第54話 学院生活 ②
今日はもう俺が出る授業はありません、昼休みに俺たちの紹介をされた後、スティールにそう教えられた。
涼しい客室で、ルティとこの後何をして過ごそうかと話しているところに校長が入ってきた。
彼は俺たちの顔を見て一瞬ギョッとした。
かと思えば、何かを思い出したようにハッとして、俺たちの元に駆け寄った。
「セト様、一つ言い忘れていたことがありました! 貴方の寝床はスティール君宅で構わないでしょうか?」
・・・別に構わない。
まあ、どうせなら他人と一緒ではなく、ルティとのんびりゆっくり落ち着いて生活できるようにしてもらいたかったが、それはちょっと高望みしすぎだろう。
俺はスティール先生の助手なんだから。
「はい」
『僕も構いません』
ルティと一緒に頷くと、目の前の初老の校長は身体の力を全部抜くかのように長く息を吐いた。
・・・随分緊張していたみたいだけど、一体何に対してだ?
不思議そうな顔をしているのが分かったのか、校長は苦笑いをして頭をポリポリとかいた。
「いえ実は、ものすごく怖かったんですよ。 スティール君は手紙で助手を連れて行くとしか書いていなかったから、それなら以前の彼の助手のように彼の家に寝泊りさせればいいと思っていたんです。 それなのに、その助手が雲の上の存在だと知って焦りました。 今から宿を用意したのでは間に合いませんし、貴方に見合うような宿はこの学院ではとれませんからね。 天竜様を一般市民の家に寝泊りさせるなんて失礼じゃないのかと、心底心配だったんです」
なんだか俺のせいで、ものすごく思いつめていたみたいだ。
・・・というか、むしろそんな立派な宿だったら逆に俺のほうが恐縮だった。
あまり広い部屋でも落ち着かない、というか、慣れない。
村では普通の一般的な家に住んでしたし、それもこの学院周辺にあるような家よりは簡素な家だった。
城でも、アーサーになるべく小さい部屋にしてくれと頼んだほど、俺は贅沢を思い切ってできない人間だ。
・・・竜だけど。
「いいんですよ、そんなこと。 俺はもともと洞窟にいたんです。 贅沢なんて望みませんし、贅沢でなくても十分生活できます。 その後も村での生活が長かったので、どちらかといえば市民的生活の方がしっくりきます。逆にありがたいですよ」
『セトさんは本当、貴族っぽくないですよねー』
「そもそも俺は貴族じゃないぞ?」
『城を救った英雄は貴族扱いされますよ、普通』
「でも俺は貴族じゃない、一市民だ」
『・・・僕、セトさんのそういうところが好きです。 飾らなくて、誰とでも対等に話してくれますから』
ゴロゴロと喉を鳴らして俺の身体に擦り寄ってきたルティ。
なんだこいつ、可愛いな!
思わずルティに抱きついてしまった。
その様子を、校長は目を見開いて見ていた。
「・・・本当に相棒なんですね・・・」
しみじみと呟かれたそれにハッと我に返り、居住まいを正した。
「あー、お見苦しいところを見せてしまって申し訳ないです」
今度は俺が頭をかく番だった。
ルティはお構いなしにまだ喉を鳴らしている。
「その、セト様は一体ルティ君とどこで出会ったのですか? 天虎なんて、そうそうお目にかかれる生き物じゃないですから・・・気になってしまって・・・」
校長にルティとの出会いを簡単に説明してやった。
「・・・つまり、ルティ君はもともとその町のお屋敷にいたんですね? ・・・しかし、妙ですね・・・」
妙?
何が妙なのか?
「と、いうと?」
ルティも首を傾げている。
「妙だとは思いませんか? 天虎といえば、王族貴族がこぞって欲しがるペットです。 天虎がいる土地は人が集まりますから自然と有名になります。 しかし私は今まで、ルティ君がいたというその町の名前を聞いたことがありません。 ルティ君の話からも、それほど大きくない町だったそうじゃないですか」
・・・確かに妙だ。
ルティを見た人々の反応からして、校長の言うとおり天虎のいる土地が豊かになることは容易に想像できる。
が、ルティのいたカタリナの町は違った。
栄えた町ならば、俺が痛めつけたあの程度の盗賊団は敵ではないほどの軍事力を持っていてもおかしくない。
あっさり盗賊団に屈したのはそこまで栄えていなかったからか?
それとも軍事力がなかったからか?
そもそも、天虎がいることが盗賊団にさえ漏れていたのに、国はそのことを知らなかったのか?
何かおかしい・・・。
「考えてみればそうですね・・・」
俺と村長が神妙な面持ちで考え込んでいると、
『・・・軍事力は、あったと思います』
突然ルティがそんなことを言った。
『町長さんやお屋敷を守るために、国から派遣された騎士さんや兵士さんはたくさんいました。 あ、でもあの制服はグランティス王国の制服じゃなかったですね』
・・・それ、おかしくないか?
カタリナの町はグランティス王国に属する町のはずで、各地域に派遣される騎士兵士はグランティス王国の紋章をつけた制服を着ていなければならないはずだ・・・。
俺と校長は目を合わせ、息を呑んだ。
「ルティ、カタリナの町が襲われたのは偶然じゃないかもしれないぞ・・・」
『・・・僕も今、そう思いました・・・』
涼しいはずの客室の空気が、一瞬ヒヤッと嫌な寒さになったのを背で感じた。




