第61話 危うし、セト
セトの足元に仕掛けられた魔方陣から上がった巨大な火の柱。
それは結界の天井部にまで達し、徐々に徐々に結界を溶かしていった。
魔力を抑えていたとはいえ、神竜であるセトが張った結界を溶かすほどの高温。
どうやらこの目出し帽を被った連中は、カタリナの町から逃げ出した天虎の情報を少しでも知っているやつは跡形もなく消し去るつもりらしい。
目出し帽の者たちは、中にいるあの男は炎の柱に飲まれ今頃は骨も溶けているだろうと腕を組んで魔法が収まるのを待った。
しかしおかしい。
この魔法は上級魔法。
結界なんて意味を成さないほどの高温であるはずなのに、張られた結界は一向にやぶれない。
柱が消えたとき、男の姿はそこにはないはずだ。
そう思っていたのに、出てきたのはまったく無傷の、炎に包まれたときと変わらない姿の男。
身に纏う衣服にさえ、焦げ目すら付いていない。
「なっ・・・!?」
セトは一応自分の身なりを確認した後、腕を組んで言った。
「あのさあ、何のために結界張ったと思ってんの? 溶かしたらダメだろ。 おかげで修復し続けなきゃならなかったじゃねーか」
「ちょ・・・っと待て、じゃあ何か? お前はあの炎に飲まれながら呑気に結界の心配してやがったのか?」
「あのな、俺にとっちゃあの程度の攻撃はなんともないんだよ。 それより結界が壊れるほうが俺にとって大問題。 あ、服も焼かれたら困るから一応防壁張っといて正解だった」
「なんてやつだ・・・」
「で、今のがお前らの出せる最高位の魔法だと受け取ったけど、あってる?」
「チッ・・・。 一旦引くぞ」
その言葉に、セトが笑った。
クスクスと。
目出し帽の連中は、何故この状況で笑われるのか理解できないという顔でセトを見る。
「言っただろ? 『何のために結界を張ったと思ってる』って」
言葉の意味に一人が気づいた。
「・・・! まさかてめぇ、俺たちをここから出さないつもりか!?」
「半分正解。 正確にはね、お前らが動けなくなるまで出さない」
言うが早いか、セトは目にも止まらぬ速さで目出し帽の連中に近づき、一人ずつ気絶させていった。
「ま、今回は誰も傷つけてないし、ルティも無事だし、この程度で許してやるよ。 話はゆっくり聞かせてもらうけどな」
気絶した全員に拘束魔法をかけ、指一本動かせないようにした。
そうして結界を解くと、丁度校舎から職員たちとルティが慌てて駆けつけるのが見えた。
セトの横に転がっている怪しげな連中の数を見て、駆けつけた職員たちは皆驚いた。
「セトさん、これまさか一人で?」
セトが頷くと、皆尊敬の目でセトを見た。
「ありがとうセトさん。 スティール先生が怪しげな者たちが突然現れ、セトさんが応戦していると聞いて驚いたよ。 それを聞いて皆で慌てて来てみたけど、かなりの腕をお持ちで。 戦闘訓練でも受けたことがあるんですか?」
「いえいえ、たまたまですよ」
「またまたご謙遜を」
だってそんな訓練受けたことないんだもの。
「で、こいつら、どうしましょう?」『一人、俺にください』
校長に同時に聞いた。
校長はセトの目を見て頷いた。
「・・・城に渡して調べてみるのが一番でしょうな」
全員がそれに頷き、一人は俺が預かり、後は城に任せることとなった。
『セトさんセトさん! ありがとうございます!』
ルティが嬉しそうに飛び跳ねた。
うん、だからお前体でかいから目立つって。
可愛いけど。
「ああ、これでカタリナの町の事件に一歩近づけるかもしれないな!」
+ + + + +
「・・・誰もいないな」
セトを心配して職員全員がグラウンドに出払っていたとき、デルタとロムはその誰もいない職員室に来ていた。
「ちぇ、天虎くらいいると思ったんだけどな~。 いつも職員室にいるって聞いたから来たのに」
あからさまにがっかりするデルタをロムがまあまあとなだめた。
「もう少し待っていればきっと来るよ」
「・・・つか、どこいったんだ?」
そのとき二人はグランド側からわっと声が上がったのを耳にした。
職員室の丁度反対側の窓からはグラウンドが見える。
なんだろうと覗いてみると、そこには大勢の職員と、天虎とあの噂の助手の姿があった。
「グラウンドにいたのか・・・。 ん? あの黒い集団は?」
「怪しい人たちだね。 どうやらあの助手の人が一人でやっつけちゃったみたいだけど・・・」
デルタはへぇとだけいうと、あとはもう天虎を見ることにに夢中だった。
そんなデルタをロムはやれやれと見て、自分は助手のほうに注目した。
あの大人数を一人で・・・。
一体どうやって?
「あはは! おいロム、あれ見てみろよ! 可愛いなぁ」
デルタは天虎に集中しており、怪しげな連中にはもう興味がないようだった。
「そうだね」
そうこうしているうちに、昼休み終了の鐘がなってしまい、ロムが嫌がるデルタを無理やり引っ張って教室に戻った。
+ + + + +
アーサーのところにセトが怪しげな連中と接触したという情報が入ったのは、それからわずか数時間後だった。
アーサーはセトとルティを心配し、念のためだと発信機を二人によこした。
「ドッキリは続けろということかな、これは」
『しっかりしてんだかしてないんだか・・・』
「わからないな、まったく」
発信機とともに送られてきた手紙には、近いうちに明かそうと思うとだけあった。
近いうちって、いつだよ・・・。
ルティとスティール、校長と4人でため息を吐いた。
校長室から出てスティール宅に帰ろうとしたとき、後ろから名前を呼ばれた。
「セトさーん!」
振り向くと、今朝わざわざスティール宅までセトの所在を確かめに来た子達だった。
「俺に何か用か?」
「最後の質問です! 朝聞きそびれちゃって」
最後の質問?
まだあったのか。
生徒たちは走ってきたらしく、息を切らしながら言った。
「で、最後の質問ってのは?」
そこで、彼らは目を合わて頷き、声をそろえてこう言った。
「セトさんって竜ですか?」
ドキッとした。
バレていないはずだ。
そんなそぶりはこの子達の前では見せていないのだから。
うっかり角を出した?
いや、そんな失態はしていない。
大丈夫、これは単なる疑問だ。
「どうかな。 どうしてそう思った?」
つとめて笑顔で、動揺を悟られないように言った。
「だってイケメンだし、魔法上手いし!」
なんだ、その程度の憶測か。
よかった。
「ははは、それならスティール先生も竜じゃないか」
「えー、違うんですか?」
「どうかな」
違うとは言えない。
だって後々ネタばらし、というか正体をばらすのだから。
ここで嘘は言えない。
「気になるー!」
「俺が竜だったらいいね」
実際、ただの竜ならどれだけよかったか。
こちとら天竜だと思っていたら神竜だってんでどうしたらいいか分からないんだよ。
神竜に関する文献も少ないし。
「セトさんが竜だったら私契約したい!」
「竜だったら、だろ?」
そんな感じで質問をかわし、なんとかその場を乗り切った。
終始笑顔ではいたが、内心はいつばれるかヒヤヒヤしていた。
『セトさん、案外ああいうの上手いんですね』
「馬鹿言え、あれが精一杯だよ」
今日もスティールの作る飯は旨かった。




