第46話 スティール入城
「さ、着きましたよ」
ラルクの声と同時に竜車が停まった。
恐る恐る竜車を降りてみると、目の前にはあのグランティス城が。
「本当に来てしまった・・・。 夢じゃ・・・ないんだよな?」
召使でも、騎士でも、まして貴族でもない一般市民が城門の内側に入るなんて事は、普通であればまずありえない。
それが今、自分は城門の内側にいて、しかも大勢の騎士団員が自分を迎え入れるために整列をしている。
スティールは一瞬眩暈がしたが、なんとか持ちこたえ、ラルクの後をついていった。
「王は貴方に会うのを本当に心待ちにしておりましたよ」
先導しているラルクが笑顔でそう語りかけてくれることが、今は心の支えとなっていた。
もし何も話しかけてくれなければ、その場でぶっ倒れていたかもしれない。
チラ、と後ろを見てみれば、アーサーの契約竜であるフレイムとアクアがいつのまにか竜車の器具をはずして二人の後をついてきていた。
「スティール様、緊張してらっしゃるのですか?」
ラルクのその問いになんとか頷くと、苦笑いされてしまった。
「そんなに緊張せずとも、もっと気楽になさってください。 貴方はお客様なのですから。 王には丁重にお迎えしろと命を受けております」
・・・と、言われても・・・。
絶対俺はこの場には不釣り合いだ・・・。
「竜騎士学」を教えているからといって、別に俺自身が竜騎士であるわけではない。
あくまで知識を教えているのであって、俺自身が実際に城で何かの役職についたことはない。
教師として竜騎士になれる資格は持っているが、昔町の竜騎士をやっただけで、城のこんな立派な竜騎士を間近で見るのは初めてだ。
などと、いろんなことに感心、不安、好奇心を抱きながら、せっかくラルクが緊張している自分に気を遣って話しかけてくれているのだから、なにかこちらからも話さなければとほぼ真っ白な頭で考えた。
「ラ、ラルク団長は、ご自分の契約竜をお持ちでないと聞きましたが、本当ですか?」
「ええ、二年ほど前の割と大きな戦がありましたでしょう?そのときに、ね」
ラルクの表情が急に曇ったのを確認して、まずいことを聞いてしまったと焦り、すぐに頭を下げた。
「嫌なことを聞いてしまって申し訳ありません」
「いや、いいさ。 あいつは最後までいい相棒だった。 さびしいが、俺はあいつを誇っている」
ラルクの目が懐かしげに、優しげに遠くを見つめた。
この人は強いな、そう思った。
そんなやり取りをしている間に、城の中へと入っていた。
長い廊下を案内されて、こちらで少々お待ちくださいとラルクに言われて前を見ると、どうやら小部屋のようだ。
頷いて中に入る。
「・・・これは・・・俺の家の部屋より広いな」
恐らくここは客間のようなところなのだろうが、とにかく広い。
そして豪華だ。閉められた扉の外でラルクが部下に指示を出す声を聞いたため、内容からして扉の外には護衛役の騎士がいるのだろう。
今一度部屋を見渡すと、どうやらトイレもあるようで、今のうちに済ませておこうとそちらに向かった。
トイレから戻ると、部屋にある窓に寄ってみた。
美しい中庭・・・というよりはむしろ庭園が眼前に広がっており、貴族らしき人達がベンチに座って優雅に会話をしているのが見えた。
「・・・本当、とんでもないことになっちゃったな・・・。 あの手紙でここまですごいことになるとは思わなかった・・・。 アーサーは本当にすごい奴だったんだな」
なんて言いながら、しみじみと学生時代を思い出した。
部屋にあるふかふかのソファに座り、窓の外をボーっと眺めていると、庭園にの向こう側に白い何かが動くのが見えた。
興味を惹かれて目を凝らして見ていると、それはだんだんこちら側に向かってきた。
そしてそれは先程の貴族達の元へ行くと、貴族達は酷く嬉しそうにその白を撫でた。
「・・・なんだ?」
スティールの位置からはあまりよく見えないそれには、羽が生えているように見えた。
「白い鳥? ・・・雪鳥か?」
雪鳥は北の雪国に生息する魔物で、美しい白い大きな鳥の魔物だとその地方の生徒から聞いたことがある。
だが、こんな温かい国で生息できるなんて聞いたことがない。
背の低い木々が邪魔をして貴族達にじゃれ付いているものの正体がわからず、もどかしくなってもう一度窓に近づいた。
白はしばらくすると貴族達のもとを離れ、庭園を走り始めた。
だんだんスティールのいる部屋の方にも近づいてきて、やっとその姿を確認した。
我が目を疑った。
「ま、まさか天虎!? アーサーの奴、どこで見つけたんだ!? 城で飼っているのか?」
初めて見る貴重な生き物に、スティールは見入った。
その時、部屋の扉がノックされた。
慌てて返事をすると、どうやら王の間に行くらしい。
もっと天虎を見ていたかったために、ものすごく残念な気持ちになりながら扉へと向かった。
扉の外にはラルクが待っており、再び彼の後ろをついていった。
「・・・王は天虎を飼っていらっしゃるのですか?」
どうしても聞きたくて目の前のラルクに尋ねると、ラルクは笑って答えてくれた。
「いえいえ、あれはセト様の相棒ですよ」
セト様?
・・・ああ、どこかの王族か貴族の方か。
しかし、相棒っていうのもすごい話だ。
天竜の名前は市民に正式に伝えられたわけではないため、一般人で知っている人はグランティス城の城下町の人々くらいだろう。
ほぼ世界中に、天竜が現れたことは知られたが、名前まで知っているのは王族と、極少数の貴族ぐらいのものだった。
だからスティールも知らなかったのだ。
王の間の前につくと、ラルクはその扉を守っている部下に目配せした。
するとその騎士達は目を合わせ、大きく息を吸った。
「スティール・ファムリア様、入場!」
大きく叫ぶと同時に、目の前の扉を開いた。
ラルクはいつの間にか脇にはけており、扉が開ききったその中心に、スティールはいた。
脇から、ラルクが行ってらっしゃいと声をかけてくれて、やっとのことで足を踏み出した。
こういう場での礼儀は一応心得ているが、それでもやはり足や膝が震え、自分の足はちゃんと床にくっついているだろうか思うほど、感覚はふわふわしたものになっていた。
緊張で視界が揺れる。
それでも、なんとか王座の手前まで来ると、片方の膝をついて右手を左胸に当てた。
そうして視線を床に向けたところで、なんとなく落ち着いた。
そこで初めて気付いたが、ここまで歩いてくる途中、肝心のアーサーの顔を全く見ていない。
というか、そんな余裕はなかったのだ。
歩くことで精一杯だった。
「よく来たな、我が友スティールよ」
頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「はっ。 この度は平民である私を城にお招きくださり、真にありがとうございます」
「はははっ! お前、何を緊張しておるのだ? 友に敬語は必要ない。 そのような態度もやめぃ。 顔を上げてわしを見ろ」
優しげな声に従い、まだ震える足に力を入れて立ち上がり、王座に座っている旧友を今初めて見た。
そこには、声と同じく、優しげな表情をした友、アーサーがいた。
「スティール、久しぶりじゃな」
「アーサー、元気そうでなによりだ」
彼の顔を見た途端、緊張は嘘のように消えた。
ああ、ここにいるのは国を束ねる王ではなく、俺の友、アーサーだ。
アーサーは立ち上がり、スティールに向かって歩き出した。
スティールもアーサーに向かって歩き出し、お互いに手を差し出して硬く握手しあった。
そして昔のように、声を出して笑いあった。
「本当に、お前は何も変わらんな!」
「それはお前もだろう?」
王の間に、和やかな空気が流れた。
そして、今は城の外にいる。
さっそく竜を選ぼうというのだ。
しかし、スティールはその数に驚いていた。
無契約竜がこんなに多いと思わなかったのだ。
五十頭はいるだろうか・・・。
「こ、こんなにいたのか・・・」
「過去に契約者がいた竜もいるが、よいか?」
「その竜達はパートナーがいなくなってからどれくらいたつ?」
「そうじゃな・・・。 二、三年の者もいれば十年以上たつ者もおるな」
「じゃあ、大丈夫だ。 ・・・さて、選びますか!」
+ + + + +
「なんか、城の外に竜達が集まっているようだけど、どうしたんだ?」
五十頭もの竜の気配を竜舎ではない城門の方から感じ取り、セトは近くにいた騎士に尋ねた。
どうやら、例のドラーク学院の教師がもう来ているようだ。
「俺もちょっとのぞいてみるかな」
ルティと相棒に声をかけ、城門の方へと歩いていった。
そこにはアーサーと、見たことのない人物が多くの竜と一緒にいた。
アーサーとその人物は親しげに話をしている。
どうやらあれが例の教師らしい。
「・・・なかなかのイケメンだな・・・」
セトが呟くと、ルティは溜息をはいた。
『セトさんにそれを言われても、多分嫌味にしか聞こえませんよ』
「・・・・それに対して俺はなんて反論したらいい?」
『事実です』
「・・・」
否定しても肯定しても結果変わらない気がしたため、この話題については放棄することにした。
ある程度俺が近づくと、竜たちが俺に気付いた。
こっちに駆け寄ろうとする彼らを念話で制止して、今は役割を果たせと注意した。
大人しく従ってくれたが、少し残念そうだ。
教師らしき男も俺に気付いたらしく、俺を見て慌てたように一礼した。俺も彼に頭を下げて、アーサーの下へ向かう。
「あの、俺の紹介はいつする予定なんですか?」
「夜にでもわしの部屋に二人を呼んでする予定じゃ。 だからそれまでは自由にしてて良いぞ」
・・・だとしたら結構暇だな。
そうだ、ダニエラを探そう。
結局昨日聞き出せなかったからな。
そう思って、アーサーと二、三簡単な言葉を交わすと、城の中へ戻った。
一方スティールは、先程庭園で見た天虎が、なんとも美しい容姿をした男と連れ立って歩いてくるのを見て、かなり慌てた。
彼はどうやらアーサーとかなり仲が良いらしく、堅苦しい雰囲気もなくアーサーと何かを話すと、城の中へ戻っていった。
(あれがセト様か・・・。 アーサーとあんなに気安く話せるってことは、やはりどこかの王族なのだろうな・・・)
そんなことを考えながら、再び竜を選び始めた。




