」
今回、素っ頓狂な声をあげたのはセト達の方だった。
「え、ちょっと待て、カタリナって言ったか!?」
『本当にカタリナ!?』
二人のあまりの勢いに若干仰け反りながら、カスティは頷いた。
「う、うん、そう言ったよ。 え、二人ともカタリナを知ってるの?」
知ってるもなにも、だ。
「カタリナの町はルティの生まれ故郷だ」
これにはカスティが目を丸くした。
「え!? じゃあルティはあの屋敷にいた天虎の子供!?」
カスティは、出会う前からルティを知っていた。・・・いや、出会っていたの方が正しいか。
『僕を知ってたの?』
「有名だったろ? 天虎なんだから。 あ、そういえば師匠元気かな~」
その言葉に、胸が痛む。
「・・・カスティ、お前、今何歳だ?」
「たぶん12歳だけど?」
「じゃあ、師匠の元を離れたのは何歳の時だ?」
「10歳のときだったかな」
ということは、カスティがお屋敷を、カタリナの町を出たのは2年前。
「それから師匠のところには行ったか?」
カスティは首を振った。
「町を出てからは一度も師匠に会いに行ってないよ」
じゃあ、知らないはずか、カタリナの町はもうないということを・・・。
しかも、その町の領主は・・・いや、カタリナの町全体が信用ならない場所だったなんて、カスティが知るはず・・・いや待てよ。 カスティの師匠はそのカタリナの町の領主の妻だと言ったな・・・。
「セト、機会があったらでいいんだけど、僕をカタリナの町まで連れて行ってくれない? 師匠、きっと心配してると思うんだ。 だから、暇が出来たらでいいから、いつか僕を・・・」
『カタリナの町はもうないよ』
ルティが言った。
「え?」
『もうないよ』
繰り返し、言った。
「どういう・・・」
戸惑うカスティを無視して、ルティは視線を落として続けた。
『半年前に、カタリナの町は盗賊団に襲われて燃え尽きた。 何人かは生き延びたかもしれないけど、お屋敷は全焼したよ』
「待てルティ、そうと決まったわけじゃ・・・」
『だって! だってセトさんもあの町の近くを通った時に感じたはずです! 強い土の焦げた臭いを! 民家はいくつか残ってたかもしれませんが、お屋敷は・・・あの炎の勢いじゃきっと全焼です! それに・・・母上がいないあの町は・・・そんな場所はもうカタリナの町じゃありません・・・っ』
出会ったあの日の夜に見せた時以来、一度だって涙を見せなかったルティが、その大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて言い放った。
ルティに言われるまでもない、当然気づいていた。町は壊滅的な状態になっているのだろうと。
町の近くの林まで飛んで、ルティと狩りをしたあの日、ルティの言うように強い焦げた土の臭いを感じていた。
ルティより鼻が利く俺は、その強い焦げた土の臭いの中に、血の臭い、屍臭も感じていた。
あの時、どんなに盗賊団を残らず皆殺しにしておけばよかったと思ったか。 そんなことを思ってはいけないと思いつつ、その気持ちはしばらくどうしようもなかった。 だからあのとき、豚の喉笛をなんの躊躇もなく切り裂けたのかもしれない。
「そんな・・・嘘でしょ? ねぇ、だって、あそこには師匠が・・・」
『言ったでしょ、盗賊団に襲われたって。 あの母上が殺されたんだ、お屋敷にいた騎士達は手も足も出なかったよ。 きっと、屋敷にいた人達は皆殺しにされたか、捉えられたかのどっちかだね』
ルティが冷たく言い放つ。 怪しい町だったと言っても、やはりあそこはルティの生まれ故郷。
母親と過ごした大切な場所だったことに変わりはない。 だからこそ、未練を断ち切ろうとしていた、忘れようとしていたのに、そこへカスティという同じ町を知るものが現れて動揺してしまったのだろう。
そうでなければ、ルティがこんなにも冷たくぶっきらぼうに言葉を投げつけることはない。
「嘘だ・・・嘘だ、嘘だよ! あの師匠がそう簡単に盗賊団なんかにやられるもんか!」
『しつこいな、あそこにお前の師匠はいない!!』
「嘘だ・・・っ! ルーネ師匠ぉ・・・!」
・・・今、なんて・・・?




