第48話 ダニエラの事情
皆が王の間からいなくなったのを確認して、俺を見ながら立っているアーサーに歩み寄った。
何を聞かれるか分かっていたのだろうか?
近くまで来ると、アーサーはニコリと笑った。
「来ると思っていたよ。 なかなか彼女と会えなかったそうじゃな」
その言葉に頷いた。
「城中歩き回ってみたが、どこにもいなかったんだ。 残されたのは彼女の部屋だが、彼女がいるのは男子禁制の貴族用の女子寮。 俺は入れない」
「・・・そうだろうと思って、呼んである」
アーサーは俺の後ろを指差した。
え? と思って振り返ると、王の間の入り口に彼女が立っていた。
「・・・セト様、申し訳ありません・・・」
ダニエラは肩をすぼめ頭を床に向けて、その場にいるのがつらいとでも言うように小さくなっている。
「俺は、その言葉はもう君から何度も聞いた。 そして俺は許したはずだ。 だから、カスティに加担した理由を教えてくれないか? 俺には君があんな大罪に自ら手を貸すような人には見えない」
ダニエラは顔をゆっくり上げた。その綺麗な翠色の瞳からは大粒の涙があふれていた。
「話を・・・聞いてくださるのですか? こんな・・・こんな私の・・・」
ダニエラはこぼれ落ちる涙を拭おうともしないで、俺を見てきた。
必死な彼女の気持ちにこたえるために、俺は頷いた。
「彼はちゃんとわかってくれるっていったじゃろ?」
アーサーは優しく微笑んだ。
ダニエラもアーサーとセトを交互に見て、「はい」と安心したように頷いた。
それから涙で濡れた顔をアーサーに手渡されたハンカチで拭うと、ぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「あの日・・・セト様のお披露目会がある前日、私は去年の誕生日に父に契約させてもらったドラキャットという小さな竜と散歩に出かけていました。 そんな時、アミー・・・私のドラキャットの名前ですが、アミーが突然普段は通らない道へ行きたがったのです。 アミーが向かおうとしていたのが大人たちが絶対に入るなと言う『大狼の森』でしたので、必死に引き止めたのですが竜の力に人間が勝てるはずもありませんでした。 どんどんと森のほうに進んでいくアミーを追って、私も森の中に入ってしまいました。 アミーがいるせいか、森の猛獣達は息を潜めて遠くから私達を見ているようでした。 そうして、森の中央に来たあたりでアミーが急に止まったので、不思議に思って前を見ると、子供がいました。 その子供がカスティでした。 カスティは私を見て、それからアミーを見て酷く疲れた様子で『お前でいいや』と言いました。 突然何かの魔法を詠唱すると、途端にアミーが私に向かって威嚇し始めたのです。 何がなんだか分からなくなっているところに、数匹のリンドブルムが集まってきました。 よく見ると、その全てが我がラティーヌ家が契約している契約竜たちでした。 そして彼は言ったのです。 『今から僕に従え。 さもなくば、この子達をつかって君の一家を全滅させる』と。 後はもう知っての通りです。 私は家族を殺されることを恐れて、セト様にあんな酷いことを・・・いたしました・・・」
アーサーはダニエラにすでに話を聞いていたために、目を閉じて再びこのことを話すダニエラのつらさを思っていた。
俺は話を聞き終えると、ダニエラの震える肩に手を置いて「つらかったね」と言ってやった。
と言うよりも、それしかかける言葉が見つからなかった。
誰だって自分の大切な家族をの命がかかっているならば、こんな突然300年ぶりに出てきた天竜なんかよりも家族の命を優先するだろう。
するとダニエラは関を切ったように声を上げて、自ら俺の胸に顔をうずめて大泣きしだした。
慌てたが、仕方ないなと優しく背中を撫でた。
(・・・家族・・・か・・・)
ふと、何故かその言葉が懐かしい響きに感じた・・・。
ダニエラが落ち着いて部屋に戻ってから、俺はもう一つ気になっていたことを聞いた。
あの変態執事ノヴェルのことだ。
アーサーによれば、あいつは本当にただ俺目的で、たまたま城内に忍び込んでいたカスティに出会い、計画に協力したのだという。
・・・考えれば考えるほど気持ちの悪い話だ。
体の内側から湧いてくる身震いを、俺は隠そうともしなかった。
「まあ、その・・・。 気の毒じゃったな・・・」
アーサーはそんな俺を本当に気の毒そうな目で見て、ポン と肩に手を置いてその場を立ち去った。
俺も後に続くように王の間を後にし、部屋に帰った。
『もうすぐ学院に行けますね!』
ルティは俺が部屋に戻るなりごろごろと喉を鳴らして嬉しそうにそう言った。
「なんだ、ルティ? お前そんなに学院に行くのを楽しみにしていたのか?」
その問いに首を何度も縦に振るため、本当に心待ちにしているようだ。
『セトさんは?』と聞かれると、少し分からなくて数秒考えた。
学院に行くことには別に抵抗を感じないし、学院の様子も気になる。
どういうことを学んでいるのかも見てみたい。
「・・・考えてみたら、俺も意外と楽しみなのかもしれないな」
その夜は二匹で学院のあれこれを想像して、眠りについた。
+ + + + +
「えーと、えーと・・・。 え? えーと・・・。 お、落ち着け、俺! 待て待て、一つずつ整理していこう。 俺は学院で騎竜初心者が乗っても危なくないようにと、アーサーに頼んで城に竜を借りに来た。 で、選んだ。ここまではいい。 うん。 何の問題もない。 まあ城に俺が来ている時点で問題ではあるが、そこはアーサーの友人ってことで目を瞑ってもらう。 で? 俺の助手として、セト様っていう300年ぶりに現れた天竜様を学院に一緒に連れて行く。 ・・・ここだ。 異常な部分は、ここだ。 天竜ってあれだよな・・・? 一般市民はまずお目にかかれない、王族ですら会えるのは珍しいといわれている、もはや伝説級の竜・・・だよな? で、セト様っていうのが、さっき会った俺がどこかの貴族だと思っていた超絶美形のあの方で、天虎を連れていて・・・。 例の天竜誘拐事件の彼・・・。 やっぱりおかしい。 こういう世界的に大騒ぎされるようなところに、俺がいることがおかしい。 というか、一般市民の俺の助手が天竜って話も、正直嘘みたいな話だ。 きっと今俺が職場に戻ってこの話をしても笑い飛ばされるくらいありえない話だ。 で、これが本当の話だってことがありえない。 いや、ありえてるんだけど」
全部口に出して言ってみて、俺、スティールは改めて冷や汗をかいた。
「も、もう一度確認してみようかな・・・」
時計を見ると、すでに深夜。
やめておこうと、とりあえずその日はまだドキドキしている鼓動を感じながらベッドに横たわった。
翌朝、スティールは扉を叩く音で目が覚めた。
「は、はい?」
目が覚めた直後は一瞬ここがどこか分からなかったが、すぐに城に用意された自分の部屋だと気付き、返事をした。
鎧がカチャカチャなる音がしたため、扉の外にはおそらく騎士がいるのだろう。
「スティール様、朝食の用意ができました。 準備が出来次第、王の間へいらしてください」
わかったと返事をして大慌てでベッドから抜け出し、着替え始めた。
やっと着替え終えるというときに、再び扉を叩く音がした。
「スティール先生?」
若い男の人の声だ。
今度は鎧の音がしなかったため、騎士ではないようだ。
誰だろう? と思ったが、一応返事をした。
「ああ、良かった。 まだお部屋にいたんですね。 よろしければ、王の間まで一緒に行きませんか?」
願ってもないお誘いだった。
もし一般市民の自分が一番最後だったらどうしようと思っていたのだ。
俺以外に一般市民は城の中にいないはずのため、この人と一緒に行けば気まずくなることはないだろう。
「も、もちろんです!」
急いで着替えをすまし、扉を開けた。
「お待たせいたしまし・・・た・・・」
俺は目の前にいる人物を見て、言葉通り、固まった。
なんたって扉を開けて目の前にいたのが、あのセト様だったのだから。
扉を開けた状態の格好でカチコチに固まってしまった俺を見て、セト様は一瞬驚いた顔をなさったが、すぐに微笑んだ。
「そんなに緊張しなくてもいいじゃありませんか。 俺はあなたの助手になるんですから、そう固まらないでください」
そこでやっと身体は動くことを思い出し、扉を閉めた。
「は、はい」
緊張するなといわれても・・・。
だって目の前にいるのは天竜。
御伽噺の挿絵でしか見たことのない存在。
『スティール先生、よろしくお願いします!』
手にフワッとしたものが触れたと思ってそちらを見ると、セト様の相棒の天虎がごろごろと喉を鳴らして俺を見ていた。
「よ、よろしくお願いします・・・」
朝からすでに頭が破裂しそうだ・・・。
突然、背中を軽く叩かれた。
「さ、行きましょう」
セト様だった。
その笑顔が緊張している俺に気を遣ってくれているのだと分かり、急に気持ちが軽くなった。
「は、はい!」
そうして、俺とセト様は二人で王の間に向かった。
その途中、セト様は気まずくならないように話しかけてくれていた。
俺にはそれがかなりありがたかった。




