第45話 ルティ変化
セトが城に帰ってから数分後、リーメルがグランティス城に賓客として入城した。
「アーサーお兄様!」
「リーメル! 久しぶりじゃのぉ」
リーメルとルーネ、アーサー、ウルテカは、幼い頃によく一緒に遊んだ仲だという。
少女に見えるリーメルが実は二十代だと知ったときは我が目を疑った。
俺は彼女がアーサーと会えたこの興奮状態でいつ先程城下町で俺に会ったと言い出さないかとひやひやしていたが、どうやら心配なかったようだ。
その辺は彼女はしっかりしているらしく、アーサーに抱きつきながら俺に目を合わせてきてウインクをしてきた。
ありがたいと思いながら俺もアーサーに気取られないよう、あくまで初対面を装って彼の紹介を受けた。
がその後、アーサーの後ろについて王の間に行く途中にリーメルに耳打ちをされた。
「これで貴方はあたしに借りができたわね!」
ギョッとして彼女を振り向くと、素知らぬ顔で王族よろしく凛として歩いていた。
『え?』
悔しいために念話でそう送ってやると、今度は彼女がギョッとして俺を見てきた。
どうやら俺が天竜だということを失念していたらしい。
念話が使えるのは竜か「天」のつく生き物だけである。
しかしすぐに顔を取り繕って、ニッと笑ってきた。
(・・・借りって・・・。 また竜になれとか言わないよな…?)
不安が胸を横切ったが、王の間の扉が開いた瞬間にそんな不安はどこかへ行ってしまった。
王の間がいつの間にかパーティー会場になっていた。
ハッとなって王座を見ると、本来アーサーが座るべきはずのそこにルーネがいて、どうだとばかりににやにやしていた。
やはりあの人の魔法らしい。
『セトさん! おいしそうな臭いがします!』
ルティが鼻をひくつかせて興奮気味に羽をはためかせた。
「そうだな。 ・・・ダニエラもいるみたいだし、隙を見て例の理由を聞き出そう」
なあルティと声をかけようと脇を見れば、すでに我慢できなくなったルティが会場内をうろうろしていた。
(・・・前から思ってたが、ルティもいい加減でかくなってきたし、ちょっとこういう場では邪魔になってるんだよな・・・。 ・・・ルティもそろそろ俺たちみたいに人間体になれないのかな?)
そう思ってルティに人間体にはなれないのかと聞くと、まだ人間体になるには魔力が足りないのだという。
じゃあ俺がルティを人間体にしてやったらいいんじゃないかと言うと、ルティは途端に顔を明るくさせて、『できるんですか!?』と聞いてきた。
「できるかわからないけど、やってみる価値はあるよな!」
『はい! お願いします!』
ルティの返事を聞き、魔力をルティに纏わせて想像する。
ルティが人間になる姿を。
すると徐々にルティの体が淡く光り始め、一瞬強く光ったと思ったら、そこには色の白い可愛らしい少年がいた。
裸だったために、慌ててそこらにあったテーブルクロスを服に変えてルティに着せた。
ルティは、ふわふわした真っ白い短髪に虎の耳と尻尾が生えている獣人のような姿になった。
ルティはその場で回ってみたりジャンプしてみたりして一通り自身の身体を確認すると、これ以上ないくらいの笑顔を俺に向けて、
「ありがとうございます!!」
と言った。
俺もなんだか幸せな気分になって、そんなルティの頭をガシガシと撫でてやった。
ルティも嬉しそうに尻尾を揺らしている。
ふと先程まで騒がしかった周りが静かなのが気になって、辺りを見回してみると・・・。
大勢の貴族王族、召使達が俺たちを見て目を丸くしていた。
中には腰を抜かしているものも、口をパクパク動かしているだけのものもいた。
なんかまずかったかなと思いアーサーを見ると、アーサーは何故か頬を紅潮させて俺とルティを交互に見ている。
助けを求めようとリーメルを見ると、彼女でさえ口に手をあてて驚きに目を見開いている。
「・・・えーと・・・・?」
何故か大注目を浴びていることに対し、これは何か言った方がいいのだろうかと思いとりあえず口を開いてみるも、特別何も頭に浮かばず開いた口をまた閉じた。
ルティを見ても、同じように戸惑った表情を浮かべていた。
しばらくの沈黙を破ったのは、ルーネの一言だった。
「・・・えっと、とりあえず、天虎って人間体になれたの?」
「え? 普通僕ら天獣はある程度長く生きるとなれますよ?」
それに対してルティが普通に返した。
ってか、それは俺も知らなかった。
以前ルティにちらっと教えてもらった程度の知識だったため、単に天獣も人間体になれるという事実しかしらなかったのだ。
「で、では、セト殿が意識的にまだ幼獣のルティ君を人間体にしたその姿は非常に珍しい・・・と?」
「あ、確かにそうですね!」
ルティはその少年独特の声変わりしていない高い声を響かせて質問してきた貴族に応じた。
「それにしてもセトさんやっぱりすごいですね! 僕を人間体に変化させるのには並みの魔力じゃ通用しないはずでしょう? よく普通に立ってられますね?」
「え? そうなのか? 全然魔力減った気がしないんだが・・・」
今度は会場全員の目がギョッとしたようにセトを見た。
そこへルーネが一歩踏み出して言った。
「セト様あのね、魔物や獣で人間体になるのは、相当魔力量が多いいわゆる化物級だけなのよ。 あぁ、でもそう考えると天獣が人間体に変化してもおかしくないわね・・・。 まあ、それは置いておきましょう。 今こんな感じでみんなが驚いているのは、まだ人間体になるほどの魔力量がないルティくんをセト様が意図的に人間体にした、その魔力量よ。 以前実験で、ただの兎を人間体にするのに竜百頭以上を要したというのに、天虎を、しかもいとも簡単に・・・」
・・・なるほど。
まとめると、天虎を意図的に人間体にすることはまず不可能。
が、それをあっさりとやってのけ、なおかつ余裕でいる俺の魔力量って何? ってところか。
考えてみたらとんでもないことやらかしたな・・・。
「・・・俺、一応天竜なんですけど・・・」
本当はもう一個上の神竜だが、バレるとまずいことになるため一応、だ。
「はっはっはっはっ!!! 流石はセトじゃな!! 素晴らしい余興を見せてくれたわい!」
どうも落ち着かないこの状況を打破したのは、他でもないアーサーだった。
この時ばかりは彼に感謝を覚えた。
このなんとも言えない微妙な居心地の悪い空気をどうしようかと悩んでいたのだ。
「早速じゃが、パーティを始めよう!!」
アーサーの合図で会場に優雅な音楽が流れた。
その音で皆ハッと我にかえり、またおしゃべりを始めるのかと思いきや、セトとルティの元へ一斉に集まった。
あるものはセトに気に入られようと自慢話を繰り広げ、あるものはルティを撫で繰りまわし・・・。
リーメルはそんなこんなで出遅れ、セトに近づくことができなかった。
「なんなのよ、あれ!」
怒ってアーサーの元へ行くと、アーサーはただ笑って「いつもじゃよ」と言ってリーメルの頭を撫でた。
セトは迷惑そうに、しかし笑顔で寄ってくる人たちの話を聞いていた。
ルティは撫でられるのを流石に拒否しだし、食べ物の元へと走っていった。
結局パーティではセトの傍に誰かがずっと付きまとっていたために、セトはダニエラの元へ行けなかった。
パーティ後はアーサーが完全に出来上がっており、話を聞くどころではなかったあげく、ダニエラの姿もなかった。
「・・・散々な一日だった・・・」
部屋に戻ってすぐ、セトはベッドに倒れこみ、そのまま眠りについたのだった。
+ + + + +
その次の日、スティールは自分が担任を勤めるクラスで、ホームルームを行っていた。
「さて、出欠をとるぞー、席につけー」
教室の後ろでおしゃべりをしていた生徒に声をかけ、生徒一人ひとりの点呼をとる。
いつもの風景だ。
そしてその日は一時間目から自分が担当する「竜騎士学」だったため、ホームルームが終わってもそのまま教室にいた。
一時間目の授業が始まり、「ここテストに出すからなー」と言ってその部分を赤のチョークで印をつけたそのときだった。
コン、コツン
聞きなれない音が窓からして、何の気もなしにそちらを見た。
スティールの目に映ったのは見たことがない澄んだ青色をした尾の長い美しい鳥。
「・・・え?」
その鳥がスティールのいる教室の窓をまるでノックでもするかのように嘴でつついているのだ。
生徒達も突然の綺麗な鳥の来訪に驚いている。
窓に一番近い生徒が窓を開けると、その鳥はまっすぐスティールに向かって飛んで行き、肩にとまった。
「なになに? 先生の鳥?」
「すっごい綺麗・・・」
スティールは驚いて肩にとまったその鳥を凝視すると、鳥は羽を一度だけばたつかせた。
ピュィィイ――――――――――――――――!!
鳥が、聞いたことのない美しい泣き声を教室中に響かせたとたん、スティールの目の前に青い炎と共に一通の手紙が現れた。
その瞬間、スティールはやっと悟った。
来たな、と。
生徒達は何がなんだか分からずに首を傾げ合っているが、スティールは現れた手紙の封をその場ですばやく切ると、中身にサッと目を走らせた。
急で悪いが、あと1時間もすればそちらに迎えが行く。
お前に久しぶりに会うのを楽しみにしておるぞ。
ちなみにその鳥の名前はスフィーネじゃ。
鳥とは言うものの、精霊の一種じゃよ。
美しかろう?
では、また後でな!
アーサー
という簡単な内容が書かれていた。
ってか、え? こいつ精霊なの!?
スティールは改めて自身の肩に乗っているスフィーネをまじまじと見た。スフィーネはそんなスティールの心を読んでいるかのように鈴の鳴るような
鳴き声を出してその身体をスティールの頬にすり寄せた。
「・・・先生は用事ができてしまった。 今代わりの先生を呼んでくるから、それまで自習!」
生徒にそれだけいうと、スティールは城に行く準備をするべく教室を飛び出した。
背後から生徒達の不満の声や説明を求める声が聞こえてきたが、それにかまっている時間はない。
校長室の前にたどり着き説明すると、校長は目に見えて焦りだした。
が、「君は早くしたくしたまえ」とだけ言うと、自身は職員室の手の開いている竜騎士学の職員に「スティール君のクラスの授業をお願いする」と言ってくれた。
スティールは急いで職員用の更衣室に駆け込むと、あらかじめ用意してあった立派な服を身につけた。
必要なものを鞄に入れ、最終確認をしているところで、更衣室をノックする音が聞こえた。
「なんです?」
「もう馬車が見え始めた。 そろそろ外で待っていなさい」
校長がそう教えてくれた。
「ありがとうございます。 すぐに行きます」
それだけ言うと、いったん深呼吸して気持ちを整えてから更衣室を出た。
校長と共に学院の外に出て、馬車の到着を待った。
校門に馬車…ではなく竜車が来たのを確認したと同時に、授業終了の鐘の音が鳴った。
学院の各教室の窓が一斉に開くのが分かった。
竜車はちょうどスティールの目の前に停まった。
「竜車だ・・・」
「城からの使いだ・・・」
「おい、あれ王の契約竜じゃないか!?」
「まじで!?」
「誰か降りてきたぞ」
「あれ、竜騎士団長のラルク様だ!」
「お、おい、スティール先生が乗り込むのか!?」
「噂、本当だったのね・・・」
スティールの頭上からは生徒達の声が降ってきた。
と言うか、俺もまさかアーサーの契約竜が迎えに来るとは思わなかったし、まさか竜騎士団長が来るとは思わなかった。
正直、腰が抜けそうだ。
「ははっ、そんなに硬くならないでくださいよ。 俺はただの護衛です」
ラルクは言いながらスティールに手を差し出した。
スティールは恐る恐るその手を握り、「え、ぇえ」とこわばった表情で対応した。
なんでアーサーの奴、一般市民である俺の護衛にこの国一番の強者をつけたんだ?
アーサーの意図が読めなくて混乱していると、ラルクが答えをくれた。
「私を護衛に選ぶなんて、我が主はきっと友である貴方がとても大事なのでしょうね。 城には家臣は大勢いますが、友と呼べるような気楽に付き合える存在は多くありませんからね」
ラルクはそう言うと、どうぞと竜車の中へ俺を促した。
どうもと言って乗り込むと、流石は王族の乗る車。
椅子がふわふわだ。
ラルクはスティールの隣にいた校長に「では、スティール様をしばらくお借りします」と言って一礼すると、竜車の手綱を持ち、城へ向かった。
竜車が去った後は、まるで嵐が過ぎ去った後のように学院は一瞬の静寂に包まれた。




