第7話 人間か竜か
遠くで・・・とても遠くでルティの声が聞こえる。
(ルティ、今行くから・・・。 だから泣かないで)
その声の元へ行こうとするも、声はしだいに聞こえなくなっていった。
+ + + + +
意識がゆっくりと上がっていくのを感じた。
瞼を上げると・・・。
「ん・・・」
目がちかちかした。
しばらく瞬きして光に目を慣らすと、見えたのは木製の天井。
先程までの光は、俺の右側にある小窓から差し込んでいたものらしい。
身体を起こしてみると、腹部にものすごい痛みが走った。
「・・・っ!! ・・・いって・・・」
傷を見ようと腹を見ると、俺は上半身裸だった。
そして傷口には、真っ白い清潔な包帯が巻かれていた。
足首にも、同様に包帯が巻かれていた。
今更ながら、人間に化けた己の身体をしっかりと見た。
鱗の無い柔らかな皮膚や、平べったい爪を見て、なんともいえない懐かしい感じがした。
ふいに、ルティを思い出した。
きょろきょろと見回してみるも、俺のいるこの小部屋には誰もいなかった。
(ルティ、泣いてた。 俺がいかないと・・・)
痛む腹や足をかばいながら、俺は部屋から出た。
出ると、そこには一本の長い廊下が出口へとつながっており、廊下の左右にひとつずつ扉が付いていた。
恐らくそこには俺がいたのと同じような部屋があるのだろう。
俺は、真っ直ぐ出口へと向かった。
足を引きずりながら、一歩一歩ゆっくりと。
起きたときから身体がだるくて仕方がないが、これはきっと魔力がまだ回復していないせいだろう。
やっと出口の扉にたどり着いた。
開けると、朝日がまた目に差し込んできた。
どうやらまだ朝早いらしい。
外には誰もいなかった。
「・・・ルティ?」
呼んでみるも、返事はどこからも返ってこなかった。
・・・この村はどうやら小さな村のようだ。
家は数えるほどしか建っていない。
俺はとにかくルティの居場所が知りたかった。
そこで、村の外で草を食んでいた馬に、通じるか分からないが、一応念話で話しかけてみた。
『・・・お前、虎を見なかったか?』
馬は俺が念話したことで初めて俺の存在に気が付いたようで、ビクッと身体を震わせた。
そして、ゆっくりと俺のほうを見て、
『竜様・・・ですか?』
と言った。
念話が通じたことは嬉しいが、何故俺が竜だとわかった・・・?
人間に化けているはずなのに・・・。
『・・・分かるのか?』
『ええ。 まあ、魔力の質・・・と言うのでしょうか。 念話の質がわれわれ動物と違うものですので。 それに、なにより・・・』
馬は微妙な顔(何故か俺には分かるんだよな・・・)をして、言葉をつないだ。
『魔力が回復してらっしゃらないのでしょう? あの・・・出てます、角』
・・・ん!?
で、出てる!?
え、角が!?
ど、どうゆうこと!?
サッと頭に手をやると、なるほど耳の上辺りから硬く長い突起物が生えていた。
(そりゃばれるわな・・・)
今生えてるって事は、倒れたときにすでに生えてたな。
いや・・・もっと酷かったかも・・・。
そう思うと、なんだか恥ずかしいところを見られたようで、顔がほてってきた。
(いかんいかん・・・。 そ、そうだ。 ルティを探しに来たんだった)
本来の目的を思い出し、俺は再び馬に聞いた。
『・・・で、虎は見たのか? 白い羽の生えた仔虎なんだが・・・』
すると馬は、ああ、という顔になり、『ええ、見ました』と答えた。
『その仔はどこに?』
聞くと、馬は一軒の馬屋を頭で指した。
ありがとう、と言って、俺はその馬屋に向かった。
(それにしても、なんで馬屋なんかに・・・?)
不思議に思いながらも、馬屋に着き、中を見た。
・・・そこには、鉄の檻に入れられたルティの姿があった。
「ルティ!」
足の傷を忘れて思わず駆け寄ろうとして、案の定転んだ。
ドタッ
その音で目が覚めたらしい。
ルティが、「グルゥ?」と唸った。
馬屋の入り口で倒れている俺の姿を確認すると、すぐに念話をとばしてきた。
『セ、セトさん!? 大丈夫ですか!?』
大丈夫、と言いながら立とうとした。
が、今の今まで立って歩いていたというのに、身体がしびれて上手く立てない。
「あ、れ?」
頭では必死に立とうとしているのに、身体がついてきてくれない。
「おかしいな・・・。 さっきまで歩けていたのに・・・」
するとルティが、ハッとなって言った。
『セトさん、ぼく村の人たちが話しているのを聞いたんですけど、あのトクサって人間、矢に毒を塗っていたらしいです! だからまだあまり動かない方が・・・立てないのはきっとその毒がまだちゃんと抜けていないからですよ!』
・・・なるほど、毒か。
このしびれはそのせいか。
毒だとわかると、余計に身体が動かなくなったように感じた。
「・・・だからって、こんなところで倒れているところを人間に見つかりたくはないな・・・」
『でも・・・。 魔力もちゃんと戻ってないみたいですし、無理しない方が・・・』
そんなルティの心配を聞きながらも、俺は立とうとしていた。
なんとか馬屋の柱に手を付くと、その柱を使って身体を立たせた。
「・・・よし」
俺は壁沿いに、ルティのいる檻へと近づいた。
・・・人間になってみて思ったが、ルティは子供とはいえ結構大きいらしい。
大型犬より一回り大きい感じだ。
そして、檻にたどり着くとその隣に座り、檻越しにルティを撫でた。
(そういえば、ルティをちゃんと撫でるのはこれが初めてかもしれない・・・)
俺はルティのふかふかな毛を思う存分撫でてやった。
ルティも気持ちよさそうに、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「それにしても、なんでルティは檻に入れられてるんだ?」
『それはたぶん・・・ぼくが最初村人達を襲ったからじゃないでしょうか・・・。 結構引っ掻いたり噛み付いたりしましたから』
「念話で話を聞いてもらえばよかったじゃないか」
『それが、ぼくら一族は大人になれば可能ですけど、たいていの動物は魔力の密度の関係で、人間相手に念話をとばしても聞こえないらしいんですよ』
魔力に密度があるなんて初耳だ。さっきの馬が言ってた魔力の質って、そういうことか。
・・・ん?
じゃあ俺は?
『竜は生まれつき魔力が高密度ですから、人間相手でも苦労しませんよね。 ・・・いいなあ』
まるで俺の心を呼んだかのように解説されて、しかも羨ましがられた。
「おう。 ・・・じゃあルティ一人だったんだな。 俺もう動けないし、ここでもう一眠りするよ」
おれはルティの返事を待たずに、再び眠りに落ちた。