第38話 セトと女湯
村に帰ると、セトの像の周辺でなにやら村人達が作業をしていた。
姿を消したまま村の入り口に降り立ち、人間体に戻って走っていくと、キャンプファイヤーの土台のようなものを作っていた。
「ただいま。 何してるんですか?」
村人達はセトがいつの間にかすぐ近くにいたのに驚いて、お年寄りの何人かは腰を抜かしてしまった。
慌てて駆け寄り起こしてやると、「ありがたやありがたや」と言って拝まれた。
うん、分かったから、早く起きてくれないか。
その様子を見ていた村人は「セト様は優しいねぇ」と言って微笑んでいる。
「ほらほら皆! 手が止まっているよ」
ウルテカが手をパンパンたたきながら掛け声をかけると、皆思い出したように止めていた手をまた動かし始めた。
「何をしているんですか?」
ウルテカは満面の笑みを浮かべて振り返り、「君のための宴の準備さ」と言った。
(俺のため? 帰ってきたことに対する宴ってことか?)
「そんな、悪いですよ。 俺、ただ帰ってきただけなのに…」
「ははっ、間違っていないけど、君が無事に帰ってきたことに対する宴だよ。 ちょっと意味が違うけど、回帰祝いってとこかな。 この宴の主役は君なんだから、今夜はドーンと構えててね」
ウインクをして立ち去るウルテカをポカンとして見た。
『…人間って、何でもかんでもお祝いにしちゃうんですね』
ルティがボソッと呟くように念話した。
+ + + + +
あの後、結局俺も宴(というよりは祭り)の準備を手伝って、子供達が帰ってくる頃には立派な祭り会場が出来上がっていた。
子供達はこのことを知らなかったらしく、祭りをやると聞いてかなり喜んだ。
はしゃいで会場を駆け回る子供達に混じって、ルティも走り回っていた。
「元気だねぇ」
そんな様子を、あまった丸太の上に座っているお年寄り達が目を細めて見守っていた。
大人は狩りに出かけて獲物を狩っている。
帰ってくるたびに獲物の大きさを競って、あちらはあちらで子供のようだ。
俺もお年寄りに混じって丸太の上に座り、その様子を眺めていた。
ふと横からの視線を感じて顔を向けると、同じ丸太に座っている老人達が首をひねっている。
「天竜様、その髪どうなすったんで?」
ハッとなって自分の肩にかかっている髪を見ると、あのときの竜体のように白く輝くものになっていた。
慌てて魔力を抑え、ごまかす。
「あ、あははは。 な、なんのことですか?」
一瞬にして黒髪に戻った俺を、老人達は驚いて目をこすって何度も見た。
しかしそのうち、年かのぉと頭をぽりぽりとかいてまた子供達に目を移した。
あの純白の姿になってからというもの、俺の魔力は日に日に上がっている。
気を抜くとすぐに先程のように変化が出てしまうのだ。
(あぶないあぶない。 こりゃ外にいる間は一瞬たりとも気を抜けないな)
ふぅと息を吐いて、働いてかいた汗を流そうと風呂場に向かった。
もともとはこの村に風呂場は一つしかなかった。
男女で時間を決めて、順番に入っていたのだそうだ。
しかしセトが「もう一つ作ったらいいのに」ともらしたことで、セトがいない間に以前からあった風呂場の隣に、もう一つ風呂場が増えていた。
(・・・やっぱりもう一つ作ったんだ。 村長がすごい乗り気だったからな)
男湯は・・・青い布がかかっているこっちか、と、意気揚々と風呂場に入った。中は思っていたよりも広く、どうやら奥に露天風呂もあるようだ。
これは風呂場を増やしたというよりも新しく作り直したなと感じた。
結構な硫黄の臭いが鼻をつく。
それと同時に、身体によさそうだとも思った。
汗をかいた身体を流すと、ゆっくりと浴槽に足を入れる。
なかなかいい湯加減で、全身浸かると思わず ほぅ と息を吐いた。
誰もいなかったのと、その湯加減が気持ちよかったのもあって、抑えていた魔力を開放した。
一気に髪が輝く純白になる。
もちろん髪は結ってあるが、風呂場のところどころにある鏡で、それは一目瞭然だった。
ちなみに、この鏡も俺がウル村長にぼやいたものだった。
「なんでこの村、鏡があまりないんですか?」
自分の顔をなかなか確認する機会が無くてつい出た言葉だった。
ウル村長が俺のその言葉にそういえばという顔をしたから、増やしてくれるとは思っていたけれど。
浴槽に浸かってから気付いたが、湯煙がものすごい。
浴槽の端まで行くと、入り口が見えなくなるくらいだ。
しばらく誰もいない貸しきり状態を満喫していた。誰もいないことをいいことに、俺は広い浴槽に大の字になってぷかぷか浮いていた。
脱衣所から人の声がしたのはそんなときだった。
俺はビックリして、浮いていた体制からすばやく正座に直った。
(・・・ビ、ビックリした・・・。 ん? あれ? でもこの声、男にしてはちょっと高くないか?)
セトは知らなかった。
この世界では男のイメージ色は赤、女のイメージ色は青だということを。
セトの無意識のうちにある前の世界での記憶が、男は青だと認識させていた。
だから、その声の高さが明らかに男のものではないと気付いたとき、セトは大いに慌てた。
やばいやばい・・・っ!
え、やばいだろ!?
ど、どどどうしよう…。
待て、落ち着け。
ここから彼女達にバレずに出ることは…まず不可能に近い。
例え彼女達の目を盗んで脱衣所に行けたとしても、次また別の女性が入ってくるかも分からない危険を冒したくは無い。
じゃあ何か?
大人しくここで浸かってろってか、いや、そりゃないだろ。
今回の天竜は女湯にまで侵入したガッツリスケベですなんて噂が流れたら俺もう死にたい勢いだ。
何かあるはずだ、この状況を打開する何かが。
そうやって悶々と考えている間に、風呂場の扉が開いた。
ガラッ
背筋が凍ったように固まる。
ひとまず、俺は露天風呂のほうへと移ることにした。
俺のほうからはまだ彼女達の姿は見えていないから、彼女達からも俺の姿は見えていないはずだ。
でも、万が一のことを考えて、俺は湯の中に身を潜めながら移動した。
露天風呂のほうに移ると、そこには大きめの岩がいい感じに配置されていた。
彼女達がこちらに来ないとも限らないため、俺は一番奥の大きい岩の後ろに隠れた。
息を潜めて中の様子を窺っていると、やはり身体を流し終えた彼女達が浴槽の中に入って来るのが分かった。
「あ、また胸大きくなってる!」
「いいなぁ。 あたしなんか全然・・・」
「あんたは相変わらずスタイルいいわね~」
「そういうあんたこそ、その胸は羨ましいくらいだわ。 何食べたらそうなるの?」
女子特有の会話が耳に入って来て、思わず顔を赤らめた。
聞くまいと思って両耳を塞いだはいいが、こうすると中の様子が全く分からなくなり、ここを出るタイミングも図れない。
困り果ててそうっと中の様子を窺うと、何人かの女性が露天風呂に向かってくるのが見えた。
慌てて顔を引っ込める。
「あ~、やっぱり露天風呂はいいわよね~」
「この開放感がたまらない! セト様も今頃は向こうのお風呂かしら」
「お姿が見えなかったものね。 ・・・いいなぁ、男共は。 セト様と一緒に入れて。 あたし達も一緒に入りた~い」
(・・・ごめんなさい、現在進行形で一緒に入ってます!!)
ここから消えて居なくなりたい! と思う半面、滅多に見られない女性の身体をもっと近くで見てみたいという、男子ならではの欲がセトの心で渦巻いていた。
そこで、はたと思った。
消えて・・・。
・・・あ、ああ!
消えればよかったんだ!
なんで今まで気が付かなかったんだろう!
姿を消してしまえば気付かれること無くここから出て行けるじゃないか!
なんともスッキリとした心で、魔力で身体を包み込んで姿を完全に消し去ると、意気揚々と岩の陰から出た・・・瞬間、鼻血がでそうになった。
だって、目の前に女の人の裸体があるんだもの。
慌てて元いた岩陰に戻ると、心臓の高鳴りを押さえようと必死になってバクバクしている胸を抑えた。
同時に、今見た光景を頭の中から消し去ろうと努力した。
・・・無駄だったが。
こんな困難が待ち受けているとは思わなかった。
俺にはこの中を堂々と歩いていく勇気は持ち合わせていない。
・・・ホントに鼻血出てきそう・・・。
女達はすぐそばにセトがいるなんて知る由も無く、他愛ないおしゃべりを続けていた。
+ + + + +
そのころ男湯は、やはりセトと同じように汗を流しに来た男達で賑わっていた。
話の内容は、自分が狩った獲物の自慢話やら隣の女湯を想像してのいかがわしい話やらだ。
時折セトの話題もはさんで。
「村長、なかなかいい事してくれたよな! 露天風呂にいるとたま~に女湯からいい感じの話題が聞こえてきたりするもんなぁ」
「そういや、セト様は? 外にはいらっしゃらなかったから、てっきり風呂に入ってるもんだと思ってたが・・・」
「ああ、俺もそう思って、張り切ってここに来たんだよ。 天竜様と一緒に風呂に入るなんて贅沢な話だろ?」
「ああ。 だけど・・・いらっしゃらないよな?」
「露天風呂の方に居るのかもしれないぞ? 俺たちと同じ目的でっ!」
「ばっか、天竜様に限ってそりゃねぇよ!」
耳がいいセトには、隣の男湯の会話も丸聞こえだった。
(すいません、もっと酷いことになってます)
俺は男湯と女湯を隔てる高い壁を見上げた。
いくら姿を消しているからと言って、物を通り抜けられるわけじゃない。
ここから男湯の方にジャンプして移動することは俺にとっては造作も無いことだが、こんなところでそんなことをしようものならものすごい水柱が上がってしまう。
怪しがられること間違い無しだ。
それだけはゴメンだ。
かといって、岩場に上がれば否応無く再び彼女達の裸体を目にしてしまうことになる。
情けないが、その時に何も感じずに岩の上に立っていられる自信が無い。
「キャハハッ、くすぐったいよ~」
そんな声が聞こえてきてぶっ倒れそうになったのを必死でこらえ、途方にくれた。




