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竜となったその先に  作者: おかゆ
第二章 神竜
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第40話 セトと祭り

 村にはセト像を中心にいろいろな出店が出回っており、セトの噂を聞きつけた隣町のコロラドや隣接する村々、周辺の町からも大勢の人が村に集まり、その日の夜は大変賑やかになった。


セトはやはり祭りが始まる前からすぐに大勢に取り囲まれてしまい、小さくない握手会が始まっていた。

その隣ではルティも同じように取り囲まれており、撫で繰り回されていた。


今夜の祭りの主役がそんな様子だから、遅れてきた人たちは人に埋もれたセトをなかなか見ることができなくて至極残念そうだった。

遠巻きにその様子を見ているウルテカは、つい数時間前のセトを思い出してにやけた。






 + + + + +






数時間前。

ウルテカも一仕事終えて風呂へと向かった。

すでにほとんどの男達は風呂へ向かったようで、作業場や狩場には男の姿はあまり見かけなくなっていた。

セトは早々に風呂へ行ったようだから、「天竜様と同じ風呂に入れる」と騒いでいた男達に今頃は自慢話でも聞かされているだろう、とセトの困った顔を思い浮かべてクスと笑う。


脱衣所に入ると風呂場から男達の豪快な笑い声が聞こえてきた。

いつものことだ。

風呂場に入ると、何人かの老人がウルテカに向かって手を上げて挨拶した。

ウルテカもそれに答えるように軽く手を上げる。若い男達は一人残らず露天風呂に行っているようだ。

彼らの豪快な笑い声の合間に、セトの少し困ったような相槌が聞こえてきて、自分の予想が当たっていたことに満足しつつ、再びセトの困り顔を思い浮かべて笑みを漏らした。


「ラオ爺さんは行かないんですか? 露天風呂にはセトがいますよ」


「わしらじゃあ恐れ多くてとてもとてもおいそれと近づけんよ。 普通はそういう扱いを受けるもんなんじゃがのう・・・。 セト様はわしら人間に気安いから、皆ついそれを忘れるんじゃ。 じゃが、セト様もあやつらも楽しそうじゃから、よしとするか。 カッカッカッカッ!」


ウルテカにラオ爺さんと呼ばれた老人は、まるで孫を見るような目でセトを見た。

よく見ると、そんなラオ爺さんの言葉を聞いて頷いていたほかの老人達も、同じようにセトを見ている。

なんだかんだ言って、いつも自分達を気遣ってくれるセトが可愛いのだ。

見た目は若いし、話し方も若者風だ。

だからつい、王都へ勤めに行った孫と重ねて見てしまうのだろう。

彼らは気付いていないが、セトはこの村の人々を家族のように思っていることを、ウルテカは知っていた。


身体を洗い終え、露天風呂へは行かずに老人達と同じ浴槽に浸かる。

そこから、露天風呂の様子を見た。

しばらくセトが慌てたり焦ったりする様を見ていたが、急にふと違和感を感じた。

なんだろうと思い、露天風呂の入り口へと近づいてみる。

その時、一瞬、本当によくよく見ていなければ分からないほど一瞬、セトの髪が真っ白になったのだ。


ギョッとして目をこすりもう一度セトを見るが、すでにセトの髪は漆黒に戻っていた。

見間違いかとも思ったが、あの一瞬で感じたもう一つの違和感、セトの魔力が上がったこともふまえて見間違いではないと頭が訴えていた。


「ウル村長、どうなすった?」


「あ、いえいえ、何でもありませんよ」


露天風呂のほうを見て急に思案顔になったウルテカを不思議に思ったのだろう。

近くにいた老人の一人が心配して声をかけてくれた。

慌てて普通をよそおって微笑みかけると、そうかそうかと言って浴槽からあがった。

男達はまだまだ出る気は無いようだが、セトの顔が紅くなっていることに気が付いていない。


(これは助けてやらないとね)


やれやれと肩をすくめて、露天風呂への戸をひらく。

セトはまた人が増えたことに途方に暮れたような顔を見せたが、入ってきたのがウルテカだと分かるとすがるような目でこちらを見てきた。

その目を受け止めて、ニコッと笑いかける。

セトがホッと息をついたのがわかった。


「ほらほら皆! セト様はこれから私との用事があるんだ。 開放してあげて」


言うと、男達は一様に残念そうな顔を見せたが、「村長との約束があるなら仕方ねぇ」と言ってセトを開放してくれた。

セトは紅くなった顔を片手で押さえ、「あっつ…」と呟いた。


「一体何時間彼らに拘束されてだんだい?」


セトがあの場からいなくなって、かれこれ2時間は経過している。

セトは苦笑しながらウルテカと共に脱衣所へ行った。

が、そこでセトは動かなくなった・・・というよりは立ち尽くした。

どうしたと聞いても顔を下に向けるばかりで、なかなか口を開いてくれない。


「早く着替えないと、風をひいてしまうよ?」


手を引いてみるも、全く動こうとしない。

しかも今言った言葉でさらに固まってしまった。


(いったいどうしたっていうんだ? 風呂からあがりたくなかったわけないし・・・。 だとしても、この強情っぷりはおかしい。 何が彼をこうも動けなくしているんだ?)


ウルテカがセトの前で再び思案顔になる。


(さっき見たあの白くなった髪が関係しているんだろうか? いや、それにしたってここで立ち止まる意味が分からない・・・)


「・・・ら・・・・か・・・だ・・・」


セトが小さな小さな声で呟いた。


「え?」


目の前の美形天竜は、その顔をこれ以上ないくらいに下へ向けて


「・・・知らなかったんだ・・・」


と言った。

これだけではまだ良く分からない。


「・・・何を?」


「・・・男湯の目印が『赤』だってこと・・・」


今にも消え入りそうな声でそれだけ言うと、セトはその場にしゃがみこんでシクシクと泣き出してしまった。

これには大変焦った。まさか大の大人|(?)がこんな場所で腰にタオル一枚しか巻いていない状態で泣き出してしまうとは、誰が予測できただろう?


「ちょ、セト!?」


幸い、脱衣所にはウルテカとセトしかいなかった。


「待ってくれ、それだけじゃよくわから・・・・あ」


そこまで言って、ようやく瀬戸が脱衣所に来て固まった理由が分かった。

男湯の印が『赤』だと知らなかったということは、セトは最初『青』の女湯に入ってしまったということだ。

つまり・・・。


「着物はあっち・・・か・・・」


セトは頭をコクンと縦に振った。

でも、んん?

ちょっと待て。


「・・・なんでセト男湯にいたんだい? だって入ったのは女湯なんだろう? ・・・まさかあの高い壁を飛び越えたとか・・・(セトが肯定する) ・・・いうんだね・・・。 ・・・全く、とんでもないことをするね」


あまりのことに少しの間思考が停止してしまった。




 


 + + + + +






 結局あの後、こっそりルティに女湯の方の脱衣所に忍び込んでもらって、着物を取り返すことに成功したのだ。


(数時間前まさか天竜が脱衣所で泣いてしまっていた―――なんて、あそこにいる人たちはこれっぽちも知らないよね)


未だに大勢の(主に女性)に取り囲まれているセトは、数時間前男達に囲まれていたときと同じような困り顔で握手をしていた。

ルティは村の子供達と一緒に屋台を回っている。

トクサの珍しいスープの屋台は、思ったよりも繁盛しているようだ。

村の男達が狩ってきた鹿や猪はセト像の前で丸焼きにされている。

香ばしい臭いが漂ってきて、お腹がなった。


(これ毎年やろう)


他の村との交流にもなるし、何より皆楽しそうだ。

ひそかにそう決めたウルテカは、自身もお腹を満たすために座っていた丸太から腰を浮かせ、屋台へと向かった。


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