第68話 カスティをめぐり
ドッキリ終了後、セトは壊してしまったステージを修復した。
村にいた頃の修理屋のスキルを活かし、ルティも手伝ってあっという間に終わった。修復後は元のステージよりもずっと綺麗なくらいだ。
セトの仕事ぶりを見て、アーサーはその時初めて以前耳にした凄腕の修理屋が誰であったのかに気づいたようだ。
「セトだったのか! いや、驚いた!」
セトはそういえば教えていなかったと思いつつ、アクアとフレイムには『え、今更?』と念話で伝えた。2頭はうすうす気づいていたようで、『私どもも主に驚いてます』と苦笑いを含んだ念話を返してくれた。
ドッキリ企画はセトが思っていた以上の盛り上がりを見せていた。
セトが天竜の姿でいるときに広場に集まれなかった生徒、教師、客が、天竜を一目見たいと物凄い勢いでセトに迫ってきた。
スティールはというと、この日にセトが正体を明かすとは聞いていなかったため、広場のど真ん中でパニックになっていた。
それを見つけたセトはサービスとして再び竜の姿に戻り、ただでさえ集まっている視線を会場の奥からも集め、会場中に聞こえる念話を使ってスティールをいじった。
『生徒の皆さん、会場中央をご覧下さい。 あのスティール先生がパニックに陥ってますよ』
セトに向けられていた数え切れない膨大な視線が、一斉にスティールに集まった。我ながら意地悪だと思ったが、今日くらいはいいだろうとその後を見守った。
生徒たちは普段絶対見られないだろうと思われるスティールの狼狽っぷりに驚き、面白がっていた。
その隙にセトは空中に飛び上がり、学院上空を旋回し始めた。
『じゃあ学院の皆さん、短い間でしたがお世話になりました。 どこかで会うこともあるでしょう。 では、俺はこれで失礼します。 ありがとうございました』
会場中がその念話に気づき、空を見上げたとき、セトは既に姿を消して城へ向かって飛び出していた。
アーサーはというと、同じくフレイムとアクアに連れられて飛び去った後だった。
戸惑う人々に説明をしたのは未だ動揺が抜けきっていないスティールだった。人々はほんの少しでも天竜を見られたことでかなり興奮して帰っていった。
生徒と教師たちはその後もスティールにあれこれ質問したが、スティールも詳細は分かっていないために詳しい事は答えられなかった。
しかし、祭りの後日、グラウンドにいつかと同じ巨大な足跡がついているのを生徒が発見し、また学校内は大騒ぎとなった。
セトが帰り際に置き土産替わりにつけて行ったものだった。
リーメルはしばらく学院生活を満喫するため、一人学院に残った。
後にこの日は学院に天龍が現れた記念日になったのだが、それをセトが知るのはずっと後になってからだった。
城へ帰ってからというもの、セトはアーサーに何度も何度もカスティのことを頼み込んだ。
しかしガードは固く、そう簡単にカスティを牢屋から出してはもらえなかった。
それもそうだ。カスティという少年は一度はセトを攫い、操り、危うく世界中の驚異となりかけた犯罪者だ、普通許されるはずもない。
本来ならば即死刑であったところを、セトの口利きのおかげでギリギリ殺されていないだけなのだ。
「お主、自分が何を言ってるか分かっておるのか!?」
最後にはアーサーにそう言われてしまう。
確かにおかしな話だ、とセト自身想う。自分をいいように利用しようとした相手を、国中、世界中を敵に回そうとした相手を養子にしようというのだから。
「でも、助けたいと思ったんだ、仕方ないだろ・・・」
いつもはセトの考えに従うルティでさえ、眉をしかめる。
『どうしてそこまで・・・?』
その答えはセトもはっきり分かっていない。
セト様はお優しすぎます、と牢屋の入口を守る兵士にも言われてしまった。
優しさでここまでできるものだろうか。しかし、カスティを引き取ろうと思うこの気持ちを表すには、優しいという言葉しか他に当てはまる言葉が見当たらないのも事実。
「優しすぎる・・・か・・・」
ダメなことなのだろうか。いけないのだろうか。
同情ではない、純粋にこの優しさで心に大きな傷を負った幼い子供を救いたいと思うのは、異常なことなのだろうか。
偽善者だなんだと言われるのは、別にいい。別に誰かに評価を受けたくてカスティを養子にしたいのではないのだから。
「ダメじゃと言ったらダメじゃ! 何故じゃ、何故そこまであの子供にかまうのじゃ」
「カスティはただの不幸な子供だ! あの子にこれ以上世界を嫌いになって欲しくない! それの何がいけないんだこの分からず屋!!」
何十回目の説得だったろうか、それまでのもやもやと苛立ちが頂点に達し、ついそんなことを口走った。
大国の王にそんな暴言、この世界であれば普通は打ち首ものだ。
アーサーも今までそんな言葉を浴びせられたことなどなかったのだろう、ぎょっとしてセトを見返した。加えて、その暴言を吐いた相手がアーサーが憧れてやまなかった天竜なのだ。驚くなという方が難しい。
「・・・な、なんじゃと?」
アーサーは何か言い返さなければと口を開いたが、それがかえってセトを苛つかせた。
「分からず屋っていったんだ、聞こえなかったのか?」
遠慮は一切なかった。それほどに、セトの頭には血が上っていた。
早くカスティを助けたい、幸せを教えてあげたいと焦るあまり余裕がなくなっていた。
その証拠に、セトの瞳は金色に怪しく光り、肌の所々には鱗が見え始め、角も目視できるほどに大きくなっていた。
魔力探知を防ぐ魔法をかけてあるためにセトから溢れ出る魔力を測れるものはいなかったが、セトがどれだけ興奮しているかはその様子をみれば明らかだった。
アーサーはセトに言われた言葉とセトの変貌に戸惑い、頭の整理がついていなかった。慌てた大臣とアクアとフレイムが間に割って入った。
「セ、セト様、どうかお気をお沈めください」
『セト様、落ち着いてください』
しかしセトは一歩も引かない。
ここで引いたらまた振り出しに戻ってしまう。目の前のこの頑固な王さえ頷かせることができればあとは簡単なのだ、とますます興奮は高まった。
「アーサー! カスティを俺にください! 国には迷惑をかけませんから!」
「ば、馬鹿を言え。 本来即死刑でもおかしくない大罪人をどうにか牢に収めておるのだ! そんな輩を牢から出してみろ、国中パニックになるわい!」
「あんたがそのことを漏らさなきゃいいだけだろ?」
セトの口調はどんどん荒くなる。
魔力探知を防ぐ魔法の力を上回った魔力がセトから溢れ、もはやその魔法の意味はほとんどなくなっていた。
そのあまりの魔力濃度の濃さに、城中の人間の体が麻痺しだした。自分の魔力に比べて濃すぎる魔力が周りにあるために、中和しようとして自身の体から魔力が流れ出て体に膜を張り出したためだ。
一般人よりは比較的魔力量が多い竜騎士達は異変を感じ取るやいなや、即座にアーサーとセトのもとへと集まった。
しかし、セトの気配が強くなればなるほど、魔力濃度も濃くなり、結局たどり着けたのはラルク一人だった。
王の間にたどり着いたラルクが目にしたのは、倒れた多くの従者の中で対峙するアーサーとセト、それとアーサーを濃すぎる魔力からなんとか守っている2頭の契約竜と、セトの後ろでお座りをしてその様子を静かに見守っているルティだった。
『セトさん、カスティの生い立ちの話、僕にももっと早く教えてくれてればもっと協力できましたよ』
「ごめんな、なんとなく言い出しにくくて」
ほとんど角と鱗が出ているセトはルティには穏やかな目を向けていた。
しかし、アーサーにはまるで敵の隙を伺うアサシンのような鋭い目つきを向けていた。
「こ、これは何がどうなって・・・」
戸惑いながらも、セトになんとか魔力の出力を抑えてもらわねばと勇気を振り絞り、声を張り上げた。
「セト様、しばし魔力を収めてください!」
セトはすぐにラルクにもアーサーに向けるのと同じ目を向けた。
一瞬怯んだラルクだったが、このままでは場内の人々が危ないと思い、正面からセトに向き合った。
「周りが見えないのですか!?」
ラルクの一言でやっと自分がどうなっていたのか気づいたセトは、慌てて魔力を引っ込めた。
「・・・ごめん。 でも、カスティは俺が引き取る」
それだけ言うと、セトはルティと共に王の間を出た。
直後ラルクがこの城内の惨事をどうするか考えたとき、倒れていた人々が一斉に起き上がり始めた。
あれだけ濃かった魔力が、嘘のように引いていったのだ。
「セト様・・・。 やはり貴方はお優しい・・・」
この一瞬で自分が放った魔力を分散したのだろう。とんでもない技術だ、いや、荒技か。
「アーサー様!」
大臣が叫ぶ声を聞き、ハッとアーサーが立っていた位置を見ると、極度の緊張感とショックで気を失っていた。
セトに罵声を浴びせられたのが余程応えたのだろう。
「・・・セト様・・・」
カスティの事情を聞いても尚、セトが何故あそこまで興奮するほどカスティを欲しがるのか、理解できるものはいなかった。




