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竜となったその先に  作者: おかゆ
第一章 出会い
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第4話 誰がため

 目が覚めたら、俺は竜なんかじゃなくて、ただの普通の人間でした。


(・・・そうだったらいいのにな・・・)


しかし、現実は目の前に痛いほど突きつけられた。

まず、やわらかい藁の感触。

目を開けて、洞窟の暗闇を確認。

ルティの寝息。


夢でしたっていう展開は、俺には無いようだ。

その希望は、淡い夢に終わったようだ。


(まあ、いいか)


何故か、そう思えた。

ルティがいる。この仔を一人にはできない。


・・・なんで自分にこんな考え方ができるのか不思議でならない。

俺だってこの世界に一人で放り出されて、親も友達も知り合いもいない。

ルティとほぼ同じ状況にいるのに何故かルティを守らなければと思うのだ。

昨晩ルティの涙を見たせいだろうか?

俺よりも弱い存在に出会ったからだろうか?


そこまで考えて、俺は頭を振った。

今こんなことを考えても、自問自答してもどうしようもない。


気持ちを落ち着かせて俺はルティが目覚めるまで待つことにした。

時間を気にする必要も無いわけだし、気長に待とう。

ルティの寝顔を見た。


(・・・しかし、ルティの母親だったらきっと立派な虎だったろうに、何故盗賊なんかに殺されたんだろう? それこそ、羽があるんだから、ルティを咥えて逃げることもできたと思うが・・・)


いけない、いけない。

どうやら俺はずいぶんと一人で考え込む癖があるらしい。


一人で考えたって、答えは推測でしかない。

それで余計なことをルティに聞いて傷つけないようにしないと。


チラ とルティを見た。

まだしばらく起きそうにない。

もう一眠りしよう。


俺は再び目を閉じた。


・・・が、その瞬間・・・。


――――・・・ドドドドドドドドドッ!!!!


地鳴りのような音が聞こえてきた。

おお、またひとつ発見。

この身体は聴覚も優れている。


『なんだ!?』


驚いて身体を起こした。

あ、と思ってルティを見ると幸い動いていない。

起こさずにすんだようだ。


ホッとしつつも、すぐに洞窟の出入り口まで行き、そっと外の様子を窺った。

すると・・・。


「いや~、あの町は前から目ぇつけてたんだ」


「当たりでしたね! だってまさか天虎(てんこ)がいるとは思わねぇもんなあ!」


「旦那を雇って良かったなあ! なぁ、お頭!」


「だな。 流石元最強のハンターだ。 仕事が違うねぇ」


・・・人間だ・・・。

だけど・・・あいつらからは鉄臭い臭い・・・これは血の臭いか?

あいつらから血の臭いしかしない。

それに、この微かにあるこの臭いはルティからする匂いと似ている・・・。


(まさか・・・!!?)


俺は愕然とした。

こいつら、ルティのいた町を襲った盗賊団か?

だとすると、このルティの匂いと似ている匂いは、ルティの母親のものだということになる。


昨日ルティから聞いた話を思い出した。ルティの涙を思い出した。


(・・・許せない・・・!!)


すぐにでも奴らに飛び掛りたかったが、そうしてしまえば、一人でも逃がしてしまうと後々が面倒だ。

ここに竜がいると騒ぎになるのは目に見えることだった。

それは俺にとってもルティにとっても良くない。


・・・そういえば、昨日俺は魔法を使えた。

それと、竜はめったに人前に姿を現さないことも思い出し、ひとつの答えにたどり着いた。


(もしかして・・・?)


俺は自分の姿が透明になる様を思い描いてみた。

身体の中から何かが溢れ出し、体を包んだ。

自分の前足を見てみた。


・・・よし、消えている。

身体を覆っているように感じるこれは・・・いわゆる魔力ってやつだろうか?

とにかく、俺はこれで姿を認識されることは無くなった。


いざ、俺は空に舞い上がった。

先程いったん冷静になったせいか、俺はずいぶんと落ち着いていた。

この盗賊団だって、頭を叩けばばらばらになるはずだ。

そうなれば、わざわざ全員の命を奪う必要もなくなるだろう。


・・・ふと、思った。


(俺はこいつらを生かしたいのか?)


ルティの母親を殺したのに?

と思ったが、すぐにその考えは無くなった。


今ここでこいつらを殺してしまえば、俺はこいつらと同じってことになる。

それだけは嫌だった。

竜になったからといって、人間を殺していいはずが無い。

こいつらにもきっと家族がいる。家庭がある。

そのために盗賊なんてやってるんだ。

こいつらを殺せば、今度はこいつらにもいるだろうルティのような子供が悲しむだろう。


・・・決めた。


(殺しはしない。 けど・・・)


ルティの母親を殺した、ルティを悲しませた報いは受けてもらう。

俺は盗賊団の真上にきた。

盗賊団は、どうやらこの草原で休息をとるつもりらしい。

馬を下りて、その辺に寝転がっていたり、酒を飲んだりしていた。


(人数は・・・だいたい30人か)


俺は盗賊団のすぐ近くに降り立った。

そして・・・。


藍色の鋭い爪で、まずはお頭と呼ばれていた男の右足の太ももを突き刺した。

そしてそのまま手前に引き裂いた。

男の足は綺麗に切断された。

男の赤い鮮血が、草原の青々とした草を染める。


男は突然すぎる異常現象に目を見開き、続いて遅れてきた激痛に叫び声をあげた。


「ぅ・・・ぅうぁああああああああ!!!?!!」


何も無い草原で、自分の足が何の前兆も無く突然切断されれば、まあそうなるだろう。

痛みに悶える男を見て、思った。


(人間って、小さいな・・・)


明らかに場違いな思考であることは分かっていた。


俺は呻いている男を冷めた気持ちで見下ろしていた。

そして太ももを押さえている男の右腕も、太ももと同じ要領で肩から下を切り裂き、切断した。

小枝を折るように、骨は簡単に折れて、肉を裂いた。

爪を入れたところから鮮血が飛沫をあげる。


男は今や壊れたマネキンのように、出来損ないの人形のように、右側を失い、わけの分からない言葉を喚いていた。

・・・なんて・・・もろい・・・。


辺りを見回すと、子分等が集まってきていた。


「ぉ、お頭・・・なんで?」


「いったい何が・・・!?」


「大丈夫ですかぃ!? おい! 誰か布持ってこい!!」


「誰が・・・こんなこと・・・」


口々に自分達のリーダーの心配を言った。

だが、この男は死なないだろう。

死なれちゃ困る。

これからこの男には・・・いや、ここにいるほぼ全員に、生きながらの絶望を味わわせてやろうと思っているのだから。


使い物にならなくなったリーダーを本当に気遣っているのは、わずか数人のように見えた。


(悪党の寄せ集めなんて、所詮こんなものか)


なんて思いながら、俺は無感情に、しかし殺さない程度に、集まってきた子分等の足、腕を傷つけていった。

切断し切れなかったり、骨を折るだけだったりの者も数人いた。

それでも、俺は確実に、盗賊団全員を自分の力ではもう立てなくしてやった。


仲間がどんどん傷つき倒れていくのを見て、当然逃げ出す者もいた。

もちろんそういう奴は足を狙った。

そうして逃げられない状態と見えない恐怖で喚き狂っている奴の足を踏んだ。


(なんで俺はこんなに残酷なことを平気でできるんだろう・・・)


すべて終わったとき、そう思った。

怒りに任せていたのならまだわかる。

だが俺は、計画的に、絶対に殺さないように、絶対に逃がさないように、ただただ冷静にこの小さく弱い生き物をいたぶったのだ。


紅い花が咲いた草原の真ん中で、この凄惨な風景を見た。

あちこちからうめき声が聞こえる。

こいつ等の乗っていた馬はとっくに逃げていた。

ここには俺と、不恰好な人間たちだけ。


・・・そう思っていた。

ふと視線を感じて、ゆっくりと振り返る。

生き残ったものがいた。

切り傷はあるが、俺がつけたものではない。

左腕は、猛獣に噛まれたかのような傷があった。


俺は自分の姿を確認した。・・・魔法はまだとけていない。

ならば何故、この男は俺のいる場所が分かるのだろう。


「な、なんだお前は・・・」


男が喋った。

姿は見えていないはずだ。


「こんな・・・こんな魔力って・・・。 まさか・・・ありえない・・・!」


魔力?

この男は魔力が分かるのか。


いや、そんなことより、この男からはここにいる誰よりもルティの母親の匂いが強い。

おそらく、殺したのはこの男だろう。


俺はゆっくりと男に近づいた。


「く、来るな!! 頼む来ないでくれ!」


男は怯えきった顔で後ずさった。

俺は腕を振り上げた。


「ちくしょう!!」


男が腰にあった短剣を抜いて、かまえた。

俺は腕を振り下ろした。


 キーン!!


硬い音が鳴った。

俺の爪を剣で防いだのだ。

なるほど、虎を殺しただけのことはある。

・・・しかし男は、今の一撃で一気に体力をそがれたのか、ふらついていた。


かまうことなく再び腕を振り上げると、男は剣を捨て、俺のほうを向いて目を閉じた。

・・・腕を振り下ろすことができなかった。

ここに倒れている盗賊どもが、誰一人として見せなかった行動に驚いた。

腕を振り上げたまま硬直していると、男はそろそろと目を開けた。

そして俺に向かって言った。


「どうした! 早く殺せ!!」


殺すつもりは、毛頭ない。


「俺に情けは無用だ! 天虎(てんこ)を殺した時に、覚悟はできていた。 さあ殺せ!」


・・・なんて・・・なんて真っ直ぐな人間だ・・・。

だが・・・。


『何故殺した』


男は驚いた顔をした。

念話を使ったのは、この男はどうやら俺がなんなのかをだいたい分かっているようだし、なによりこの男の本音を聞きたかった。


「念話・・・か・・・?」


『何故殺した』


再び聞いた。

男はしばらくうつむいた後、また俺に向き直って言った。


「俺は・・・昔ハンターをやっていた。 当時は最強とまで言われていた。 だが・・・はめられた」


俺は黙って聞いていた。


「こいつ等に妻を人質にとられたんだ。 仕方なく、命令通り毛皮が高く売れるってんで権力者のペットを殺した。 俺はそれでハンターの名を剥奪された。 それだけじゃない。 こいつ等が俺を雇ったなんて言うから、こいつ等の仲間になったと勘違いされて、表の世界じゃ生きられなくなった。 でも妻がもどってくるなら、それでもかまわないと思った」


そこまで言うと男は辺りを見回した。


「だがこいつ等はなかなか妻を帰してくれなかった。 会わせてもくれなかった。 ・・・ここに妻がいないところを見ると、どうやらとっくの昔に殺されてたみたいだな。 ・・・俺はいいように使われてたわけだ」


最後は自嘲気味に力なく笑って、肩を落とした。


・・・ルティの母親を殺した張本人だが、こいつは一番の被害者でもあったわけだ。

俺は哀れなこの人間とちゃんと目を合わせたいと思った。

すると、俺を包んでいた魔力が、俺の身体を締め付けて来た。

あ、と思ったときには、俺の目線は目の前の男より少し高いくらいになっていた。


男が目をまんまるにして俺を見てきた。

身体を見ると、人間のそれになっていた。

包んでいた魔力をこうなるためにすべて使ったためか、透明の魔法はとけていた。

俺は、改めて男を見た。


「・・・お前は、殺さない」


男の顔が、もっと驚いたものになった。


「な、んで・・・」


「ルティの母親を殺したのは間違いなくお前のようだが、お前にもそれなりの事情があった。 俺はもうこいつ等を立ち直れなくしただけで満足した。 そもそも、俺は誰も殺しちゃいない。 殺すつもりも無い」


そう告げると、俺は盗賊団が引いてきた荷車まで歩いて行き、なかから服を物色した。

なんだか懐かしく感じるこれは確か・・・そうだ、着物だ。

黒を基準とした着物を見つけて、俺の鱗と同じだと思い、それを着た。


ルティのところへもどろうと思って、くるりと向きを変えると、男がいた。

まだ何か用かと思い、顔をしかめた。

すると男は、俺に向かって深々と頭を下げた。


「なんのつもりだ?」


意図が読めなくて、そう聞いた。


「こいつ等をここまでしてくれて、ありがとう。 妻もきっと喜んでいるはずだ」


・・・俺は、喜ばれるようなことはしていない。

殺されたものが喜ぶことなどできるものだろうか?


「お前のためにやったんじゃない」


そうだ、これは俺の自己満足だ。

ルティに頼まれたわけでも、こんなことをして、殺されたルティの母親が喜ぶわけでもない。

男はまだ頭を下げている。


「それでも、俺は気持ちがだいぶ楽になった。 あんたのおかげだ。 こいつ等とも、やっと離れられる」


「あっそ」と呟いて、俺はまた姿を消した。

そして竜にもどり、洞窟までもどった。

男はしばらく立ち尽くしていたが、そのうち森の中へと消えた。


俺はルティを見た。

・・・すやすやと寝ていた。


そして思うのだった。

俺は、勝手に怒ってあいつ等を懲らしめた。

ルティは一言も、そんなこと頼んでないのに。


俺は結局、自分のためにあいつ等を傷つけた。



(・・・弱いのは、俺だ)



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