第43話 セトとドッキリ
夕方だった。
セトは透明化魔法を城門の内側で解いた。
すでに竜体から人間体に変化しており、城の周囲警備兵達には、門の内側に突然人が現れたように見えただろう。
セトは驚いている彼らに軽く会釈をして、入り口へ向かった。
『ま、待ってくださいよ~』
遅れて、遥か上空に白い点が現れたかと思ったら、白い点はものすごいスピードで地上に迫り、スタッと衝撃少なげに着地して先に到着していた黒髪の男性に向かって駆けていく。
黒と白が並んで城に向かっていく姿を数秒遅れて認識した警備兵たちは、慌てて城内へと続く道に沿って綺麗に整列し、
「「「 お待ちしておりました! セト様! 」」」
と敬礼の体制をとった。
セトは彼らの行動に一瞬驚き、溜息を吐いた。
「・・・大げさだなあ・・・」
『まあ、セトさんですから』
「そりゃどういう意味だ」
『そういう意味です』
などと二人?はどうでもいいことを話しながら城の中へと入っていった。
セトが城に来たという情報は城内で瞬く間に広がり、セトが到着してまだ何分も経たないうちにアーサーにも情報がいきわたった。
報告しに来るものよりも先に情報が伝わってしまったために、報告者が王の間にたどり着いたと同時に、アーサーは大広間に向かって駆け出していた。
城の玄関と大広間は直結していて、玄関から長い廊下を突き進んですぐに行き当たるのが、大広間だった。
大広間にはすでに多くの使用人が集まっていたが、アーサーが到着すると次々と道をあけた。
そうして開けた道の先には、ルティと共にアーサーの方を向いているセトがいた。
「おお、セト! よく来てくれた!」
セトとルティと軽くハグを交わすと、アーサーは早速セトたちを王の間に案内した。
王の間に着くと大臣や上級家臣、アーサーの契約竜やたまたま居合わせた要人達が勢ぞろいしていた。
「こりゃまた大げさな・・・」
セトが漏らした呟きは、セトが王の間に入ったときの歓声でかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。
「わしゃラッキーじゃ!」
「あれが漆黒の・・・美しいな・・・」
「キャー! やっぱり何度見てもイケメンですわ!」
セトの城への再来を喜ぶ声があちこちから聞こえてくることは、セトにとっても嬉しいことなのだが、一つ気になることがあった。
要人たちの中に、あのダニエラがいるのだ。
そのことについて前を行くアーサーに彼にしか聞こえないように念話を飛ばすと、小さく「後でな」と返ってきた。
頷いて、玉座の前まで彼についていく。
玉座にたどり着いたアーサーは、勢いよくくるりと回って皆を見渡すと、バッと両手を広げた。
「我が城に、再びセト殿が参られた! 今宵は宴じゃ!」
途端、王の間の扉が開き、召使達が銀の皿に入った豪華な食事をあらかじめセットしてあった丸い小さなテーブルに運んでくる。
「・・・あれ?王の間ってこんなに広かったっけ?」
セトがもらした呟きをアーサーが拾い、「ルーネじゃよ」と耳打ちしてくれた。
・・・どうりで、大広間みたく広くなっているわけだ。
そこでふと思う。
大広間でやればよかったんじゃね?
そう思っていつの間にか入り口付近で仁王立ちしていたルーネに目を向けると、何を勘違いしたのか、腕を組んで胸を張り、どうだといわんばかりの顔をしてみせた。
・・・別に、俺が帰るときにも同じような魔法使っていたのだから、ルーネさんならばこれくらいのことはできるだろうと思っていただけにあまり驚きはしなかった。
とはいえ、あまりにも得意そうな顔をしているため、営業スマイルで対応。
いっそう胸をそらせたところを見ると、どうやら満足したらしい。
「・・・なんだかな~。 俺はもてなされるために城に来たわけじゃないんだけどな~」
『まあ、セトさんですから』
「来るときもいってたけど、ルティ、それどういう意味?」
『そういう意味です』
またも同じ返しをされて、いまいち要領を得ない。
『それよりもセトさん! 僕お料理食べてきてもいいですか?』
ルティがウキウキした様子で問いかけてくる。
ああ、行って来いと言おうとしたとき、アーサーがそれを阻んだ。
「ちょっと待ちなさいルティ君、セト。 君たちはこっちじゃ」
微笑みながら玉座を離れ、パチンと指を鳴らすと、玉座が豪華な長方形のテーブルに変わる。
そこには3人分の椅子も。
は? と思ってアーサーを見ると、彼は座れというように椅子を勧める。
「こ、ここに?」
アーサーは頷く。
促されるままに座ると、すぐに要人たちや上級家臣たちが集まってきた。
そしてやれ握手してくださいだの私のこと覚えていますかだのと、一気に忙しくなった。
横を見ると、ルティも同じような目にあっていた。
以前のルティはまだ成長が十分でなく、まともに話ができる人が少なかったが、村に戻ってから成長し、魔力も増えたようで今ではほとんどの人と会話できるようになっていた。
それに気付いた人たちが次々とルティに話しかけているのだ。
アーサーはそんな二人?を微笑ましそうに見守っている。
そんなこんなで、その日王の間は深夜まで騒がしかった。
+ + + + +
「まったく、着いたらすぐに王に臨時教師のことについて聞こうと思ってたのに…」
翌日、そんな文句を言いながら、アーサーの自室へと足を運ぶ。 ルティはまだ寝ていた。
アーサーの部屋の前には、屈強そうな四人の騎士が槍をもって立っていた。
俺が近づいてくることに気付くと、怖い顔のまま揃って一礼。
俺も軽く頭を下げ、王に会いたいと伝える。
騎士の一人が、お待ちくださいと一言言うと、扉を軽く叩いた。
「なんだ」
中から扉越しにアーサーのくぐもった声が聞こえた。
「王、セト様がお会いしたいそうですが、いかがなさいますか?」
騎士の言葉に、一瞬の沈黙。
騎士はアーサーの返事を聞くため、扉に耳を近づけている。
バーーーン!!!
扉がなんの前触れもなしに勢いよく開いた。
セトは反射的に後ろへ飛びのき、耳を近づけていた騎士は不意打ちにあって扉のすぐ前で顔を押さえてうずくまっていた。
しかし、アーサーはそんな不幸な彼に気付かずに前進。
当然、うずくまっていた彼はアーサーに蹴られ、小さく呻いた。
アーサーは結果的にうずくまっていた彼につまずいたような形になり、そのまま前へ倒れた。
三人の騎士とセトは、しばらく呆然となって二人を見ていた。
「いや、すまんすまん」
アーサーは自室に招いたセトと先程の不幸な騎士に謝った。
騎士はアーサーの自室で手当てを受けていた。
といっても、打撲と擦り傷程度なのだが。
アーサーがどうしてもと言って、自分で彼に回復魔法をかけたのだ。
「いえ、私こそ、すぐにあの場から避けていれば王が転ぶこともありませんでしたのに。 申し訳ありません」
全部アーサーのせいだというのに、すごい忠誠心だ。
一段落着いたところで、騎士は失礼しましたと言って再び警護に戻っていった。
「さて、何用じゃ?」
アーサーは妙に嬉しそうに問いかけてきた。
「分かっていると思いますが、臨時教師の件の詳細を伺いに」
するとアーサーは、ああ、それかという顔になり、うぉっほんと咳払いをした。
「実はな、臨時教師というよりは、ある教師の補助をしてもらいたいのじゃよ」
「・・・というと?」
「学校の名前は『ドラーク学院』、所謂竜騎士養成学校じゃよ。 そこにわしの昔の友が教師として働いておってな、先日そやつから城の竜を二~三頭貸してほしいという手紙が届いたんじゃ」
なにやらアーサーの言いたいことが分かってきた。
「で、じゃ。 お主をサプライズとして学院に投入したいのじゃ!」
やっぱりそういうことか。
したいのじゃ! といい顔で言われても・・・。
あんた天竜をなんだと思ってる。
・・・本当は神竜だけど・・・。
ほとんど呆れながらアーサーを見る。
彼はどうじゃ? といたずらっ子のように目を輝かせて俺を見てくる。
別に、イタズラは嫌いではないし、そういうサプライズもむしろ好きなほうだ。しかし彼の考えていることがどういうことか、分かっているのだろうか?
自分のことをもっとよく知っておこうと、村に帰ってから竜に関しての本をたくさん読んだ。
竜 :めったに会えない珍しい存在。
一度も姿を見ずに生涯を終える人も少なくない。
しかし、最近では各国の王族は当たり前のように契約竜
を持っている。
国単位では上級竜騎士一人一人が契約竜を持っているこ
ともあり、一国に百頭以上いる国も。
主な例はグランティス大王国。
各国の竜の所有数.....現在236頭
天竜:竜以上に珍しい存在。
王族でも会える者は極少数だとか。
しかし300年も前に現れた天竜を最後に、現在まで天竜を
見たものはいない。
300年前の文献によると、その身体は竜とは比べ物になら
ないほど大きく、竜には片方ずつしかない前足と翼両方が
備わっているらしく、多くの魔法を自由自在に操る。
天竜と契約したものは世界を手にするとも言われているほ
どの力を持つ存在。
神竜:全てが謎に包まれた竜。
2000年以上も前の壁画に描かれているものを考古学者スト
ーヴァル=ネガルトが発見。
天竜よりも一回り大きく描かれたその竜の周りには多くの
竜が一緒に描かれていたそうだ。
その竜のすぐ脇に、古代文字で「地上に降臨した神」
「あらゆる竜の王」「生命の頂点」
などと書かれていたことから、その名前がついた。
天竜よりも大きく描かれていることや「神」と言われてい
ることから、その力は計り知れない。
つまり、アーサーは世界をどうこうできる俺を単なるドッキリとして学院に送り込もうというのだ。
一般市民が聞いたら腰を抜かすだろう。
何にって、アーサーのその度胸に。
「・・・まあ、いいですけど。 臨時教師というのは嘘だった・・・と?」
「嘘ではないじゃろう? 教師の助手ということは、教師の仕事も多少受け持つということじゃ。 それよりも、承知してくれるか! こんなにセトがあっさり頷くとは思ってもいなかった!」
多少受け持つから『臨時教師』というのもあながち間違いではないってことか。
屁理屈にしか聞こえないが、まあ、いいだろう。
こうなると分かっていた気がするだけに、あまりなんとも思わない。
俺もこの人に慣れたものだ。
「明日、その学院から例の教師を連れてくる予定じゃ。 楽しみじゃのう!」
そうですねと適当に相槌を打って、適当なタイミングを見計らって部屋を出た。
明日来る教師の補助をするという名目で学院に行くのだから、彼にはドッキリの内容を話すのだろう。
天竜が学院に、しかも自分の補助として行くと知ったらどんな反応をするのだろうか?
なんかだんだん楽しみになってきた。
「せっかくだし楽しむか」
そう思ってルティがまだ眠りこけている部屋へと戻った。
(・・・あ、ダニエラとカスティの件、聞くの忘れてた・・・)




