第66話 準備は整った
校門前には大勢の人。校庭にも人、人、人。
見渡す限り人だらけ。
屋台も数多く並んでいて、売り子の声があちらこちらから聞こえてくる。
人はその声に誘われて、あるいはその先にある、より賑やかな場所を目指して、どんどん集まってくる。
今日は祭りの日。一年に一度の大行事。
はるか上空には竜騎士の乗った竜、ワイバーンが数頭旋回している。
学院の見回りのようだ。
一番盛り上がっているところに足を運べば、そこではなんともユニークな、魔法を使った芸が繰り広げられていた。
それを見ている観客は、歓声をあげたり感嘆をあげたりと、実に様々な反応を示している。
大したものだと、セトは思った。
「凄い活気ですね! セトさん!」
「そうだな。 せっかくだし俺たちも屋台を回ってみるか」
ルティは人間体になってもらっている。
こんな大勢の人がいる中で天虎の姿をしていては目立ってしょうがない。
いつものような展開になるのはごめんだ。
「セトさん!」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこにはスティールが。
「どうですか、うちの学院の祭りは」
「すごい活気で驚いてますよ。 学院祭でこんなに屋台が来るとは思いもしませんでしたよ」
スティールは満足げに微笑みながら、そうでしょう と言った。
「屋台の中にはうちの生徒が開いているお店もありますから、そちらもどうぞ。 うちのクラスからは、確かラビネットの焼肉料理を出す生徒がいたと思いました」
「へぇ! それは楽しみですね!」
食いついたのはルティだった。
「お前、単にラビネットの肉が食べたいだけだろ」
「あ、バレました?」
「お前の反応を見ていれば誰でもわかる」
スティールはそんなやり取りを見てクスリと笑い、案内します と俺たちの前を先導し始めた。
ドッキリの件は、実は祭りの三日ほど前にアーサーから手紙が届いていた。
内容を見て、やはりアーサー、ただのドッキリでは満足しないようだ。
俺が思っていたドッキリのレベルではなかった。
「あんなのやったらドッキリ通り越してパニックだろ・・・」
「どうかしたんですか?」
ちなみにスティールには今日バラすことは伝えていない。
アーサーはとことん驚かすのが好きなようだ。
スティールには悪いが、なんでもないとだけ言うと、あとはおとなしく後をついて行った。
「で、なんでここなんですか?」
ついて行った先にいたのは、学院が所有している複数のリンドブルム達。
と、大勢のお客さん達。
なんか、だいたいの検討はついた・・・。
スティールが満面の笑みでくるりと俺を振り返った。
「セト様のお力をお借りしたく!」
・・・うん、スティール先生、手が思いっきりお金欲しがってるよね?
「これ、風魔法での補助使って騎竜体験をさせようって話ですか」
「ええ、勿論!」
スティール先生、いつの間に俺にそんなに無遠慮になったの・・・。
しかも俺を神竜と知りながらのこのお願い。
「逞しくなりましたね、スティール先生」
すごいよ先生、ルティも感心してるよ。
「そういう話ならまあ、売り上げは俺にも分けてくださいよ?」
スティールは俺の言葉を聞きコクコクと首を縦に激しく振ると、お客さんたちのもとへ駆けて行き、竜たちのもとへ案内を始めた。
スティールが説明、俺が実質的な補助をしながらの騎竜体験は、わかりやすい説明と乗りやすいサポートがあるということで、例年よりも大勢の人が訪れた。
おかげで俺たちはそこにかかりっきりで、一日目は祭りを楽しむ暇もなく終わってしまった。
ルティはというと、その間普段滅多になることがない人間体で、思う存分祭りを楽しんでいたようだった。
二日目はスティールと相談し、騎竜体験は午前だけと決め、午後はルティの案内で思い切り祭りを楽しんだ。
さて、問題の祭り最終日。
この日、最上級生が屋外のステージで大規模な魔法の出し物をする予定だが、正体はその最後にバラす手はずになっている。
そのためにアーサーもお忍びで祭りに来ているはずだ。
「いったいどこで何をしてるのやら・・・」
普段城にこもりっきりの王が、街の学院の祭りに客として参加する。
・・・このこと自体、普通なら国中が大騒ぎするイベントごとだ。
祭り自体が大きいために、記者の数は半端ではない。
が、その誰もが、今日王が来ていることは知らない。
「全く、情報規制が徹底しすぎていて怖いよ」
「確かにすごいですね。 家来の人たち、すごいです。 ちょっとでも城下町に今回の話が漏れていれば、この程度の人だかりでは済まないところでしたよね」
ルティの言うとおり、今日は祭り最終日ということで前日よりもすごい人だが、王が来ていることを知っていればこの辺り一帯の町の人たちの9割がここに集まっていただろう。
ドッキリのことは一旦忘れ、俺はルティとともに午前中は祭りを楽しんだ。
焼き鳥かと思ったものは味はよく似ていたがオオトカゲの肉を焼いたもので、バナナチョコだと思ったものは芋類を調理した別の何かだった。
「・・・こんなところでも記憶違いが・・・」
知っている情報と目の前のことが一致しないというのは、なんともどかしいことだろうか。
自分を否定されているようで、なんとも気持ちが悪い。
そこでまた思い悩みそうになって、ハッとなった。
「ドッキリの前にこんな暗い気持ちじゃいけないよな」
「?」
ルティの頭をくしゃくしゃっと撫で、いざ、ステージへと足を進めた。
+ + + + +
「この日がやっと来たな」
祭り最終日の朝、アーサーはというと、連れてきたフレイムとアクアを珍しく人間体にし、2頭に自分の姿を消してもらって祭りの人ごみの中にいた。
王として、一般市民の人だかりの中にいて何の干渉も受けないというのは新鮮な体験であるために、若干はしゃぎ気味だった。
「すごいなフレイム、アクア! 誰もわしを見ない!」
「姿を消していますから、このままでは屋台などは楽しめませんよ」
とフレイム。 アクアもそれに頷いた。
「それは別に良い。 後で大臣たちに買ってきてもらうとしよう。 それよりも、セトはどこじゃろうなぁ」
キョロキョロと辺りを見回すも、この人だかりで誰か一人を見つけるのは難しい。
「・・・無理、ですね」
「お主ら、セトの魔力は感じ取れんのか?」
もどかしげに2頭の契約竜に話しかけたが、どちらも首を横に振った。
「それが、セト様は城にいる間に魔力を隠す術を身につけられたようでして・・・」
「・・・全くわからんと、そういうことか」
はい、と王の契約竜たちは申し訳なさそうに頷いた。
「お前たちが落ち込むことはない。 悪かったな、無茶を言った」
アーサーは2頭の頭を撫でた。
2頭は人間体であるにもかかわらず、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らした。
「可愛いやつらめ」
アーサーは楽しげに笑い、目的の場所、ステージへと向かった。




