第49話 今宵、発つ
王の間に着くと、やはり予想していた通りすでにほとんどの貴族たちが集まって、席についていた。
「セト様が誘ってくださって助かりました」
一人できていたら間違いなくおかしな空気になっていただろう。
しかしセト様は「俺も先生が一緒で助かった」と笑ったのだ。
どこまで優しい方なんだと、心の中で一人感激していた。
セト様に「行きましょう」と促され、アーサーのすぐ脇に用意された席についた。
何か女性の視線が熱いな・・・と思ったら、どうやらそれら全てが俺の隣のセト様に注がれているようだ。
セト様はそれに気付いているのかいないのか、ルティ君と話をしている。
『そういえば、カスティはどうすることにしたんですか?』
「あ~、カスティの件結局今日まで聞きそびれてた・・・。 ダニエラのことで頭がいっぱいだった・・・。 しまったな」
ガヤガヤしているこの部屋では隣の二人の小声は聞きにくかったため、聞き耳を立てて会話を聞いてみると、なにやら困っているような口ぶりだ。
「どうかなさったんですか?」
気になって聞いてみると、セト様は苦笑いをしながら「いえ、こちらの事情ですので」と答えた。
あまり突っ込まれたくない話だったのかもしれないと思い、それ以上は追求しなかった。
そうこうしていると、アーサーがゆっくり立ち上がった。
「さてさて、皆さんおそろいかな。 おお、ところで、スティール先生とセトには、今宵出発してもらうことになった」
一瞬の沈黙。
「な、ちょっと、王! いきなりすぎじゃないですか? それにそういうことはもう少し前もって・・・」
「まあまあ、よいではないかよいではないか」
どこの悪代官だっ・・・!
俺の言葉をさえぎって楽天的になだめる彼を、ルティと顔を見合わせて、お互いに首を振ってあきらめた。
アーサーはこういう人だった・・・と。
見ろ、リーメルも驚きすぎて、せっかくの上品な顔をアホ面に変えてしまっている。
スティール先生なんか状況が全く飲み込めていないらしく、頭に?(ハテナ)をくっつけてアーサーを見ている。
「ハッハッハ! どうした、皆面白い顔をして。 まあ、そういうことじゃから、セトと話ができるのは今日の昼頃までということじゃ。 では、冷めないうちに食べるとするか」
朝食を早々に食べ終えた俺は、ルティと共に急いで準備に取り掛かった。
「全く、王ときたら・・・。 ・・・なんか王って呼ぶの癪だな。 アーサーでいいか」
『いいと思います』
ルティ、あっさりOK。
「嫌いじゃない」
『でも面倒ですよね』
「いい人だとは思う」
『でも面倒ですよね』
・・・そうなんだよな。アーサー、天虎にも面倒だといわれてるけど?
必要最低限の衣類と日用品を、今回のために買った少し大きめの鞄に入れた。
『・・・でも、楽しみです!』
「そうだな!」
準備ができてからは、部屋の中でルティと学院についていろいろ想像しあって時間をすごした。
一歩廊下に出るとどこから湧いてくるのかすぐに貴族のお嬢さんたちに捕まってしまうため、昼食までほとんどルティと部屋にいた。
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「お兄様ったら、セト様の言うとおり、もう少し前もって言ってくださればよろしいのに・・・」
リーメルはせっせと荷物を旅行用の鞄につめていた。
「学院かあ・・・、なんだか楽しみ!」
王族であるリーメルは、小さい頃から王室のマナーやら作法やら立ち居振る舞いを勉強させられてきており、勉学も自宅(城)に王族専用の家庭教師を招いて行っていたために、『学校』という場には行った事がなかった。
友達も必然的に、父親の知り合いの娘や嫡男、王族の子供ばかりになってしまうため、どうしてもお堅い付き合いになっていた。
幼い頃は、平民の子供達が野原を自由に駆け回って遊ぶ姿に憧れたものだった。
ある程度大きくなると、平民が集まって勉強するという学校という場所に憧れた。
自分はおそらく絶対に行くことはないであろう場所。
自分と同じくらいの子供が集まり、友に知識を身につける。
なんて楽しそうな場所なんだろうと、父に学校に行かせてくれとねだったこともあった。
しかし、本来であれば小学生くらいのリーメルには、その当時すでに高校生くらいまでの知識が備わっており、平民の学校に行って学ぶ必要が皆無だった。
「夢がやっと叶うってことね!」
鼻歌を歌っていることにリーメル自身が気付かないほど、ウキウキしていた。
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「アーサーのやつ・・・こういうところも昔と何にも変わってないんだな・・・」
スティールは、はあ・・・と溜息をつきながら、こちらもせっせと荷物をまとめていた。
「今夜出発するって事は、明日からもうセト様と出勤するのか・・・。 まったく、なんて紹介すればいいんだよ・・・。 アーサーの設定では、俺の助手ってことになってるけど・・・助手に敬語使うのもおかしいだろ・・・。 つかうなってか? んなアホな・・・」
額に手を当てて首をゆるゆると振り、何度目か分からない溜息を吐いた。




